四話 ユマの秘密と私の凱旋、そして終幕
リーベンハイトはテキパキと魔法兵団の撤収を始めた。魔女情報は誤報だったようです。申し訳ありませんと何度も謝られた。
訂正するのもめんどくさかったのでそのままにした。
遠巻きに今朝の兵士たちが見ていたのに気づき、ヴァルサルカは声をかけた、
「いや、気になっちゃってさ」
「君にすべてを押し付けてしまったの、後悔していたんだ」
としょんぼりと言った。
どうやら私がピンチになったら助けに入ろうと仲間を呼んでいたらしい。最初は魔女とかかわりたくなかったらしいが、私が一人ででもやり遂げようとしたのを見て考えを改めたらしい。
「ひどいこといっぱい言ってごめんな」
口々に彼らは謝ってくれる。
許す気はまだないが、極限状態の兵士の精神は想像を絶する。
話を聞けば、彼らは家族を食わすために兵士になった下層階級の人たちだった。上は彼らを使い捨ての雑巾程度にしか思ってはいないのだ。
でも彼らには心がある。
魔女を苦しませろ、魔女をいたぶれと命令されても、その魔女が自分にとって好ましければ行動は変わってくる。
ヴァルサルカの粗末な櫓は、実家が大工だという兵士が作り替えて見事な一軒家になった。
食料を届けてくれる兵士、話し相手になってくれる兵士。
ヴァルサルカの生活は一変した。
故郷のレシピで兵士たちと鍋を囲み、毎日を楽しく暮らした。
また、闇の魔力が倉庫代わりにできると知った後は大喜びし、収穫した野菜や果物を入れて、冬にそれを食べた。北方の寒村は食料に乏しいのでヴァルサルカは崇め奉られた。
しばらくするとヴァルサルカに王都からの招集命令が届いた。ゲームにはなかった展開に驚きながら、もちろん警戒した。
しかし、国王命令ならば仕方がないので迎えの馬車に乗り込み、王都へと向かった。
艶やかな黒髪。雪のように白い肌。バラのように赤い唇。輝くように美しい容姿。ヴァルサルカの姿は見るものを魅了した。王妃のごとく気品の溢れるふるまいに老若男女が見とれ、いつしか歓声があがっていた。
「お呼びでしょうか。国王陛下」
「久しぶりだな、ヴァルサルカ嬢。息災のようで何よりだ……その、今まですまなかった。聖女であるそなたを魔女として流刑にしたこと、詫びよう」
老齢の国王がヴァルサルカに言う。
彼は優しい王だった。年老いてからできた王子を溺愛し、彼の言葉にすべて従った。
「魔女との言葉を撤回してくださるようでうれしいですわ。ですが、聖女ではありませんので、そこはお間違えなく」
ヴァルサルカが答えると国王は驚いた。
「そんなはずはあるまい。隣国から聖女ヴァルサルカによって奸臣が一掃されたと書状が来ておる」
リーベンハイトの一件だ。どうやら色々な裏があったらしいが、ヴァルサルカは聖女じゃない。
「あちらの勘違いでしょう」
「そうよ!勘違いに決まっているわ!!!」
「ユマ!静かにするって言っていただろう?国王陛下の前だぞ」
「……ユマ?」
声の方を振り返るとピンクの髪の女の子がヴァルサルカを睨みつけている。異母妹の顔を久しぶりに見て、その相違に驚く。
昔は可憐だったのに今は意地悪そうに顔をしかめている。
「だいたい、お姉さまはもっと醜かったはずよ!魔女の力で姿を変えているんでしょう!!!」
闇の魔力で整形ができるって聞いたことがないな。そう思って、ふと気づく。ユマを前にしても体が震えない。
きっと前世と前々世の記憶が入れ混じって性格が変わったのかな。それとも、王宮だから、『王妃』だった自分が色濃く出るのかも。
しみじみと思い返してみると、王太子と目が合った。
金髪碧眼で優しい目をした美しい王子。
だが、かつてよりやせ細って目の下にクマができている。
「君はそんなに美しかったんだね……」
「あなたは……美男でなくなりましたね」
ヴァルサルカが率直に言うと王太子は苦笑した。
だが、気を悪くした様子はなく、むしろ楽しそうだった。
