第二話「大坂の虎と、六歳の算盤」
鴻池善右衛門が近衛家を訪ねてきたのは、糸子が六歳になった初夏のことだった。
事前の知らせはなかった。
お梅が「大坂の鴻池家から番頭が参っております」と顔色を変えて報せに来たとき、糸子は縁側で帳面を広げて計算をしていた。
鴻池家。
前世の知識がすぐに動いた。
江戸時代を通じて大坂最大の両替商であり、諸大名への貸付で財をなした豪商中の豪商だ。鴻池善右衛門という名は当主が代々襲名する名前で、幕末の当代は何代目だったか……確か八代か九代のあたりだ。
その鴻池家が、なぜ近衛家に。
糸子は帳面を閉じながら考えた。
理由は一つしかない。
ここ半年ほどで近衛家の「商売」が大坂にまで広がり始めていた。京都の職人たちの品を、大坂の富裕層に売り込む経路を開拓していたのだ。大坂の商人の中に、近衛家との取引に乗り気な者が何人か出てきていた。
その動きが、鴻池の耳に入った。
当然だろう、と糸子は思った。
大坂の商流は複雑な利権関係で成り立っている。どこかに新参者が割り込もうとすれば、必ず既存の大手が動く。鴻池家は直接の競合ではないが、大坂の商業全体に目を光らせている。
来ると思っていた。
ただ、もう少し先だと見ていた。半年早い。
つまり、こちらの動きが予想より早く目立ったということだ。
それは悪いことではない。
「お梅、通してください」
「しかし姫様、相手は大坂でも指折りの」
「だから会うのです」
糸子は立ち上がって、着物の裾を整えた。
座敷に通された鴻池の番頭は、伊右衛門という名の五十がらみの男だった。
体格は中程度。目が細くて鋭い。着物は質素だが生地が良い。無駄な飾りがない。叩き上げの商人の顔をしていた。
糸子が入ってくると、伊右衛門は一瞬だけ目を見開いた。
六歳の子供が出てきた驚きだろう。しかしそれは本当に一瞬で、次の瞬間には丁寧に頭を下げていた。
「近衛の姫様にお目にかかれて光栄でございます。鴻池家番頭、伊右衛門と申します」
「遠いところをよくいらっしゃいました、伊右衛門さん」
糸子は父上の隣に座った。
父上は今日の面会について事前に糸子から説明を受けていた。「おそらく商売の話になります。わたくしに任せてください」と言ったとき、父上は少し複雑な顔をしていたが、最終的には頷いた。
伊右衛門は父上に挨拶をしてから、改めて糸子を見た。
その目が言っていた。「この子供が、あの商売を仕切っているのか」と。
糸子は静かに微笑んだ。
確認させてあげましょう。
「伊右衛門さん、今日はどのようなご用件で」
「はあ、実は少々ご相談がございまして」
「ご相談、でございますか」
「近衛様のご商売について、でございます」
伊右衛門の声は穏やかだった。しかし「ご商売」という言葉の置き方に、微妙な重みがあった。
糸子は続きを促すように少し顎を引いた。
「近頃、近衛様が京の職人衆と直にお取引なさっているとお聞きしました。それ自体は、まあ、御家のご事情もございましょうし、とやかく申すことではございません。ただ……その品が大坂でも売られ始めているとなりますと、これは少々話が変わってまいります」
「どのように変わりますか」
伊右衛門が少し間を置いた。
子供相手に、どこまで本音を言うべきか計っているのだろう。
糸子は助け舟を出した。
「遠慮なくおっしゃってください。わたくし、ぼんやりした話は苦手なので」
伊右衛門の目が細くなった。
今度は驚きではなく、値踏みの目だった。
「……では率直に申し上げます。大坂の商いには、長年の取り決めがございます。誰が何を売るか、どの経路で流すか。その秩序を守ることで、皆が適正な利益を得られる仕組みでございます。近衛様のご商売は、その秩序を少々……乱しているようでございまして」
「秩序を乱している、と」
「はい」
糸子は少し考えるふりをした。
実際には考えていない。この展開は予想していた。
