第105話 朝チュン妨害
翌朝は、玄関の戸を叩く音で目が覚めた。
正確には、叩くというよりもばんばんと打ち鳴らすような音だ。遠慮の欠片もない。犯人の心当たりはひとりしかいなかった。
「おはよーっ! 早速早起きして遊びにきたよー!」
「……やっぱりお前か」
寝惚け眼で扉を開いてみて、ロイドは朝からげんなりとした。
もちろん、昨日からここザクソン村跡地の住人となった、フラン=アーキュリーだ。朝陽を背負って、元気いっぱいの笑顔を携えている。その後ろにエレナ=ルイベルが控えていて、申し訳なさそうな顔と呆れた顔が半々だ。
「朝からうるさくてごめんね……止めたんだけど」
「止まりませんでした?」
ルーシャがロイドの後ろからひょっこり顔を出して、エレナと苦笑を交わした。
「全力で無視されたのよ。起きて着替えるなり真っ先に飛び出していったわ」
「そりゃあ、せっかくご近所になったんだし? ロイドたちの朝チュンタイム真っただ中のところにいったら焦るだろうと思ったわけよ!」
フランがどや顔で応える。
もしかして、引っ越しに協力したのは失敗だったのではないだろうか。そんなことを思ってしまった。
「何が朝チュンタイムだ。一緒に暮らしてるんだから、どうやっても毎日朝チュンするだろ」
「きゃー! ロイドのスケベ、変態ッ! 聖女様を汚さないで!!」
「……お前が自分から言い出したんだろうが」
朝から頭が痛くなってきた。
寝ているところに来られたら、朝チュンも何もない。ただ強制的に起こされるだけだ。
(ったく……まあ、別にいいんだけどさ)
欠伸をしつつ、エレナたちと朝から楽しそうに話すルーシャをちらりと見る。
昨日まで、朝はふたりだけのものだった。静かで、どちらかが起きるまで起きることはない、のんびりとした暮らし。
それが今朝は、隣家の住人が加わって一変してしまった。少しやかましいが、こうした変化も悪くない。
「せっかくですから、一緒に朝ごはん食べていきませんか?」
ルーシャが困ったように笑って、エレナたちに提案した。
「いいの? 邪魔じゃない?」
「もちろんです。ふたり分も四人分も、そんなに差はありませんから」
エレナの遠慮を、ルーシャがにこやかに押し切った。
ふたり分と四人分は結構違う気がするのだが、ルーシャがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。
「やったー! 朝からルーシャのご飯ー!」
「お前、絶対それが目的だっただろ」
「うぐ……」
ロイドのツッコミに、フランが呻いた。
聞いてみると、お腹が空いて目覚めてしまい、うちに朝ごはんをたかりに来たのが本当の狙いだったようだ。
それを知ったエレナが「ほんとにごめん」と項垂れて謝ったのは、言うまでもない。
結局、四人で食卓を囲むこととなった。パンと、干し肉を刻んだスープ。庭先のハーブを添えた、いつもの朝飯だ。
朝陽がテーブルの上に四角い光を落として、湯気の立つスープを照らしている。昨日の昼食も四人だったが、朝のぼんやりした空気の中で食べるのはまた違った。
フランがスープをおかわりして、エレナが「行儀よく食べなさい」と窘めて、ルーシャがご機嫌で追加のパンを焼く。
フランが「ルーシャの料理美味しいー!」と頬を押さえて、エレナも「確かに。同じ材料なのに、私が作るのと全然違うのよね」と感心していた。
ルーシャは少し照れた様子で「そんなに大したものじゃないですよ」と謙遜していたが、実際、彼女の料理の腕は確かだ。同じ干し肉と野菜でも、切り方や火の入れ方で味がまるで変わる。
(最初に食べたのは、干し肉のスープだっけ)
今にして思えば随分昔のことのように思えるが、神官騎士から奪った食糧で、ここに着くまでの間を持たせていた。その間、ルーシャは山菜やハーブを採取して、スープの味を変えてくれていたのである。
そんなことを思い出しながら、黙々と味わって食べた。当時を思い出すと、こんな何でもない朝食がご馳走のように思えてならない。
朝食の後片付けを終えたところで、ロイドは切り出した。
「今日、クロンのところに行こうと思ってるんだけど……お前らはどうする?」
もちろん、ミンガラムの一件の報告と報酬の受け取りについて、だ。
バーマスティ商会──クロンへの報告は、ミンガラムから帰ってきてからまだ済ませていなかった。帰還の翌日はそのまま休んで、その次の日はエレナたちの引っ越し作業で丸一日潰れている。気付けば、もう二日ほどが経っていた。
ミンガラムの瘴気の調査と浄化依頼を受けたのはロイドとルーシャだったが、ふたりだけでは困難と見てエレナたちに救援要請を出した。報酬の受け取りには全員で行く方が筋が通るだろう。
「ああ、それなら私たちも行った方がいいわよね。一応、報酬は二組で山分けって形で聞いてるわ」
エレナが即座に応じた。さすがにこの辺りの判断は早い。
報酬としては高すぎる依頼だったので、山分けでもまだ余るくらいだ。というか、〝なんでも屋〟の依頼が多すぎて、正直あまり金には困っていなかった。ルーシャとふたりで質素に暮らすだけなら、暫く働かなくてもいいくらいの貯金はある。
ただ、それだと退屈するし、人助けをしたいという気持ちもある。報酬はついで、という感覚で働いているのが、ロイドたちにとっての〝なんでも屋〟だった。
「行こ行こー! あたし、クロンに文句も言いたいし!」
「文句って何だよ」
「だって、あんな危ない依頼出しておいて涼しい顔してるんでしょ? あたし、一言くらい文句言ってやらなきゃ気が済まないよ」
「穏便にお願いね」
鼻息荒いフランに、エレナは苦い笑みを浮かべて牽制するのだった。
「あ、パンのおかわり、いりますか?」
台所から戻ってきたルーシャが、ロイドに訊いた。
「もう大丈夫。ルーシャの方こそ、早く食べたらどうだ? 洗い物なら俺がやっとくからさ」
「ありがとうございます。では、私も頂いてしまいますね」
ルーシャはエプロンを外して壁に掛けると、困り眉で微笑んだ。
料理を作るので手一杯になって、自分が食べるのを忘れてしまうのが彼女だ。いいのか悪いのかわからないが、客人が来るとその傾向が強まるように思う。
(やれやれ、だな)
ルーシャと入れ替わるように台所に入って、早速洗い場の食器を洗っていく。
隣人ができてから初めて迎えた朝は、いつもの数倍賑やかだった。




