僕は何も分かっていない
「決意は決めたが…どうすれば…」
あれだけ気持ちを固めたのはいいものの、それに対してどうやって進むかはまったく考えていなかった。転移者がいつ来るかは知らないが、それまでに自分の技術を磨いておきたい。少なくとも人に教えられる程に。
「ならば…」
シドは思案する。だがそこで気づいてしまった。今まで数年間訓練をしてきて成長できていないのだから、この数日で練習しても意味がないのでは?と。
「駄目だ駄目だ…」
そんな考えはすぐ振り払う。父の言葉を思いだせ。できないんじゃない。やるんだ。
「まずは行動に起こさないと…」
シドは立ち上がった。このまま考えていては埒が明かないと思ったのだろう。もっともそれは正解で、動かなければ何もせず一日を過ごすことになっていた。
一応魔術も指導の対象にはなっているが、酷いのは剣術なのでそれは放棄する。とりあえずは先生に会いに行こう。先生とは言わずもがな剣術の先生のことである。彼に会えば何かが変わるはず。事情を言えば理解してくれるだろう。今は時間が惜しい。すぐ行かなければ。
シドは扉を駆け足で出るとすぐさま向かった。途中レイナの顔が見えたが声はかけないで隣を通り過ぎる。彼女だって自分が親と何かあったのは把握しているはずだ。何も言わなくたって問題ない。
「お兄様…」
だがその選択は不正解だ。実は妹であるレイナは声をかけてくれない兄に不満を募らせていたのだが。こんなこと気づけと言う方が無理である。
こんな状態で周りに気を利かせられるなんてそれは相当なお気楽ものか、天才だけだ。残念だがシドはどちらにも属していない。だからこそここまで男らしい心を持つことができたのに本人はお気に召していないらしい。
そうこうしている内にシドは目的地へ付いていた。その中の倉庫にいくと一人の人物が見えてくる。隆起した筋肉に彫りの深い顔。先生だ。
「先生!」
男は振り返る。
「…んう?あぁ、シド様か。どうした?」
「その、実は…」
シドは今まで、そしてこの先の事情を説明する。それを男は黙ってうんうんと聞いていた。
「なるほどな。教えるとしても日にちが足んねぇよ。細けえところはできなくなるが…」
「それでも、構いません。」
「分かった。ゼロから全部俺が付き添ってやる。いつものとはちげぇからな。覚悟しろよ」
「はい!」
そうして、シドと先生との共同作業もとい、お稽古が始まった。基本こういった練習は一人の生徒に先生がずっと付き添うのではなく、何十人もいる生徒に対して先生一人が指示をするのが普通だ。だから今回の場合はかなりレアなものになる。シドにとって貴重な体験だろうし、かなり体力を使う出来事にもなった。
「まずは基本の型からだ!構えは覚えているな!?やってみろ!……………違う!右手を少し上に!だから剣を斜めにするな!俺が支えてやる!よし、そのままだ!いいぞ!その調子でいけ!」
本当に初歩の初歩からである。ここからしっかりとできていないシドはとてつもなく才能がないのであろう。ただ、間違って覚えているのではなくてよかった。以前授業で習ったときの記憶があるため、その時の記憶を思い出し順調に進んでいく。もっとも、忘れてしまっては意味がないのだが。
◇◇◇
「よーし!こんな感じでいいか!お開きにするぞ。明日も同じ時間にな」
「は、はい……」
結果から言ってしまうと、とても勉強になったがただひたすら疲れた。騎士としての構えから戦闘の基本。知らない部分もあったし、興味が湧く。だけどそれで終わりにしては駄目だ。これで安心するのは早い。忘れないように、鍛錬しないと。
シドは去っていく先生の背中を見ながら練習用の剣を固く握る。教えられたことを思い出してもう一回。同じことを何回もして体に覚えさせるのだ。あの感覚を思い出せ。絶対に忘れちゃいけない。いつもとは違う。本当に、本気で……!!
