【92】
「いやはや、大変失礼致しました。精霊獣様の前でお恥ずかしい姿を見せてしまい、申し訳ありません」
人数分のお茶が並ぶテーブルを前に頭を下げているのは、メルディナの父親、メルスである。
あの後、暴走し始めたメルスはあっさりとヴィルムに取り抑えられ、メルディナとフーミルの説得によって落ち着きを取り戻した。
勘違いした(あながち勘違いでもないのだが)御詫びにと家に招待され、現状に至る。
「本当に、あなたはメルディナの事になるとそそっかしいんですから。皆さん、ごめんなさいね? フーミル様、ミゼリオ様、よろしければこちらをお召し上がり下さい」
『ん。貰う』
『いっただきまーす!』
奥から焼き菓子らしきものを持ってきたのは、メルディナの母親のディーナだ。
先にフーミルとミゼリオの前に配膳したのは、やはり信仰対象だからだろう。
ヴィルム達にも分け隔てなく焼き菓子を出している所を見ると他意はないようだ。
全員が茶を啜り、一息ついた所でメルスが口を開いた。
「それで、話というのは? ようやくハルツァン様との結婚を決めてくれたのかな?」
「お父さん、それは前にも断ったでしょ? 私はあんな上から目線で命令されて、喜んで結婚する程馬鹿じゃないの」
“結婚”という単語が出た瞬間、メルディナはその苛立ちを隠そうともせずに顰めっ面になった。
それはメルスもわかっているのだろうが、家出に近い形で出ていったメルディナが帰って来た事から説得する余地はあると判断したらしく、話を続ける。
「いや、しかしだな。我々エルフ族にとって、ハイエルフ様と結婚するという事は喜ばしい事であり、大変名誉な事でもある。お父さんもお前を手放したくないが、お前の為を想って━━━」
「だからっ! 私はそんな事望んでない! 自分達の価値感を私に押し付けないでよ!」
「メルディナ、やっぱりお母さんもお父さんが正しいと思うわ。ハルツァン様と結婚すれば、あなたは何不自由なく生きていけるのよ? 子供の幸せを願うのは、親として当然だわ」
「お母さんまで・・・! しばらく会ってなかったからもしかしてと思ったけど、やっぱりこんな所に帰って来るんじゃ━━━」
「メル、少し落ち着け」
「ヴィル・・・?」
今にも感情が爆発する寸前のメルディナを宥めたのは、ヴィルムだった。
そのまま、子供をあやすように彼女の頭を撫でると、行き場を失った感情が溢れだしたが如く、その目にみるみると涙が溜まっていく。
「メルスさんとディーナさんがメルの事を想って言っている事はよくわかりました。ですが、ここまで嫌がる彼女が嫁いだとして、本当に幸せになれるでしょうか?」
「人間族である貴方にはわからないだろうが、ハイエルフ様の一族ともなれば幸せに暮らせるのだ。今は嫌がっていたとしても、必ず、な」
「ヴィルムさん、私も夫の言う通りだと思ってますわ」
ヴィルムを真っ直ぐに見据えるメルスとディーナの眼には、一才の曇りはなかった。
故に、彼らは彼らで本当にメルディナの事を想って説得しているのだろう。
「そんな! メルちゃんの意思を無視するなんて!」
「そうだぜ! メル姉は人形じゃねぇんだぞ!」
『そうだー! ワタシも反対だぞー!』
「いくらミゼリオ様の御意見であっても、こればかりは譲れません」
クーナリアとオーマの講義はおろか、精霊であるミゼリオの言葉にすら頑なに聞き入れようとしないあたり、相当に頭が固いという他ない。
「ハイエルフ達が、精霊達を害する存在だとしても、ですか?」
「何だと・・・?」
メルスとディーナの顔付きが、明らかに怒りを含んだものへと変化する。
「いくらメルディナの友人だとしても、ハイエルフ様を侮辱するなら見逃せんぞ」
「事実です。現に、ハイエルフ達はフーミルとミゼリオに危害を加えています。そして、精霊の里に攻め込んできた組織との繋がっている可能性が━━━」
「はんっ! 随分とあっさりボロを出したな! ハイエルフ様達は聖樹様を御守りするというお役目があるが故、長時間外界に出る事はないのだ!」
