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【94】


メルディナの先導で遺跡の奥へと進む二人。


彼女の記憶は正確で、罠やそれらの起動スイッチの場所を完全に覚えていた。


「ヴィル、この通路は伏せながら進んでね。壁の隙間から針が飛び出して来るわ」


「次の部屋は吊り天井になってるわ。何か投げて、一度落としてから駆け抜けるわよ」


「手前にあるのがダミーよ・・・と言いたいんだけど、あれは奥の方がダミーなのよね。この遺跡を造った人、本当に性格がねじ曲がってるんじゃないかしら」


しかし、話を聞いている限り、メルディナは仕掛けられた罠がどんな罠であるかまで言い当てている。


罠の位置は調べればわかるだろうが、それがどういった種類の罠なのかは実際に作動させてみなければわからないはずである。


もし、彼女が実際に全ての罠を体験しているのだとすれば、生き延びる事が難しい種類のものまであったのだが・・・。


「ほとんどミオが引っ掛かってたの。身体が小さいから何とかなったんだけど、私が調べている間に突っ込んでいくものだから・・・おかげで、重さに反応する罠以外はほぼわかってるわ」


今現在のミゼリオですら大人しくしている事は少ないのだから、当時の幼い彼女が好奇心のままに突撃していく様は容易に想像出来る。


その頃を思い出しているのだろうメルディナは、額に手をあてながら大きな溜め息を吐いた。


「ミオらしいな・・・それにしても、これだけ凶悪な罠があって死体のひとつもないのは妙だな。古代からの遺跡なら、探索者が全く来ないってのはありえない」


「それは私も気になってたわ。だからそれとなくお父さん達に聞いてたんだけど、どうもおかしいのよね」


ヴィルムの抱いた疑問はメルディナも感じていたらしく、すでに聞き込みをしていたようだが、その表情を見ればあまり芳しくない結果だったのだろう。


「お父さん達、この遺跡の事を“過去の集会場か何かだろう”って言ってるの。つまり、ここの入り口を見つけられなかったって事でしょ? まだ百四十歳くらいだった頃の私があっさり見つけたのに、おかしいと━━━」


「メルの魔力にのみ、反応する仕掛け」


「えっ?」


腕を組んで考え込んでいたヴィルムの呟くような一言に、思わず振り返るメルディナ。


「正確には、”特定の魔力を持つ者にのみ反応する仕掛け”なんじゃないか? 俺でも感知出来ない程、巧妙に隠蔽された仕掛けを造った奴だ。それくらいの細工が出来てもおかしくはない。それなら、死体がない事にも説明はつく」


「で、でも何の為に? 魔力なんて人によって少しずつ違うから、造った本人しか入れないわよ? それなら、罠なんて仕掛ける必要ないじゃない」


「あくまでも仮説だからな。その辺りは後で調べてみよう」


「えぇ、そうね・・・ふふっ」


ふと、真剣な表情で議論を交わしていたメルディナの顔が綻んだ。


何の脈絡もなく、楽しげな笑みを浮かべた彼女に、ヴィルムが首を傾げて見せる。


「やっぱり、ヴィルを連れてきて良かったって思っただけよ。貴方と一緒にいると、今まで見えなかったものが見えてくる。わからなかった事だって、真実に繋がる糸口を示してくれる。それがとても楽しくて、ね?」


