【34】精霊獣の怒り
ようやく書き上がりました。
執筆速度が遅いのは今に始まった事ではありませんが、最近、(ほぼ)毎日更新とかしている作者様を見かけると羨ましくて仕方がありません。
「お待ち下さい父上!!」
玉座側にある扉を勢いよく開けて入ってきたのは、二十代前半の男だった。
ゼルディアをそのまま若くしたようなその男は、交渉の場である事にも関わらず、ズカズカと玉座の側にまで歩み寄ってくる。
「お、お兄様、今は大事な交渉中なのですからお控え下さい」
後ろからついてきたルメリアが慌てた様子で引き留めようとするが、その男は全く意に介さない。
ルメリアが兄と呼ぶからには、彼は王族なのであろう。
「何事だロイド。今は大事な交渉の最中だぞ。さっさと出ていけ」
「いいえ父上。我が国の威信に関わる重大な判断を違える父上には任せておけません」
「何だと・・・?」
ヴィルムに向けた威圧より更に大きい威圧がその場を支配する。
「第一、この者の実力はバゼラードからの情報のみではないですか。山賊団を討伐した実績はあるようですが、それも三人でこなしたものでありましょう。実力がある事は否定しませんが、我が国の全戦力と同等とは思えませんね」
「ロイド、ヴィルム自身と彼が契約しているという精霊獣の力は、バゼラードが命を賭けてまで証言したものぞ。その進言を無視しろと?」
忠臣を疑う発言に、ゼルディアは厳しい視線をロイドに向けるが、当のロイドは大して気にならない様子だ。
肩を竦めたロイドは、ヴィルムの側へと近寄ってくる。
「そこまで言うのであれば、この者に精霊獣とやらを喚ばせてみれば良いでしょう。是非ともバゼラードの話が本当なのか、証明して頂こうじゃありませんか」
大袈裟に身振り手振りで強調するロイドは、挑発的な視線をヴィルムに向ける。
「はぁ・・・。断る」
一方、ヴィルムの方は呆れた様な視線を向けつつ、ロイドの要求を断った。
ヴィルムとしては、大勢の前に精霊獣の姿を晒す事を嫌っただけの事だったのだが、自分の都合の良い受け取り方をしたらしいロイドは勝ち誇った様な表情で詰め寄ってくる。
「嘘がバレるからかな? まぁ、冒険者には虚勢を張る事も必要だとは思うが、あまり調子に乗らない方が身の為だぞ?」
「ロ、ロイド様、いけません! それ以上、ヴィルム殿を侮辱するような発言をなさっては━━━」
「はははっ! 何を言うバゼラード。現にこの者は精霊獣とやらを喚ぼうとしないではないか! お前が見たという精霊獣とやらも、幻術か何かで騙されていたのだろう。所詮は忌み子の浅知恵よ!」
精霊獣の恐ろしさとヴィルムに対する愛情を知っているバゼラードが慌てて止めに入るが、何も知らないロイドは侮辱を止めようとはしない。
〝ゴウッ〟
何の前触れもなく、炎の玉が現れる。
(『黙って聞いていたけど、もう我慢出来ない』)
ヴィルムの頭に響いたのは、最愛の家族の一人、ヒノリの声だった。
「なっ・・・誰だ!? 神聖なる王宮で魔法を放つとは無礼な! 悪ふざけにも程があるぞ!?」
「あ・・・あ・・・」
ロイドは何者かが魔法を放ったと思い込んで怒鳴り散らしているが、その炎の玉から発せられる威圧感に覚えのあるバゼラードは恐怖に身を震わせている。
ゼルディアや他の重臣達もその威圧感とバゼラードの様子に身を堅くしているようだ。
『無礼、か。その言葉、そっくり貴様に返そう。貴様こそ我が主、ヴィルムに対する数々の侮辱、無礼にも程があろう!』
(「ヒノリ姉さん!? ちょ、待っ━━━」)
瞬間、炎の玉を中心に、焔の渦が巻き起こる。
瞬く間に空間を侵食した焔の渦からは、荒れ狂った炎の波が彼方此方へと飛び回る。
慌てて身を伏せる重臣達だが、荒々しく飛び回る炎が彼らを襲う事はなかった。
やがて、その炎は一点に収束していく。
集まった焔は徐々に人型を形成し、煌々とした紅い光を放ち始めた。
全方位に飛び散った炎の中から顕れたのは、炎を司る精霊獣にしてヴィルムの姉、ヒノリ。
しかし彼女の緋色だった肌は深紅に変わっており、長い髪や手足を覆う体毛は炎の揺めきが如く逆立っている。
彼女の表情はいつものような陽気さを感じさせる物ではなく、全くの無表情であった。
(「ヒノリ姉さん!? そんな身体に負担を掛ける事しちゃダメだって!」)