「伊右衛門さん、一つお聞きしてよいですか」
「はあ」
「その秩序とやらで、職人さんたちは適正な利益を得られていますか」
伊右衛門の表情が微かに動いた。
「それは……」
「問屋が買い叩いて、何段階も中間を通って、最終的に買う方が払うお金の何割が職人さんの手元に残りますか」
「商いとはそういうものでございまして」
「そういうものだから変えてはいけない、ということですか」
伊右衛門が黙った。
糸子は続けた。声は穏やかだが、言葉は止めない。
「わたくしが職人さんたちと直にお取引しているのは、良いものを作っている方々に正当な対価を払いたいからです。そしてその品を買ってくださる方々には、本物であることを保証したい。問屋を通すと、その保証が難しくなる場合がございます。偽物が混ざることがある、とお聞きしましたので」
「それは……一部の心得違いな者たちが」
「一部であっても、買う方には分かりません。近衛家のお名前でお出しする品に、万が一偽物が混ざれば、それは近衛家の恥でございます。ですからわたくしは直にお取引しています。これは秩序を乱しているのではなく、品質を守るための判断です」
座敷に静寂が落ちた。
父上が糸子の横で微妙な顔をしているのが視界の端に映った。
たぶん「娘がまた何か言っている」という顔だ。
伊右衛門は少しの間、何も言わなかった。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「……なるほど。姫様のご趣旨は分かりました」
「ありがとうございます」
「しかし現実問題として、大坂の商人衆の中には面白くないと思っている者もおります。そのような方々が、近衛様のご商売に……その、横やりを入れてくることも、ないとは言えません」
脅しだ。
直接的ではないが、明確な脅しだ。「やめておいたほうがいいですよ」という。
糸子は表情を変えなかった。
前世で百貨店のバイヤーとして、似たような場面を何度か経験していた。取引を断られる、競合に横取りされる、約束が反故にされる……そういう場面で感情的になったことは一度もない。感情は後でいい。今は交渉だ。
「横やりを入れられたとして、どのような形で入れてくるとお思いですか」
「例えば……京の職人衆に、近衛家とのお取引を控えるよう圧力をかける、とか」
「それは困りますね」
「ええ、困るでしょう」
「では、そうならないようにしていただけますか」
伊右衛門が目を丸くした。
「……と、申しますと」
「鴻池さんが間に入ってくださればよいのです」
糸子は帳面を一枚取り出して、伊右衛門の前に置いた。
事前に準備しておいたものだ。
「近衛家の取引の、大坂における窓口を鴻池さんにお願いしたいのです。大坂で近衛家の品を扱いたいというお方は、鴻池さんを通していただく。鴻池さんには、その取引額の二分を手数料としてお支払いします。品質の保証はこちらが責任を持つので、鴻池さんは窓口の役割だけで結構です」
伊右衛門が帳面を見た。
そこには糸子が試算した数字が書いてある。現在の取引規模から予測した、一年後の大坂での見込み売上と、その二分が鴻池家に入る計算だ。
数字を見た瞬間、伊右衛門の目が変わった。
商人の目だ。
損得の計算が始まっている。
「……この数字は」
「わたくしの予測ですので、外れることもあります。しかし近衛家の品への需要は、今後さらに増えると考えています。大坂の富裕層だけでなく、江戸の大名家や旗本衆にも売り込むつもりでいますので」
「江戸にも」
「はい。近衛家とお取引いただける大坂の商家として鴻池さんのお名前が広まれば、鴻池さんにとっても悪い話ではないはずです」
伊右衛門がじっと糸子を見た。
長い沈黙だった。
父上が隣でそわそわしているのが分かったが、糸子は視線を動かさなかった。
伊右衛門は、最終的に深く頭を下げた。
