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過去編【05】責任感

のんびりとした雰囲気が漂う穏やかな朝。


常時深い霧に覆われている薄暗い魔霧の森に対し、精霊の里には暖かな陽光が降り注ぎ、別世界のように明るい。


精霊達は歓談に花を咲かせ、妖精達は思い思いに飛び回っている事も里の雰囲気を良くしている一因だろう。


『あらヴィルム、今日も早いわね。おはよ~』


『ヴィルム! オハヨ! オハヨ!』


「あぁ、おはよう」


黒目黒髪の少年に気が付いた精霊や妖精が声を掛け、少年が挨拶を返す。


当然、その逆も然り。


この里では見慣れた、当たり前の光景。


ヴィルムが精霊達に拾われてから、十三年の歳月が経っていた。


幼かったヴィルムも順調に成長を重ね、身体付きも男らしさが表れ始めた時期といった所だろうか。


ラディアの件があって以降、ヴィルムはますます(家族)の為にという想いが強くなっていた。


自分に出来る事は率先して取り組み、出来ない事も精霊達の助力を得ながらこなせるように努力していた。


『ヴィーくん、おはよ』


ヴィルムが少し眠たげな声がした方を向くと、片目を擦りながらふらふらと近寄ってくる妖精サイズの女の子がいた。


最近、ようやく妖精から精霊へと進化した子だ。


「フー姉ちゃん、おはよう」


『ん、よろしい』


ヴィルムから姉と呼ばれた事で、満足そうに頷く。


どうやら彼女はヒノリやラディアの影響を受けたらしく、ヴィルムに対してやたらとお姉さんぶる事が多い。


実際、彼女の方が年上なので、ヴィルムの方も姉と呼ぶ事に抵抗はないようだ。


見た目は彼女の方が明らかに幼いので、なかなかシュールな光景になっているのだが・・・。


『じゃあ、皆と、遊んでくる、ね』


「あぁ、いってらっしゃい。フー姉ちゃん」


まだ妖精だった頃の癖が抜けてない彼女は、他の妖精達と行動を共にする事が多い。


周囲の妖精達を引き連れて出掛ける彼女を、微笑みを浮かべながら見送るヴィルムだった。










* * * * * * * * * * * * * * *











ヴィルムが彼女達を見送ってから数時間後、魔霧の森を巡回していた精霊達から連絡が入る。


どうやら五人組の冒険者グループが警戒領域に入ったらしい。


『冒険者達の構成は前衛が二人、中衛が一人、後衛が二人です。特に後衛の二人は上級魔法を使うようなので注意して下さい』


『中衛が攻撃防御関係なく状況に合わせて動くみたいだから、自由にさせない方がいいかもだよ』


女王の側近であるジェニーとミーニから、ヴィルム、ヒノリ、ラディアへ迎撃の要請が伝えられた。


『委細承知じゃ。ヒノリ、ヴィル坊、抜かるでないぞ?』


「わかってる。中衛の相手は俺が引き受けるよ。ディア姉は前衛二人を、ヒノリ姉さんは後衛二人をお願いね」


『OK。ヴィルムもなかなか様になってきたじゃない。お姉ちゃん嬉しいわ~』


侵入者迎撃の要請を受け、即座に迎撃の準備に取り掛かる。


その際、ヴィルムは里にフーミル達の姿が見えない事に気が付いた。


「ヒノリ姉さん、ディア姉。フー姉ちゃんはまだ帰って来てないの?」


『む、そう言えば姿が見えぬな。まだ森で遊んでいるともなれば、悠長に準備をしとる場合ではないのぉ』


『まぁ、フーちゃんなら見つかる前に逃げるんじゃない? すばしっこいから・・・って、あら?』


ヒノリが何かに気付き、ヴィルムとラディアがそちらに視線を移すと、ふらふらしながら戻ってくる妖精達が視界に入った。


慌てたヴィルムは妖精達に駆け寄り、魔力を譲渡する為に優しく抱きかかえる。


疲弊はしているものの、目立った外傷もなかった妖精達はすぐに元気を取り戻し、口々に騒ぎ始めた。


『フーミル、危ナイ!危ナイ!』


『逃ガシテクレタ!逃ガシテクレタ!』


『戦ッテル!戦ッテル!』


どうやらフーミルと遊びに出掛けた妖精達だったようだ。


更に言えば、何者かとフーミルは交戦状態にあるらしい。


状況を照らし合わせれば、恐らくは報告に上がった冒険者達だろう。


