【42】ヒュマニオン王国の危機⑤ ~ 魂、交わる刻 ~
「ヒノリ姉さん!?」
四大属性の一つ、炎を司る精霊獣であるヒノリがいとも簡単に拘束された事に、ヴィルムは少なくない動揺を隠せないでいた。
(ヒノリ姉さんがあっさり捕まった!? この男、一体・・・?)
ヴィルムは、精霊獣を拘束出来る程の魔法を詠唱もせずに発動したユリウスへの警戒レベルを跳ね上げる。
(いや、そんな事よりもヒノリ姉さんを助けるのが先だ。拘束魔法なら、大量に魔力を叩き込めば━━━ッ!?)
瞬時に思考を切り替え、捕らわれたヒノリの元に駆けつけようとするヴィルムだったが、そこにユリウスが割って入る。
「〈スピリチュアルバインド〉。対精霊に特化した拘束魔法さ。ちなみに、これはボクのオリジナル魔法でね。上位精霊くらいなら意識を失って床に転がっててもおかしくないんだけど、流石、精霊獣って所かな?」
「ちっ! 邪魔だあああッ!!!」
すでに敵対している者と交渉しても無駄だと考えているヴィルムは先程にも増して猛攻を仕掛けるが、やはりユリウスの実力は本物らしく、彼を突破するまでには至らない。
打ち合い、受け止め、避わし、組み合う。
「残念だけど、雇い主の意向だから、行かせる訳には、いかないね。彼が、目的を、達成するまで、少し、付き合ってもらうよ? ヴィルム君」
「ふざっけるな!」
ユリウスを突破出来ない事に苛立つヴィルムだが、対するユリウスの方にもあまり余裕はないらしく、息の荒さが目立ち始めた。
手四つの状態で拮抗するヴィルムとユリウスを尻目に、事の成り行きを見ているだけだったベイルードがヒノリへと近寄っていく。
「本当に動けないみたいですね。ユリウスから話を持ち掛けられた時は半信半疑でしたが、中々に使えるではありませんか」
ヒノリが動けない事を確信し、余裕の表情で彼女に話し掛けるベイルード。
『・・・ッ!』
一方、拘束されているヒノリは、締め付けられる苦しさに耐えながらもベイルードを睨み付けている。
その様子を満足気に眺めていたベイルードは、気持ちの悪い笑みを浮かべながら更に近付いてきた。
「くふふふふっ! さぁ、貴女は身動きが取れない。邪魔な貴女の契約者はこちらに来る事が出来ない。諦めて僕の物なってくれませんかねぇ?」
『ふざ、けるなよ、人間。我が主、は、ヴィルム、一人だけ、だ』
「おやおや、フラれてしまいましたか。ですが僕は何としても貴女が欲しいのですよ。例え、どんな手段を使っても、ね?」
そう言ってベイルードが懐から取り出したのは、鈍い銀色の光を放つ輪状の物体。
その正体を察知したヒノリは、苦々しく顔を顰める。
『それ、は・・・ッ!』
「流石は精霊獣。これが何か知っているみたいですねぇ。貴女の考えている通り、これは“霊縛の従輪”と呼ばれている古代魔導文明時代の遺産、所謂、魔導具です」
ヒノリの反応に気をよくしたのか、ベイルードは取り出した魔導具を見せ付けるようにかざして得意気に話始める。
「その名の通り、霊体や精神体の生物・・・ゴースト系の魔物や貴女達精霊を束縛し、従わせる事が出来る魔導具です。構成されている物質や製造方法は現在の我々では解明できませんが、その効果は絶大。上級精霊であるサンドラであっても、この魔導具の前では無力でした。これで貴女を束縛し、僕に有利な契約を結んでしまえば━━━」
全身に鳥肌が立つような、歪んだ笑みを浮かべるベイルード。
「ヒノリちゃんは、僕の物だ」
ゆっくりとヒノリに近付いていくベイルードを見て、未だユリウスを突破出来ないヴィルムの焦りは増していく。
更にベイルードが取り出した物を見たヴィルムは、それがヒノリに害を成す物だと直感した。
(あれが何だかはわからないが、この局面で出してきた以上、無害な物とは思えない。ヒノリ姉さんの元に行く事が出来れば何とでもなるが、こいつをすぐに突破するのは難しい)
両者の足元が〝ミシミシ〟と音を立てて軋む。
「大変、だねぇ? 早くしないと、君の精霊獣、盗られちゃう、よ? ヴィルム、君」
息苦しそうな声を出してはいるが、ユリウスはこの状況を楽しんでいるように口元を吊り上げている。
(・・・仕方がない、か)
対するヴィルムは先程までの焦りを感じさせない。
目を閉じたその姿は、覚悟を決めたかのようにも見えた。
「くっふふふふ! さぁ、ヒノリちゃん。僕のモノになろうねぇ」
『誰、が、貴様なんぞに・・・ッ!』
“霊縛の従輪”をつけようと近寄るベイルードに、何とか拘束を解こうとするヒノリ。
(流石に魔導文明時代の魔導具が出てくるとは思わなかったわ。あの時代の魔導具は強力な物が多いし、私でもどうなるかわからないわね)
だが、一向に解ける気配を見せない拘束と自身の状況にヒノリは危機感を覚え始めた。
(・・・ヴィルム以外に従うなんて冗談じゃないわ。こうなったらあの魔導具が壊れるまで抵抗してやろうじゃないの!)
