INTERMISSION25 未知なる天体、あるいはソラそのもの
王都防衛線の敷かれた戦場まで到達して。
メテオバーンキックでド派手に登場を終えた後、無数の視線を浴びてわたくしたちは不敵な笑みを浮かべていた。
「いやー……おえっ、まだ気持ちワリぃわ」
「ふふん、ユートもまだまだですわね。高速移動で酔うなんて魔法使いの風上にもウボェ」
わたくしと王子は二人そろってその場にしゃがみこんだ。
クソ酔った。
事前に何度かテストしていたのだろう、ロイだけはやや青ざめながらもしっかり立てている。
「と、とりあえず物理攻撃が通用するのが分かってよかったよ」
「そうですわね……」
わたくしは頭を振って立ち上がった。
先ほど蹴り飛ばした上位存在『外宇宙害光線』は、銀河と思しき球体を四つ連結させたかわいらしい外見だった。
その内側に煌めく星々の数は到底数え上げられない。あれがもし本当に銀河スケールの存在で、それを圧縮しているんだとしたらゾッとするが……さすがにそこまでではないだろう。存在の質量に、まずこの星が砕け散っているはずだ。
「……! 来るぞ、気をつけろ!」
遅れて立ち上がった直後、ユートが大声で叫んだ。
わたくしとロイに対してではない。防衛線を構築していた、ハインツァラトゥスの戦士たちに向けてだ。
見れば身体を起したアンノウンレイが、足元の岩石をゆっくりと浮上させていた。力場を感じる。明らかに、直接は触れずとも動かしている。念動力の類じゃない。
そしてその岩石が、超高速で打ち出された。
「な────」
一切の減速なく飛翔、陣形を構築していた騎士たちの中心点に巨大な質量砲撃が突き刺さる。
人間が数名舞い上がるのが見えた。直撃は避けられたのか。
ロイとユートが絶句する横で、わたくしは岩石の軌道をよくよく分析した。おかしい。単に投げつけた、にしては直線過ぎた。
「……ッ! そういうことですか」
「何か分かったのかい?」
実に明快な原理だ。
本来大気中では、飛翔体は摩擦などの影響を受けて徐々に減速、落下していく。常に推力を受けていない限りは必ずどこかで止まる。
それはルールだ。地上で生きる者たちの摂理だ。
ならば上位存在が、そのルールを無視して自分の理で活動するのもまた摂理である。
「等速直線運動……!」
一切の摩擦が生じない、と仮定するなら物体は速度を維持して永遠に運動する。
超高速で打ち出された岩石が異常なほど真っすぐ飛んできたのは、摩擦の存在しない宇宙空間における運動を再現したものと考えるべきだろう。
〇TSに一家言 見た目通りに、宇宙の法則を用いてくるってわけか
〇トンボハンター 奇遇だねえお嬢ちゃん、奇しくも同じ構えだ
言ってる場合か!
もしそうだとしたら、ルールの規模が強大過ぎる! 数で押せる相手じゃない!
