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ネイの魔法  作者: 詠城カンナ
第二章 Calamitas virtutis occasio est
24/26

21 モーガシアン海賊団


 昼ごろになると、街を散策していたヴィーたちに迎えがきた。ハノンに連れられ船の停泊している港へ向かう。

 と、前方に人だかりを発見した。

「なにかしら」

 ベスは何気なさを装いヴィーの前に出る。自然に身についた主を護る行動だ。

 人だかりのなかには警備隊の姿もうかがえた。昨日のことがあるので、ヴィーは内心ぎくりとする。別に悪いことをしたわけでもないのに、あの茶褐色の制服を見ると条件反射のごとく一瞬身が縮こまるのだ。

 無意識にベスの背後に隠れ、チラと様子をうかがう。

「げ」

 半分野次馬と化していたハノンが小さくつぶやいたが、ヴィーの意識は尋ねる前に他のことに向く。

「げ」

 期せずしてヴィーの声もハノンのそれと同じものになったのだが、仕方のないことだ。

 びくりと反応するヴィーの横を、顔をしかめた警備隊のひとりが通り過ぎようとしていたのだから。

「なにか?」

 ヴィーの声に反応したのか、それとも不躾な視線を感じたのか。警備隊がこちらに目を向け、さらにヴィーの身体は固まる。

 すかさずベスのフォローが入る。

「なんですか、あの集団ハーレムは」

 ベスの言葉に、ヴィーもようやく人だかりの間からその原因を見た。

 まさしく、集団ハーレムだった。警備隊や街の人々が囲むように見つめるなか、そのハーレムは悠々と歩いていく。

 よりどりみどりの美女集団の中心には、背の高い、これまた美形が居座っている。頭から首にかけて濃紺色の布で覆われ、隙間から見える肌は浅黒く、カスパルニアでは見ることない異国風のマントを身に纏っている男だ。周りの喧騒もなんのその、まったく気にしたそぶりはない。

 ベスの問いかけはもっともだった。警備員はああ、とため息を呑み込んで答えた。

「あれは……なんでも、お金持ちの大富豪がお忍び旅行を実行しているようで……三日間の祭と品市を見学するそうですよ。近づいて粗相をしたら大変ですから、お嬢さんも気をつけてくださいね」

 声には疲労が滲んでいる。おそらく、すでに粗相をした輩がひどい目に遭い、警備隊のお世話になったのだろう。

「それにしては人に囲まれ過ぎていると思うけど……特に美女に」

 あけっぴろげにベスはものを言う。

 ひくり、と警備員は顔を引きつかせた。

「そ、それは……大富豪さまはたいそう美形でいらっしゃるからかと」

「ああ、金に権力に美形とくればモテるわね。どうでもいいけど」

 心底どうでもよいようだ。

 たしかにハーレムの中心にいる男は類まれなる端正なつくりをしているのだろう。遠くて詳細に顔を把握できないが、様々な女を侍らせているわけだから、それなりに顔は整っているはずだし、金も権力も持て余しているのかもしれない。

 街で野次馬になっていた娘たちも、ぽーっと頬を染める者続出だ。ベスにその心配はないようだが。

 ちょっと珍しいものでも見たような顔で警備員はベスを見て口を開きかけたが、すぐ別の声に遮られる。

「ビト隊長! 広場で闇市の組織を発見しました」

「こらっ! 声が大きいっ」

「ハッ! すみませんっ。」

 声はさほど大きくはなかったが、傍にいたヴィーたちにはばっちり聞こえている。

 バツが悪そうに唇を引き結んだ警備員に、ベスもヴィーも聞いていないふりをした。

 警備員が一礼し、報告にきた部下を引き連れその場を去ったあとで、ヴィーは首を傾げる。

「闇市って?」

「奴隷売買だろう。最近やたら多いらしいからな。警備隊も引っ張りだこさ」

 ハノンが肩をすくめ答える。

「さ、仕事の邪魔せずとっとと行くぜ」

 ぐいぐい急かされ、ヴィーたちは足をはやめた。

 おや、と内心首を傾げる。どうやらハノンははやくあのハーレム集団から離れたいみたいだ。

(ハノンは女顔だから、あのハーレムに自分も組み込まれるかも、と危惧しているのかしら)