今回ヒノリがやった事は、召喚士との共鳴を利用した“自分自身での召喚”だ。
ヒノリ自身の魔力をヴィルムに一旦譲渡し、その譲渡した魔力を操作して自分自身を召喚士の元に召喚させる荒業である。
しかしこの召喚方法は、ヴィルムの言っている通りそれを行う者への負担が凄まじい。
(『ヴィルムは少し黙ってて。安心なさい、殺しはしないから。自分の立場がわかってないクソガキを少し教育してやるだけよ』)
(ヤバい・・・ヒノリ姉さん、完全にキレてる)
普段は飄々とした明るい性格なヒノリだが、一度キレるとヴィルムですら恐怖を覚える鬼と化す。
過去、自分勝手な判断と行動のせいでラディアが人間に捕らわれそうになった事件の後、他の精霊達からも盛大に叱られたヴィルムだったが、ヒノリの怒り様は尋常ではなかった。
ラディアを危険に晒した事もあったが、ヴィルム自身の命を投げ出す様な行為自体を徹底的に咎め立てた。
手を出す事こそなかったが、当時の怒ったヒノリの姿は今もなお、ヴィルムの頭と心に焼き付いている。
そこに、場の空気が読めてないロイドが嬉々とした表情でヒノリの前に躍り出る。
「な、何という美しさだ・・・! これが精霊獣。まさに神の作り出した芸術!」
先程までとは打って変わり、芝居掛かった動作でヒノリを褒め称えるロイドだが、彼女の表情に変化は見られない。
しばらくヒノリに称賛を送っていたロイドだったが、何の反応も見せない彼女に痺れを切らしたのか、ヴィルムの方に詰め寄ってきた。
「あれはお前の精霊であろう。その実力を認めてお前を俺の家臣にしてやる。光栄に思うが良━━━ガハッ!?」
ロイドが言い終わるより早く、彼はヒノリによって床へと這いつくばるような形で押さえ付けられる。
片足でロイドの背中を踏みつけ、まるでゴミを見るかの様な視線で見下している。
「き、貴様!? ヒュマニオン王国の王族たる俺にこの様な━━━」
『五月蝿い』
現状を理解し、騒ぎ出すロイドだったが、踏みつける力を更に強くして強制的に黙らせるヒノリ。
ギリギリ呼吸が出来るかどうかの絶妙な力で押さえ付けられたロイドは、口を金魚の様にパクパクさせるのが精一杯なようだ。
ゼルディアを含む重臣達も状況は理解してはいるのだが、ヒノリが発する圧倒的な怒気と威圧によって動く事すら出来ない。
『我が主に対して随分な態度だな。主が望むのであれば、この国を蒸発させるくらい簡単だという事がわかってないらしい。このまま、貴様の身体で試してやろうか?』
ヒノリの表情は動かないものの、かえってそれが彼女が本気である様に感じさせている。
動けない、声すら出せない状況にあるロイドの顔色は一気に青ざめたものになった。
「ヴィ、ヴィルム殿、ロイド様の言動については謝罪致す! どうか精霊獣様のお怒りを鎮めて貰えないか!? この通りだ!」
「今回、ヒノリは俺が喚んだ訳じゃない。さっきから見てる感じじゃかなり本気で怒ってるみたいだし、俺が何を言っても無駄だよ」
いち早く正気に戻ったバゼラードが頭を下げて謝罪するが、ヴィルムは自分ではどうしようもない事を伝える。
「そもそも、俺とヒノリの契約は彼女に命令や行動を強制させる物じゃないんだ。それに、俺自身は自分がどうこう言われようが気にならないが、あいつがヒノリを自分の手駒にしようとした事には俺も頭にきてるんでね。ヒノリを止めるつもりは更々ないよ」
薄ら笑いを浮かべるヴィルムを見て、怒っているのは精霊獣だけでない事を認識するゼルディア王と重臣達。
最初は適当な所で止めに入ろうとしていたヴィルムだったが、ロイドの発言からヒノリを手に入れようとする意を感じ、かなりの怒りを溜め込んでいた。
いつもであれば殺しに掛かってもおかしくないヴィルムが自制出来ているのは、ヒノリが先に仕掛けていたからだろう。
そうでなければ、今頃はロイドの息の根を止め、ヒュマニオン王国との戦争に発展していたかもしれない。
ヒノリがそれを意図して仕掛けたかどうかはわからないが。
そうこうしている内に、酸欠で限界を迎えたロイドが意識を失う。
『気絶したか。我が主が友誼を結ぼうとした国の王族だ。今回に限りこれで許してやろう。だが、次はない。よく言い聞かせておく事だな』
冷徹な眼を向けられたゼルディアは一瞬身体を堅くするが、すぐに頭を下げる。
