異世界の理(ことわり)と、部分点ゼロの憂鬱
メガモールでのテロ事件から数日。
俺は「平凡な高校生」としての絶対的な地位を確立するため、ある重大なミッションに挑んでいた。
それはズバリ、『中間テスト』である。
(フッフッフ……。体力テストではうっかり物理法則を無視してしまったが、ペーパーテストなら話は別だ。目立たない完璧な『平均点』を叩き出して、俺のモブ力をクラス中に見せつけてやる!)
そんな意気込みで臨んだ、1時間目の数学。
黒板には、複雑な図形と関数の証明問題が書かれている。教師に指名された俺は、チョークを片手に黒板の前に立っていた。
(なるほど。この関数の軌道と図形の交わり方……。完全に、第5階位の『広域火炎魔法』の魔法陣を展開する時の魔力構造と同じだな!)
俺の100年鍛え抜かれた脳内演算が、瞬時に正解を導き出す。
魔法陣の構築において、魔力の干渉を防ぐための『数式』の最適化は、生存に直結する必須スキルだ。俺は「完璧な途中式」を披露すべく、自信満々にチョークを走らせた。
――数分後。
「天城……。お前、これは一体なんだ?」
数学教師が、こめかみに青筋を浮かべて俺の解答を指差した。
黒板には、答えの『 x=15 』という数字の前に、謎の円環と幾何学模様、そして独自のルーン文字のような記号がビッシリと書き込まれていた。
「え? 途中式ですけど。この変数を魔力……じゃなくて代数と仮定して、空間座標を三次元に展開すれば、一目で『 x=15 』に収束するのが分かるじゃないですか」
「分かるか!! なんだこの謎の図式は! 答えは合っているが、途中式が完全に意味不明だ! まさかお前、カンニングでもしたんじゃないだろうな!?」
「カ、カンニング!? してないですよ! ちゃんと独自の理論で……!」
「学校で教えていない謎の理論を使うな! よってこの問題、部分点はゼロだ!!」
俺は肩を落として席に戻った。
異世界で魔王軍の幹部を消し飛ばした完璧な魔法陣理論が、まさか現代日本の数学教師に「部分点ゼロ」で一蹴されるとは。
クラスメイトたちが「天城のやつ、答えだけカンニングして途中式を適当に誤魔化したな」「ある意味すげー度胸だな」とヒソヒソ噂している。
(くっ……! アホな男子だと思われるのはモブとして悪くないが、カンニング疑惑は不本意すぎる……!)
◆
気を取り直して挑んだ、2時間目の物理。
問題は、『斜方投射された物体の落下地点を求める』というものだった。空気抵抗や風の影響も考慮する、少し応用の効いた問題だ。
(ふむ。この初速と角度、そして空気抵抗か……。なるほど)
俺の脳裏に、かつて魔大陸で巨大なドラゴンに向けて投槍を放った時の記憶がフラッシュバックする。
風の抵抗、重力の引力、大気の湿度。それら全てを肌で感じ取り、一撃で急所を射抜くための『直感』。
「天城、この落下地点の距離、分かるか?」
「はい。約12.4メートル先ですね」
「おお、正解だ。で、その答えを導き出した数式を黒板に書いてみろ」
「えっ?」
俺はポカンと口を開けた。
「いや、数式って言われても……」
「公式があるだろう。重力加速度と初速度を代入して……」
「そんなの計算しなくても、見れば分かるじゃないですか。『だいたいこの辺に落ちるなー』って、感覚で!」
「は……?」
「だって、風の抵抗を含めて考えたら、軌道がこうシュッと曲がって、ズドン!って落ちるのが普通でしょ?」
俺は身振り手振りで「シュッ」と「ズドン」を力説した。
しかし、物理教師の顔は冷ややかだった。
「天城。物理学は『感覚』で語るものではない。現象を数式という言語で説明してこそ、真の理解だ。答えが合っていても、理論の説明ができないなら評価はできんぞ」
「そ、そんなぁ……!」
異世界で100年、文字通り「死線をくぐる感覚」だけで物理法則と語り合ってきた俺にとって、『数式で説明する』というプロセスはひどくまどろっこしいものだった。
結局、物理のテストでも俺は「答えは完璧に合っているのに、途中式が白紙(またはシュッという擬音のみ)」という理由で、大幅に点を引かれることになった。
(おかしい……。俺の異世界の知識を総動員したのに、点数が全然伸びない! これじゃあ、ただの『野生の勘だけで生きてる変な奴』じゃないか……!)
俺が頭を抱えて机に突っ伏していると、少し離れた席から、図書委員の詩織ちゃんが熱い視線を送ってきていることに気がついた。
(あぁ、天城くん……っ。既存の枠組みに囚われない、宇宙の真理を突いた魔法の数式。そして、万物の法則を感覚だけで把握する神の如き直感力……! やはり貴方は、現代の教育システムには収まりきらない天才なのですね……!)
俺が「赤点ギリギリの落ちこぼれ」として絶望している横で。
詩織ちゃんだけは、俺の白紙の解答用紙に『世界を救う神の知能』を見出し、さらにクソデカ感情をこじらせて尊さに打ち震えているのだった。




