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基本的に、ゴーレムの動きは遅めである事が多い。
この場の二体も例に漏れなく、緩慢ではないというだけでヴィルムやフーミルと張り合えるだけのスピードではなかった。
繰り出される大降りの斬撃を懐に潜り込む形で避わしたヴィルムは、その胴体に拳を見舞う、が━━━
「くっ!?」
無防備になった所への会心の一撃。
しかし、その岩すら粉々に破壊する一撃を受けたゴーレムは、砕けるどころか怯む事すらなく反撃してきた。
不意の一撃を仰け反って避わしたヴィルムは、そのまま地面を強く蹴って後方へと跳躍し、距離をとる。
丁度、そこに別個体の攻撃から逃れてきたフーミルが駆け寄り、背中を合わせる形となった。
「随分と固い奴だな。フーの方はどうだ?」
『ん。フーの爪も、効いてない。魔法も、少し傷がついたくらい。こんなゴーレム、見た事ない』
精霊族としては幼いものの、かなりの年月を生きているフーミルが存在を知らないのは、このゴーレム達が表舞台に出た事がない、もしくは極端に少ないという事を物語っている。
ヴィルムやフーミルの攻撃をほぼ無力化している所から見ると、ゴーレム達が特殊な製造方法で造られたのは間違いないだろう。
「無視して突破したい所だが・・・こっちが距離を取ると扉の前に戻るみたいだから、難しそうだな」
『それに、突破出来ても、部屋の中までついてきたら、厄介。もしかしたら、メルを巻き込むかも』
「なら、やっぱりここで倒すしかないな。少なからずダメージが通るのなら、フーの魔法を中心に攻めた方が良さそうだ。俺がサポートに回る。いけるか?」
『ん、任せて』
物理的な攻撃が効いていないとわかったヴィルムがフーミルに攻撃役を頼んだのは、彼が魔法を使えないからだ。
本来、魔法というものは各々が持っている魔力を使用する魔法の属性に合わせて変化させ、操つる必要がある。
そして、変化した属性魔力を操る為には、その属性に対する適正を持っていなければならないのだが、ヴィルムは魔力を変質させる事は出来るものの、その属性適正は無属性のみであった。
例外として、身体強化は魔法に分類されてはいるが、属性魔力を操る必要がない為、彼が唯一使える魔法となっている。
『〈エアブレット〉』
フーミルの周囲から発射されたのは、風の弾丸。
撃ち出された無数の風弾は、その全てが外れる事なくゴーレム達の身体を捉える。
しかし、鎧を着込んだ人間であれば軽々と貫通する〈エアブレット〉を持ってしても、ゴーレムの身体を僅かに削り取る程度のダメージしか与えられなかった。
『予想通り。でも、このままいく。〈エアブレット・フルバースト〉』
先程よりも更に増えた風の弾丸が嵐の如くゴーレム達へと降り注ぐ。
ゴーレム達も何とか防ごうとはしているものの、その圧倒的な速度と物量の前にはどうしようもない。
このまま、ゴーレム達が機能を停止するのも時間の問題だろう。
だがその時、ゴーレム達の瞳が紫色に輝いたかと思うと、風の弾丸を防ぐ事を止め、術者であるフーミルに向かって攻城兵器を放ち、突進してきた。
「やらせねぇよ」
それを予想していたとばかりに割って入ったヴィルムは、飛来する巨大な矢の側面を的確に蹴り抜き、同時にもう一本の矢を手刀で叩き折る。
次いで、防御を無視して突っ込んでくるゴーレムを真正面から受け止めると、力任せに薙ぎ倒してもう一体の進路を塞いだ。
ヴィルムが後方へ飛び退ると同時に、風の弾幕が再開される。
凄まじい弾幕ではあるが、やはりゴーレム達への効果は薄いようで、風の弾丸を絶え間なく受けながらもゆっくりと起き上がろうとしていた。
かと言って、全く効果がないとも言えない。
現にゴーレム達の身体はあちらこちらが欠けており、動きに支障はないものの、ダメージが蓄積されている事は明らかだろう。
『ヴィー兄様、このままでも、倒せそうだけど、まだ時間がかかる』
「コアを壊せば終わるんだけどな。あの様子じゃ、身体のどこかに埋め込まれてるんだろう。打撃の効果が全くない所を見ると何らかの特殊な鉱物で出来てるんだろうが・・・いや、待てよ?」
ゴーレム達を中々突破出来ない事に苛立ちを感じていたヴィルムだったが、ふと、何かに気付いた素振りを見せると口元に手を当てて思考し始めた。
その間に、完全に起き上がってしまったゴーレムは、再び攻城兵器を向けると二人に向けて連射を開始する。
思考中でありながらも、ヴィルムは戦闘態勢を崩してはおらず、全ての大矢を叩き折り、もしくは軌道を逸らして防いでいた。
「フー、直接攻撃はしなくていい。ゴーレム達の周りを魔力を含めた空気で満たして、循環させる事は出来るか?」
『ん、それくらいなら、出来る。でも、それからどうするの?』
「あのゴーレムの魔力を、根刮ぎ奪う。ディア姉に聞いた事があるんだ。ゴーレムみたいに魔力を含んだ素材で出来た魔物は、含まれた魔力量に比例して物理的な攻撃と、年数経過による劣化に対しての耐久性能が上がるらしい」
外界の魔物として扱われるゴーレムの多くは、精々が鋼鉄程度の硬度である。
しかし、このゴーレム達はそれらの比ではない硬度を持っている事を考えれば、その素材に大量の魔力が含まれているという事は想像に難くないだろう。
『ヴィー兄様やフーの攻撃に耐えるなら、魔力がいっぱい溜まってるって事?』
「そうだ。だけど魔力を奪うにはあのゴーレム達に触れ続けていないと出来ない。だから、フーに頼んでるんだ」
ヴィルムがフーミルに求めたのは、彼女の魔法によるゴーレムとの擬似的な接触。
放った魔法との繋がりを維持しないと成り立たない為、かなり難易度の高い技術ではあるのだが、話を振られたフーミルは平然と頷いていた。
『ん、わかった』
短く答えた彼女が両手を差し出すと、手のひらから白く輝く粒子が放たれる。
その粒子はフーミルの意図に従い、ゴーレム達にまとわりつくように周囲を囲い込んでいった。
それと同時に、ヴィルムがフーミルの背に手を当てて集中すると、大して間を置かずにゴーレム達の様子がおかしくなる。
身体のあちらこちらが忙しなく動き、紫色の光を灯していた四つの相貌は古くなった街灯のように点滅し、駆動部からは苦しむ呻き声にも聞こえるような重低音を響かせていた。
やがて、ゴーレム達の身体にも異変が現れ始める。
あれだけ頑丈だった身がは脆い岩のようにポロポロと崩れ落ち、その足下に砂の山を作り始めたのだ。
しばらくして、ゴーレムの胴体から淡い紫色の光を放つ球体が露出する。
手足を失い、最早抵抗する術を持たないゴーレム達に無造作に近付いたヴィルムは、その球体を叩き割った。
半壊したゴーレム達の瞳からは光が失われる。
それは、ゴーレム達が機能を完全に停止したという事を示していた。




