終戦
その頃、どこからとこなくマリーが帰ってきた。
「もう、マリー。どこ行ってたの?」とリル。
「ちょっと、母国に急用ができてね。さあ、リュカ君を取り戻すわよ!」とマリー。
「それより聴いた?あの因縁の神聖帝国と手を結ぶことになったって。」
「ああ、そのことね。もちろん、耳に入っているわ。」
「で、敵はファドーとレンゾに向かいそうなの?」
「その辺は抜かりないわ。カトゥルにとって軍事的要地である両地が手薄であることは、敵国に流したわ。」
「その代わり、あなたたちの実家が、必死の戦を覚悟して待ってるんでしょ?」とマリー。
「もちろんよ。」「そのことは、伝えたの?」リルは首を横に振る。
「あなたも、いじわるよねえ…」とマリー。
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さて、ファドーでの大勝を受け、カトゥルの国内世論は転換した。これ以上のリュカ派の伸長を恐れた反リュカ派の貴族層が、和睦の進展を提案したのだ。しかし、テレサ女帝は一つ思案したあと、次のように言った。
「では、プルチーノに対し、次の条件を出せ。」
いわく、「プルチーノは、開戦のきっかけとなった事件や戦争の責任を取り、賠償金として金を地金で15億トロイオンスを支払うこと。」
いわく、「カトゥルはプルチーノに、外交・軍事・財政顧問を送り込むこと。」
この二条だけだが、内容は苛烈である。なにせ、15億トロイオンスといえば、金が豊富に採掘できるプルチーノといえども年間国家予算の100年分にあたるし、政治顧問を送り込むことは明らかな主権侵害である。
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カトゥルとプルチーノの三度目の和睦交渉が決裂する中、リュカはプルチーノに囚われていた。しかし、捕虜として丁重に扱われ、プルチーノ王都のラソンを監視付ではあるものの、巡視していた。
なるほど、城門は立派だ。貴族の邸宅も立派だ。しかし、城壁を隔てて、外にある家は粗末なつくりである。あれは、民家らしく、その周りを子供たちが走り回る。
パンを求める人の群れが、市場に殺到する。「いまは、戦時中だ。」「戦争に勝てば、必ずや生活はよくなる。」と、兵士たちがなだめる声が響く。
しかし、夜にリュカが振舞われる料理は、御馳走が並ぶ。内陸のプルチーノでは取れそうにもない海の幸まで並び、豪勢な金銀でできた器に盛られる。
リュカは悟る。「(この国は、民が貧しく、貴族や君主ばかりが贅を尽くすという構造を滑稽には思ってないらしい。)」
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また、リュカは気付いた。敵は、プルチーノの言語がリュカにはわからないと侮っていたようだ。しかし、とんでもない。カトゥルで学ばせてもらってる間、リュカの好きな科目は、語学だった。プルチーノ側は、リュカをもてなすのに通訳を同伴させた。もちろん、リュカの言動を監視するためだ。
しかし、リュカはそれを逆手にとった。
なにせ、過去に滅んだ文明の文字に興味を持つリュカである。現存の生身の言葉など、聴けば理解はたやすかった。
彼は、通訳達と親しくなって、プルチーノ語を学んだ。敵国の同化を喜ぶ、プルチーノの王もこれを快くした。こうして、王はリュカを宮殿に度々招き、王族達も同席させて宴会にふける。
そのなかで、プルチーノの王・クーホンが失言した。
「今回の戦役は、どうなるかと思った。アルバトロスの言う通り、カトゥルに暴動を起こせた。」
アルバトロスは、迷惑そうに言う。「いくら客人といえども、敵国のしかも被害当事者の国に、機密を漏らすのはいかがかと。」しかし、その声はまんざらでもない様子だ。
「ああ、これで邪魔な奴らを国外に追い出すことができた。」ターキーは言う。
その声を聴きながら、談笑するリュカ。だが、腹の中は怒りで煮えくり返っていた。
そんななか、リュカを一番疎ましく思っているフィッシャー という者は、酔った勢いで、次のように語りだした。
「今回の戦争は、叔父上が政治基盤を固めるためのものであろう。」
宴会の場がシーンとなる。
「まあまあ、お酒が過ぎましたかな?水でも飲んで、夜風にあたられてはいかがか?」とミズー。
「ミズー、とぼけるな。」「訊けば、父上の意向を受けて、外相のそなたはカトゥルとの和睦を断ったというではないか。」
「しかし、経済の失策により、民の苦しみを増したのは、あなたですよね。フィッシャー。」
フィッシャーはその言に怒る。
「民を無用な造作で苦しめたのは、貴様ではないか!ターキー!」
こほんと、クーホン国王が咳を立てる。
「今宵は、ここでお開きじゃ。客人も戸惑っておられる。」
リュカは一連の流れを冷静に分析した。
「(彼らも一枚岩ではなさそうだ)」
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こうして、2週間ほど時が過ぎただろうか。カトゥルの別動隊が首都を出発した。パンチ陸相と旧外相・チンキムの師弟コンビの指揮する隊である。ここには、リルも同行していた。
「しかし、リル殿まで戦に同行なさらずとも。」とパンチ。
「そうです。リンベルの首都でもできることはあるはずです。」