「お姉さま!王太子に対して失礼だわっ!!それに私は王太子の婚約者!ちゃんと礼を尽くしてください!!!」
ユマが頬を膨らませてヴァルサルカに抗議をする。だが、ヴァルサルカはどうしても突っ込みたかった。
「私が殿下の婚約者だったとき、あなたに礼を尽くしてもらった覚えはないけど?」
「な、そ……それは。私は王太子様から愛されているからお姉さまとは違うんです!!」
「仲睦まじくてよろしいこと。それじゃあ、私は流刑地に帰りますわ」
「「「それは困る!!」」」
国王、王太子、ユマの声が重なった。
「と、とりあえず今日は公爵家に戻って旅の疲れを取ってくれ。王宮に泊っても構わんが」
「ぜひ王宮に泊ってくれ。素敵な部屋を用意するよ」
「ダメダメ!ぜったいダメです!!王宮は私のものです!!!しょうがないから公爵家に呼んであげます!!!」
ユマが癇癪を起したように叫んだ。
こうなるとユマは止まらない。相手が音をあげるまで泣き続けるのだ。正直、公爵家には嫌な思い出しかないが、今はどうなっているのか少し興味はある。
了承を伝えるとピタとユマの涙は止まった。
涙を自在に操れるその能力には毎度感服する。
「なぜその娘が本宅に上がり込んでるの!!はやく離れに追い払いなさい!!」
公爵家につくと継母の金切り声が響いた。
ユマは甘えるように母に抱き着き、
「王宮でお姉さまにいじめられたの……」
と泣きつく。
「まああ!!なんて意地悪な女!!やっぱりあんたは魔女なのよ!!!みんなが騙されても私は騙されませんからね!!!」
ヒステリックに騒ぐ継母に父はまあまあとなだめた。
「今夜だけのことだから辛抱してくれ。それに明日には陛下も頭が冷えるだろう」
父の公爵は継母であるベアトリスにベタ惚れである。
久しぶりに戻った娘に対して愛情のかけらもよこさない。
「お久しぶりですね。お父様。ところで伺いたいのですが」
はっきり問いかけると父はうろたえた。
「な、なんだ」
「魔女だという疑いが晴れれば公爵家の名誉も挽回できますのに、むしろ私を魔女にしたいようですわね」
痛いところを突かれたのか父は押し黙る。代わりに継母が叫んだ。
「あたりまえでしょう!!あんたは生まれからして魔女なのよ!!あんたの母親に私はひどいことをされたのよ!!!!」
「具体的には?そもそも公爵夫人である母と娼婦であるあなたとの接点は何でしょうか?」
言われてベアトリスは表情が変わる。彼女が娼婦であることはゲームでしかわからない事実で、使用人はもとより、父も目を見張る。
「一つ、伺いたいのですが。本当にユマは父上の子ですか?」
実は違う。
本当は隣国の王弟の隠し子だ。身分を隠してこの国で遊んでできた子だ。それをベアトリスが公爵の子と偽って乗り込んできた。
「私の母が糾弾したのもそれですよね?私を本宅に呼ばなかったのは実の娘とユマを並べると、不義がばれてしまうからでは?」
ベアトリスの顔は青を通り越して白くなった。
「父上。ベアトリスは私を母の不貞の子と言っていたのではないですか?自分の罪を隠すために」
覚えがあるのか公爵は怖い顔をした。
だが、ベアトリスは震えながら反論しようとした。なにしろ証拠はもうないのだ。ここで嘘をつきとおせば永遠に安泰に暮らせる。
ベアトリスが口を開こうとした瞬間、ユマが叫んだ。
「わ、私の本当のお父様は隣国ファーティアンの王弟よ!!!私は王族なの!!!!」
ベアトリスは口から泡を吹いた。ばたーんと倒れた彼女はまるで病人のようだった。
言葉を発さずとも、ベアトリスの態度がすべてを物語っている。
「今まですまなかった、ヴァルサルカ。お前を、お前の母をずっと疑っていた」
「謝られても許す気はありません。ずっと後悔を抱えて生きてくださいませね」
ヴァルサルカが言うと父は神妙な顔で頷いた。
「だれかユマとベアトリスを貧民街に送れ」
「え、どうしてよお父様!!!私は王族よ!!」