「感覚を切り替えてください! あれは地面に落ちず、減速しない攻撃! 質量を持っていても、魔法のように真っすぐ飛んできますわ!」
「承知した!」
高台から飛び降り、アンノウンレイの正面を陣取りながら叫んだ。
王国兵が返事をして、ハンドサインで仲間たちに情報を広げていく。
……正直、あの攻撃に拘泥してくれたら楽なんだけどな。カラクリさえ分かれば、軌道を見切って岩石を砕けばいい。連打されたところで痛くもかゆくもない。
ただ、そううまくいくはずもない。
「何か来ます……!」
四つの球体のうち、左腕。
銀河の表面が裂け、そこから、先ほど儀式場で見た礼服姿の人間たちが無数にあふれ出し、こちらへと滑空、あるいは疾走してきた。
「なんなんだネあれは!?」
わたくしのところまで駆けてきた騎士──かつて選抜試合でロイと戦っていたおっさんだ。青騎士、だったか──が驚愕の声を上げる。
「対人戦の用意を! 恐らく全員魔法使い、アナタたちの本領でしょう!? デカブツはわたくしが何とかします!」
「な、ナントカってしかしだねえキミ! 学生相手にそんな負担押し付けられるはずないだろう!?」
「アナタたちは上位存在を相手取るのは初めてでしょう! わたくしは数度の交戦経験と、撃破実績がありますわ!」
冷静な戦力比較、だけではない。
こういった存在の位相が違う相手と戦うなら、その資格を持っているかどうかが最大のファクターだ。
青騎士さんは数秒逡巡し、息を吐きながら頷いた。
「承知したヨ。だが無理はせず、危なくなったらすぐ退きなさいヨ!」
「言われずとも!」
信者たちが迫ってくる。
ツッパリフォームの膂力に任せ、正面から向かってくる連中をちぎっては投げる。
「マリアンヌ! 僕らは……!」
「向こうの手札が確認できません、どちらが本命なのか分からない……! ひとまず騎士の方々と一緒に、この軍勢を押しとどめてください! 特にユート! 王子が最前線で上位存在と戦っていたら皆さん気が気じゃないでしょう!」
「まあ、そうだよな……!」
男子二名は頷いて、後方へと駆けて行った。
実際問題、銀河の中に格納されていた信者の数が馬鹿にならない。どこから集めたのか、騎士たちの数倍の数がある。
「サクッと倒せたら楽なのですがね……!」
どうやらわたくしの優先度はさほど高くないらしく、ほとんど素通りされていく。
ムカつきはするが、正直今は好都合だ。さっきから嫌な予感が止まらない。
アンノウンレイから絶対に意識をそらしてはいけない、という確信がある。
────星を纏い、天を焦がし、地に満ちよ
────悪行は砕けた塵へと、秩序はあるべき姿へと
────裁きの極光を、今ここに
ツッパリフォームと並行して六節詠唱を起動させる。
普段ならロケットドリルパンチとかにしてるが、今は近づく理由がない。
超高高度に流星を顕現させた。右手を天にかざし、完全な制御下に置く。
「そゥらアァッ!!」
裂帛の気合を込めて、右手を振り下ろす。
構築した流星が綺麗な放物線の軌道を描いて、アンノウンレイの頭部へと吸い込まれた。 これが次世代の、初撃必殺型テトリスだ!
『いいね、よく工夫してる』
突き刺さった流星が、頭部の銀河に吸い込まれた。
目がおかしくなったのかな? 質量的に十倍ぐらいあったんだけど、何?
〇苦行むり は……? こいつ今、普通にしゃべった?
〇宇宙の起源 あ、いや、こいつそういえばお嬢に飛び蹴り食らった時も悲鳴上げてなかったか!?
言われてみれば。
流してしまっていたが、確かに悲鳴を上げていた。
「アナタ、既に言語を獲得して……!?」
背後から剣戟の音が響く。乱戦とは言わずとも、数の差を覆すため騎士たちが奮闘している。
だというのに、わたくしとこの上位存在の間には、恐ろしいほどの静謐が横たわっていた。
『大きくするだけでなく、内蔵する威力も練り上げられていた。ボクがこういう存在じゃなかったら……うん。一緒に召喚されてた四体なら、今の直撃が通れば蒸発してたかもしれないね。でも少し甘かった。次はボクの番だ』
直後。
防衛本能が、脊髄がとっさに指示を出した。
『記録構築:疑似放射:ガンマレイ』
それは生物を細胞単位で死滅せしめる、極死の破壊光。
奴の中心部に位置する巨大な銀河から、無秩序に解き放たれた破滅の輝き。
「流星ガード、25%! フルハッチオープン!」
絶対にこれ通せねえ通した瞬間に戦略単位で負ける! 誘発握ってないときに先行展開されるみたいなヤバさを感じる!
