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死に損ないの諧謔  作者: 荒島 直宏
混同編
10/10

1.顔合わせ

5月3日 19:00 冬坂家


「歩ぅ、なんだかソワソワしてるわよねぇ」

「あらぁ、そうなの歩ぅ」

「……別に」



夕飯時、姉たちにそう言われて自分でもわかるくらいには素っ気なく返事した。まぁ、いつもと変わりはないのだが。

他の女の子と比べると男勝りな僕と、モデルをしている双子の姉、長女の薫姉さんと、同じくモデルの次女の桜子姉さん。両親がいなくて、祖母がこの間亡くなった中、変わらず姉さん達は僕をよく可愛がってくれているが、それがどこかこそばゆくて、つい冷たくなりがちだ。それに加えて、周りの人間に姉さんたちと私を同じように見てほしくなくて、家のメイドが来ている服を私も着て見た目から区別してもらおうとしている。桜子姉さんがお茶を一口飲んで、尋ねてきた。


「明日何か、予定でもあるのかしら?」


ぴくり、と僕の体がわずかに反応した。それを姉さんたちは見逃さず、薫姉さんを始めに勢いを増した。


「あらあら、そうだったの?言ってくれれば良かったのにぃ」

「あ、明日出る時に言おうと思ってたんだよ」

「どこにいくの?遊園地?」

「遊びに行く訳じゃない。チームの新人の顔合わせってだけだ」

「あぁ、なるほど。でもそんな緊張するものかしら?」

「薫姉様、きっと好きな子なのよ」

「ち、ちち違う!!!!」

「あらあら、そうだったのねぇ」


ひときわ大きな声で過剰に否定してしまったせいで、一番知られたくなかったことが知られてしまった。自身の顔が熱くなっていくのが分かる。これ以上この場にはいられない。席を立ち、そそくさと食堂を出て行った。


「あらあら、歩ご飯残していっちゃったわ」

「食べちゃいましょうか桜子」

「そうね」



5月4日  14:50 喫茶店


待ち合わせより少し早く来て、もう既にに来ているらしい花道さんを探す。ソファー席の端の方に花道さんと葉上がいた。机上には花道さんの方にはコーラ、葉上の方にはメロンジュースが置かれていた。まだ来ていない3人の中で、気に食わない男のことについて聞いてみる。


「原山はまだ来てないんですか?」


それに対して花道さんはコクリと頷いた。ふぅん、と返してソファーの花道さんの隣に腰掛ける。

さてはその新人の御守君が女の子じゃないからってゆっくり来ようとしているな?

女の子との外出では誰よりも早く待ち合わせ場所にきているらしい。彼らしいといえば彼らしいが。

間もなく五十嵐、御守君が来た。どうやら途中で会って、一緒に来たという。それより、僕が気になっていた私服の事だが、私服ではなかった。いつも学校で見る制服の格好だった。さっきまで学校によっていたのかもしれないし、僕が口出しする事ではない。さて、この二人はどっちが僕と葉上のどっちの隣に座るのだろう。二人が腰掛けるまでの成り行きをじっと見る。五十嵐が僕の隣、御守君が葉上の隣に座った。少し不服で斜め前の葉上をつい睨んでしまう。それに気付いた葉上は気まずそうに目をそらした。

僕と二人がそれぞれ飲み物を注文し、それから五分後、ようやく原山がやってきた。特に気にする訳でもなく、空いている御守君の隣の席に座った。すぐに原山はコーヒーを注文し、来たのを見て花道さんが口を開いた。


「御守君と初めて会うのは原山君だけよね?」

「あー……いや、初めてじゃないです」


そう発言する原山に僕たちはえっと声を出した。知り合いなら、久しぶりだとか、お前だったかだとか、何かしら会話を交わすものだと思っていたが。五十嵐が私達が思っていることを口にする。


「なんだ、そうだったのかよ」

「中学の時クラス一緒だったんだよ。ま、喋ったことはないけどな」


確かに同じクラスでも会話しない人間はいるだろう。彼らはそういう関係なんだなと片づけたが原山は頬杖をつき、余計なことをいつものように言った。


「こいつについて知ってんのは根暗な奴ってことぐらいかな」

「おい、原山!」


僕は思わず大声を出し、机をたたいて立ちあがった。それが間違いだった。

ガラスが割れる音と机の割れる音が響き、足元にぶちまけられた飲み物と粉々の机があった。それには周りの客もざわつき始め、御守君達は目を見合わせる。

……あぁ、やってしまった。


「おいおい、これはまたやらかしたな」


まるで他人事のように笑う原山に僕は言い返すことはできなかった。言い返す権利など僕にはないから。その代わりに五十嵐が原山の胸倉をつかんだ。


「そもそもテメェがクソみたいなこと言うからだろーがよ!」

「何キレてんだよ。そんなことより、こっちどうにかしねぇと」


ふんって笑った原山の視線の先には無残なテーブルやコップの破片。花道さんはすくっと立ちあがり、話をしてくると言って店員に連れられて行った。



5月4日  17:00 公園


僕はただ一人、ベンチに座っていた。長い長い話し合いの結果、結局は花道さんが弁償代を払うという形で収まったが、僕の心は晴れない。花道さんは気にしなくていいと、五十嵐は原山のせいだと言ってくれた。原山が原因だとしても、僕がやってしまったことは変わらないのだ。解散してからも、家に帰る気にもなれず、こうして公園で時間を潰している訳だ。

今日の事で御守君に嫌われたかもしれない。その事を思うと憂鬱で、気分が落ち込む。

登校再開した時どうしよう。もう話さない方がいいだろうか。元々話していないが……。

ふと自転車のカラカラという走行音が聞こえてくる。俯いていて見えないが、それはどんどん近付いてきて、目に前で止まったようだ。


「冬坂さん、何してるの」

「へっ?」


不意に声を掛けられて間抜けな声を出してしまった。そこには自転車に跨る御守君がいた。右足を地面につけ、僕の前に立っている。まさかの登場人物に驚きを隠せない。


「み、みみみ御守くん、ど、どうしてここに」

「買い物帰りだよ」


そう言われて自転車のカゴに目を向けると、確かにビニール袋が入っていた。


「……近所なのかい?」

「まぁ、近所だね」


短い返事が返ってくる。

そうだったのか……よりにも寄って御守君の近所で私は……

はぁ、と頭を抱える。それに見かねたのか、御守君はまた、同じトーンで言葉を発した。


「そんなに気にしなくてもいいんじゃないの」

「えっ」

「悪気があったわけじゃないんだから」


突拍子もない言葉に呆気に取られる。御守君はそんな私にも気にせず、じゃ、と言って自転車で走って行ってしまった。


「…………そう、かな」


一人で呟き、すくっと立ち上がる。

帰ろう。

そして、少し心拍数が上がったのが自分でもわかった。

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