【20】初仕事:昼の部
朝の部からの続きになります。
ファーレンの街に戻って来たヴィルム達は、ひとまず冒険者ギルドに二件の依頼完了報告をしに行った。
報告を受けたセリカが、「もう二件も終わらせたんですか!?」と驚いていたが、討伐証明になるコボルトの尻尾と数束のルオナ草、十数個のクシケドの実を見て納得していた。
報酬はもう一件が終わったらという事にして、依頼完了証明書だけをもらい、昼食代わりに食べ歩きを始める三人だった。
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お腹が落ち着いてきた所で、三人は最後の仕事場であるソノッタ男爵邸へと足を運んだ。
ヴィルムの黒目黒髪を侮蔑を含んだ目で睨んでくる人間の門番だったが、依頼受注書を見せるとその態度は一変する。
ニヤニヤと何かを企む様な笑みを浮かべた後、ヴィルム達に「少し待ってろ」と言い、屋敷の人間に取り次ぎに行った。
「気持ち悪いくらい表情が変わったわね。絶対に何か企んでるわよ?あれ」
「スゴく嫌な笑い方だったです。お師様、大丈夫です?」
「前にも言ったが、知らない奴にどう思われようが構わねぇよ。こんな事をいちいち気にしてたら頭がどうにかなっちまう」
そんな雑談をしながら待っていると、先程の門番が戻って来て、ついてくる様に言ってきた。
黙って門番の後をついていくヴィルム達。
案内されたのは、大きなドーム型の檻の前だった。
檻の中にいたのは、巨大な狼型の魔物。
「御主人様が大層気に入っておられるペットのグレーターウルフだ。しっかり遊んでやってくれ。あぁ、誤って傷付けないように、武器を持ってないお前が相手してやってくれよ」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる門番は、ヴィルムをご指名らしい。
「ちょっ━━━」
グレーターウルフは、Bランクの冒険者と同等の戦闘能力がある魔物だ。
流石にEランク依頼の域を越えていると抗議しようとしたメルディナだったが、それを遮り、一歩前に出るヴィルム。
「依頼書には“散歩”と書かれていたが、遊んでやればいいんだな?」
「あぁ、備考欄にも書いてあるだろ?こいつのストレス解消になるんだったら、何でもいいんだよ」
ヴィルムは、小馬鹿にした表情で説明する門番を冷めた目で一瞥すると、檻の入り口に移動する。
「鍵を開けてくれ」
あっさりと中に入ろうとするヴィルムを見て驚く門番の顔は、すぐに苛立った表情に変わる。
恐らく、忌み子が慌てたり怯えて逃げ出す様子を予想していたのだろうが、思った通りにならなかった事に不満があるようだ。
「ふんっ!自信満々なのも結構だが、せいぜい喰われないように気を付ける事だな!」
鍵を開けた門番は、ヴィルムが檻の中に入ると同時に荒々しく扉を閉め、鍵をかける。
首をすくめたヴィルムは、檻に近付いた時から唸り声をあげるグレーターウルフに、警戒する事なく歩み寄っていく。
『グルルルルル・・・ッ』
「随分とストレスが溜まってるらしいな。遠慮はいらねぇから、本気でかかってこい」
威嚇するグレーターウルフを、挑発するように手招きするヴィルム。
『グルァアアッ!!』
その意図が伝わったかどうかはわからないが、グレーターウルフは咆哮をあげてヴィルムへと飛び掛かる。
グレーターウルフの鋭い爪がヴィルムを捉えた。
否、捉えた様に見えたその瞬間、グレーターウルフの巨体が宙を舞う。
『!?!?』
身を捻って着地したグレーターウルフだったが、宙を舞った自分にも、何が起こったのかわからずに混乱している。
警戒心を強め、周囲をゆっくりと歩き回るグレーターウルフ。
「ほら、そう警戒するなよ。そんなんじゃ逆にストレス溜まっちまうだろうが」
しかしヴィルムの方は、まるで友達に接するかの様に無遠慮に近付いて回る。
隙だらけで近付いてくるヴィルムに痺れを切らしたグレーターウルフは、次々に爪や牙で攻撃を繰り出していくが、全ていなされ、避けられ、時には投げ飛ばされていった。
「な、何だあいつは・・・!Eランクの冒険者じゃないのか!?」
目の前で起こる光景を信じられない門番が唖然とする。
彼の頭の中では、ヴィルムが無惨に引き裂かれる様子が想定されていたに違いない。
「ま、ヴィルがグレーターウルフ程度にやられる訳ないわよね」
「むむむ、本気でないとは言え、お師様の動きは勉強になります」
メルディナのクーナリアの発言に、門番は更に目を丸くする。
グレーターウルフを苦もなく翻弄するあの動きすら、手加減しているという事実を受け止めきれないのだろう。
そうこうしている内に、グレーターウルフに変化が現れる。
間断挟まずにヴィルムへと飛び掛かってはいるが、攻撃を仕掛けるというよりは、むしろ自分から投げ飛ばされに向かっている様に見える。
息は弾ませているももの、眉間の皺はなくなり、尻尾をブンブン振りながら楽しそうに吠えているのだ。
まるで、もっと遊んでとせがむ子供の様に。
『グルァウ♪』
