【105】
『━━━と、まぁそんな訳で、今は休んでるメルディナちゃんの代わりにアタシが表に出てきてるんだけど・・・わかってもらえた?』
「「「ははーっ!!」」」
事情を理解していない者が見れば、異様としか思えない光景だった。
里中のエルフ、そしてハイエルフまでもが一人の少女に平伏しているのだから。
あの後、遺跡から帰ってきたヴィルム達に何があったのかと説明を求めるエルフ達に、一連の出来事を話し終えた所である。
最初は信じられないとばかりにざわついていた彼らだったが、彼女の額に現れた紫水晶を見た途端、次々に跪き始めた。
メルディナの中で眠っていたアーシェが覚醒した事で現れた紫水晶は、伝承にあるエルダーエルフ独特の特徴らしい。
『ん~、メルディナちゃんの記憶を見たからわかってはいたけど・・・全員堅いわね~。アタシ達の子孫なんだから、もっとこう、フレンドリーな感じなのを期待してたのに』
「そんな事よりも、メルは本当に無事なんだろうな?」
自身とは性格が違いすぎるエルフ達に頭を掻くアーシェに対して、ヴィルムは敵意とまではいかないものの不快な感情を隠そうともせずに問い掛ける。
『あらま。ヴィルムちゃんてば、ま~だアタシの事を疑ってるの?』
「当たり前だ。突然現れた、得体の知れない奴がメルの身に取り憑いていたんだぞ? 信用出来る訳がねぇ」
憮然として言い放つヴィルムに、エルダーエルフを上位者とするハイエルフ達が憎々しげに睨みつけるが、アーシェとの話を邪魔しないようにか、はたまた圧倒的な実力差を見せつけられたからか、割り込むまでには至っていない。
それに対して、エルフ達は身内のメルディナにアーシェの魂が宿っていた事に対する困惑の方が大きいといった様子だ。
『あのさぁ、”取り憑く”なんて、人を悪霊みたいに言わないでくれる? アタシはメルディナちゃんに危害を加える気なんてないし、この身体を乗っ取るつもりもないわ』
「どうだかな。百歩・・・いや、一万歩譲って、お前にその気がないとしても、だ。お前は無条件にエルフ達を従える事が出来る存在だ。そんな存在が悪意ある者に狙われない保証がどこにある?」
『悪いけど、アタシはそんじょそこらの奴らに負ける程、弱かないわよ? もちろん、アタシの力は宿主であるメルディナちゃんも使えるから、同じ事が言えるわ』
「それは狙われない理由にはならないだろう? むしろ能力が高い分、より危険な相手から狙われるんじゃないか? ハルツァンがお前の力を欲したみたいにな」
バチバチと火花でも飛び散らせるように睨み合う二人。
緊張した雰囲気が続く中で、先に根負けしたのはアーシェの方だった。
『あ~ん、もうっ!! ヴィルムちゃんてば頭堅すぎじゃない!? もー無理っ!!』
両手で頭を掻き、『うがーっ!』と雄叫びをあげる様は、とても全てのエルフ種の頂点に立つ者とは思えぬ姿だ。
『メルディナちゃん、消耗してる所起こして悪いんだけど、この凝りかたまった頭でっかちを説得してもらえないかしら?』
何もない空間を見つめながら独り言のように呟いていたアーシェが目を閉じると、額の紫水晶の輝きが淡くなっていく。
そして、彼女が再び目を開き、口を開こうとした瞬間━━━、
「メルッ!!」
『メルーッ!!』
「えっ!? あ、ちょ、ちょっと、ヴィル!? ミオまで!?」
ヴィルムがメルディナを抱きしめ、僅かにミゼリオがその首もとに抱きついた。
ヴィルムの表情はそれまでの不機嫌全開といった様子から一転、心の底から安堵したようなものになっており、ミゼリオは目尻に涙を浮かべて今にも泣き出しそうになっている。
対してメルディナはいきなり抱擁された事に動揺し、焦りと気恥ずかしさがごちゃまぜになってしまっていた。
「わわっ!? お、お師様ってば大胆です・・・っ!」
「こんなに人目がある場所で・・・オレには無理だ・・・」
『あ~ッ! メル、いいナ~! ハイシェラモ~!』
『ハイシェラ、今は、我慢。ヴィー兄様、本気で心配してたから』
クーナリアは両手で顔を覆いつつも指の隙間から目に焼き付けるように見つめ、オーマはヴィルムにストレートすぎる行動に顔を赤らめている。
ハイシェラは羨ましいとばかりに二人の間に飛び込もうとしたのだが、普段ならむしろ我先にとばかりに抱き付くフーミルによって阻止されていた。
「すまない。俺が不甲斐ないせいで、メルが命を落とすところだった」
『メルぅ・・・ごめんね、ワタシが眠らされちゃったばっかりに・・・』
「ううん。元はと言えば私が言い出した事なんだから、二人が気にする必要なんてないわ。私の方こそ、心配掛けちゃってごめんね?」
『うわーん! メルー! 無事で良かったよぉ!!』
ついには我慢しきれずに泣き出してしまうミゼリオ。
周囲のエルフ達も空気を読んでか余計な茶々を入れる様子はない。
若干、メルディナの両親であるメルスとディーナがそわそわしているが、位置的に動くことが出来ずにいるようだ。
