【43】ヒュマニオン王国の危機⑥ ~ 騒動の終幕 ~
※今回は二話同時更新となってますので、【42】ヒュマニオン王国の危機 ~ 魂、交わる刻 ~ をお見逃しの方はそちらを先にお読み下さい。
ヒノリとの融合を果たし、幻想的な焔を身に纏ったヴィルムが、ユリウスとベイルードを見据える。
美しい宝石を彷彿とさせる真紅の瞳には、大切な家族を害した敵を絶対に許さないという明確な意思が感じられた。
額に汗を浮かべながらもどこか楽しそうなユリウスに対し、ベイルードの方は激しく動揺している。
「まさか、こんな隠し玉があるなんてね。流石にこれは予想出来なかったなぁ」
「あ、あり得ない! 精霊獣と融合するだと!? 非常識にも程があるだろう!? も、もう少しで・・・もう少しで僕のモノになるはずだったのに!」
瞬間、ヴィルムの顔は一気に怒りに満ちた表情となり、その感情に呼応するが如く身体から荒々しい炎が吹き上がる。
「ヒノリ姉さんを、大事な俺の家族を害した上に物扱いか? ふざけた真似しやがって・・・ッ! 覚悟は出来てんだろうなァ!?」
「ひぃ!? ユ、ユリウス! あいつを何とかしろ! 何とかするんだ!」
ヴィルムの鬼気とも言える怒りを直接ぶつけられたベイルードは、そのあまりにも強大な威圧感にすっかり怯えてしまっている。
「精霊獣と融合しているなら・・・〈スピリチュアルバインド〉!」
一方、ユリウスはまだ諦めるつもりはないらしく、即座にヴィルムに向けて拘束魔法を放つ。
しかし精霊獣をも容易く拘束したその魔法は、ヴィルムに触れた瞬間に弾けるような音を立ててあっさりと霧散してしまった。
「無駄だ。ヒノリ姉さんと融合したとは言え、ベースは|人間だからな。精霊に特化したその拘束魔法は効かねぇよ」
「あー・・・これは、参ったね」
「つ、使えない奴め! くそっ! 出てこいサンドラ!」
ヴィルムに拘束魔法が効かなかった事で、少し困ったように指で頬を掻くユリウスを焦りのままに怒鳴り付けたベイルードが、自身の契約精霊を呼びつける。
ベイルードの側に姿を顕したサンドラは、相変わらず顔を伏せて何かに怯えているように見える。
しかしベイルードはそんなサンドラの様子を気遣う訳でもなく、ただ怒鳴り散らすように命令を下す。
「サンドラ! 命を賭けてでもあいつを足止めしろ! 僕が逃げる時間を稼ぐんだ!」
一瞬、〝ビクリ〟と身体を強張らせたサンドラは、次第にカタカタと震え始めた。
「安心しろ。僕が上手く逃げ切れたら、今日からしばらくの間、実験はなしにしてやる」
『━━━は、ぃ』
今にも消え入りそうな声での返答が聞こえたのか、ベイルードはすぐさま踵を返し、扉に向かって走り始めた。
最早ベイルードの頭には先程までの余裕やヒノリを捕縛する計画はなく、如何にして自分が生き延びるかという事しかない。
チラリと後ろを見ると、先程までの位置から動いていないヴィルム、それに対峙するユリウスとサンドラの姿が見えた。
(よし! そのまま忌み子の気を引き付けてろよ!)