「黙れ。私を父と呼ぶな。それに貴様の本当の父が誰かなんて神にでも聞かない限り永遠にわからん!!」
ゲームでは王族にしか現れないアザで血縁が証明されるのだが、それはファーティアン王族のトップシークレットだ。問い合わせてもまともな返事は返ってこない。それにもはや公爵令嬢でなくなったユマは王族に会いに行ける身分ではない。
もし、ヴァルサルカが手を差し伸べればユマはファーティアンの王族としての身分は得られる。
ヴァルサルカは少し考えた。
ゲームの話では聖女ヒロインがファーティアンの女王とこの国の王妃を兼任する。だが、このユマはどう見ても王族の資質ではない。
私と同じく中身が違うのだろう。
だが、ヴァルサルカとしての意識は確かにある。
母を陥れたベアトリスが憎い。
私を蔑んだユマが憎い。
悲しい声が心の奥底で聞こえる。
だからこそ、ヴァルサルカは今度こそ幸せになって、悲しい声を癒してあげなければと思う。
「お、おねえさま!!おねえさまは私を見捨てないわよね?王族とコネができるのよ?嬉しいでしょう?」
ヘラヘラと笑うユマにヴァルサルカは美しく笑った。
「ベアトリスお母様とお幸せにね。食事は毎日届けさせるわ。昔の私がしてもらったように」
ヴァルサルカの悲しい声が聞こえなくなったら、助けてあげる。
■
ヴァルサルカは王太子妃にと望まれたが、公爵家の後継が誰もいないからと突っぱねれば王太子は引き下がった。
悲劇のヒーロー気取りの彼も心底憎たらしいが、王太子はユマがあっちゃこっちゃでやらかした悪行の処理で心身ともに疲弊している。
完全にオーバーワークだなと思いながら、ヴァルサルカはとくに何もする気がない。
彼を助けることは簡単だが、心の中のヴァルサルカは王太子を憎んでいる。好きで好きで大好きな人だったからこそ、裏切られた心の傷は深い。
女公爵として数年たち、毎日が忙しいヴァルサルカだが、毎日いろいろな貴公子から求婚が舞い込んでいる。父の公爵が張り切ったのと、ヴァルサルカの美しさに惚れこんだ男がたくさんいたためだ。
たくさんの釣書の中、知った名を見つけた。
急いで鳩を飛ばし、懐かしいあの人に来てもらう。
「お久しぶりです。レンドーラン公爵閣下」
「お久しぶりです。ベルベディア卿」
顔を見合わせて互いに笑い合う。
「この度はずうずうしくもあなたに結婚を申し入れました。あなたの気高さ、美しさ。そして優しさに私は永遠の愛を誓います」
「喜んで」
リーベンハイトは祖国の家を妹夫妻に任せ、兵団もやめ、ヴァルサルカと添い遂げるために駆けつけてくれた。
心の中の悲しい声はもう聞こえなくなった。
自分を愛してくれる人に出会えたから。
レンドーラン公爵家は優秀な婿を迎えてますます発展する。逆に頼りない国王と軟弱な王太子は求心力を失い、有力貴族たちは王家の転換を求めた。国王は二つ返事で了承し、亡き妻の領地に息子ともども引っ込んで、小さな領主として頑張っている。
貧民街に送られたベアトリスとユマは毎日大喧嘩している。ベアトリスはユマに「あんたが余計なこと言わなければ私は一生安泰だったのに!!!」と罵り、ユマは「王弟の証拠位掴んでなさいよ!!!あんたのせいで私はこんなみじめな暮らしをしなきゃならないのよ!!!」と応酬した。
ユマの顔つきはだんだんと目が吊り上がり、不平不満ばかりこぼす唇はへの字に曲がった。かつての美貌はもはやなく、背骨が曲がって髪が伸ばし放題となった彼女はいつしか魔女と呼ばれるようになった。
ヴァルサルカはレンドーラン女王となり、王配のリーベンハイトと仲睦まじく、いつまでもいつまでも幸せに暮らした。
ヴァルサルカの意識は女子高生→王妃とだんだん推移して最後には融合しています。もともとのヴァルサルカの意識もありますが、自尊心が低いので殻にかぶっています。でも、自分の容姿を好きといってくれたリーベハイトには親しみを感じています。彼女は何よりも己の容姿に怯えていましたから。




