009
あれはそうだ。妹の結婚式。
ああでもないこうでもないと、お色直しで着替えるのだというドレスの試着に付き合わされていた。こういうのは旦那となる人間が付き合うべきではないか。私は当然伝えた。
けれど、妹から返ってきた答えは「だからこそ秘密にしておいてびっくりさせたい!」だった。
思えば奔放な妹だった。
旦那になる彼も大変だろう。あれは勢いで生き抜いてきた生き物だ。今までも、きっとこれからもそうだろう。
そんな妹のセルフファッションショーに何度も付き合わされた私は、散々ドレスを見せられ、業界の人間でもないのに少しだけ知識がついてしまっていた。
目の前にいるAラインのドレスに思わず目を奪われる。
白が眩しい。
部屋の中に魔術師のライトがあるからか、ドレスがキラキラと光を反射する。ところどころに宝石でも散りばめられているのだろうか。
見れるはずだった妹のドレス姿も、きっとこんな感じだったのだろうか。
「えっ!? 春貴さん!?」
少し遅れて響く藍くんの驚く声に、ふと我に返る。
「えっ、は、はい。すみませんこんな格好で……」
「マジだ。声が春貴さんだ……てか服もすごいけど、その髪はどうしたんですか」
「ああ、これはウィッグで……」
「なるほど……カツラ、と」
「その言い方はなんだかちょっと……」
違和感があるのか春貴さんはウィッグを触る。
先ほどまでの彼は、少し髪は伸びているとはいえ、平均的な男性の髪型だった。それが今はロングの落ち着いた茶色をゆるく巻き上げて片側でまとめている。確か……ワンサイドだったか。
「てか、春貴さん化粧もしてます?」
「ああ、はい。軽くですけど、皆さんにされるがままに……」
「はぇ~! めっちゃ美人さんっすね!」
藍くんが言うと後ろに控えていたメイドたちが誇らしそうににこりと笑った気がした。
「ちょっとどいて!」
マジマジと春貴さんを見つめていた藍くんを押しのけたのはまさかの蓮さんだ。
「何すんだよ姉ちゃん!」
ほとんどタックルのようにぶつかった勢いで、藍くんは床に倒れこむ。そういえば大学の同期がラグビーをやっていたな。あいつも元気にしているだろうか。
「…………」
「……あ、あの……?」
「…………」
「えーっと……」
じっと春貴さんを見つめたままの蓮さんに、春貴さんは助けを求めてこちらをちらりと見てきた。口紅まで塗られたらしい。カサカサだった唇が艶めいているのが見えた。
「素敵ですッ!!」
「は、はい?」
蓮さんはガシッと春貴さんの両手を掴んで、目を輝かせながらじっと見つめている。
目の輝かせかたといい勢いといい、さすが双子。藍くんとそっくりだ。
「春貴さんはお顔立ちが綺麗だな~って、実は最初に見たときから思ってたんですッ! でもまさかこんなにすぐ綺麗なお顔にメイクしてるところをじっくり見れるなんてッ!」
「は……はぁ……?」
蓮さんは春貴さんの顔をいろんな角度から眺め、それからドレスへと視線を向けた。
「お洋服も似合いますね! でも春貴さんは線の細いタイプだから、こういう服も似合うと思うんですけど、このタイプのドレスよりも、もう少し裾の広がりを抑えたもののほうがもっともっと似合うと思います!」
蓮さんの言葉に春貴さんの後ろのメイドたちもウンウンと力強く頷いている。
「ですよね!? 足元も完全に隠れるタイプじゃなくて、靴が見えるほうがいいかも……あ~でも全体が短いと春貴さんの清楚さが削れちゃうから、前側だけほんの少し短くして……」
フィッシュテールドレス、だったろうか。ふむふむ、とメイドさんたちは興味深そうに聞いている。
「ちょ、ちょっと待ってください! そうじゃなくて、なんで僕が女装してるのかってことを聞きたかったんです!」
春貴さんが困ったように魔術師へ抗議の声を上げる。
「いやほら、だって聖女だし……」
「そう言われればたしかにそう」
「似合うからじゃないんですか?」
魔術師も双子も、そうあるべきというようにスパッと答えて、春貴さんは悲しそうにこちらを見てくる。
「…………似合ってますよ」
「部長さんまで!」
というか、あなたまで部長って言うんですか。
まあそれはそれとして置いておくとして。
「サイクンさんが仰ったように、あなたが聖女だからでしょう。我々が召喚された本来の目的を思い出してみてください」
「あっ……」
そう。結婚だ。
実際に召喚されたのが我々で、かつ望んでいた『聖女』の性別はどうあれ、聖女を嫁がせるという目的は消えずに残っている。聖女ではない女性を身代わりにはしないところは多少誠実と言えなくもないが、結果的に我々が――春貴さんがこの国の生贄として魔王の元へ向かわせられようとしている事実は一ミリたりとも変わらない。
「僕らの国としてもね、『聖女』を和平のためにって言っちゃってるからね、撤回はできないんだよ。なんせ噂の魔王から条件を飲んでくれるって返信が来ちゃってるわけだからさ」
「だ、だからって……!」
「でもねハルキ、いいの? 君が行かなかったら、誰かが『聖女』を偽って魔王のところに行かなきゃならない。聖女じゃないってことは、たぶんすぐにばれるだろうね。なんせ相手は魔族なんだから。魔力量なんかでもさ。それに向こうにだってうちみたいな鑑定ができる魔道具があったら? 身分詐称はどの国だって重い罪になるけど、今回は国と国とのやりとりだ。和平交渉が決裂すれば、一転戦争にだってなりえるかもしれない」
そんな言い方、脅迫だろう。
春貴さんは何も言えず黙ってしまっている。
なぜ我々が犠牲にならねばならないのか。だが、きっとこの人は自分が助かる代わりに誰かを目の前で犠牲にするのを知っていてそれを良しとしないだろう。
「……君は男だ。だけどね、聖女であることは本当なんだ。これは聖女に課せられた使命なんだよ」
この男は、随分と口が回る。
おかげで春貴さんはこの理不尽も仕方ないと飲み込んでしまったようだ。
だからといって、聖女でもない私たちにいったい何ができるのだろうか。
「なぜかは知らないけど、魔王は聖女を探している。そういう噂もあるんだ。だから、たぶん君が男だとばれても命まではとられないはずだ」
「……不確かな情報ばかりですね」
「……ああ。僕らとしても歯がゆいけどね」
思わず苛立ちが声に乗ってしまう。
「ハルキにはできる限り男だとばれないよう……『聖女』として動いてもらう。そして無事に魔王の元までたどり着いてもらいたい。今後の国交のためにも」
「……そもそも、なぜそんなに彼を魔王のもとへ向かわせたがるんです? 国交のための使者というのであれば他の方でもいいでしょうに」
「そこが問題なんだよね」
はぁ、と魔術師は眉間に指を当て溜息をついた。
「魔族領に向かった使者は、誰一人戻って来ていないんだ」