「いいえ!」リルは決意を込めて言う。「愛する人を取り戻すまでは帰れません。」
彼らは、プルチーノの小村あたる脇道を進み、レンゾ渓谷に辿り着いた。
プルチーノの側は、またもやこの動きを読んでいた。レンゾ渓谷に誘い込まれたカトゥル陸軍が、高所からの包囲を受ける。だが、カトゥル帝国軍は、長槍部隊によるファランクスの陣列を敷いた。ファランクスとは、槍と盾を持つ重装歩兵に、密集陣形を取らせる戦法である。これにより、前回よりも、上空や側面からの攻撃に強くなった。
またレンゾ渓谷に、あらかじめ多数の金属のワイヤーを仕掛けた。陽光に照らされるワイヤーは、視認が困難で、当たると胴体を真っ二つにしかねない。そのうえ投石機を使い、上空のプルチーノ側へ反撃を試みる。
さらに、渓谷は風の出入りが激しい。この日は、風が荒れたため鳥人族は、得意な急降下と急上昇を封じられた。まさに「その無備を攻め、その不意を出だす」である。
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レンゾ渓谷における壊滅的打撃は、プルチーノをいよいよ震撼させた。
あるものは、「リュカ殿の身柄を引き渡して、和睦に持ちこめ。」といい、
あるものは、「北方の諸国を糾合しよう。」といい、
またあるものは、「敵国に攻め入り、略奪することで、敵の士気を下げよう」という。
しかし、国王はなかなか決断を下さない。
「陛下!」と促されて、国王は決断した。
「朕は疲れた。退位する。東方のマンジュ国に落ち延びる。」
国王はその日の夜のうちに脱出した。当然、リュカ達には何も知らされていない。
リュカ達が国王の脱出を知ったのは、次の日の朝のことだった。リュカは、すぐさま。王都の民衆に檄を飛ばした。
「あなた方は、開戦の引き金を引いた。しかし、その当事者はもうここにはいない。」
「国王は安全を求めて、落ち延びられた。しかし、民は容易にはよそへは行けない。」
「いまこそ、正統な国王をかつぎ出すのだ!」
これより、3日前のこと。リュカはある情報を掴んでいた。それは、現在のプルチーノ国王は王位簒奪者であるということである。リュカは好機だと思った。具体的には、前国王の自分の兄を殺したらしい。そのため、彼は王族からも恨まれていた。
そこで、リュカは今回の挙に出た。国王がマンジュ国に落ち延びる隙をついて、政変革命を起こそうとしたのだ。
「パンをよこせ!パンを!」と民衆は次々と街頭に繰り出す。
これまでは武力で鎮圧してきたプルチーノ政府だったが、いまはカトゥル帝国との戦役に出払っていて、対処する余裕もなく、国王の亡命により士気も皆無であった。
宮殿から、国王の甥にあたるスワンが出てきた。
「現国王は亡命なされた。」民衆は歓喜を上げる。
「さて、リュカ殿。」「はい。」
「あなたの身柄を解放します。カトゥル帝国との和睦を成立させてください。」「わかりました。努力はしましょう。」
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カトゥル帝国とプルチーノ王国の交渉が、プルチーノ王都・ラソンで行われた。
カトゥル側はリュカとリル、モンケ。プルチーノ側は、
①プルチーノは、事件の謝罪を行うこと。
②謝罪および戦時賠償金として金地金で4500万トロイオンスを支払うこと。
③プルチーノはカトゥルから外交・軍事・財政の顧問を受け入れること。
④プルチーノ国境は、カトゥル帝国の陸軍が守ること。
これをラソン条約という。
プルチーノ側は、これを受けて、新たに立てた王・イールグーをカトゥル帝国へと向かわせた。もちろん、捕虜としていたリュカも連れてである。
「今回の出来事、我が国にとり屈辱である。いずれ、捲土重来を目指そう。」復讐心を燃やすイールグーであるが、陛下の様子に毒気を抜かれた。
なんと、陛下は国境までイールグーを迎え、国賓待遇としたのである。
敗戦の国の王に対し、ここまで戦勝国が扱うのは珍しい。
陛下は、講和条約の交渉になると、こう持ち掛けてきた。
「我が連邦に加入するなら、ラソン条約を撤回してかまわない。プルチーノ王朝の存続を認め、空軍のポストを用意しよう。」
これによると、ラソン条約の第2条が撤回されることとなる。
陛下があとで言うことには、「占領にはコストが高く、周辺の大国の敵愾心を煽るべきではない。」とのことだ。プルチーノは、新たに前皇帝の甥にあたるイールグーを王に擁立し、カトゥル帝国へと向かわせた。その後、盛大な儀式のもと、テレサ女帝はイールグーを新たなプルチーノ王に冊封した。テレサ女帝は、プルチーノの内政自治を認めるとともに、カトゥル帝国の空軍担当を依頼することとした。
「先輩…」リュカは解放されて、久々にリルと出会った。
「リュカ君?」とリルは抱擁する。その姿は、師弟というより姉弟に近かった。
「…嫌われる覚悟でやったの。ごめんね。心配させたでしょ?」
「信じられませんでした、先輩が裏切ったという情報が流れた時には。…でも信じたくもなかった。」
あの時僕は申し訳なさでいっぱいだった。自分のせいで、リルに祖国を裏切らせてしまったと思ったからだ。
「とりあえず、お帰り…今日何が食べたい?」
「ハンバーグがいいなあ。」
「わかった!陛下の許可を得て、作るね!」