「そうそう。こんな狭い檻に閉じ込められてるんだから、しっかり運動しないと太っちまうぞ。ほれ、飛んでこーい」
再び、グレーターウルフが宙を舞う。
しかし先程の危なげなものとは違い、軽やかに着地し、すぐさまヴィルムの方へと駆け出していく。
端から見れば、完全に飼い主とペットの遊んでいる姿である。
ペットの身体が飼い主より四倍程大きいが。
長時間動き回った事で、流石に疲れたのかヴィルムの側に座り込むグレーターウルフ。
「もういいのか?よしよし、こっちに来い」
ヴィルムがその場に腰を落とし、手招きすると、嬉しそうに尻尾を振りながら近付いてきた。
グレーターウルフは、胡座をかいて座るヴィルムに顔を擦り寄せ、頬を舐めて甘える。
ヴィルムがその甘えに応える様に喉や耳の後ろを撫でてやり、マッサージを施してやると、動き回った疲れと心地良さが手伝い、静かな寝息をたて始めた。
「あらまぁ、まさかシルベルトちゃんがこんなに他人になつくなんて・・・」
おっとりとした声のした方を向いてみると、執事とメイドに車椅子を押してもらっている三十歳前後の女性が口元に手を当てて、驚きを表していた。
「こ、これは奥様。お怪我の方はよろしいのですか?」
現れた女性を見た門番が、慌てて佇まいを正す。
門番の反応を見るに、彼女が依頼主のソノッタ夫人なのだろう。
「そんな事よりラトリス、これはどういう事かしら?」
「は、はっ!この者達が冒険者ギルドの依頼書を持ってきた為、シルベルトの檻に案内し、中に入れて世話をさせました!」
ラトリスと呼ばれた門番はソノッタ夫人の質問に応えるが、彼女の表情は段々と堅くなっていく。
「今日、来るのはワタクシのアルベルトちゃんを散歩に連れていく為に依頼した冒険者の筈よ?何故、夫のシルベルトちゃんの檻に案内したの?」
「そ、それは、その・・・、か、勘違いをしてまして!てっきりシルベルトの世話をしにきた者達なのかと━━━」
「それは、嘘だな」
ラトリスの言い訳を否定したのは、シルベルトを寝かしつけて檻の入り口まで戻ってきたヴィルムだった。
「あんたに見せた依頼書に書かれた依頼主は、ソノッタ夫人になっている。それを見た上で案内されたのが、この檻の前だ。おまけに、あんたは説明する時、“御主人様のペット“と言っていたな?大方、俺が黒目黒髪なのが気に入らなくてわざとシルベルトの檻に案内したんだろ」
ヴィルムは懐から依頼書を出し、ピラピラと見せつけながらラトリスの嘘を暴露していく。
「ヴィルがシルベルトの攻撃を軽々避けるのを見て、“Eランクの冒険者じゃないのか”って驚いてたわ。つまり、シルベルトの危険性を知りながら、この檻に案内したって事よね?」
「お師様が檻の中に入る時、“せいぜい喰われないように”とも言ってました!」
メルディナとクーナリアが、追撃とばかりにラトリスの失言を証言していく度に、ラトリスの顔がどんどん青ざめていく。
ソノッタ夫人の表情も怒りを含んだものになっており、青ざめたラトリスを冷ややかに睨みながら口を開いた。
「ラトリス、今をもってあなたを解雇します。今日中に荷物をまとめて出ていきなさい」
「お、奥様!それはどうか御勘弁を!」
ラトリスは地に伏して謝罪し、許しを乞うが、ソノッタ夫人は取り合わない。
「何故、忌み子を庇うのですか!こんな奴、どうなろうが構わないでしょうに!」
「あなたは何も知らないようですね。この方は、確かに忌み子と呼ばれる容姿をしていますが、ファーレン上層部の方々全員がお認めになっている方なのですよ。それを夫やワタクシに断りなく、こんな嫌がらせをするなんて・・・」
弁明を続けるラトリスだったが、絶対許されない事がわかったのか、がっくりと項垂れ、執事に付き添われてその場を立ち去った。
ラトリスが立ち去ったのを見届けたソノッタ夫人は、ヴィルム達の方に向き直ると頭を下げる。
「皆様、不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。ヴィルムさんの話は聞いていながら、使用人達に通達していなかったワタクシの不手際です。この通り、謝罪致します」
「奥様が謝罪する必要はありません。どうか頭をあげて下さい。それよりも、本来の仕事の話をしませんか?」
「そうですわね。アルベルトちゃんの部屋に案内しますわ。こちらへどうぞ」
メルディナに言われて、申し訳なさそうに頭をあげるソノッタ夫人は、気持ちを切り替える様に案内を申し出た。
ソノッタ夫人が案内するようにとメイドに指示を出すと、ソノッタ夫人を乗せた車椅子を押して扉へと向かう。
メルディナとクーナリアもそれについて行こうと歩み始めた━━━。
「あー・・・、扉の鍵を開けてくれると助かるんだが」
〝ピシリ〟と場の空気が固まる音が聞こえる。
部屋を出ていこうとした四人がゆっくり振り返ると、檻の中には少し呆れた表情でジト目を向けているヴィルムが立っていた。
夜の部へと続きます。
二話同時投稿だと言ったな?
あれは嘘だ。
三話同時投稿です(笑)