「ヒノリ姉さん! ディア姉!」


『急ぐわよ!』


『うむ!』


妖精達の無事を確認した三人は、全力を持って魔霧の森へと向かって行った。











* * * * * * * * * * * * * * *











「そっちに行ったぞ! 絶対に逃がすなよ!」


「それくらいわかってる!」


「確かに素速いが・・・どうにもならんという程でもないな」


森の中、男女の入り交じった声が聞こえてくる。


そこには冒険者達五人と戦闘を繰り広げるフーミルの姿があった。


ダメージこそ負ってはいないものの、彼女の息は弾み、動きにもいつものキレが見られない。


疲労が蓄積している事は明らかだった。


一緒に遊びに出掛けた妖精の一人が見つかってしまった為、自分が囮になり、妖精達を逃がした後に自分も逃げるつもりだったのだろう。


風の精霊であるだけに素早く、かなり善戦しているようだが、冒険者達の方もかなりの手練れらしく、中々逃げ出す隙を見つけられないでいた。


『・・・ハッ! ・・・ハッ!』


「いいぞ! 大分疲れてきてる。もう少しだ!」


「上手く合わせろよ!〈アローレイン〉!」


フーミルに向かって、ミスリル製の矢が雨の如く降り注ぐ。


「任せて。〈フレイムランス〉!」


『・・・ッ! あぐっ!?』


次々に襲い来るミスリルの矢を何とか避け続けるフーミルだったが、行動範囲が制限されてさそまった事で、魔術士の放った〈フレイムランス〉をまともに受けてしまう。


「よし、やったな」


「へっ! 手間取らせやがって」


「まだ動くやもしれん。油断するなよ?」


「大丈夫だって。〈フレイムランス〉をまともに受けて平気な精霊なんていねぇよ」


力なくその場に倒れ込んだフーミルを拘束しようと近付く冒険者の一人。


もう抵抗出来ないと見込んでいるのか、無造作に手を伸ばすその姿には警戒心は感じられない。


『・・・〈ウィンド、ブロー〉』


フーミルが、最後の足掻きとばかりに風魔法を放つ。


「ぐあっ!?」


油断していた冒険者は風魔法(それ)をまともに受ける事になった。


しかし疲弊していたが為に魔力の密度が薄かったらしく、冒険者の顔に痣を作る程度の威力しか出せなかったらしい。


「て、てめぇ! 大人しくしておけばいいものを!」


「あ、お、おい!?」


『━━━ァ』


風魔法を受けた冒険者が痛みと恥ずかしさから逆上し、ミスリル製の剣でフーミルを斬りつける。


最早回避する力も残っていなかったのか、フーミルはその斬撃を避ける事も出来ずに左肩から右腰の辺りに向かって大きな傷を負ってしまった。


「こ、この馬鹿! コイツが死んだら今回の探索報酬がパーじゃねぇか!」


「うるせぇよ! 舐めた態度だったから躾てやっただけだろうが!」


斬られた箇所から魔力が抜け、意識が朦朧とし始めるフーミルに、冒険者達が罵り合う声が聞こえてくる。


(みんな、逃げれた、かな?)


フーミルは自身が逃がした妖精の安否を気にする。


(フーは、お姉ちゃんに、なれた、かな?)


精霊に進化して芽生えた責任感が、彼女を動かしていた。


(ヴィーくん・・・)


脳裏に浮かんだのは、自分の事を本気で姉と呼んでくれている少年の姿。


「フー姉ちゃん!」


フーミルが意識を手放す寸前、彼女の耳に届いたのはその少年の声だった。

お久しぶりです。

仕事とプライベートの事情が重なりまして、更新が滞ってしまいました。

いつもであれば過去編は同時に投稿する予定でしたが、今回は間に合いませんでした。

次回の更新は過去編がもう一話、それから本編新章に移りたいと思っています。


お時間がありましたら、感想や評価を書いて頂けると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 次々に襲い来るミスリルの矢を何とか避け続けるフーミルだったが、行動範囲が制限されてさそまった事で、魔術士の放った〈フレイムランス〉をまともに受けてしまう。 「制限されてさそまった」 → …
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