 ヴィーはニタリと笑い勘ぐる。

 実際ハノンは、嫌味なほどその通りの顔立ちだから仕方がない。ヴィーは文句も言わず、というより言う暇なくその場をあとにした。




***


「やぁ、ヴィー」

 モーガシアン海賊船長ことウィル船長は、藍色の瞳を細めて腕を広げた。

 ヴィーはそのなかに飛び込み、抱きつく。潮の匂いが鼻孔をくすぐった。

「久しぶりね。前より背が伸びたみたい」

 船長の妻でありハノンの母である歌姫ドロテアがにっこり笑い頭をなでる。

「それに、美人になったわ」

「……そう、かな」

「うん。だんだんアルーとスーに似てきたね」

 柔らかな笑みを浮かべたウィルにうながされ、ヴィーたちは港に停泊している船に乗り込んだ。

 甲板では宴の準備をしていた。でっかいテーブルに丸太の椅子を並べて、垂れ幕には汚い字で『おかえりなさい、ヴィー』と書かれていた。おそらくハノンから連絡を受けた時点で海賊たちは即席のパーティーを仕組んだのだろう。

 ベスは「さすがはヴィー。人気者ですね」とニコニコだし、ハノンは「てめぇら、なんで俺には歓迎会してくれないのにコイツだけ……」と悲壮にくれているし、海賊たちは上機嫌で詰め寄ってくるしで、ヴィーはてんてこ舞いだ。

「よお、ヴィー! ひっさしぶりだなァ!」

「酒もたくさんあるぜぇ~」

「久しぶり、ドン。あたしまだ飲める年齢じゃないわ、カイン。あと一年よ」

「じゃあ林檎はいかが? うめぇぞ」

「ヴィーの大好きな魚介類の混ぜ込み料理も用意してんだ!」

「林檎はあとでいただくわ、ダリー。ノッポは本当、料理が得意ね」

 瞬く間にいかつい男たちに囲まれ、ふつうの女子なら涙で逃げ出す人相にも笑顔を浮かべてヴィーは応える。あたたかさに胸がじんわりとした。


 というわけで、昼から宴が開催された。街は祭で浮かれ気分、海賊たちも酒に酔い、御馳走を頬張り、笑い声が絶えない。

 海賊、といってもモーガシアン海賊は義賊だ。街の、とくに港町の住人には大人気である。海を警護する海軍と大差ないとヴィーは思っているし、実際父王に彼らの地位を認めろと進言したこともある。

 幼いヴィーを刺客から匿うために預けたのがこの海賊ということもあり、父もウィルたちのことは信頼と信用、両方しているのだろうとは思う。

 港に停泊する際は海賊旗をしまい、ふつうの貿易船のように見せているが、もしかすれば警備隊には海賊だということがバレているのかもしれない。それでも知らぬふりをしているのは、やはりこの海賊が悪者ではないからだろう。ヴィーはそう検討をつけている。

 さて、飲んで食って騒いで、ドロテアの歌声も堪能し尽くしたころ、日はとうに沈んでいた。

 懐かしい顔ぶれに話も弾み、時間などいくらあっても足りない。

 話がひと段落つき、ヴィーは端で海をながめていた。


 潮の香りが鼻孔をくすぐり、懐かしさを助長する。いろんな思い出があるのに、浮かんでくるのはどれも大切なものばかり。

(海の上にも、ネイは来てくれたわ)

 幼いころの思い出は、まるで夢だったのではないかと今でも思う。

(でも、あたしにとっては変わらず大切な思い出)