全身から流星の輝きを放射する。無秩序なガンマレイ一筋一筋を、視認した片っ端から叩き落す。
『これぐらいなら対応できるかな? 別の世界に存在する有害な光線に寄せてみたけど……』
「ふ、ぎぎ……!」
余裕の声色だった。
防ぎきれなかった光線が、背後奥深くまで駆け抜け、大地を切り裂く。
それを──防ぎきれなかったのを──確認して、コンマ数秒思考が真っ白になって、思わず後ろを見た。
悲鳴を上げて、大事な二人の友達に逃げるよう叫ぼうとして、愕然とした。
『ああ、大丈夫だよ。人間には当てないよう、召喚された時に縛られてる』
極光の破壊は確かに地形を破壊した。
だが直撃は一つもない。わざと、人間に当てないよう、緻密に狙いを絞っていたのだ。
「アナ、タ、何のために……!?」
『さあ? ボクを呼んだ人に聞いた方がいい。ボクはただ、縛りの中で、ボクの欲求を満たしたくて動いている。遥かな宇宙の果てからやってきた以上、何かしらの成果は欲しいんだ』
超合体銀河ロボは、なんてことはないように告げた。
成果。成果だと? キャトルミューティレーションでもしにきたのか?
『まあ、それは今はいい。そんなことより。今のキミの光……こちらの攻撃を防いだ。これはもう決まりだ、ボクと似た由来だね? 惑星の外側、宇宙から来た光だ』
「……ええ。わたくしが用いたのは禁呪『流星』。アナタと恐らく近しいものがあるのでしょう」
今の防御も、やれるという確信があった。根拠はない。そんなもん絶対ぶっつけでやっちゃだめだ。普段ならやらない、回避してた。
だが、戦闘用の論理的思考を凌駕するほどに、圧倒的な確信が身体を動かしたのだ。
〇第三の性別 やっぱり、もう引っ張られ始めてるのか……!
〇火星 系統が似てると、相互に影響を与えることがある。下手したら持っていかれるぞ、気をつけろ
〇無敵 @外から来ました @宇宙の起源 これお前らの管轄じゃない?
〇外から来ました 違う。いやパッと見で実際俺の要素も混ざってると思ったんだけど……なんか、違う。うまく言えないけど、他のものが混ざりすぎてる
〇宇宙の起源 上に同じだな。純度が低すぎてラインが切れてるまであるぞ、権能を引きずり出されてる感じは全くない
〇日本代表 なるほどな……は? いや、待ってくれ、権能全く引っ張られてないのにこれだけの力を維持されてるのって、おかしいだろ!?
コメント欄から情報を拾いつつ、身構える。
本当に宇宙における現象を再現できるのだとしたら、こんなに厄介な相手はいない。
単なるガンマ線の放射ならまだかわいい方だ。極限まで圧縮したガンマ線バースト、あるいは超新星爆発、ブラックホール……今ここで切られたら詰むカードの候補が多すぎる。そしてそれらを持っていないという確証はない。
さっきロイにナーフを求めたのは撤回する。真にナーフされるべきはこいつだ。
『そう身構えないでよ、仲良くできるはずだ』
「はあ……?」
だがこちらの深刻な思考を、よりにもよって上位存在張本人が切って捨てた。
『誇りを持っているんだろう? 輝きに魅入られた人間だ。分かる、分かるよ。ボクもこの美しい光は大好きだ。宇宙は素晴らしい。宇宙サイコーさ!』
「……え、えーっと?」
つまりどういうことだよ、と視線で促すと。
超銀河合体ロボ『アンノウンレイ』は、見てわかるほど明瞭に胸を張った。
『キミは宇宙を駆け抜ける光だ、ボクの親戚だ! 素晴らしい、美しい輝きだね!』
何言ってんだこいつ。
「あったりまえでしょうが! ですがアナタ──話がわかりますわね!」
〇木の根 そんなことある??
〇つっきー う、宇宙キチが増えた……!
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