お試し竜魔法
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二日後。諸々の準備を終え、ついに次の街に向けて出発することになった。
「おーし、そんじゃあ出発するぞー」
ガロンの合図とともに馬車が動き出したわけだが、驚くほど俺のやることは何もなかった。旅の準備も荷物の搬入も馬車の操作も護衛も何もない。
そりゃあ客人である俺に荷物の積み込みとかやらせるわけにはいかないだろうし、旅の準備だって何をすればいいのかわからないから足手まといにしかならない。馬車だって操作方法とか知らないし、護衛もガロン達がいるんだから必要ない。
「魔力を高密度に圧縮することで通常とは違う性質を持ち、それによって干渉しやすくなるといっていたが……よくもまあこんなことができたものだよ。こんなことができるのなら、教えた魔法をすぐに使えるようになったのも納得というものだね」
そんなわけで俺は今、馬車の中でエンジェから魔法について教えてもらっていた。
この二日間、ろくに街を観光することもなくずっと魔法の勉強ばかりしていたけど、いまだに人間の魔法が使えずにいる。才能がないんだろうか?
だが、魔法が使えている以上は別の方式である人間の魔法も使えるはずとエンジェは言っているので、とりあえず勉強は続けることにした。
そしてその見返りとしてエンジェもまた俺から竜魔法……とは教えていない俺の使う魔法を教えたのだが、そのやり方はエンジェにとって驚きだったようで眉を寄せて難しい顔をしながら竜魔法の練習をしている。
竜魔法の基礎であり全てともいえる魔力の極限圧縮。物質は限界まで圧縮するとその形態や性質を変えるけど、それは魔力も同じだ。これができればドラゴンと同じことができるようになるわけだけど、果たしてエンジェはできるようになるだろうか?
「教え役が良かったんだよ、多分」
「そうだろうね。ただ、多分だがこれは君たちのいた国の基本的な魔法技術ではないね。これだけのことを教えられるとなると、国で一二を争う達人の独自技術である可能性が高い。あるいは、これこそが竜魔法を追い求めた先にある魔法なのかもしれないとさえ思えるよ」
あ、まっずい。この人勘が良すぎないか? それとも、魔法使いって奴らはみんなわかるものなのか? 竜魔法の先っていうか、それこそが竜魔法の根幹なんだけど……
「教えてくれたのは俺の……まあ、父親だよ」
直接本人に言うのは恥ずかしいけど、俺にとってはあのクソジジイことバルフグランこそが俺の父親だと思っている。
血のつながっているかもしれないどこかの王様よりも、血の繋がっていないどころか生物として全く違う存在であるドラゴンの方が俺にとっての父親なのだ。
こんなこと、絶対に本人に言わないけどさ。
「これほどの技術の持ち主が父親か……ならグラン、君は一体……いや、やめておこう。今の私達は師弟でなければ友人でもなく、依頼主と冒険者なのだからね。下手に踏み込むのはギルドに所属する冒険者としてあってはならないことだし、そもそも人の事情に踏み込むのはマナー違反だったね」
「……そうしてもらえると助かるよ」
ドラゴンに育てられたって言っても信じられないだろうし、仮に信じられたとしても教えたらそれはそれで面倒になりそうだし。言わないのが一番面倒がなくていいだろう。
「ところで――」
「敵襲! 右側面、魔物1! あれは……ドラゴンの混血種だ!」
と、話をしていると不意に馬車の外から声が聞こえてきた。
窓から顔を出して声のした方を見ると、視界の先に微かにだがこちらに向かって来る魔物の姿が見えた。
……すごいな。俺はそっちに何かあるって思いながら見たからわかるけど、普通に歩いてたら発見するのはもっと遅かっただろう。
ドラゴンが縄張り以外での感知は得意じゃないってのもあるだろうけど、それだけガロン達竜の爪先ギルドが優秀だってことでもあるんだろう。
「倒せる?」
俺達が守る対象だからか、馬に乗りながらそばにやって来たガロンに問いかける。
果ての村で竜の混血を倒しに来たくらいなんだから倒せるだろうけど、ワイバーン程度でビビってたんだし、正直言ってガロンがどの帝都の強さなのかはわからない。あれを倒すことはできるんだろうか?
「倒すだけなら問題ねえよ。ただ、少し時間を食うことになるかもな」
「俺がやろうか?」
「やめなさい。私達はあまり目立たない方がいいっていうことを忘れていないでしょうね?」
今までは魔法の勉強をする俺達を無言で見守っていたライラだったが、俺が動こうかと提案するとすぐに口をはさんできた。
でも、きっとそれが正しいんだろう。
「それに、今は俺たちの仕事中だ。依頼主に働かせて遊んでる冒険者がどこにいるってんだ」
ガロンもライラの言葉に同意するように頷いてからそう口にし、仲間たちに指示を出すためか口を開いた、その時。
「なら、今回は私に任せてもらえるかな?」
エンジェがそう言いながら馬車の扉を開けて外に出ていった。
その手には杖が持たれており、彼女はこっちに向かってきている魔物と戦う気なのだとわかる。
「エンジェ? なんだってそんなやる気なんだ?」
「これの力を試してみたくてね」
そういいながらエンジェは杖を持っている手とは逆の手をガロンの前に見せつけるようにして差し出したが、そこには先ほどまで練習していた圧縮途中の魔力が存在している。
まだ竜魔法を使うには至っていない半端なものだが、それでも今までの魔法とは別の効果があると考えたのだろう。エンジェの表情は気負っておらず、どこか楽し気なものに見えた。まるでおもちゃを手に入れた子供のようだとさえ思える。
「そいつぁ……」
「グランから教えてもらった方法で制御した魔力だけど……このままだと暴走しそうなんだよね」
「なっ!?」
おいっ! なんか不安定だと思ったけど、練習途中で制御が完璧じゃないからそんなもんだろうと思っていた。
でも暴走寸前なんて危険な状態だったのかよ! むしろよくそんな状態で落ち着いていられるなあんた。
「だからさっさと魔法として放ってしまいたいんだが……」
「ならさっさとやっちまえ! んな危険なもん捨てろ!」
「捨てろとは酷いね。とはいえ、流石にこのまま維持し続けるというのも難しい。だから、ここは私がやってもいいかな?」
「いいからさっさとやれ!」
「それじゃあ……圧縮とやらの成果を確認しようじゃないか!」
そう言ってエンジェは前に進み出て杖を構えると、圧縮した魔力を持っている手を杖に叩き付けた。
「あ……まず……」
エンジェからそんな不安をあおるような言葉が聞こえてきた。
もしかして失敗したのか? そう思ったが、エンジェは慌てた様子で杖の先端をこちらに向かってくる獣のような魔物に向けた。そしてその直後、世界が凍り付いた。
杖の先端から放射状に放たれた冷気は地面も敵も、空気さえも凍らせた。
きっちり線を引いたかのようにまるっきり違う風景が隣り合わせに存在している様子はとても奇妙だが、俺にとってはある種見慣れた光景でもある。だって、俺も練習をしたときにこんな感じのことをやらかしたし。氷は使ったことないけど、ドラゴンブレスを使った後は通り道の全てが消滅した光景と普通の光景が並んでたことだってある。
だからおかしい光景だとは思わないんだけど……他人がやってるのを見るとなんか不思議な気持ちになってくるな。