内心で拳を握ったベイルードが扉の前に辿り着き、王の間から逃げ出そうと赤い取っ手に手を触れた瞬間━━━
「あ? ッづァぁぁあアッ!?」
響き渡るベイルードの叫びと共に、周囲には皮膚と肉が焼け焦げる音と匂いが漂い始める。
ヴィルムはベイルードが逃げ始めると同時に、彼が必ず触れるであろう取っ手の部分を外側から熱していたのだ。
ヒノリの炎を司る能力を使って。
「逃がすとでも、思っていたのか?」
ベイルードがその声に振り返れば、いつの間にかその背後にまで移動し、熱さと痛みに蹲る自分を見下ろしている、ヴィルムの姿。
「ヒッ!? ユ、ユリウス! サンドラ! 何をしている! 早く僕を助けろ!」
慌ててユリウスとサンドラに助けを求めるベイルードだが、そこには彼の期待していた光景とは全く違うモノだった。
「これで契約破棄完了、っと。あ、ベイルード、約束だからね。サンドラは貰っていくよ」
気を失ったのであろうサンドラを両腕に抱いたユリウスが、あっけらかんとした表情で言い放った言葉に、ベイルードが目を見開いて驚きを露にする。
「なっ!? お、おいユリウス! 僕はまだ承諾してないぞ!? サンドラを渡すのは精霊獣が手に入ってからの話だっただろう! 大体、そんな一方的に契約破棄が出来る訳━━━」
「そ・れ・が、出来るんだよねぇ。契約を結んだ者の片方が契約の破棄を望み、契約を結んだ時に使った以上の魔力を使ってやれば、ね。現に、もうサンドラとの繋がりは切れてるでしょ?」
どうやら本当にサンドラとの契約は破棄されてしまったらしく、ベイルードの表情は徐々に青ざめていく。
「そ、そんな、まさか・・・。ユ、ユリウス、僕を裏切るのか?」
「裏切るも何もないよ。あれだけ時間を稼いでやったのに、余裕かまして台無しにしたのは君だからね。ボクは、ボクの働きに対する正当な報酬としてサンドラを頂くだけさ。それに、先にボク達を捨て石にして逃げようとしたのは君だって事、忘れてるのかい?」
サンドラを失い、雇っていたユリウスに見切りをつけられ絶望して倒れるように座り込んだベイルードの頭に、ヴィルムの右手が置かれる。
「話は、終わったか?」
冷淡とした、しかしはっきりとした怒気が含まれた声に、ベイルードは全身が総毛立つ。
「ひぃ!? 待って! 待って下さい!」
そのままベイルードの頭を鷲掴んで持ち上げたヴィルムは、自身の魔力を惜しげもなく注ぎ込み、完全な無から超高温の炎を生み出していく。
「灰も残さず、焼滅させてやる。お前がサンドラにした事、俺の仲間に手を出した事、そしてヒノリ姉さんを物扱いした事、全てを後悔しながら、死ね」
ヴィルムが言葉を終えると同時に、周囲を漂っていた炎が意思を持った生き物であるかのようにベイルードへと殺到する。
「や、やめ━━━━━━━━━━ッ!!!」
ヴィルムが宣言した通り、炎に包まれたベイルードは、声をあげる事すら出来ず、その存在の一欠片すら残す事なく、この世から消え去った。
ベイルードの死を特に気にする事もなく、ヴィルムはサンドラを抱いたユリウスの方へ向き直る。
「さて、あの男とどんな約束をしていたかは知らないが、その子を放してもらおうか。その子は自由に生きるべきだ」
「いやいや、今回の目的はこの子だからね。ヴィルム君には楽しませてもらったけど、そのお願いは聞けないなぁ」
ヒノリとの融合により、ヴィルムとの間に決定的な実力差が生まれたはずのユリウスだったが、彼の表情は未だに崩れてはいない。
虚勢を張っているのか、それともまだ実力を隠しているのか。
「そうか。なら・・・〈イグニスフェザー〉」
しかしヴィルムには、すでにユリウスと駆け引きをする気はないようだ。