「ヴィー」

 船長ウィルが声をかけてきた。

「楽しんだ?」

「うん」

 ともに肩を並べ、海に想いを馳せる。

 たゆたう水面みなもが太陽の沈みとともに黒みを増し、深さが際立つ。

 静かに、波の揺れる音だけが聞こえた。宴の喧騒は、どこか遠くに感じる。

「……手紙がきてね」

 ウィルはそっと話し出した。

「アルーが……君の父上が言うには、婚約から逃げ出すために城を出たのだと……」

 さすがは父王というべきか。ヴィーの行動などお見通しなのだろう。ウィルとの連絡手段にも困っていないようだし。

 ヴィーはあきらめ、ぶすっとして答える。

「ん、まぁ、そう」

「政略結婚は、きらい?」

 こちらを見ぬまま、淡々とウィルは問いかけてくる。ヴィーも視線を海にしたまま口をひらく。

「本当の政略結婚なら、好きキライでどうにかならないことくらい、わかるわ」

 静寂がふたりを包む。

 やけに長く感じたあとで、再びウィルが口を切る。

「今回は、本当の政略結婚ではない、と?」

「そう」

「婚約だけ、と言っても、君はしたくない?」

「したくない」

「なぜなら、『本当の政略結婚』ではないから?」

「そうよ」

「なら、本当のソレなら……君はイエスと答えた?」

 息を呑む。

 ヴィーは血が引いていくのが自分でもわかった。


 たしかに今回の婚約はどこかおかしいと感じていた。いきなりだし、相手はすでに同盟国だし、カスパルニアは国力もあるのに、どうして、と。

 けれど、『婚約』と聞いていちばんはじめに浮かんだのは、『彼』の顔。

 いやだ、と思った。だからよく考えもしないうちから抗議した。

(あたしは……たぶん、あたしは『本当の政略結婚』であっても……)

 母に話を聞きにいき、「あなたを守るため」と言われても納得できなかった。いや、したくなかった。

(あたしは自分を守るために結婚するより、自分を貫き通したいと思ったの……自分の、気持ちを)

 たぶん、国より。

 でも、頭では理解している。大国の姫なのだから、いずれ決まるであろう夫は『彼』以外なのだろうと。

 そして時が来れば覚悟しなければと。

(急だったから……でも、たぶん急な話じゃなくても、あたしは『イヤ』って答えたかもしれないわね)

 半ば自嘲的に口元を歪めたヴィーの頭を、大きくあたたかい手がそっとなでた。


「ごめんね、意地悪な質問だった」

 見上げれば、やさしげな顔がある。ハノンの目元はそっくりなのに、彼よりずっとやさしげな顔。

 手のぬくもりは父と似ていた。

「いいの。あたしこそ、覚悟が足りなかったんだ……」

「そういう覚悟はしなくていいよ」

 クエスチョンマークを浮かべて首をひねる。

 たった今まで、彼はヴィーに政略結婚のなんたるかを教えようとしていたのではなかったのだろうか。

 ウィルはくすりと笑う。

「僕が聞きたかったのはね、ヴィーに想う人はいるのかってこと」

 無言で答えてくれたけど、と悪戯気に言うウィルにヴィーは顔を赤らめた。

 うつむいた途端かすむ視界に、自分が泣きそうになっていたことを知る。

「いいんだよ、好きな人と結婚して。他の国はどうかしらないけれど、少なくともこのカスパルニア王国はそれが許されるんだ。君の父上だって、その父上だってそうしてきたんだから」

 ふふ、と緩く笑う彼は自信満々で、知らずに沈んでいた気持ちも向上する。

 ウィルは本当に不思議な海賊だ。海賊のくせに、国のことにやけに詳しいし、国王とも王妃とも親しい。

 幼いころからヴィーにはそれが当たり前で、いまさら気に止めることもなかったけれど。


「親父~。酒がなくなったんだけどー」

 ふと聞こえた声はハノンのものだ。宴の席でいろいろな声真似をさせられ、若干声がかすれている。

「もう? 飲み過ぎだぞ」

「俺じゃねぇ。ほとんどはカインとドンだ。……買ってきていい?」

「……仕方ないな」

 肩をすくめ苦笑するウィルに、ニヤリと口角をあげて喜ぶハノン。

 ヴィーはこれ幸いと挙手した。

「あたしも行く! お酒以外の飲み物もなくなりそうなの」

 それは本当だが、泣きそうになり気恥ずかしく、散歩でもして気晴らしをしたいのが本心だ。

 いい顔をしないハノンをウィルがたしなめ、ふたりで街に行くことになった。



 懐に大金をしまい込み、上機嫌でハノンは街を歩く。まだ出店は店じまいしておらず、ランプに照らされ様々な品物が顔をそろえている。

 今朝方見つけたという酒の店を目指し歩くハノン。ヴィーは彼から五歩ほど歩いてついていった。

 海賊たちは酒に関しては羽振りがいい。ハノンが言い出すと、俺も俺も、と海賊たちは小遣いをくれた。

 ハノンもベスも結構な酒豪だが、ハノンはなかなか酔わず、ベスは酔ってから飲むペースがはやくなる。そしてハノンは必ずといっていいほど二日酔いし、ベスは翌朝には持ち込まない体質だ。

 そんな彼女は、今船の上で飲み比べに興じている。ヴィーはあえて声をかけずに船を出てきた。


「あのなぁ。俺があとでアイツにこっぴどく叱られるんだぜ?」

「でも、ベスって酔っぱらうと……見境ないっていうか……」

 ハノンの文句ももっともだ。声をかけず出かけると、決まってベスはハノンのせいにし、「なんでアンタが騎士みたいな仕事してんのよ! わたしのヴィーよ! わ・た・し・のっ」とそれはもうしつこいくらいに詰め寄るのだ。

