外伝「リシア過去編」「言えなかった言葉」
「言えなかった言葉」
――まだ、村にいた頃。
「遅い!」
リシアの声が響く。
「カイ、ちゃんと狙いなさいよ!」
森の中。
カイが弓を構えている。
「分かってるって!」
放たれる矢。
だが――
外れる。
「ほら!」
リシアがため息をつく。
「また外した」
カイが舌打ちする。
「うるせぇな」
「風が――」
「言い訳」
即答。
カイが睨む。
「お前なぁ……」
リシアは腕を組む。
「ちゃんと見なさい」
一歩前に出る。
カイの隣に立つ。
「風は右から」
「だから、少しだけずらす」
手を添える。
弓の角度を、少しだけ動かす。
距離が近い。
カイが少しだけ固まる。
「……おい」
「集中」
短く言う。
カイは息を整える。
そして――
放つ。
矢は真っ直ぐ飛ぶ。
命中。
「……おお」
カイが目を見開く。
リシアは小さく笑う。
「でしょ」
その顔は、少しだけ誇らしげだった。
こういう時間が、当たり前だった。
隣にいるのが、当たり前。
言い合って、でも一緒にいるのが普通。
――だから。
その日のことは、突然だった。
「俺、出る」
カイの一言。
リシアは固まる。
「……は?」
「村、出る」
あまりにも簡単に言う。
「強くなる」
その言葉に、迷いはない。
リシアの胸がざわつく。
「なんで急に」
カイは目を逸らす。
「前から考えてた」
「ここじゃ、足りねぇ」
その言葉が、刺さる。
「……そう」
短く返す。
でも、内心は違う。
(やめて)
そう言いたかった。
でも、言えない。
「危ないわよ」
代わりに出たのは、その言葉。
カイは笑う。
「知ってる」
軽い。
それが、余計に腹立たしい。
「死ぬかもしれないのよ」
声が強くなる。
カイは少しだけ黙る。
でも――
「それでも行く」
変わらない。
リシアの中で、何かが崩れる。
「……バカじゃないの」
吐き出す。
「なんでわざわざ危険な方に行くのよ」
「ここにいればいいでしょ」
声が震える。
「なんで――」
言葉が詰まる。
本当は違う。
(行かないで)
(置いていかないで)
でも、それは言えない。
カイは静かに言う。
「お前は来るなよ」
その一言。
完全に、壊れる。
「は?」
低い声。
「なんでよ」
カイは答える。
「危ねぇからだ」
「俺一人でいい」
それが優しさだってことは、分かる。
でも――
「勝手に決めないで」
怒りが溢れる。
「私だって戦える!」
「足手まといじゃない!」
カイは黙る。
否定しない。
でも、変えない。
「……それでもだ」
その一言で、終わりだった。
リシアの目に涙が浮かぶ。
でも、見せない。
「……最低」
小さく言う。
カイは何も言わない。
沈黙。
リシアは背を向ける。
「もういい」
止まらない。
止めてくれない。
それが、余計に苦しい。
「勝手に行けば」
強がり。
でも、それしか言えない。
カイは最後まで何も言わなかった。
それが――
一番、嫌だった。
――そして現在。
「今度は勝手にいかせない」
あの時、言えなかった言葉。
全部込めて。
リシアは、カイの隣に立つ。
もう、離れないために。
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