以前、ヒノリが使った〈ブレイズフェザー〉と同じ、鳥の羽根を模した無数の焔が間断なくユリウスに襲い掛かる。
「わっとと!? くっ! ちょっ、ヴィルム君!? サンドラやこの場に捕らわれた人達がどうなってもいいのかい!?」
「安心しろ。この炎は俺の意思通りに動き、俺の燃やしたい物のみを燃やす。周囲の心配より自分の心配をする事だな」
焔の羽根はヴィルムの言葉を肯定するかのようにその動きを変化させ、ユリウスを追い詰める軌道を取り始めた。
逃げ場を潰すように飛び回る焔の羽根に、ユリウスは徐々に避けきれなくなってきている。
不規則な起動で向かってくる焔の羽根を辛うじて避けた際、ユリウスは体勢を大きく崩してしまった。
それを待ち構えていたかのように、打撃の体勢に入っているヴィルムがユリウスの背後に現れる。
「かっは━━━っ!」
燃え盛る炎を纏った拳での、背面への痛打。
流石のユリウスも、体勢を崩した上にサンドラを抱えながらではヴィルムの攻撃を避ける事は出来なかったようだ。
更に拳を受けた箇所の衣服は燃え崩れており、爛れてこそはいないものの、その一歩手前と思われる火傷を負っていた。
打撃と火傷の痛みに表情を歪め、激しく咳き込みながらも乱れた息を整えようとするユリウスに、ヴィルムが追撃を仕掛ける。
そして、ヴィルムの拳撃がユリウスを捉えようとした時、彼の前には、いつの間にか現れた小さな少女が立っていた。
『ゆーり、いじめるの、だめ』
突然、自身の知覚外から現れたその少女に驚いたヴィルムは、素早く後方へ下がり、警戒する。
(あの子は・・・精霊、か?)
外見から推察すれば十歳前後であろうか。
軽くウェーブのかかった長髪は黒みがかった紫色をしており、彼女の透き通るような白い肌を更に際立たせている。
美少女と言っても過言ではない彼女の周囲には、不規則に蠢く何かが控えるように侍っており、そのギャップが更に不気味さを加速させていると同時に、彼女が人外である事を物語っていた。
そんなヴィルムの警戒心を余所に、その少女はトテトテとユリウスに近付くと、屈託のない笑顔で抱きついた。
『ゆーり、むかえにきたよ~』
「ヨミ、ナイスタイミングだ。助かったよ」
サンドラを抱えているユリウスがその少女を受け止める事は出来なかったが、彼の腰あたりに抱きついた彼女はそれだけで御満悦そうな表情をしている。
『えへへ~。ヨミ、えらい? ゆーりの、やくにたった?』
「あぁ。いつもありがとう、ヨミ。新しい友達も手に入った事だし、そろそろ引き上げようか」
『おー、あたらしいともだち。ヨミ、がんばる。〈ブラインドミスト〉』
ユリウスがヨミと呼んだ少女から溢れ出た黒い霧が、瞬く間に広がり、王の間を包み込んだ。
「逃がさん!」
即座に反応したヴィルムが全身から勢いよく炎を放出する。
発生する爆風を持って黒い霧を吹き飛ばすつもりだろう。
ユリウス達は、その僅かなタイムラグを利用して窓から飛び出して軽快な足取りで壁を降りていく。
着地した際、ユリウスは通常の飛竜とは桁違いに大きい飛竜、ハイシェラの姿を捉えた。
メルディナとミゼリオがハイシェラと合流し、駆け付けた所だったのだろう。
「ふ~ん? この魔力は・・・ヴィルム君の仲間達か。これを利用しない手はないね」
メルディナ達は王の間を包み込む黒い霧と噴き上がる炎に注意を奪われているらしく、まだユリウス達に気付いた様子はない。
そこに、黒い霧を吹き飛ばしたヴィルムが窓から飛び出してくる。
勢いよく空へと飛翔し、素早く周囲を見渡したヴィルムがユリウス達とハイシェラ達の存在を認識した。
「ハイシェラ! メルディナ達を連れて今すぐここから離れろ!」
「えっ? あの声・・・もしかして、ヴィルなの?」
『ヒノリンみたいな羽生やしちゃって、ヴィルムってばどうしちゃったの?』