 しかし、ヴィーも酔っ払いの相手はこりごりだ。酔ったベスは手に負えない。目が合った男という男に声をかけて骨抜きにし、その魅力を遺憾なく発揮する。わけを問えば、「だってアイツ、わたしのヴィーに色目をつかったんだもん」と訴えてくるが、彼らはヴィーにではなくベス本人に色目を使っているのだが……本人は気づいていない。


 ヴィーが十五歳の誕生日は特にひどかった。


 祝いの品物を届けに同盟国や他国の使者などが宴に参加し、ヴィーも楽しんでいたのだが、事件は彼女が退出するときに起こった。何気なく、今日のベスは静かだなぁと思って見やれば、赤ら顔。ぎょっとしてどうしたのか尋ねれば、間違って酒を飲んでしまった模様。それも何杯も。

 おそらく、ヴィーをよく思わない者――特に侍女や、大臣の末席にいる者――が、専属騎士であるベスを酔わせ恥をかかせようとしたのだろう。

 平気だとベスは笑い、とりあえず部屋に戻って介抱してやろうとヴィーは考え、その場は退出した。そのとき背後で、ベスがわけありな目線で周囲の男たちを見ていたことにも気づかずに。

 部屋に戻る廊下を歩いていると、声をかけられた。

 自分は同盟国のどういう者で、こういうわけで参加し……といろいろ述べはじめた男を見とめ、ベスは男の耳元になにかささやき場を去らせた。

 なんと言ったのか尋ねても「お気になさらず」で教えてくれない。まぁいいかと気にしないようにしたが、また別の男に声がかけられる。

 それが五度もつづけばさすがにうんざりしたが、とうとう部屋に辿りついたのでヴィーはため息でやり過ごす。

 しかしいざ介抱しようとしても、ベスはけろりとして「自分は大丈夫です。姫、どうかおやすみなさいませ」と言って辞退してしまう。

 ヴィーもパーティーで疲れていたので、はやく部屋に戻って休むように言い含め、その場は別れた。

 翌日。

 すっかりベスに骨抜きになった『同盟国の使者』と名乗った他国のスパイどもは国を去った。

 あとから知った話、彼らはヴィーを嫁に寄越せと脅しにもならぬ脅しをかけていたらしい。父王が煩わしく思いはじめ《影》に始末させるかとまで考えた矢先の出来事――スパイどもは自国に「あの方は手に余る」と報告したらしく、騒動の話はなくなった。

 絶対にベスがなにかしたのだとヴィーは直感する。一夜でなにがどうなったのか尋ねても、しかしベスは答えてくれない。

「姫、世のなかには知らぬほうがよいこともあるのです」

 そう言って不敵に笑うだけだった。



「まぁ、たしかにアイツはひでぇけどさ」

「だから、いいでしょ。ウィルにも『守ってやれ』って言われたじゃない」


 ヴィーは悪戯気に見やると、ハノンは苦虫を噛み潰したような表情カオをした。

 実は、海賊たちを頼りにきたものの、そろそろ嵐がくる時期だとかで船は出せないらしい。

 ウィルは「アルーはだめだね、こんなに可愛い娘を泣かせるなんて」とさわやかな笑顔で言い、つづけてハノンに「おまえが守ってやんなよ」とだれも逆らえない笑みのまま言いつけたのだ。

 その場は渋々頷いたが、ヴィーだってハノンなんかに守ってもらいたくなどないし、ハノンも「なんで俺がこんなじゃじゃ馬を!」などとぐちぐち言っていた。

 ときどき男前だが普段はこんなものである。

 むっとして「乙女心がわからないのね」とぴしゃりと言うと、すぐさま「どこに乙女がいるんだぁ?」なんてからかってくる。

 ――やっぱりコイツは天敵だ――

 ヴィーはハノンをにらみつけながらも、それでも、心にくすぶる悶々とした気持ちが小さくなったのがわかった。



久々の投稿になりました。間があいてしまいすみません><


今回は【王国の花名】からの読者様には懐かしのメンバーが多々出演になりました^^

私も書いていてとても懐かしく、楽しかったです。


これからもお付き合いいただければ幸いです。

ありがとうございました。


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