「……持ち帰らせていただいてよろしいでしょうか。主人に相談の上、改めてご返事いたします」
「もちろんでございます。ゆっくりお考えください」
糸子は微笑んだ。
持ち帰るということは、断りではない。断るなら今この場で断れる。持ち帰るということは、前向きに検討するということだ。
勝った、とは思わない。しかし悪い手応えではなかった。
伊右衛門が帰った後、父上がため息をついた。
「……糸子、あれはよかったのか」
「どの点がご心配ですか、父上」
「鴻池を抱き込もうとするとは、大胆すぎやしないか。相手は大坂でも指折りの豪商ぞ」
「だから抱き込むのです。敵に回すより、味方にしたほうがいい」
父上がまたため息をついた。しかし、怒っているわけではない。糸子には分かった。父上のため息は「娘が心配だ」というため息であって、「娘を叱る」ため息ではない。
「お前は……本当に不思議な子だな」
「そうですか」
「六歳で、あのような話を」
「父上が隣にいてくださったから、話ができました」
それは本心だった。
糸子一人では、あの場は成立しない。六歳の子供が単独で豪商の番頭と交渉しても、誰も相手にしない。父上という近衛家当主が同席しているから、糸子の言葉に重みが生まれる。
父上は肩書きで、糸子は中身だ。
その役割分担は、今後も続いていく。
「父上、一つお願いがあります」
「なんだ」
「お金の管理を、わたくしに任せていただけますか。帳面も、収支の決定も」
父上が糸子を見た。
「それは……」
「わたくしが動くには、いちいちお伺いを立てる時間が惜しいことがあります。もちろん大きな判断は父上に必ずご相談します。しかし日常の取引については、わたくしに決定権をいただければ」
「六歳に、近衛家の財布を」
「屋根は直りました。次は台所を直します。その次は……もっと大きなことをします」
父上は長い間黙っていた。
縁側から夕暮れの光が差し込んでいた。
やがて父上は、静かに言った。
「……分かった。ただし月に一度、必ず報告をしなさい」
「ありがとうございます、父上」
糸子は深く頭を下げた。
これで動きやすくなった。
鴻池家から返事が来たのは、十日後だった。
伊右衛門が再び近衛家を訪ねてきた。今度は主人への挨拶品を携えていた。品物の格から、前向きな返事であることが分かった。
「主人が申しておりました。近衛様のご提案、謹んでお受けいたしたい、と」
「ありがとうございます」
「ただ、一点だけ条件がございます」
「聞かせてください」
「手数料を二分から三分に、と」
糸子は一瞬考えた。
三分。予想の範囲内だ。向こうも交渉のプロだから、最初から低めに提示して上乗せを狙ってくる。
「二分五厘ではいかがでしょう」
伊右衛門が目を細めた。
「……では、それで」
握手の代わりに、双方が頭を下げた。
交渉成立だ。
伊右衛門が帰り際に、ふと足を止めた。
「姫様、一つ聞いてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「姫様は、最終的にどのような商売をなさりたいのですか。京の品を売るだけなら、ここまでの仕組みは要らないはず。何か、大きな絵を描いておられるのでは」
さすがは叩き上げの商人だ。
糸子は少しだけ考えてから、答えた。
「この国のものを、この国の人間が値段を決めて売れる仕組みを作りたいのです」
「……と、申しますと」
「外国の人たちが、もうすぐこの国にたくさんやってきます。彼らは商売上手です。こちらが準備できていなければ、言い値で買い叩かれます。それを防ぎたい」
伊右衛門の顔が変わった。
「外国……南蛮の方々が」
「ええ。もうすぐです」
糸子は「もうすぐ」という言葉の重さを自分でも感じながら言った。
黒船が来るのは、あと数年後だ。
しかし商売の準備に数年は短い。今から動いておかなければ間に合わない。
「鴻池さんも、その時のために備えておいたほうがいいですよ」
