過去編【04】守り合うは姉と弟
前半部に引き続き後半部の投稿です。
『ヴィルム様~!ヴィルム様~?いつまで水浴びされてるのですか~?食事が冷めてしまいますよ~?』
水浴びに行った筈のヴィルムが戻って来ないので、探しにきたジェニーだったが、彼の姿が見えない事に首を傾げる。
泉に辿り着いたジェニーだったが、やはりここにもヴィルムの姿はない。
『う~ん、どこに行かれたのか。寝床にもいないようだったし・・・』
ふと、泉を見るジェニーだったが、違和感に気が付く。
泉に面する地面が濡れてないのだ。
焦りを覚えたジェニーは、近くにいた妖精達にヴィルムを見てないかを訊ねる。
『ヴィルム?ミテナイ、ミテナイ』
『ヴィルム?キテナイ、キテナイ』
妖精達は純粋すぎる故に、嘘は吐けない。
つまり、水浴びをする所か、泉の付近にも来ていない事になる。
ジェニーの頭に「おれも行く!」と言っていたヴィルムの姿が過る。
『ま、まさか・・・ラディアを追い掛けて・・・!?』
思い過ごしであればそれでいい。
しかし、事実であればヴィルムの命に関わる事態になりかねない。
その結論に達したジェニーは、大慌てでラディア達の後を追うのであった。
* * * * * * * * * * * * * * *
『なっ━━━!?馬鹿者ォォオッ!!!』
咄嗟の判断でヴィルムを庇ったラディアの脇腹に、壮年の男が放った長槍が突き刺さる。
精神体に近い精霊であるはずのラディアに長槍が突き刺さったのは、それがミスリル製だったからだ。
『ぁ、ぐ・・・』
(油断した。まさか、ヴィル坊が儂を守ろうと突っ込んでくるとは思わなんだ)
滅多に感じる事のない痛みに、顔を顰めるラディア。
「ディ、ディア姉!?」
ヴィルムは動揺のあまり目を見開き、混乱のあまり身動き出来ないでいた。
「何だぁ?このガキは・・・って、忌み子じゃねぇか!?」
「別にどうでもいいだろう。何故か、精霊がこいつを庇ったから仕留める事が出来たんだ」
「どうやってここまで成長したかわかんないけど、ま、放置でいいんじゃない?“消滅”に巻き込まれるのも嫌だし、さっさと精霊捕まえて帰りましょ?」
三人の話を聞いたヴィルムは、精霊を捕まえるという言葉に反応して、反射的に立ち上がる。
『よせ・・・。ヴィル坊、が、戦って、勝てる相、手じゃ、ない』
苦しげに言葉を紡ぐラディアだが、すでにヴィルムの耳には入ってない。
「おまえらが!おまえらがディア姉を傷付けたんだ!ぜったいにゆるさないぞ!」
三人を睨み付けながら構えるヴィルム。
決死の覚悟を見せるヴィルムだったが、それを迎えたのは冒険者達の嘲笑だった。
「くっははははは!笑わせてくれるぜこのガキ!お前が割り込んできたから、その精霊はお前を庇って槍を受けたんだろうがよぉ!」
「くっくっくっ。お前はその精霊の邪魔をしただけだ。その精霊を傷付けたのは、他ならぬお前だよ」
「しかも姉って何よ?忌み子の分際で家族ごっこでもしてるつもりぃ?あーっははははは!おっかしいぃ!」
冒険者達の言葉は、ヴィルムの心を深く抉った。
「おれ、が・・・?おれの、せいで・・・?」
先程までの怒りはどこへいったのか、ヴィルムの瞳は陰り、焦点は合っていない。
その反応が面白かったのか、冒険者達は更にヴィルムを煽る。
「そうだ。お前が余計な事をしてくれたおかげで、我々は大した損害もなく、その精霊を捕まえる事が出来る」
「お前には礼を言わなきゃなんねぇなぁ。俺達を助けてくれてありがとうよ」
「うふふ、安心しなさい。その精霊が死ぬ事はないわ。死んだ方がマシなくらいに使われる事になるかもしれないけど、ね?」
最早ヴィルムに、反応はない。
項垂れ、光のない瞳で自分を責めている。
「おれの、せいで・・・?ディア姉が、つかまる?いなくなる?」
『よせ、ヴィル、坊。自分、を、追い、込むで、ない』
苦痛に顔を歪めながらも、必死にヴィルムに話し掛けるラディアだが、その言葉はヴィルムに届かない。
面白い見せ物を見るかの様に、その成り行きを見ていた冒険者だったが、飽きてしまったのか、ラディアに近付いていく。
「さぁて、大分笑わせてもらったし、そろそろお暇しようかね。精霊さんよ、抵抗するなよ? お前が大事にしてる、このガキを傷付けられたくないなら、な?」
『・・・下衆が。好きにするがよかろう』
「物分かりが良くて何よりだ」
項垂れるヴィルムを尻目に、身動きの取れないラディアを拘束しようと手を伸ばす大男。
大男の手がラディアに触れる寸前、今までピクリとも動かなかったヴィルムが大男の腕を掴む。
「あぁん?・・・チッ、折角見逃してやろうってのに、このガキィ」
「・・・・に、・・・な」
か細く、今にも消え入りそうなヴィルムの声。
