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プラスチックのトレイの上で、ポテトの塩気がじっとりとした脂に溶けている。
数日後の土曜日、午後三時。
駅前のマックは、週末を持て余した高校生たちの熱気と、油の匂いで満ちていた。空調の効いた店内は、肌を刺すような冷気で満たされている。
蓮はスマホの画面を親指でせわしなくフリックしながら、ストローの先を噛んでいた。
「あー、だる。マジで来週のサークル、行くのやめようかな」
蓮がボソッと言う。
「なんで行かないの」
「いや、なんか、新歓の残党みたいなやつらがまだ群れてるから。メンツが微妙すぎて、いるだけで体力削られるわ」
数日前と全く同じ、一ミリの重みもないぬるい会話。
零二は氷のたっぷり入ったコーラを一口すすった。冷たい炭酸が喉の奥で弾け、一瞬だけ、あの乾ききった酢飯が食道を擦り抜けた痛みを錯覚させる。
「あ、そういえばさ」
蓮が思い出したように顔を上げた。
「お前んち、電気ついた? 口座の手違いだっけ。お父さんの昇進祝い、どうなった?」
零二はポテトの短いかけらをつまみ、口に放り込む。
家の電気は、当然まだついていない。
親父はあの朝、ヤミ金が蹴り続ける玄関を避けて勝手口から這い出るように「出勤」し、今もどこかの公園かハローワークの片隅で、架空のクライアントを探している。
お袋は、親父の「独立」という新たな大嘘を盾に、別の業者から小銭を引っ張る算段を立てているだろう。
美咲は、親父が「スマートに決済」してくれるはずの五万円を待ちわびながら、クローゼットの暗闇で爪を噛んでいる。
そして零二自身は、予備校の除籍が確定し、こうして冷房の効いたマックで他人のコンセントに寄生し続けている。
全員が完全に破綻し、泥水の中に顔まで沈んでいるというのに。
「ああ、電気はまだ。でも、毎日キャンドルナイトで最高に盛り上がってるよ。うちの親父、エリートだからさ」
零二は、驚くほど平坦な声で答えた。
「は? まだついてねえの? 手違いならコンビニ行ってサクッと払えばすぐつくじゃん」
蓮は眉をひそめ、本気で怪訝そうな顔で零二を見た。
「てか待って、エアコンどうしてんの? この暑さで死ぬだろ。スマホの充電とかさ」
「充電はこうしてマックで他人のコンセント泥棒してるし、暑さは……まあ、メンタルトレーニングだね。親父が『一流のビジネスマンは環境に左右されない』って言ってるからさ」
「ウケる。マジでお前んち、頭おかしいわ」
蓮は呆れたように吹き出し、新しいポテトを口にねじ込んだ。
「金持ちのエコ思想って、そこまでいくと拷問じゃん。やっぱエリートの考えることは意味わかんねえわ」
「ほんと。おかげで毎日退屈しなくて助かるよ」
零二はテーブルの上に置いたスマホに目を落とした。
液晶画面が不意に点灯し、通知ポップアップが流れる。
『山崎家ファミリー(4)』
お袋からのメッセージだった。
『今日のキャンドルナイトのディナーは、駅前スーパーのオーガニック総菜のフルコースよ。お父さんの新しいビジネスモデルの構築を祝って、最高にヘルシーな夜にしましょう』
オーガニック総菜のフルコース。
それはただの、半額シールが何枚も重ねて貼られた、売れ残りの冷たい弁当のことだ。
それでも誰も、本当のことは言わない。
外のぬるい世界では絶対に理解されない、血を吐くような嘘のラリーが、今夜もあの暗闇の食卓で再開される。
零二は、コーラのグラスの表面に結露した冷たい水滴を指先でなぞりながら、静かに、そして深く微笑んだ。
(完)
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