六台
時はショーマツ暦5635年。
世界は永久機関が発見されてから著しく発展した。
空も、海も、地も、全てが道となった。
いくらでも道路が伸びた。
都市の上に道路
その道路の上に道路。
いつしか地球は道路に包まれた。
いつしか人々は道の多さで困るようになった。
だから、世界は作った。
世界中を束ねる、十の高速道路を。
その八番。
第捌番電速首都高。
ニュートーキョーとニューニューヨークを繋ぐ、4万8000kmの道。
そこには、ある都市伝説があった。
気をつけろ
黒いバイクに
気をつけろ
会ったら最後
食い尽くされる
このバイクはライダー間で"狼"と呼ばれた。
ただの都市伝説。
そう笑う奴もいる。
だが乾レンは知っていた。
狼はいる。
あの日。
炎の向こうへ消えた黒い車体。
溶けたヘルメット。
道路に転がる友人。
全部見た。
「接続開始」
ヘルメットの内側で機械音声が鳴る。
視界が白く染まった。
次の瞬間。
制限速度は時速750キロだというのに今日も違反者ばかりだ。
第捌番電速首都高。
ニュートーキョー入口。
乾レンはアクセルを強く開いた。
「集合場所は…第弐サービスエリアだったかな」
時速700㎞の旅は実に快適だ。
人工空気がヘルメットを叩く。
やはり走っている時だけは、余計なことを忘れられた。
遠く。
空飛ぶ巨大標識が見えた。
第弐サービスエリア。
狼被害者、集合地点。
そう、俺は今日、狼を狩る…!!
第弐サービスエリア。
狼被害者、集合地点。
俺を含め七人。
集まるはずの人数は6人だったはずだが…
もともと完全匿名掲示板で集まったんだ、名前も顔も知らない。
一人増えたくらい、誰も気にしなかった。
「約束の時間だ。
一人多いけど、それでもいいだろ。
狼被害者の会――及び復讐作戦を始める!」
サービスエリアに声が響く。
声の主は、白髪混じりの男だった。
年は五十くらいか。
革ジャケットは擦り切れている。
「まずは自己紹介からだな!」
男は笑った。
「俺の名前は神下豪!
狼被害者の会主催者!」
誰よりも元気だった。
誰よりも、この場に似合ってなかった。
次にその右の男が話し出す。
「じゃあ次僕な!僕の名前は鳥山ダント。好きやった人を狼に殺されたんや。みんな仲良くしよな」
明るい関西弁。
この場に似合わないくらい軽い声だった。
その隣。
ジャケットの女性が口を開く
「鯉野シズク…」
シズクの後ろの少年が小さく手を上げる。
「仲吉アキラ…です。シズク……とは昔からの仲間で…三人組だった…んです」
「一人減って、今は二人だけどね…」
シズクがつぶやく。
空気が少しだけ重くなった。
帽子を深く被った男が続く。
「橘コウト」
それだけ言って黙る。
神下が苦笑した。
「終わりか?」
「……十分だろ」
壁にもたれた女が腕を組む。
「霧島ユウ。狼に人生壊された側。それで十分でしょ」
目が合った。
すぐ逸らされた。
残った一人。
黒いフルフェイスの男が短く言う。
「白瀬トワ」
以上。
全員が俺を見る。
「……乾レン」
ヘルメットを脱ぐ。
「俺も親友の仇を討つために、狼を探しに来た」
全員被害者で、
全員復讐者。
少なくとも、この時の俺はそう思っていた。
神下がパン、と手を叩いた。
「よし。暗い話は終わりだ。
狼を狩るなら、まず走るぞ」
七台のエンジンが同時に唸った。
バイクの群れが走り出す。
第捌番電速首都高。
夜。
七つの光が一直線に並んだ。
「おーいレン!」
前を走る神下が通信を飛ばしてくる。
「若いやつは速いな! おっさん置いてくなよ!」
「時速七百で置いてくも何もないでしょ!」
ダントが笑う。
通信回線に小さな笑い声が混ざる。
復讐しに来た集団のはずなのに。
少しだけ、ツーリングみたいだった。
前方。
巨大表示板が点滅する。
【第三区間 / 超長距離トンネルまで 5km】
ジャンクバイクに跨る神下が先頭へ出た。
「よーし! 先頭は俺だ!」
誰も止めなかった。
七台は次々とトンネルに突入していく。
超長距離トンネル。
全長400キロ。
海底も、旧都市跡も、全部ぶち抜く巨大トンネル。
壁の青白い誘導灯が高速で流れていく。
700キロ。
710キロ。
720キロ。
「おっさん速いな!」
ダントが笑う。
神下の笑い声が返ってきた。
「まだまだ若いもんには負け——」
ブツ
通信が切れた。
次の瞬間。
トンネルの灯りが消えた。
真っ暗。
時速700キロ。
暗闇。
通信障害。
「おい——!?」
誰かが叫ぶ。
ヘルメットのHUDが緊急赤色表示へ切り替わる。
【視界補助システム OFFLINE】
【通信切断】
【GPS ロスト】
数秒。
いや。
数時間みたいに長かった。
——バチン。
灯りが戻る。
止まっていたのは
六台のバイクだった。
先頭。
神下豪のジャンクバイクだけが、壁際で静かに倒れていた。
先ほどまで笑っていた男は
もう返事をしない。
思いもしなかった。
狼との殺し合いは。
もう始まっていたんだ。




