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体育の授業と、狐のポーズと、完璧な(?)隠蔽工作

世界的な魔素パニックが収束し、世界中を飛び回る俺(天城カイト)のワンオペ救助活動もすっかり軌道に乗った頃。

 俺の「平和な一般高校生ライフ」は、秋の学校行事である『体力測定』の時期を迎えていた。


(……よし。握力は魔力を完全に切って……38キロ。50メートル走は、わざとスタートで少しつまずいて……7秒4。完璧だ。どこからどう見ても、平均的なモブ男子の記録だ)


グラウンドの隅で、俺はひっそりとガッツポーズを決めていた。

 100年のサバイバルで鍛え抜かれた肉体は、気を抜けば軽く音速を超え、握力計を粉砕してしまう。世界中で神格化されている『幻影の狐』と、このモブ男子・天城カイトが同一人物だなんて、誰にも悟られてはならないのだ。


「天城くーん! お疲れ様!」

「ふふっ、天城くんったら、一生懸命普通に走ろうとして、逆に動きがロボットみたいになってたわよ」

「あ、あのっ、タオルどうぞっ」


測定を終えた俺の元に、リカ、ナギサ、詩織ちゃんの三大女神が当然のように集まってくる。

 クラスの男子たちからは「また天城が女神たちに囲まれてる……」と嫉妬混じりの視線を向けられているが、こればかりはもう慣れるしかなかった。


「次はハンドボール投げだな。……よし、これも平均の25メートルくらいで……」


俺がボールを手に取った、その時だった。


――ギギギギギッ……!


突如、グラウンドの端から嫌な金属音が響いた。

 見ると、老朽化していた巨大な防球ネットの鉄柱が、強風に煽られて根元から折れ曲がり、ゆっくりと倒れ始めていたのだ。


「きゃあっ!?」

「おい、危ないぞ!! 逃げろ!!」


鉄柱が倒れるその真下には、準備運動をしていた数人の女子生徒たちがいた。

 このままでは、数百キロの鉄の塊が直撃する。教師が駆け寄ろうとするが、全く間に合わない。


(……ッ! まずい!!)


思考より先に、100年のサバイバルで染み付いた生存本能が俺の体を動かしていた。

 俺は周囲の目を完全に忘れ、地を蹴った。

 コンマ数秒の世界。音を置き去りにした神速のステップで倒れゆく鉄柱の下に滑り込むと、俺は右手の人差し指と中指を立てて、空へ向けた。


(――『神域の絶護アイギス・オーバーロード』・極小展開!)


――ガァァァンッ!!!


俺の指先から展開された、ほんの数センチの不可視の結界。

 数百キロの鉄柱は、俺の指先に触れる寸前で「見えない壁」に激突し、まるでゴムまりのようにボヨンッ! と不自然に弾き返され、誰もいないグラウンドの隅へと豪快に吹き飛んでいった。


ズドォォォンッ!!

 土煙が上がり、グラウンドが静まり返る。

 女子生徒たちは無傷。俺はといえば、右手の二本指を天に突き上げたポーズのまま、ピタリと静止していた。


「…………あっ」


我に返った時、俺は自分が取り返しのつかないミスを犯したことに気がついた。

 速度もそうだが、最大の問題は『ポーズ』だ。

 右手の人差し指と中指を立てて天に掲げるこの構え。これは、先日の生中継で、幻影の狐が巨大な津波を凍らせた時に世界中に放送された『狐様のシグネチャー(必殺)ポーズ』そのものだったのだ。


「……えっ。おい、今の天城の動き、見えたか?」

「ああ……。突然消えたと思ったら、鉄柱が勝手に弾け飛んで……その時のあの手の形……」


クラスメイトたちが、ざわめき始める。

 「まさか」「そんなはずない」「でも、あのポーズとあり得ない現象は……」

 狐の正体が俺だという真実に、全員の思考が辿り着こうとしていた。


(終わった……! 俺の平和な日常が……っ!!)

 俺が冷や汗を滝のように流して絶望した、その瞬間。


「あーっはっはっはっ!! もう、天城くんったらまたやってるーっ!!」


リカが、グラウンド中に響き渡るような大声で笑いながら、俺の背中をバンバンと叩いた。


「えっ? 星野さん?」

「みんな見てよ! 天城くん、最近『幻影の狐』様にガチハマりしすぎて、あのポーズ毎日練習してるんだよ! 鉄柱がたまたま突風で吹き飛んだ瞬間に、あんなドヤ顔で狐様のモノマネするなんて、マジでイタすぎっしょ!!」


リカの無茶苦茶なフォロー(?)に、ナギサと詩織ちゃんもハッとして即座に便乗した。


「そ、そうなのよ! 彼は狐様の公式ファンクラブの会員番号7番なの! 毎日あのポーズを練習してて……痛々しいったらありゃしないわ!」

「あ、天城くん、狐様のグッズなら私がネットで買ってあげますから、学校で痛いポーズするのはやめてくださいっ!」


三人の必死のガバガバな嘘。

 だが、そこに「ピンポンパンポーン♪」と、タイミングよく校内放送が鳴り響いた。


『――あー、業務連絡。ただいまグラウンドにて、科学部による「超強力・局地性突風発生ドローン」の実験が行われ、鉄柱が吹き飛ぶ現象が確認されました。生徒の皆さんは驚かないように。以上、理事長秘書の黒田でした』


(凛さぁぁぁん!? 権力使ってまで俺を「痛いファン」に仕立て上げるの!?)


科学部の実験(という名の凛さんのハッキング&捏造)と、三大女神の証言。

 これらが組み合わさった結果、クラスメイトたちの疑念は、一瞬にして『生温かい憐れみ』へと変わった。


「なんだよ天城、お前あんなクールぶって、狐のガチオタかよ……」

「モノマネのタイミング良すぎだろ。マジで痛いやつだな……」

「まあ、助かったし、そういう趣味なら引かないであげるけど……プッ」


「……あはは、バレちゃったか。俺、狐様リスペクトしてるからさ……」


俺は血の涙を流しながら、必死にオタクのフリをして笑うしかなかった。


グラウンドの隅で「痛いやつ」として生温かい目で見られる俺の横で。

 リカたち三人は「ふぅ〜、危なかった!」「完璧な連携だったわね」「凛さんのフォロー神ですっ」と、小さな声でハイタッチを交わしている。


正体はバレなかった。平和な日常は守られた。

 しかし、俺の「村人A」としての尊厳は、ヒロインたちの愛と連携によって、今日もまた少しだけ削られていくのだった。

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