第 127 章 歩みを信じて
その夜遅く、リリーはアパートでネイサンと落ち合った。彼は出張で留守にしており、取締役会の件を話す機会がなかった。玄関を入ると、ネイサンが心配な眼差しで待っていた。
「会議、どうだった?」
柔らかく、だが不安を含んだ口調で問いかける。
リリーは腰を下ろし、長く息を吐いた。
「すごく大変だったわ。最初は取締役たちに全く納得してもらえなかった。今すぐの成果を求める気持ちは変わらないけど、小規模市場でのパイロット実施を認めてもらえたの。この実験が上手くいけば、サンパウロにも同じ戦略を展開できる」
ネイサンの表情は和らいだ。
「前に進む一歩だね。君は決して妥協せず自分の信念を貫いた、それが一番大事なことだよ」
リリーは微笑んだが、瞳まで笑みが届いていなかった。
「確かに一歩は進んだわ。だけど依然として圧力は強い。このパイロットの成否に全てがかかってる。もし失敗したら、今まで積み上げてきたものを失いかねないの」
ネイサンは隣に座り、彼女の手をそっと包んだ。
「一人で背負い込まないで。僕もいるし、信頼できるチームもついている。みんな君を信じ、この戦略を信じている。ただ今の歩みを信じればいい。ここまで頑張ってきたのは君自身だ、あとは物事の流れを見守ろう。何があっても、君なら必ず道を切り開ける」
リリーは彼の肩に頭を預け、その言葉に心癒やされた。責任の重圧はこれまでになく重くのしかかっていたが、ネイサンが傍にいてくれるだけで、少しは軽く感じられた。
「ありがとう、ネイサン。あなたがいなかったら、私どうなっていたか分からないわ」
彼は彼女の頭にそっと口づけ、柔らかい声で囁いた。
「そんな未来を考える必要もない。ずっと君のそばで、一歩ずつ共に進んでいくよ」
その後数週間は、怒涛のような日々が過ぎていった。カーター企業は小規模市場でパイロット事業を開始し、その成果が判明するには数ヶ月を要する。リリーは取締役会との会議、持続可能な施策の拡大統括、増え続けるチームのマネジメントを並行してこなしていた。だがその間も、心の奥底には拭えない不安が募っていた。かけられた代償は、これまで以上に大きくなっていた。
だがネイサンの言葉が心に響き続けた ——今の歩みを信じろ。自分自身を信じろ。予想より時間がかかっても、この戦略はきっと実を結ぶ。そう信じ続けなければならない。