『クルァ? クルァァァァン!』
ヴィルムの変わり様に戸惑う二人と一匹だったが、ハイシェラは主人の命令だと理解すると、すぐに反転して離れ始める。
「ヨミ?」
『りょうか~い。ナイちゃん、メアちゃん、おねがい、ね』
しかし遅かったらしい。
ヨミがハイシェラを指差すと、彼女の周囲に侍っていたモノが二つに別れ、その指示に従うよう上空へと向かっていく。
二つの物体の速度は凄まじく、ハイシェラのスピードを持ってしてもすぐに追い付かれてしまいそうだ。
「ちっ!」
瞬時にユリウス達の目的に気付いたヴィルムだったが、メルディナ達を見捨てるという選択肢は取らずに、彼女達と彼女達に向けて放たれた攻撃の前に身体を割り込ませる。
「えっ!?」
『ギャウ!?』
『わわわっ!?』
いつの間にか背後に迫っていた驚異に驚くメルディナ達だったが、それはすでにヴィルムによって受け止められていた。
ヨミから放たれた蠢く物体は、まるで生物のように手を伸ばして掴みかかろうとしてくるが━━━
「消し飛べ。〈ブレイジングデトネーション〉」
その瞬間、蠢く二つの物体を中心に小規模な爆発が、連鎖反応を起こしたかの如く次々に引き起こされていく。
時間にして数秒といった所だが、爆発が起こった数は百を越えただろう。
爆煙が晴れた際、その中心にいた二つの物体は、ヴィルムの言葉通りに跡形もなく消し飛んでいた。
驚異がなくなった所で改めてユリウス達を探すヴィルムだったが、その存在は感知出来ない。
「・・・気配も魔力も感じられない。逃がした、か」
(今から探すにしても時間が足りないな。ここまでか・・・)
そう、悔しそうに空を見上げた。
* * * * * * * * * * * * * * *
ヒュマニオン王国より少し離れた草原にて。
余裕を持っていたように見える彼らだったか、ヒノリと融合したヴィルムから逃げる事はギリギリもいい所だったらしく、明らかに雰囲気が弛緩していた。
ユリウスの後をトテトテと着いていくヨミは、何やら背後で蠢く物体に頷いている。
『そう。ゆーり、ナイちゃんとメアちゃん、やられちゃったって』
「そっか。逃げる為とは言え、痛い思いさせちゃってごめんね?」
『・・・ふたりとも、きにしないでっていってる』
「うん、ありがとう」
ユリウスの感謝の言葉に、ヨミの背後で蠢く物体は頷くような動きをしている。
実際、あの足止めがなければヴィルムから逃れる事は出来なかっただろう。
『ん~?』
「どうしたの? ヨミ」
ふと、首を傾げて自分を見上げるヨミに気が付いたユリウスが彼女に尋ねる。
『ん~。ゆーり、なんかうれしそう?』
「あらら、わかっちゃったか。ヴィルム君が想像以上に面白かったからね。それに、降臨融合って言ってたかな? あれは凄く興味深いよ。まさか精霊と融合するなんてね。ヨミ、帰ったらボク達も試してみるかい?」
ヨミに内心を言い当てられたユリウスは、その感情を隠す事なく吐露する。
『ゆうごう・・・がったい・・・ゆーりのえっち』
「・・・ヨミは一体何を想像したのかな?」
ヨミの斜め上の発言に一瞬言葉を失いながら、少し呆れた表情で返すユリウス。
穏やかだった草原に強めの風が吹き抜け、ユリウスの被っていたフードがめくれあがる。
「おっと・・・少し気が抜けてたかな」
軽く後ろで縛っただけの長い黒髪が、風に煽られて靡いていた。
今回のイベントはこの話にて完結です。
精霊獣との融合を書けて作者は満足しております。
さて、次回は新章に入る前に、フーミルの過去編を書きたいと思っております。
メルディナの修行や精霊の里の様子も書きたいなぁ・・・。
お時間がありましたら、評価や感想を頂けると幸いです。