ヒノリの反応を楽しむ為か、じわじわと、ナメクジのように、ゆっくりとした速度で近付いてくるベイルードを睨みつける。
(「ヒノリ姉さん、聞こえるか?」)
ヒノリの頭に、世界で最も愛しい弟の声が届いた。
(『聞こえてるわよ、ヴィルム。これはちょ~っとヤバいかもしれないわね。こっちに来れそう・・・にはないわね』)
ヴィルムの方も苦戦している事はわかってはいるが、愛しい弟以外に従わされる事は我慢ならない故に、ヒノリは下手に強がったりはしない。
いつも飄々としている、明るい姉の弱気な言葉に、ヴィルムは最早余裕がない事を確信した。
(「やっぱり、か。作戦を考える時間がない。ヒノリ姉さん、アレ、やるよ」)
この状況を打開する方法を、簡潔に提案するヴィルム。
(『あ~、アレ? この状況じゃ仕方ないかなぁ。でもお姉ちゃん、ちょっと恥ずかしいかも』)
ヒノリもその方法に見当がついたらしい。
仕方ない、恥ずかしい、とは言いつつも、俯くヒノリの顔には嬉しそうな色が浮かんでいた。
ユリウスと組み合っている最中にも関わらず目を閉じていたヴィルムだったが、その力強さと巧みな動きは視覚の不利を感じさせるモノではなかった。
むしろ焦って攻めを急いでいた先程よりも厄介だと、ユリウスは感じていた。
(ん~、急に冷静になったね。かと言って諦めたって感じでもない。これは・・・ちょっと楽しい事になりそうな予感がするね)
しかしユリウスは動じる所か、期待に満ちた目でヴィルムを見ている。
瞑想をしているかのように見えたヴィルムだったが、一瞬にして目を見開くと同時にユリウスと組み合っていた手を振りほどき、後方へと大きく跳躍し、距離を取った。
ユリウスの目的はヴィルムをベイルードの元に行かせない事。
その為か、自分から攻勢を仕掛ける様子はない。
ヴィルムはユリウスの動きを警戒しながらも、大きく深呼吸して乱れた息を整え、精霊獣を喚び出してもなお、有り余る魔力を紡ぎ始めた。
━━━ 紅き焔天の支配者よ ━━━
先程、ヒノリを喚び出した時と同じ、澄みきったヴィルムの声が暗闇に侵食された空間に響き渡る。
「おやおや、別の精霊でも喚ぶ気ですか? 忌み子というのは諦めが悪いですねぇ」
ヴィルムの声を聞いたベイルードは大袈裟な動作で呆れた様子を見せる。
━━━ 我、求むは汝が存在 ━━━
ヴィルムにもベイルードの声は聞こえているはずだが、まるで聞こえていないかのように反応がない。
ベイルードよりもヴィルムに近い位置にいるユリウスは、警戒こそしているものの、ヴィルムが何をするかが楽しみといった表情で様子を伺っている。
━━━ 汝が魂、我が身に宿りて ━━━
「ユリウス、構いません。そいつが喚び出した精霊も拘束してしま━━━」
ベイルードがユリウスに指示を出そうとしたその時、拘束されて身動きのとれなかったヒノリの身体が、煌々と紅い光を放ち始める。
「な、何!? 一体何が」
ヴィルムではなく、精霊獣の方に変化が現れた事に狼狽えるベイルード。
━━━ 断罪下す業火とならん ━━━
真紅の光に包まれたヒノリの身体は、美しくも猛々しい幻想的な焔となり、ヴィルムへの想いを表すかのように激しく燃え上がった。
そして、ヴィルムは愛すべき姉を喚び寄せる。
「降臨融合 <紅鷹姫ブレイズフェルニル>」
自身の、魂の内側に。
焔となったヒノリは、自身を喚ぶ声に呼応するようにヴィルムの中へと吸い込まれた。
同時に、ヴィルムの身体にも変化が起こる。
揺らめく炎が、ヴィルムを守る防具のように、そして、まるで生き物であるかのように、彼の四肢を包み込む。
背中からは猛禽類を彷彿とさせる、紅く鋭い、身体全体を覆う事が出来る程の翼が姿を現し、その存在感を周囲に示すかの如く、大きな広がりを見せる。
忌み子の証であった黒髪は、灼熱の焔と見間違う赤々とした色に染まり、その黒眼は鮮やかな真紅の瞳へと変化していた。
ヒノリの身体的特徴を受け継いだような姿となったヴィルムは、その拳を力強く握り締めた。
お久しぶりです。
二週間に渡り更新が滞ってしまい、申し訳ありません。
お詫びにもなりませんが、今回は二話同時更新でイベントの完結まで書ききっておりますので、お楽しみ頂ければ幸いです。
連載開始当初からずっと書きたくてうずうずしていたネタです。
正直、作者の趣味全開の話となってます。
合体とか融合とかってロマンですよね!(断言)
お時間がありましたら、評価や感想を頂けますと幸いです。