「精霊獣様、我が愚息が大変失礼をしました。目が覚めたらヴィルム殿の事も含め言い聞かせておきましょう。そして愚息の暴走を止められなかった非礼、この通り謝罪致します」
『過度な敬語は不要だ。しかし下に見る事も許さん。別に脅すつもりはないが、我は主以外の者に従うつもりはない。よく覚えておけ』
ゼルディアの謝罪に答えたヒノリは、用件は終わったとばかりにヴィルムの方に歩き寄る。
ヴィルムは憮然とした表情で立っていた。
(「ヒノリ姉さん、何であの馬鹿を許すんだよ」)
(『外界には外界のルールがあるのよ。あれを殺すのは簡単だけど、殺してしまえばヴィルム達とこの国との戦争になるわ。そしてその戦争に勝ったとしても次は隣の国、大陸の国、世界中の国と、終わりのない戦いに身を投じる事になるのよ。私達も含めて、ね。ヴィルムが望むなら皆は力を貸すでしょうけど、それは本当にヴィルムの望み?』)
(「・・・それは嫌だ。皆を危険に巻き込みたくない」)
(『そうでしょ? だったら、もっと外界の事を学びなさい。困ったり、失敗しそうになったら私達が助けてあげるわ。それに、ヴィルムは皆を巻き込みたくないでしょうけど、何かがあった時は私達全員、ヴィルムの為に動くつもりだからね』)
(「わかった。ありがとう」)
この時、ヴィルムは自分の短慮を深く反省し、外界についてもっと学ぶ事を決意した。
大事な家族の為にやった事が、その家族を危険に晒す事になりうるという事実は、かなり大きな衝撃だったようだ。
ヴィルムは大きく溜め息を吐いた後、ゼルディアに向き直って口を開く。
「ヒノリが許すと言うなら俺に異存はない。アンタ・・・いや、ゼルディア国王陛下が良いならだが、今回はお互い水に流すって事でいいか?」
ヴィルムの発言に王の間はざわめき始める。
精霊獣から感じた威圧感から考えて、彼女が持つ実力はバゼラードから聞いていた以上だと思っていたからである。
つまり、ヴィルムや精霊獣の戦闘力は一国に匹敵する物だと。
今回の話は、ヴィルムという国とヒュマニオン王国の会合だったと言える。
「・・・こちらとしては願ってもない申し出だ。ありがたく受けさせて頂く。ロイドについては自分がやった事を反省するまで軟禁し、教育する。精霊獣様の宣言通り、次に何かあった時は庇う事はせんと約束しよう」
ゼルディアは平静を装ってはいるが、やはり安心したのであろうか、張り詰めていた雰囲気は薄らいでいた。
この後、ゼルディアはヴィルム達を国王の客人として、盛大にもてなしたという。
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━━━???━━━
月明かりが差し込む、とある部屋。
「あれが精霊獣・・・。素晴らしい!」
ローブに身を包んだ男は歓喜に身体を震わせていた。
昼間に緊急召集がかけられ、渋々それに応じたのだが、彼にとって予想外の出来事が待っていた。
伝説上の物とされていた。精霊獣との出会い。
長い人間族の歴史の中でも、複数回の目撃例があったとされるのみで、どれだけ過去の文献を漁ろうとも信憑性のある話はほとんど出てこなかった。
その伝説の精霊獣が目の前に顕れたのだ。
男の興奮は天井知らずに大きくなっていった。
「精霊獣は僕の様な者こそ契約するに相応しい。あの忌み子には感謝しないとね。僕の運命の相手を連れてきてくれたのだから!」
男の中では、それが当然であるかの様に考えられていた。
男の頭に浮かぶ妄想が、すでに確定された未来の出来事であるかのように描かれ、更なる想いが募っていく。
「とは言え、精霊獣の戦闘力は相当な物がある。真っ向から戦いを挑んでも歯が立たないだろう・・・」
同時に、彼はそれが妄想に過ぎない事も自覚していた。
それ故、冷静に、冷徹に、より確実な方法はないかと考えを張り巡らせる。
男の口元が、まるで三日月の様な形に裂ける。
「まぁ、やりようはいくらでもあるさ。待っててね、ヒノリちゃん」
メルディナとクーナリアが空気だなぁ。
上手く話に絡める事が出来なかった。
ラディアやフーミルも出してあげたいし、書きたい話が多過ぎて「うわあああ!!」ってなります。
誰か私に構想力と表現力と文章力を下さいorz
あと記憶力も欲しいなぁ。
お時間があれば、評価や感想を書いて頂けると幸いです。




