22 邂逅
「じゃ、俺は酒買ってくるから、ヴィーはなんでも適当に買ってこい。広場で待ち合わせな」
「ん、わかった」
ハノンは意気揚々と酒屋に入っていく。たぶん、あの調子だとしばらく時間がかかるだろう。ほろ酔い気分だし……ヴィーはゆっくりした足取りで街を歩く。
日も沈み、街灯に照らされた町並みは昼間とはまたちがう雰囲気に呑まれる。きゃっきゃと声をあげるこどももなく、どちらかといえばおとなの時間帯だろう。あと数刻すればガラの悪い連中がほっつき歩きはじめ、絡まれやすい時間になるはず。
昼間の二の舞はご免だと、さっさと用事を済ませるためにヴィーは酒屋の隣にある飲食店へ入った。
適当に三本ほど果実ジュースを選び、会計を済ませて外へ出る。
季節は夏に移ろいゆき、もわっとした風が頬をなでた。
ふと、目を眇めて視線をずらすと、道の無効から見たことのある集団がやってくる。
薄暗がりにも目に痛い配色だった……とりわけ、集団の構成員である美女たちの衣装が。
昼間よりも派手に着飾り化粧を施し、しかも数の増えた美女集団に囲まれやってくるのはひとりの青年のようだ。マントにすっぽり覆われているものの、昼間顔に巻いていた布は取られ、素顔が露わになっている。
日焼けした小麦色の肌に輝く金髪のなか、赤みがかった一房の黒髪が異様に目立つ。右の前髪が長く、額から瞼まで髪で隠している。
完全な余談であるが、ヴィーの周りで複数人の異性と付き合っている者といえば、ベスの実兄ケネスである。博愛主義をうたう彼は、「いつか刺されかねないわね」と嫌味を飛ばしたベスを一笑し、「平気さ。『そういう女の子』と付き合ってるからね」とのたまった。彼の言葉のとおり、付き合う女性たちはどれも嫉妬に狂うこともなく、恋愛を心底楽しんでいるようだったが。
ヴィーには理解できなくとも、そういう人間はいるのだと割り切ることにしていたし、ケネスは複数人と同時に付き合うとはいっても、決してハーレム状態をつくることはなかった。
だからこの目の前の男を目にしたとき、ヴィーの内心での第一声は「ケネス以上がいるなんて」という驚愕だった。
近づいてくると彼らの様子がよくわかる。
中心の男は美女の肩や腰に腕を回し、女たちは女たちで彼にしだれかかり、身体を寄せ合っていた。男の顔が美女を侍らせるだけあり、精巧なつくりをしているものの、ヴィーはそんなものより美女たちに目を奪われる。
まず、露出度が高い。そんな裸同然の服でどこを隠しているのかと言いたくなるほどの布の面積しかなく、豊満な身体をおしみなくさらし、我先にと男に密着したがっている。彼のそばにいるのは異国風の衣装を着た女たちだが、カスパルニアの町娘だと思わしき女たちはぽーっと頬を染めて男を見つめ、集団に加わっている。触れたくとも触れられぬのだろう、それほど大きなハーレム集団だった。
固まって見つめるヴィーのことなど気づかず、集団は酒屋へと入っていった。
(うわー。ハノン、大変だなぁ)
昼間のことを思い出し、ヴィーは苦笑した。
女顔のハノンが見初められるか、はたまた女が苦手なハノンはパニックに陥るか。彼には悪いが、店の外で様子を見させてもらうことにする。
曇ったガラス窓から首をのばしてうかがう。こんなときは身長が高めでよかったと思える唯一の長所だ。
店内はやや薄暗く、所狭しと酒瓶や樽が置かれている。おそらく中身の入っていない見本であろうが、雰囲気はばっちりだとヴィーは感心した。酒屋のイメージは荒くれ者が集うやや汚いイメージがあったのだが、この店はどちらかといえばお洒落に見える。
ランプに照らされる薄暗い店内で、明かりにほのかに反射している酒瓶は色とりどりで、落ち着いた雰囲気のなかに洒落た気配を漂わせていた。カウンターの奥にいる店主らしき男も、ちょび髭のはえたダンディな紳士だ。少なくとも見た目は紳士だ。赤い布地に黄色の楕円マークが描かれたネクタイは印象的で、ちょっとばかし奇抜なベスを思い出させる。
「――に、――でよ、それじゃ――」
ふいに、ヴィーの耳にくぐもった声が聞こえた。ダンディ店主とハノンが話しているのが目に入る。ご機嫌なハノンは、まだハーレム集団に気づいていないらしい。酒のせいで気分が高揚しているのだろうか、身振り手振りは大袈裟で、いつもより声も大きかった。
しかし、途端に意識し出すとヴィーの厄介な耳は音を拾わない。仕方なく、ハーレム集団に目を向けた。
いろんな酒瓶を手に取り、きゃっきゃと騒ぐ美女たちと店内を見て歩くハーレムの主。と、その視線が店主とハノンに向いた。
(わ! 見つかった!)
