【101】
ヴィルム達が遺跡に入る少し前━━━。
遺跡の最奥、その祭壇の上にはメルディナが寝かされていた。
その祭壇から少し離れた場所には、簡易的ではあるものの、柔らかそうな布材で作られた小さな寝床があり、その上にはミゼリオの姿も見える。
そして、メルディナの寝顔を見下ろしている男━━━ハルツァンは、小さく笑った。
「ようやく・・・ようやく手に入る。我は、この刻を待ち望んでいたのだ」
それは心の奥底から湧き出てくるような歓喜の感情。
メルディナの頬を優しく撫でたハルツァンは、意識のない彼女に語りかける。
「お前にはわからないだろう。お前を初めて見た時、我がどれ程喜びに打ち震えた事か」
ハルツァンとメルディナ、両者共に美しい容姿をしている事もあり、その光景は眠れる姫を迎えにきた王子の物語という印象を受ける。
「お前が我が妻となり、共に精霊様方を御守りすると誓うのであればここまでする必要はなかったのだが、致し方あるまい・・・#/※%::*@━━━」
心底残念そうな様子で溜め息を吐いたハルツァンは、メルディナが横たわる祭壇の正面に立つと、何やら人間では聞き取る事の出来ない呪文らしき言葉を紡ぎ始めた。
その呪文を唱え終わると共にメルディナの身体がゆっくりと宙に浮いたかと思うと、淡く透き通った薄紫色の光を放ち始めた。
「さぁ、メルディナよ。精霊様を御守りする為に、我とひとつになろうではないか」
メルディナを包むその光が、ハルツァンの身体へと吸い込まれていく。
その光は徐々に勢いを増し、まるで洪水のように荒々しい奔流となった。
「嗚呼・・・我に流れ込んでくるこの魔力・・・やはりお前は我が妻となるに相応しい女だった。共に歩めなくなるのは残念ではあるが、我は生涯、お前を大切にするとここに誓おう」
徐々に勢いを失っていく光が途絶えた所で、ハルツァンはもう一度、メルディナの頬を優しく撫でる。
「永久の眠りにつくがよい。我が妻、メルディナ・・・」
その表情は、愛する者を看取る様にも見えた。
「終わったみたいだね?」
不意に、ハルツァンの後方から声がかけられる。
その声を聞くと同時に彼の表情は一変し、ハイエルフ族特有の能面のような無表情となる。
「貴様、まだいたのか? 我とメルディナの別れに水を刺すとは・・・余程死にたいようだな」
「あははは、そんなつもりはないよ。ただ、この後の展開が凄く気になってね。メルディナちゃんを失ったヴィルムくんがどんな反応をするのかな~って」
『ハルツァン、ゆーりをころすの、だめ』
そこにいたのは壁にもたれ掛かる形で立っていたユリウスと、その足にしがみついているヨミだった。
「・・・ふん。ヨミ様がいなければ八つ裂きにしてくれる所ではあるが、まぁ良い。この場にいても面白い事などありはせん。もうじきあの人間共がやってくるのだろうが、話して分からねば捩じ伏せるまでだ。精霊獣様が信頼なさっておられる様子だから、出来れば殺したくはないがな」
「でも、ヴィルムくんとフーミルちゃんを相手取るのに、そんな余裕があるのかなぁ?」
「先程までの我では敵わなかったやもしれんな。だが、今の我に敵となりえる者などおらん。例えそれが精霊獣様であっても、だ」
ハルツァンが拳を握ると、濃い紫色の魔力が溢れ始める。
「へぇ・・・それが、メルディナちゃんから奪った魔力なのかい? 随分と密度の高い魔力だね」
「奪った、か。否定はせんよ。精霊様の為なれば、我は手段を選ぶつもりはない」
ユリウスの言葉に、自嘲気味に笑いながら答えるハルツァン。
「別に責めてる訳じゃないさ。ボクだって、ヨミ達を守る為なら何だってするしね。ボクが言いたいのは、面白い勝負が見れそうだなってだけさ」
