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【93】未知の遺跡


翌日、環境の変化に関係なく早い時間に目を覚ましたヴィルムは、日課の鍛練を始めるべく外に出る。


それを出迎えたのは、井戸から飲み水を汲み上げていたメルディナだった。


「あ、おはよう、ヴィル。よく眠れた?」


「おはよう、今日は少し早いんだな」


「里にいた頃、朝の水汲みは私の仕事だったからね。つい癖で早起きしちゃっただけよ。ヴィルの方こそ、疲れは残ってないの?」


「ヒノリ姉さんもディア姉も召喚しただけだからな。戦闘で魔力を渡したって訳じゃないし、疲れた内には入らないよ」


「あのねぇ、普通はヒノリ様を御一人召喚するだけでも昏倒するわよ・・・?」


あの後、エルフ達の誤解が解けた所で、ヒノリとラディアは送還される事となった。


二人はそのままハイエルフ達の拠点に乗り込もうとしていたが、サーヴァンティル精霊国の警戒が疎かになってしまうというヴィルムの説得に、仕方なくといった様子で頷いていた。


昨晩起きた出来事を主軸に談笑する二人だったが、ふと口を止めたメルディナが僅かに顔を伏せる。


「・・・ありがとね、ヴィル」


「ん、急にどうしたんだ?」


しかしよく見ると、その表情は暗いという訳ではなく、少し照れたような微笑みが浮かんでいるのがわかった。


「色々、よ。それより、ちょっと行きたい所があるの。少しだけ付き合ってくれない?」


「それはいいけど、どこまで行くんだ? 行き先くらいは報せとかないと━━━」


「そんなに遠くじゃないから大丈夫よ。ほら、行こ行こ!」


急かすようにヴィルムの手をとったメルディナは、集落の外に向かって走り始めた。




* * * * * * * * * * * * * * *




集落から少し離れた森の中に、()()はあった。


石材を主として造られた門型の建造物。


成人二人が通れる程の幅で組まれてたその石門の中には、地下へと伸びる階段が見える。


その周囲はおろか、内部の壁にまで植物のツタが侵食している所から察するに、長い年月の間放置されていたのだろう。


「ここは?」


「見ての通り、遺跡よ。お父さん達が産まれるずっと前からあったらしいから、エルフ族に関する遺跡だとは思うんだけど、はっきりとはわからないのよね」


ヴィルムの質問に答えるメルディナだが、彼女自身にもわからない部分があるらしく、お手上げの仕草と同時に溜め息が漏れる。


しかしそれも一瞬の事で、すぐに楽しげな笑みを浮かべた彼女は、改めてヴィルムの顔を覗き込んだ。


「ヴィルを誘ったのはね、ちょっと見て欲しい物があったからなの」


「見て欲しい物?」


「ついてきて。案内するわ」


そう言って、躊躇いなく遺跡の中に入っていくメルディナに続き、ヴィルムも地下への階段を降りていく。


朝日がある為、完全な暗闇にはならないものの、徐々に悪くなっていく視界と狭い空間に陰鬱な印象を抱かずにはいられない。


階段を降りきった所で足を止めたメルディナが松明(たいまつ)に火をつけると、ヴィルム達の眼前にはただ広いだけの空間が広がっていた。


その広間には特に気を引くような物はないが、メルディナは迷う事なく広間の奥に向かって歩き出す。


突き当たりで足を止めた彼女が石壁に手を当てると、それは重苦しい音を響かせながら人が一人通れるくらいの入り口を形成し始めた。


(魔力に反応する仕掛け、か。 だが、メルが触れるまで何も感じなかったのはどういう事だ・・・?)


魔力に関して抜きん出た実力を持つヴィルムが仕掛けを感知出来なかったという事実は、この遺跡を製作した者の技量が彼のそれと同等、あるいはそれ以上だいう事を示している。


すでに警戒の態勢に入っているヴィルムだったが、信頼するメルディナの案内がある為か、無意識の内に興味を惹かれていた。


「さぁて、ここからが本番よ。結構な数の罠があるから、私が先導するわ━━━ってヴィル!?」


メルディナにとっては訪れた事のある場所であっても、ヴィルムにとっては未知の場所である。


警戒態勢にあった彼は彼女を守る為に先頭に立とうとしたのだが、それが仇となった。


前に出ようと歩を進めていたヴィルムの足下から、カチリと乾いた音がする。


「・・・すまん」


自身の迂闊さと罠にかかってしまった情けなさから、何とも言えない表情で謝るヴィルムの頭上に、無数のマジックアローが出現した。


(魔力に反応する扉の直後に物理的な起動トラップか。ここの製作者は侵入者の心理を熟知してるな)


彼自身、警戒態勢にあったものの、高度に隠蔽された魔力に反応して展開される入り口を見た直後という事もあり、意識はどうしてもそちらに寄ってしまう。


「ヴィル!?」


まだ中に入っていないメルディナが何とかヴィルムを助けようと手を伸ばそうとするが、罠の起動と同時に出現したのであろう透明な障壁らしきモノに阻まれてしまった。


「嘘!? 私の時はこんなのなかったのに!?」


どうやら、過去のメルディナも同じ罠に引っ掛かっていたらしい。


その事に妙な安心感を覚えたヴィルムは、思わずクスリと笑ってしまった。


次の瞬間、無数のマジックアローが標的(ヴィルム)に向かって降り注ぐが━━━、


「落ち着けメル、この程度なら・・・」


後退する所か前に進み出た彼は、舞うような動きで危なげなく払い落としていく。


今、ヴィルムが前に出たのは、万が一にも背後にいるメルディナに流れ矢が向かわないように気遣った為なのだが、もし、彼女の前に障壁がある事を忘れているのでなければ心配しすぎではなかろうか。


程なくして、全てのマジックアローが無力化されて消えると同時に、見えない障壁の方も消え去った。


「ヴィル! 怪我は!?」


「大丈夫だ。それよりも、勝手に動いて悪かった。反省している」


心配そうに駆け寄るメルディナに対し、ヴィルムはばつが悪そうに首裏を掻く。


「なら良かったわ。ちゃんと罠がある位置は教えるから、勝手に動き回っちゃダメよ?」


「わかった。肝に命じておくよ」


「それにしても・・・」


ヴィルムが無事だった事に安堵したメルディナは、マジックアロートラップの起動スイッチがある場所に座り込む。


「私が最初に引っ掛かった時はあんな障壁なんて出なかったわ。まぁ、あの時に障壁が出てたら今私はこの世にいないんでしょうけど・・・」


「この部分を踏むとさっきのマジックアローが出るのか・・・回避の訓練に使えそうだな。今度オーマを放り込んでみるか」


「やめてあげてね?」


少しでもミスをすれば死に至る恐ろしい訓練方法を口に出したヴィルムをやんわりと止めるメルディナ。


オーマは二度目の命の危機を救ってくれた彼女に感謝するべきかもしれない。


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