「メルが喜んでくれるなら、俺は全力で手を貸すよ」


「あっ・・・ありがとう、ヴィル」


ヴィルムのストレートな返しに、一瞬驚いたメルディナだったが、その顔はすぐに満面の笑みへと変化していた。


「さっ、目的の場所はすぐそこよ。行きましょ!」






二人が足を踏み入れたその場所を一言で表すとすれば、まさに世界が違うと言う他になかった。


まず目を引くのは、サーヴァンティル精霊国にある霊木に匹敵するであろう大樹の根らしきモノ。


部屋というにはあまりにも広すぎる空間の壁や床に張り巡らされたそれは、自らが部屋の住人であるかのような存在感を放っている。


巨木の根が所々に露出している壁には、何を表しているのかもわからない紋様が羅列しており、それが空間の不可思議な雰囲気に拍車をかけていた。


そして、最奥には何かを祭り上げる為に造られたであろう台座があり、その上にはアメジストで作られたかのような紫色の宝玉が置かれていた。


「ここが、私が冒険者になった理由。この文字にも見える紋様は何を表しているのか。この遺跡は何を目的として造られたのか」


壁の紋様を優しく撫でながら歩くメルディナの後ろをヴィルムがついていく。


「結構な数の遺跡を巡ったり、昔の文献を漁ったりしてみたけど、これと同じどころか似たようなものすら見つからなかったわ。まぁ、それはそれで楽しかったんだけどね」


「それで俺を連れて来た訳か」


「そういう事。本当はお父さん達に会いたくなかったから、もっと後にしようと思ってたんだけど、そうも言ってられなくなっちゃったから・・・。だったら、少しだけ付き合ってもらおうかなーって」


「・・・期待に答えられなくて申し訳ないが、俺も見た事がないな。少なくとも、俺達の国には存在しない」


「そっか。ヴィルでもわからない、か」


ヴィルムの返答を聞いたメルディナは、僅かに顔を伏せる。


「あぁいや・・・ディア姉達なら何か知ってるかもしれないから、一度聞いてみるよ」


「ヴィル、今、早朝だって忘れてるでしょ? こんな時間に連絡したら迷惑にならない?」


顔を伏せた彼女が落胆したように見えたらしい。


少し気まずそうな表情になったヴィルムは代案を出すが、他ならぬ彼女自身に止められてしまう。


「そ、それもそうか」


自身が狼狽えていた自覚はあったらしいヴィルムは、照れ隠しなのか頬を掻いた。


「ふふっ・・・ありがとね」


「いや、結局俺もわからなかったし、礼を言われる事じゃ━━━」


「でも、協力してくれたでしょ? それにお父さん達も説得してくれたし、ね?」


「納得させたのはヒノリ姉さんとディア姉だけど?」


「そうだとしても、ヴィルがいなかったらヒノリ様達の説得もなかったわ。それに、お父さん達が怪我しないように戦ってくれてたわよね?」


「・・・流石にメルの両親や知り合いを殴る訳にはいかないだろ」


本来、ヴィルムは敵対者に対して一切容赦しない。


例えば、あの時エルフ達が操られていたとしても、殺さない程度に叩きのめしたり恫喝するなりしていたはずだ。


その彼がエルフ達に気遣いを見せたのは、メルディナの家族、そして同郷の者達であったからに他ならない。


一連の行動からもわかるように、メルディナという存在はヴィルムにとって精霊達(大切な家族)と同等の位置にまできていた。


「ハイエルフ達との件が片付いたら、また一緒に来てくれる?」


「もちろんだ。今度はヒノリ姉さんやディア姉も喚ぶから、何かわかると思うぞ」


「そういう意味じゃないんだけど・・・まぁいいわ」


そしてメルディナもまた、ヴィルムに対する感情が仲間に対する以上のものに変化しつつある。


「さてっと、皆が起きてくる時間だし、そろそろ戻ろっか」


「・・・あぁ」


自身の感情を知ってか知らずしてか、機嫌が良さそうに笑うメルディナと、その笑顔につられたのか小さく微笑むヴィルム。


成果の有無に拘わらず、今回の探索に満足した二人は、次回の探索に想いを馳せながらその場を後にした。




* * * * * * * * * * * * * * *




二人が立ち去った後、扉が閉められ、暗闇に閉ざされたはずの部屋がうっすらと照らされる。


光源を辿れば、そこにあるのは先の台座に置かれた紫色の宝玉。


暗闇の中で淡く光る宝玉には、不可思議でありながらも、どこか神秘性を感じずにはいられなかった。


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