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勇者の金銭感覚と、剣士のお節介な決意

現代日本で「普通」の高校生として生活するにあたり、どうしても避けては通れない問題がある。

 それは『お金』だ。


異世界から持ち帰った大量の純金(金貨)は、凛さんの手によって少しずつ現代の通貨へと洗浄され、俺の専用口座に入金されているらしい。


『カイト様。とりあえず今月の「お小遣い」として、お財布に百万円ほど入れておきました。ジュースや購買のパンなど、細々とした出費にご活用ください』

『えっ、百万円!? そんなに!?』

『ご安心を。カイト様の総資産からすれば、海の一滴にも満たない端金です。足りなくなったらすぐにお申し付けくださいね』


凛さんは涼しい顔でそう言っていた。

 なるほど、現代の高校生の「お小遣い(端金)」とは、大体これくらいの額なのだろう。凛さんが言うなら間違いない。俺は安心して、分厚くなった財布を鞄にしまった。



その日の放課後。

 俺が本屋に立ち寄ろうと駅前を歩いていると、改札の近くで青ざめた顔で立ち尽くしている若いサラリーマンを見かけた。


「どうしよう……財布落とした……。定期もないし、スマホの充電も切れてる……。これじゃ家に帰れないどころか、晩飯も食えない……っ!」


男は頭を抱え、文字通り途方に暮れていた。

 その悲痛な声を聞いて、俺の『勇者としての本能』がうずいた。


(困っている人を見過ごすわけにはいかない。……とはいえ、魔法で家まで転移させてあげるのは目立つしな。そうだ!)


俺は鞄から財布を取り出すと、そこから福沢諭吉の束――十万円分を無造作に抜き取り、サラリーマンの肩をポンと叩いた。


「えっ? あ、あの、君は……?」

「これ、使ってください」


俺は男の手に、バサッと十万円を握らせた。


「えっ……? は……? じゅ、十万円!?」

「財布、落としちゃったんですよね。とりあえずこれで宿をとって、美味しいご飯でも食べてください。それじゃ!」

「え!? いや待って、君! こんな大金受け取れないよ! 連絡先だけでも……っ!」


男が慌てて振り返るが、俺はすでに人混みに紛れ、極限まで気配を殺した歩法ステルスでその場から離脱していた。


(ふぅ。たった十万円(銅貨数枚の感覚)で、一人の人間を絶望から救うことができた。我ながら、目立たない完璧な人助けだったな!)


俺は「今日もいいことをした」と清々しい気持ちで、本屋へと向かうのだった。

 後ろでサラリーマンが「神様……神様がお札を恵んでくださった……!」と膝から崩れ落ちていることなど、知る由もない。



本屋に立ち寄ったのには、明確な目的があった。

 実は今日、クラスで星野リカが「来週、ナギサの誕生日じゃん!」と騒いでいるのを耳にしたのだ。


(普通の高校生たるもの、クラスメイトの誕生日には気の利いたプレゼントを贈るのが常識だよな。でも、女子が喜ぶものなんて全然分からないぞ……)


異世界でのプレゼントといえば「ドラゴンの宝玉」や「ミスリル製の胸当て」が相場だったが、現代日本の女子高生がそれを喜ぶとは思えない。

 俺は雑誌コーナーで、ふと一冊のファッション誌に目を留めた。

 表紙には『大人の女性向け! もらって絶対に嬉しい、至高の誕生日プレゼント特集!』とデカデカと書かれている。


(これだ!! ナギサさんは剣道部の主将で大人っぽいし、こういうのが喜ばれるに違いない!)


俺はさっそく雑誌をめくり、一番大きく紹介されていた『高級ハイブランド・ディオールの限定ハンドクリーム』という商品に目をつけた。

 お値段、なんと二万円。

 ハンドクリーム一つで二万円というのは、一般的な感覚からすれば狂気の沙汰だが、凛さんから「お小遣いは百万円」と教えられている俺の金銭感覚は完全に麻痺していた。


(なるほど、ちょっとしたプレゼントの相場は二万円くらいなのか。よし、これを買いに行こう!)



翌日の昼休み。

 俺は剣道部の部室へと向かうナギサを廊下で呼び止めた。


「神宮寺さん、ちょっといいかな」

「天城くん? どうしたの?」


木刀での不意打ち事件(俺の完璧な被弾演技)以来、ナギサは俺に対する疑念を解き、どこか申し訳なさそうに優しく接してくれるようになっていた。


「これ、来週誕生日だって聞いたから。いつも体育で剣道教えてもらってるお礼も兼ねて」


俺は綺麗にラッピングされた小さな紙袋を差し出した。


「えっ……私に? わざわざ気を遣わせてごめんなさい。ありがとう、開けてもいいかしら?」

「うん、もちろん!」


ナギサは控えめに笑いながら包みを開け――中から出てきた小瓶を見た瞬間、彫像のように固まった。


「……て、天城くん。これ……『ディオール』の、最高級ハンドクリームよね……?」

「あ、うん! 雑誌で『もらって嬉しいプレゼント』って書いてあったから。竹刀振ってると手荒れするでしょ?」

「ちょ、ちょっと待って! これ、二万円くらいするやつよ!? 高校生がポンと渡していいような金額じゃないわ!」


ナギサが慌てて紙袋を突き返そうとする。

 だが、俺は不思議そうに首を傾げた。


「え? 二万円なんて、お小遣い(百万円)のほんの一部だし、全然気にしないでよ」

「おこづか……!?」


ナギサの表情が、驚愕から、やがて何かを察したような『深刻な顔』へと変わっていった。


(天城くんは、高級マンションに一人で暮らしているって言っていたわ。ご両親の話も聞いたことがない……)


ナギサの脳内で、とあるドラマのようなストーリーが急速に組み上がっていく。


(そうか……。彼はきっと、幼くしてご両親を亡くして、その『遺産』や『保険金』で生活しているんだわ! それなのに、まだ子供だからお金の価値が分からなくて、こんな大金を無自覚に散財しているのね……!)


ナギサの胸の奥で、剣道部主将としての生真面目さと、持ち前の世話焼きな母性が大爆発を起こした。


(このままじゃダメだわ。彼が大人になる前に遺産を食いつぶして、路頭に迷ってしまう! 不意打ちで怪我までさせちゃった私が、彼を正しい道に導いてあげなくちゃ……!)


ナギサは、ルミエールのハンドクリームをギュッと胸に抱きしめ、炎のように熱い決意の眼差しで俺を見つめた。


「……天城くん。プレゼントは、ありがたく受け取っておくわ」

「おっ、よかった! 使ってね」

「ええ。でもね、天城くん。お金っていうのは、もっと大切に使わなきゃいけないものなの。ご両親が残してくれた大切なお金なんでしょう?」

「ん? ご両親……?」


突然の説教モードに俺がポカンとしていると、ナギサは俺の肩にガシッと両手を置いた。


「決めたわ。私、天城くんの『金銭感覚』を、一から正してあげる! 今度の休日は空いているかしら? 私が『正しい高校生のお金の使い方』を教えてあげるわ!」

「えっ!? あ、うん、空いてるけど……」


なぜか突然、剣道部主将と休日に出かける(デート?)ことになってしまった。

 俺は「プレゼントをあげたら交友関係が広がったぞ! やっぱり俺の一般人ムーブは完璧だ!」と呑気に喜んでいたが。


ナギサが『遺産を食いつぶす孤独な少年を更生させる』という謎の使命感に燃え上がっていることなど、100年の戦闘経験をもってしても、気づけるはずがないのだった。

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