ヴィルムの説明を遮ったメルスは鬼の首をとったかのような表情を浮かべ、ディーナの方も冷たい視線を向けていた。
「お父さん! ヴィルが話は本当よ! 何なら、フー様にも聞いてみるといいわ!」
『ん、ヴィー兄様の、言う通り。ハイエルフ達は、フー達の敵』
メルディナは精霊獣であるフーミルの言葉であれば、メルスとディーナも耳を傾けると考えて彼女に話を振ったのだが、返ってきたのは、期待していたものとは全く違う言葉であった。
「なっ、に、兄様だとっ!? き、貴様! フーミル様に何をしたんだ!?」
「あなた! もしかしたら、メルディナやミゼリオ様も何かされているんじゃ・・・!」
「そ、そうか。そういう事だったのか・・・!」
二人が苦々しい表情でヴィルムを睨み付けている一方で、当の本人は何とも言えない表情でメルディナと話している。
「あー・・・何つーか、やっぱり親子だな。メルにも同じ事言われた記憶があるわ」
「あ、あれは! あの時は仕方ないでしょ!? ヴィルが精霊様の御里を奴隷商人達にバラすなんて言うから・・・あっ」
ヴィルムの口から語られた過去の失態に、反射的に反論したメルディナが自らの失言に気付くがもう遅い。
「な、何という外道だ! もう許してはおけん! 奴は俺が食い止める。ディーナ、お前は里の皆を召集してくれ! メルディナやフーミル様達を傷つける訳にはいかんからな!」
「えぇ、すぐに戻るわ! あなた、気をつけて・・・!」
心配そうにメルスを見つめながらも、意を決して外に走り出すディーナ。
「お師様! 私がディーナさんの誤解を解いてくるです!」
「オレも行くぜ! クーを一人で行かせる訳にはいかねぇからな!」
「行かせるものか! 《アクアバインド》!」
ディーナを追って飛び出そうとした二人の前に、水で出来た鎖がいくつも現れる。
自分達を捕らえようと襲い来る水鎖を避ける為、大きく後ろへと跳んだ二人が態勢を立て直し、改めて突破しようと構えた所で背後から待ったがかかった。
「今から追い掛けても間に合わねーよ。ちっとばかし手荒になるが、全員捕縛してから説明しよう。その方が手間も省ける」
「あー・・・うん。何かもう、それでいいわ」
実の両親を含め、里の住人を捕縛するというヴィルムの提案に、メルディナは色々と諦めたような表情で同意した。
「舐めるなよ! 俺一人で全員を倒す事は難しくとも、皆が来るまで足止めをする程度ならばぁぁぁああっ!?」
門番の如く立ち塞がっていたメルスだったが、刹那の間に間合いを詰めたヴィルムに足首を掴まれると、次の瞬間には縦に回転しながら宙を舞う。
屋内であるにもかかわらず、勢いよく放り投げられたはずのメルスは、天井や壁にぶつかったり、床に叩き付けられる事はない。
それもそのはず。
ヴィルムの意図を汲み取ったフーミルが、絶妙な風力調整で激突や落下を防いでいるのだ。
「メル、後は任せた」
「うん。ミオ、《アクアバインド》」
『おっけ~!』
メルスが放ったものよりも明らかに密度の高い水鎖が彼に巻き付き、その動きを封じてしまう。
フーミルが魔法を解き、重力に引っ張られたメルスが床に落ちたものの、そこまでの衝撃はなさそうだ。
尤も、彼自身は先程の回転で完全に目を回しており、ほぼ気絶といった状態でピクピクと痙攣していた。
窓の外からは、エルフ達のものと思われる雄叫びが聞こえてくる。
どうやらディーナが里の住人達を引き連れて戻ってきたようだ。
「メル、この里には何人くらい住んでるんだ?」
「あ~・・・私が家出する前なら、五十人ちょっとだったかしら?」
「全員捕まえるのは、少しばかり時間がかかりそうだな」
続々とこちらに向かってくるエルフ達を見て軽い溜め息を吐いたヴィルムは、メルディナ達を引き連れて家屋の外に飛び出すのであった。
何かシリアスシーンを書いていたつもりが、いつの間にかギャグシーンになってしまったように感じます。
稀に、キャラ達が勝手に動いてて、あれー?って感じになりますね。
基本的にシナリオに影響がなければそのまま採用しちゃってますが・・・。