『ちょっとちょっとちょっとー? アタシの時と態度が違いすぎじゃなーい? そういうのとっても傷つくんですけどー?』
そこに、空気の読めない声が割って入る。
その声を追ってみれば、淡い光を放つ、薄紫色をした人魂のようなものがふよふよと浮かんでいた。
「えっと・・・アーシェ様、ですか?」
『ぴんぽーん! メルディナちゃんだいせいかーい!』
微妙な空気の中、声の主にいち早く気がついたメルディナが名前を呼ぶと、その人魂はミゼリオのように彼女の周りを飛び回る。
『〈アバターマインド〉って言ってね? 擬似的に自分の意識を体外に作り出す魔法なの。本来は索敵や調査用に開発した魔法なんだけど、メルディナちゃんの身体で二人が話してたらどっちがどっちかわかりづらいでしょ?』
表情がない為はっきりとしないが、自信満々、鼻高々といった感情が滲み出ている。
もし、今の彼女がメルディナの表層に出ていれば、確実にドヤ顔になっていることだろう。
そして、彼女の魔法自慢は更に続く。
『応用するとゴーレムみたいな人造魔法生物に憑依して意のままに操る事も出来るのよ! 更に! 痛覚のオンオフ切り替え例えも可能! 破損箇所が把握出来てないと操作に影響が出ちゃうから、敢えてそう出来るように構築したのよ! そして依り代が破壊されたとしても術者の身体に影響もないわ! つまり━━━』
「アーシェ」
自慢気にペラペラと話し続ける人魂に、ヴィルムが声を掛ける。
『えっ、何なのよ? これからがいいとこなのに・・・』
「メルの命を救ってくれたことに、感謝する」
『へ・・・?』
説明を邪魔されて苛立ったような声をあげるアーシェだったが、先程とは真反対のヴィルムの態度に言葉を詰まらせた。
『い、いきなりどうしたの? さっきまでと違って随分と殊勝な態度じゃない』
「メルの無事が確認出来たからだ。メルが自分の意識を取り戻した以上、お前がメルの身体を乗っとる可能性は低いと判断した。そしてメルが狙われた原因はお前にあったとはいえ、命を助けてくれたことには感謝している、と言えば納得出来るか?」
メルディナの身体を動かしているのは得体の知れないエルダーエルフと名乗る人物、メルディナが生きている可能性がある中で彼女を攻撃するという選択肢はとれず、かといって身体を乗っ取られている可能性を考慮すれば警戒をとく訳にはいかない。
要するに、ヴィルムはアーシェが敵か味方かの判断がつかず、どうすればいいのかがわからなかったのだ。
「疑ってすまなかった」
『そ、そう。わかってくれたのならそれでいいわ』
素直に頭を下げるヴィルムに調子を崩されたのか、少しばかり戸惑いを含んだ声色で謝罪を受け入れるアーシェ。
『よくよく考えてみれば、ヴィルムちゃんがアタシを警戒するのも当然なのよね。アタシだって恋人の身体を知らない奴が動かしてたら同じ態度をとると思うしね~』
「なっ、こっ、恋人って、ちょっ、アーシェ様!?」
『うわぁ、メルディナちゃんてば照れちゃって可愛いわね~。こちとら同じ身体を共有してるんだから、メルディナちゃんの想いくらいお見通しなのよ? ヴィルムちゃんのこと、す━━━』
「わーっ! わーっ! わーっ! や、やめて下さーいっ!!」
『え~? 別に言ってもいいじゃなーい』
自身の想いを勝手に暴露しようとするアーシェを、必死で止めようとするメルディナの顔は真っ赤である。
彼女の反応に味を占めたのか、アーシェはからかうような言動をやめようとはしなかった。
そこに、見かねたヴィルムが助け船を出す。
「ところで、さっき面白い話をしていたな。そのついでに聞かせてくれ。その状態のお前はメルと感覚を共有しているのか?」
『あら、いい着眼点ね。〈アバターマインド〉はアタシであるけどアタシではない、謂わば擬似的な、もう一人の自分を生み出す魔法なの。解除すれば記憶はフィードバックされるけど、その際感じた痛みや苦痛の記憶で気を失ったりすることはないわ。あと、使用中に発生する問題点なんだけど━━━』
自らが開発したらしい魔法について聞かれ、自慢気に、そして嬉々として語っている様子から見て、アーシェという人物は重度の魔法オタクらしい。
『━━━する事で解決したわ。で、次は効果の持続性なんだけど・・・おっ?』
「へぇ、そりゃ良いことを聴いたな」
突然、鷲掴みにされたことで疑問符を浮かべるアーシェに、にっこりと笑かけるヴィルム。
「つまり、その状態のお前を握り潰しても、メルの身体には何の影響もないって訳だな」
『え? ちょっ、ヴィルムちゃん待っ━━━』
「メルを困らせるのは、許さん」
『あだだだだだだっ!? 割れる! 頭ないけど頭割れちゃう!! 待って待ってアタシが悪かったからやめて許してごめんなさい痛い痛い痛い痛ぁぁぁいっ!!』
多少なり手加減はしているのだろうが、ヴィルムの握力で握り締められれば相当な痛みが彼女を襲っていることだろう。
魔法を解除すればいいだけの話なのだが、痛みで混乱している彼女がそれに気が付いたのはヴィルムによる制裁が終わった後のことであった。