「何だって?お前がどうしようが、もうこの精霊は俺達の物なんだよっ!!」
大男の拳が、ヴィルムの頬を捉える。
「っ!?」
しかし、ヴィルムは殴られて声をあげるどころか、よろめきもしない。
〝メギメギッ!ボギィッ!!〟
「なっ!?がっあああああああああ!?」
大男の腕が、音を立ててひしゃげた。
咄嗟に、戦闘体制をとる後ろの二人。
「ディア姉に、さわるなぁぁぁあああああっ!!!」
ラディアを傷付けられた怒り。
ラディアを物扱いされた怒り。
そして何より、ラディアの言い付けを守らず、自分勝手な事をしてラディアを追い詰める事になった、自分自身への怒り。
全ての怒りがヴィルムの身体中を駆け巡り、普段は無意識に行っている制御を取り払う。
溢れ出るのは、数年前の時と同じ、黒に近い紫色の魔力の帯。
しかし、数年前と違ったのは、その溢れ出る魔力が、全てラディアへと向かっていった事だろう。
“ラディアを助けたい“というヴィルムの思いが、最後の制御として働いた結果だった。
『こ、これは・・・?・・・ッ!?』
魔力の流れ込む感覚に、戸惑いを隠せないラディア。
流れ込む魔力はラディアが受けた傷を、まるで逆再生するかのように塞いでいく。
しかし、自身の魔力量を遥かに上回る魔力が流れ込む事で、先程の数倍に達する痛みと苦しみに襲われるが、歯を食い縛って苦痛に耐える。
(魔力の暴走が始まっておる。今、この流れ込む魔力を拒否すれば、ヴィル坊は間違いなく、死ぬ。そんな事は、断じてさせぬ!)
ヴィルムの師として、何よりも姉としての決意。
『・・・ッ!!・・・ッァ!?』
(他の精霊がおらぬ今、ヴィル坊を救えるのは儂だけじゃ!)
永遠とも思われる、僅かな時間。
何度も気絶しそうになりながらも、恐ろしいまでの精神力で耐え続けるラディアの身体に、変化が訪れる。
胸部や手足、股間部に鱗が浮かび上がり、口内に四つの細く鋭い牙が生える。
瞳孔は縦に細長くなり、爬虫類を思わせる瞳に変化する。
その様子を茫然と見ているのは、槍使いの男と弓使いの女。
彼らには何が起こったのか理解できず、大男に至っては腕を潰された傷みに堪えかねて気絶していた。
ヒノリの時と同じく精霊獣へと進化を遂げたラディアは、スッと片膝をついて地面に片手を当てると、一言だけ、呟いた。
『〈グラウンドヴァイパー〉』
瞬間、冒険者達の足下が一気にせりあがり、蛇の模した姿に変わる。
土の大蛇は大きく口を開けると、悲鳴をあげる暇すら与えずに冒険者達を呑み込み、地中深くへと潜っていった。
後に残ったのは、術者であるラディアと、魔力を大量に消費して気を失っているヴィルム。
ラディアはヴィルムの側に座ると、里での続きと言わんばかりに膝枕をしてやる。
『全く、ヴィル坊は放っておくと何をしでかすかわからんのぅ。ヒノリの奴はどこか抜けておるし、儂も協力してやるしかあるまいて』
静かに眠るヴィルムの頭を撫でながら、誰に言う訳でもなく自分の気持ちを語るラディア。
少しばかり照れが混じっているのか、くすぐったそうに笑う彼女は、ヴィルムに語りかける様に言葉を紡ぐ。
━━━強き魂を持つ者よ━━━
普段のラディアからは想像できない、穏やかな声が周囲に響き渡る。
━━━我は汝の昇華を願う者なり━━━
彼女の声に呼応するかの様に、森の木々が蠢く。
━━━我が身、我が魂、我が全てを汝に捧げ、姉弟となりて生きる事を誓わん━━━
ヴィルムを見つめ続けるラディアの瞳。
━━━我が身は盾となりて、汝を守ろう━━━
その眼差しに、偽りは一切感じられず、
━━━我が魂は剣となりて、汝の敵を討ち滅ぼそう━━━
その眼差しは、慈愛に満ち溢れていた。
『我が名はラディア。我が弟、ヴィルムの敵を断ずる者なり』
誓約が完了した瞬間、ラディアはヴィルムとの共鳴を感じ取る。
それは暖かく、優しさすら感じるヴィルムとの繋がり。
ヒノリは今までこんなに良いものを独り占めにしていたのかと、少し嫉妬が沸き上がったラディアだったが、穏やかなヴィルムの寝顔を見ている内にどうでもよくなった。
余談だが・・・。
この後、ヴィルムはジェニーからの報せを受けて大捜索に乗り出したサティアを始め、精霊全員から強烈な御説教を受けるハメになったらしい。
何か過去編の方が気合い入ってるように感じる今日この頃。
その内、メインストーリーに全く関係ない番外編も書いてみたいなぁと思っています。
今以上に弾けたらヴィルム達どうなっちゃうんでしょうね?
5/11初めて感想を頂きました。
やばい。思った以上に嬉しいですねコレ(笑)
他作者様方の「コメントや感想が励みになります」という言葉が理解出来ました。
次回からメインストーリーに戻ります。
次回は5/13、二話同時投稿の予定です。