伊右衛門は何も言わなかった。しかしその目が、何かを考えている目だった。
糸子は続けた。
「外国の商人が来たとき、大坂の豪商たちが結束して対応できれば、こちらに有利な条件で取引できます。バラバラに対応すれば、各個撃破されます。その備えを、今から少しずつ」
「……姫様はなぜそのようなことを」
「書物で読みました」
前世でも同じ答えを使った気がした。
伊右衛門は深く頭を下げた。
「肝に銘じます。……今後ともよろしくお願いいたします、姫様」
「こちらこそ」
鴻池との取引が始まってひと月後、大坂からの売上が急増した。
伊右衛門の仕事は早かった。大坂の富裕層への売り込みを、鴻池家の信用を使って一気に広げた。「近衛家のお墨付き」に「鴻池家の保証」が加わったことで、品物の信頼性が二重になった。
帳面の数字を見ながら、糸子は次の手を考えた。
大坂が動いた。次は江戸だ。
江戸への販路を開くには、江戸に拠点が要る。しかし近衛家が直接江戸に人を置くのは難しい。別の経路が必要だ。
糸子は帳面に書き込んだ。
江戸の商人。幕府との関係。大名への販路。
考えていると、お梅が部屋に入ってきた。
「姫様、少しよろしいですか」
「どうぞ」
「実は……御門様のところから、少しお話を聞きました」
糸子の手が止まった。
御門様、とお梅が言う時は、今上の御門のことだ。
「何かございましたか」
「御所の御台所方が……その、少々苦しいご様子だと。今月の食材の仕入れにも事欠く有様で、女官の方々が内々に困っておられると」
糸子は帳面から顔を上げた。
御所の台所が苦しい。
それは知っていた。近衛家だけが貧乏なのではない。朝廷全体が貧しい。
しかし御所の台所が食材の仕入れにも困るとは、想像より深刻だ。
「どの程度苦しいのですか」
「女官の方が仰るには……贈答用のお品はもとより、日常の食事にも質素を強いられていると。御門様のお膳にも、本来あるべき品がないことが続いているとか」
糸子は少し考えた。
御門の食事が質素になっている。
前世の修士論文で読んだ記述が蘇った。幕末の公家・朝廷の窮乏は想像を超えるものがあったという記録が残っている。具体的には孝明天皇の時代、御所の台所は深刻な財政難に陥っていたという史料があった。
しかし知識として知っていることと、実際にそれが目の前の現実だと気づくことは違う。
糸子の胸の中で、何かが静かに怒っていた。
五摂家筆頭の近衛家が商売でやっと屋根を直せた。その上に立つ御所が食材に事欠いている。
この国の最高の権威が、こんなに貧しい。
商売の話ではなくなってきた。
「お梅、明日、御所の台所方に出入りしている商家を調べてくれますか」
「調べて、どうなさいます」
「近衛家の取引先の中に、食材を扱っているところがあります。そこを通じて、御所への納入を手伝えるか確認したい」
「それは……姫様が動かれる話ですか」
「だって、他に誰が動きますか」
お梅が少し困った顔をした。
「御所のお台所に口を挟むのは、それなりの立場がないと」
「わたくしは近衛家の姫です。御所との縁は近い。それで十分でしょう」
「しかし商売がらみとなると」
「商売ではありません」糸子は静かに言った。「御門様のお食事を整えることは、臣下の務めです。お金の話は、その後でいい」
お梅が黙った。
糸子は続けた。
「でも実際には、御所への納入ルートができれば、近衛家にとっても利益になります。御所御用達という看板は、どんな商品の価値も上げます。それは本音として持っておきつつ、表向きは臣下の務めとして動く。両方本当のことだから、どちらを前に出すかは場合によって変えればいい」
お梅がじっと糸子を見た。
「……姫様は、いつもそうやって考えておられるのですか」
「そうやって、とは」
「本音と建前を、両方持ちながら、どちらも本当のこととして使う」
糸子は少し考えた。
