↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/4

プロローグ「存在しない本」

「物語」は、誰かが空想することで生まれます。

けれど、その物語に心を動かされ、笑い、泣き、ときには人生を変えられるのは、現実を生きる私たちです。

『ラノベなんて妄想だ!』は、「もし、物語の世界が本当に存在したら」という小さな疑問から生まれました。

現実と、物語のようなもう一つの世界。

その狭間で揺れ動く少年・乾諦十の旅を、どうぞ最後までお楽しみください。

 雨の日の本屋は、不思議と時間がゆっくり流れる。


 店先の古びた風鈴は風もないのに小さく揺れ、窓ガラスを伝う雨粒だけが、静かな店内に一定のリズムを刻んでいた。


 乾諦十(いぬいてんと)は制服のブレザーを軽く払うと、入口のマットで靴底の水気を落とし、店の奥へ歩き出した。


 放課後になると、この古本屋へ立ち寄るのが日課だった。


 特に目的があるわけではない。


 新刊書店では出会えない物語に巡り会える、それだけで十分だった。


 小説。


 漫画。


 設定資料集。


 絶版になったライトノベル。


 誰かが忘れていった世界が、この店には眠っている。


 諦十はそう信じていた。


「また来たのかい。」


 カウンターの向こうから老人の声が聞こえる。


 新聞を読んでいた店主は顔も上げずに言った。


「はい。」


「今度は何を探してる?」


 諦十は少し考えた。


「……まだ読んだことがない物語、です。」


 老人は新聞を閉じた。


 その動作だけで、店の空気が少し変わった気がした。


「それは難しい。」


「そうですか?」


「世の中の物語は、大体どこかで誰かが考えたものだからね。」


 老人は笑う。


 しかし、その笑顔にはどこか含みがあった。


「だが――」


 老人はゆっくりと店の一番奥を見る。


「たまに、本の方が読者を選ぶこともある。」


「え?」


「気にするな。年寄りの独り言だ。」


 老人は再び新聞を開いた。


 諦十は苦笑しながら本棚の奥へ歩く。


 古い木製の棚。


 色褪せた背表紙。


 埃の積もった辞典。


 誰にも手に取られなくなった本たち。


 その中に、一冊だけ妙な本があった。


 背表紙がない。


 出版社名もない。


 作者名もない。


 白い表紙だけが、そこに置かれている。


「……なんだこれ。」


 手に取ると驚くほど軽い。


 まるで新品の紙のようだった。


 表紙を撫でる。


 すると、今まで何も書かれていなかった表紙へ、黒い文字がゆっくり浮かび上がった。


――境界の記録――


「……印刷?」


 いや、違う。


 まるで誰かが今、この場で書いたように文字が現れた。


 「これ、売り物ですか?」


 返事はない。


 思わず老人がいたカウンターを見る。


 老人はいなかった。


「……あれ?」


 店の奥を見る。


 店中を探してみるがどこにもいない。


 入口を見る。


 「誰も出ていないはず……だよな……」


 さっきまでいたはずなのに。


 店内には諦十一人だけになっていた。


 静かすぎる。


 雨の音もしない。


 風鈴も止まっている。


 時計を見る。


 午後五時二十三分。


 秒針だけが動かない。


「……止まってる?」


 店全体が静止していた。


 その瞬間。


 ーーパラリーー


 本が勝手に開いた。


 諦十の指は触れていない。


 ページだけがゆっくりとめくられていく。


 一ページ。


 二ページ。


 三ページ。


 白紙。


 また白紙。


 何も書かれていない。


「なんだよ……これ。」


 最後のページまで来た。


 そこにも何もない。


 ……はずだった。


 紙の中央へ、小さなインクが滲む。


 まるで見えない万年筆が文字を書いているように、一文字ずつ浮かび上がる。


「ーようこそ。ー」


 諦十は息を呑んだ。


 文字は止まらない。


「ーようこそ、あなたを待っていました。ー」


「誰が……?」


 問い掛けても答えはない。


 しかし次の瞬間、店の奥から、誰かの静かに笑い声が聞こえた。


 少女のような鈴の音のように澄んだ声。


 振り返る。


 誰もいない。


 それでも確かに聞こえた。


「やっと……。」


 声は微かだった。


 雨音に溶けそうなほど小さい。


「……会えた。」


 その言葉だけが耳に残る。


 次の瞬間。


 世界が動き出した。


 ーカチッ。ー


 時計の秒針が動く。


 ザーッという雨音が店内へ戻る。


 風鈴が揺れる。


「坊主?」


 老人が新聞から顔を上げる。


「どうした?」


 諦十は慌てて振り返る。


「え……?」


「そんなところで固まって。」


「今……どこへ行ってたんですか?」


「何を言っとる。」


 老人は不思議そうに笑う。


「わしは最初からここにおるよ。」


 諦十は手元を見る。


 本は消えていた。


 棚にもない。


 床にもない。


「……夢?」


 そう呟いた瞬間だった。


 制服の胸ポケットから、一枚の紙が落ちる。


 拾い上げると、それは白い栞だった。


 そこには、小さな銀色の文字で一言だけ書かれていた。


「ーまた今夜。ー」


 その文字を見た瞬間。


 諦十の背中を、言いようのない寒気が駆け抜けた。


 彼はまだ知らない。


 その夜、自分が現実ではない"もう一つの世界"へ足を踏み入れることを。


 そして、その世界で一人の少女――天ノ川ユウキと再会することを。


 それが偶然ではなく、はるか昔、自分自身が蒔いた「物語の種」によって導かれた運命であることを。


 このときの乾諦十は、まだ知る由もなかった。


プロローグ 完

『ラノベなんて妄想だ!』のプロローグを読んでいただき本当にありがとうございました。

この物語はまだ始まったばかりです。

乾諦十や天ノ川ユウキとの出会い、そして"もう一つの世界"に隠された真実は、これから少しずつ明らかになっていきます。


私の処女作となるこの作品が、皆さんがページをめくるたび、この物語が心に残る作品となれば幸いです。

それでは、また次の物語でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。