ヴィーは己のことのようにドキリとする。
男がニヤリと笑ったのだ。
美女たちが「どうしたの?」と視線で問うが、男は構わずに足を進める。もちろん、ハノンのもとへ。
(まさか……ハノン、女の子に間違われているんじゃないかしら……)
ありえない話ではない。機嫌がいいのか、店主と話している声はいつもより上ずっていて高めだ。話の内容は聴こえないものの、彼の横顔はきれいな笑顔で、いつものぶすっとした表情とはちがい、色もある。
(逃げてー!)
ヴィーは両手で頬を挟み、心のなかで叫んだ。端から見ればとてもではないが変人のようだった。
ハーレム集団は男より一歩ずつ遅れてあとを追う。視線は店主とハノンにいき、顔をしかめる者もいた。
男の歩が一歩一歩と確実に近づいていく。
ヴィーの願いが聞こえたわけではあるまいが、ようやっと店主と話を終え、ハノンは手を振り踵を返した。そしてハーレム男に気づくことなく、店を出る。
カランカラン、と扉のベルが鳴った。
「おう、ヴィー。買い物終わったか」
上機嫌のまま、彼は片手を上げてこちらにやってくる。
カランカラン。
「やけにご機嫌じゃねぇか、ハノルシオ」
あっ、と口をあけて固まるヴィー。ハノンの背後に、美女たちを引き連れた、件の男が立っていた。ハノンの上げた片手をつかみ、意気揚々としている。
どうやら追いかけて店を出てきたらしい。
ハノンは振り返らずとも相手がだれであるか理解したのか、すぐさま顔をしかめた。
「なんでテメェがここにいんだよ」
ばっとつかまれていた腕を払い、ハノンは振り向きざま吠えた。ヴィーから彼の表情はうかがえないが、きっと眉間にしわを寄せてにらみつけていることだろう。
男は余裕の笑みのたたえたまま口をひらく。
「どこにいようと予の自由だ。貴様に指図されるいわれはない」
やけに偉ぶった話し方であるが、男は決して貴族らしくはなく、どちらかといえば野性的な雰囲気をもっている。ただしその素振りも喋りもどことなく高慢な気配を漂わせていたが。
あまり好ましいとは思えない。
ヴィーが無意識に顔を歪めたのに気づいたわけではなかろうが、男はチラとこちらに視線を寄越し、うっそりと笑った。びくりとヴィーの肩がはねる。
ふーん、と言いながら上から下までじろじろとヴィーをながめたあとで、男はハノンに視線を戻し、「其方の女子か」と断定的に尋ねた。
頭が混乱して、ヴィーは目を回す。
ハーレム男はハノンと知り合いなのだろうか。そして彼は、女の格好ではないのにヴィーを女だと見抜いた。
お世辞にもいい雰囲気とはいえないようだ。
「俺の女なワケなーだろ!」
「そのようだな。まあ、いい……連れてこい」
男は静かに命じた。
次の瞬間、首筋に痛みが走り、チカチカと光が飛ぶ。
膝から力が抜け、倒れる、と思った瞬間、だれかに抱きとめられたようだが……あとはなにもかわらなくなった。
ハノンの批判する声が遠くに聞こえたが、ヴィーの意識はちがうところへ飛ぶ。
連れてこい、と言った男が再度こちらを見たとき、ヴィーははじめてまっすぐに男の瞳を見返したのだ。
そして、気づいた。
(うそ、なんで――)
男の瞳色は、ヴィーが欲してやまない、父や弟と同じ明るい青色だった。
***
『あいつさ、陛下のお母上――ナイリスさまが好きだったんだって』
鏡に映る自分は、いつもと変わらない自分。
赤の強いストロベリーブロンドの髪に、青みがかった緑の瞳。
弟は、明るい青の瞳。父から譲り受けた、きれいな青。
妹は、輝くブロンドの髪。父から譲り受けた、きらめく金。
『……まぁ、少なからず因縁あるし。王宮に姿を現すことが多いから、随分気に入っているんだなーと思うよ。未練がましくもあるけど』
『未練……?』
『そ。あいつさ、陛下のお母上――ナイリスさまが好きだったんだって』
どす黒い感情に苛まれてしまえ。
心のままに物に八つ当たりしてしまえ。
嘆いても、どんなに努力しても、決して変わらないもの。
叶わぬものなのだから。