「本音と建前が別物だと困ります。建前だけで動くと無理が出るし、本音だけで動くと角が立つ。両方が本当のことになるように、最初から設計しておく。それだけです」
「設計……」
「前世……いいえ、昔から、そうやって考える癖があるのです」
お梅が小さく笑った。
「姫様のそういうところ、お梅は好きでございますよ」
「好きとか嫌いとか、そういう話ではないのですが」
「いいえ、好きでございます」
糸子はそれ以上何も言わなかった。
お梅に好かれているのは、悪い気分ではなかった。
御所への食材納入の話は、思ったより早く動いた。
糸子が目をつけたのは、近衛家の取引先の中に京都の乾物問屋があったことだ。この問屋はもともと御所への納入もしていたが、最近は支払いが滞りがちで関係が難しくなっていると聞いた。
そこで糸子は、この問屋を通じて御所台所方への提案を持ちかけた。
内容は単純だ。
近衛家が仕入れ資金を立て替える。問屋が御所に食材を納める。御所は後払いで構わない。近衛家への立替金の返済は、御所からの謝礼という形で、金銭ではなく別の方法でいただく。
別の方法、というのが糸子の狙いだった。
御所からの謝礼として糸子が求めたのは、「御所御用達」という称号と、「近衛家の商いを御門様がご覧になった」という事実の記録だった。
お金ではない。
しかしお金より価値があるものだ。
「御門様がご覧になった」という事実は、近衛家の商売に対するどんな批判も封じる盾になる。「御門様の御意向に沿った商いである」という解釈が成り立つからだ。
公家の世界では、御門の権威は絶対だ。
その権威を、商売の盾として使う。
これは糸子が最初から考えていた構想の一部だった。天朝物産会所、という名前もすでに頭の中にあった。帝の権威をバックにした商社。それが最終的な目標だ。
しかし今はまだその段階ではない。
今は、その足がかりを一つ一つ作る時期だ。
御所台所方からの返事は、三日後に来た。
「ありがたく、お受けいたします」というものだった。
その夜、糸子は帳面に書き込んだ。
鴻池との取引開始。大坂ルート確立。
御所への食材納入支援開始。御所御用達の称号獲得見込み。
次の課題。江戸への販路。外国商人への対応準備。
筆を走らせながら、糸子は考えた。
あと何年で黒船が来るか。
ペリーが浦賀に現れるのは、今から数えて……七年ほど先だ。
七年は長いようで短い。
商売の基盤を整えるには七年かかる。外国人との交渉に必要な人脈を作るにも七年かかる。御所と近衛家の財政を安定させるにも七年かかる。
つまりちょうど七年だ。
黒船が来るまでに、準備を終えなければならない。
糸子は筆を置いて、背筋を伸ばした。
六歳で、この計画は無謀かもしれない。
しかし咲として二十八年生きた経験が言っている。
無謀に見えるかどうかと、実際に無謀かどうかは、別の話だ。
準備をして、仲間を作って、一つずつ積み上げれば、たいていのことはできる。それが前世で学んだことだ。
問題は体力だ、と糸子は思った。
六歳の体は正直疲れやすい。今日の伊右衛門との話の後、しばらく昼寝が必要だった。前世では深夜まで働けたのに、今は夕方になると眠くなる。
成長とともに体力もつくだろう。
それまでは、効率よく動く。
無駄なことに体力を使わない。やることの優先順位を常に意識する。
糸子は帳面を閉じた。
明日はお梅と一緒に、御所台所方への挨拶に行く予定だ。
初めて御所に上がる日だ。
どんな場所か、どんな人たちがいるか、何が使えて何が使えないか。
全部、自分の目で確かめる。
糸子は行灯を消した。
暗闇の中で、目だけが覚めていた。
七年後を見据えながら、今日の積み重ねを確認する。
屋根は直った。
鴻池は味方になった。
御所への道が開きかけている。
悪くない、と咲としての経験が囁いた。
そして糸子としての直感が付け加えた。
まだ始まったばかりだ、と。
第二話 了