「悪趣味な・・・隠れるなら早くしろ。奴らはもうこの部屋の前まで来ている。ゴーレム達が突破されるのも時間の問題だろう」
重厚な石扉の向こう側からは、戦闘音が鳴り響いている。
伝わってくる振動からは、かなり激しい戦闘になっているだろう事が予想出来る。
「そうさせてもらうよ。あ、手出しするつもりは更々ないから、後は御自由にどうぞ。ヨミ、隠れるよ」
『わかった。こんどは、みつからないように、きをつける!』
『ふんすっ』と、気合いを入れたヨミが両手をかざすと、空間が二つに裂け、暗闇に満ちた世界が顕れた。
ユリウスとヨミはハルツァンに手を振ると、その闇の中へ溶け込むように消えていく。
「奴もまた、精霊獣様の信を得る者、か・・・」
呟いたはずの自分の言葉が、何故か耳に残ったハルツァンであった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「メルッ!」
頑強な石扉を轟音と共に蹴り砕いて入ってきたヴィルムは、声を荒らげると同時に素早く周囲を見渡し、祭壇の上に寝かされたメルディナとその進路上に陣取るハルツァンを視界に捉えた瞬間、怒りの感情を隠そうともせずに戦闘態勢に移行する。
すぐ後ろに付いてきていたフーミルも、その光景を見ると同時に髪を逆立たせ、低いうなり声をあげていた。
(・・・大丈夫だ。メルは生きてる)
よく見ると、メルディナの胸はゆっくりと上下しており、呼吸をしているのがわかる。
少なくとも、今すぐ死ぬという事はないだろう。
その様子を見て僅かばかり胸を撫で下ろしたヴィルムに、ハルツァンが話し掛ける。
「予想より早かったな。あのゴーレム達は物理攻撃を無効化する特殊な個体だったのだが・・・流石、精霊獣様の信を得た者といった所か。素直に評価しよう」
「そんな事はどうでもいい。今すぐにメルを返せ」
「それは出来ぬ相談だな。我は生涯、メルディナを守り続けると誓ったのだ。お前に渡す訳にはいかん」
「なら、力ずくで取り返すまでだッ!」
言うが早いか、地面を蹴ったヴィルムはハルツァンとの距離を一瞬で詰め、浴びせ蹴りを放つ。
目にも止まらぬ速度から放たれた蹴りに何も反応が出来ないと思われたハルツァンだったが、その蹴りが彼の側頭部を捉える寸前、その身体を包む紫色の魔力に阻まれてしまう。
「ちっ!」
あっさりと攻撃を防がれた事に苛立ちながらも、そのまま連擊に移るヴィルムだったが、先の蹴擊と同じく彼に触れる事すら叶わなかった。
「無駄だ。今の我には触れる事すら出来ぬと心得よ」
『それなら、フーがやる。〈エアブレット〉』
ヴィルムでは部が悪いと察したフーミルが放った無数の風弾が、不規則な軌道を描きながらハルツァンに向かって収束する。
「〈ガイストウォール〉」
全てが命中すると思えたその時、ハルツァンが一言呟くと同時に、彼の周囲を竜巻が包み込み、〈エアブレット〉を弾いてしまった。
(こいつ、フーの魔法を難なく防ぎやがった!?)
ヴィルムと同様にフーミルも驚いたようで、ハルツァンを警戒するように睨みつけている。
彼にとって、十分に反撃に移れるチャンスだったのだが、何故かそうしようとはしなかった。
「人間よ、我の話を聞け。お前は精霊獣様の信を得た者。話を聞けば、必ず理解出来るはずだ」
「・・・話、とは?」
自身の攻撃は通じず、フーミルの魔法を苦もなく防ぐハルツァンに、力押しは無意味と感じ取ったヴィルムは、怒りの感情を抑え込んで耳を傾ける。
「我がお前や同胞はおろか、精霊獣様まで欺いてでもメルディナを欲した理由だ」
ヴィルム達に話を聞く気があると見たハルツァンは、その無表情を崩さずに話し始めた。