カァー、カァー、カァー、カァー
気づけば辺りは真っ暗になり、人の気配はなくなっていた。それでもなお、一人練習をやめない影が一つ。そしてそれを見つめる者が二人いた。一つは父、もう一つは妹であるレイナである。
「シド…。」
「お兄様…」
二人ともなんだかんだいってシドのことをとても心配していた。父に限っては自分からまいた種であり、妹からすれば朝から様子がおかしい兄に気を向けるのはごく自然なことだろう。
その中でも一人、妹であるレイナには不満が募っている。頼ってくれない兄への奮闘や無力感。色々な物を防ぎこんでいるのだ。
「はぁ、どうして頼ってくれないの…?」
そう言うとレイナは自室の窓から離れ、ベッドに腰掛けた。そしてそのまま上半身を倒して寝転がると目を閉じて考える。
(兄様は自分の問題だと言っていた。でもこれはほっといていいことなの…?あんなに時間をかけて毎日修練を積んでいたら身体が持つはずがない。でも私ができることなんて度が過ぎてる。それに兄様はかなり気合がはいっていた。妹の一言二言で考えが曲がるのか?)
あーもう…。なんでこんなに必死になってるんだろう。馬鹿らしい…。そう思考を停止したところで別の事が浮かんできた。
「そういえば…もう少しで転移者がくるんだっけ」
転移者かぁ、どんな人達なんだろう。今回は前回みたいにならなきゃいいのに。
◇◇◇
「はぁ…はぁ…はぁ…ぅぐ…」
これで今日の修練は終わり、か。
………足りない。何もかもが足りてない。自分が憎くなる。この3日間で何が変わった?少なくとも僕には分からない。最初のうちはやる気で満ち溢れていたさ。でもそれも最初のうちだけ。時間が進むごとに自分の無力差が分かってくる。それに伴って全てが思い通りにいかなくなる…!
「こんなにも、こんなにも頑張っているのに…!?」
シドは込み上がる怒りを噛みしめた。それはこんな無理難題を押し付けた父への物じゃない。才能のない自分自身に対しての怒りだ。
「才能が、憎いよ。……僕には何もない。空っぽだ」
今まで伴に修練を積んできた兵士は皆成長してきた。今じゃ部隊長を任せられた者だっている。ずっとふざけていたアイツだって、修錬をサボっていたあの人だって、みんなみんな僕を追い抜かす。何なんだ…!?いったい僕はなんなんだ!?この差はどこからうまれてるんだよ…!
シドは行き場の無い感情を抑えようと髪を掻きむしる。そこで今握っている木刀が目に見えた。
「こんなもの______」
「兄様っ!」
突然襲ってきた背中からの衝撃と声で我に返った。よく見るとシドのお腹の方へ手が回っている。
「…レイナ」
「…兄様、物にあたっちゃ駄目」
「……今兄様は忙しいんだ。すまないがほっといてくれ」
「嘘、頼ってほしそうな顔をしてる」
「そんな顔なんかして______」
るのか…?してないなんて言えない。最近は人と会話なんてまともにしてもいなかった。だから余計に妹の温もりが暖かく感じる。
「困ってることがあったら何でも言って。私が助けになる」
そうやって腕に力を込めてきた。
僕は…囚われすぎていたのかな?ただひたすら技術を追い求め歩み続ける。そんなんじゃ成長出来るはずがないじゃないか。そのせいで妹にだって苦しい思いをさせてしまっている。
「僕は…兄失格だ」
兄としてだけでもない。王の息子である王子としての心も。
「いいの。これからやり直せばいい。…父様に聞いたんだ。転移者は明日に来るんだって。でも諦めなきゃなんとかなる。希望を持って?ネガティブになっちゃ何もうまくいかないわよ…?」
…そっか、そうだよな。僕は楽しむって事を忘れていた。好きでもないことに集中して続けられるわけ無いだろ。これは気持ちの問題だ。僕の技術は関係ない。
「ありがとう、とても楽になった。だが、やり直すといっても時間が…」
「今日これ以上続けても上達すると思う?それなら明日にそなえた方がいいじゃない。」
「そっ…か。分かった。今日はもう休むよ」
「うん…!」
レイナは顔を僕の背中にくっつけてきた。きっとその顔は笑顔になっているだろう。僕もまだまだだな…。こんなことで悩んでしまうなんて。将来国を導く者になるかもしれないというのに。
「じゃあ部屋に戻るよ。助かった、レイナ」
その言葉にレイナは頷く。僕は同時に歩き始めたが、何も不安が消えたわけじゃない。明日がどうなってしまうのか、僕に対して転移者がどう反応するのか、まったく想像がつかない。でも、僕は学んだ。答えが出ないことは考えなくていい。明日どうするか。それが一番の問題なんだ。
◇◇◇
昨日はよく眠れた____わけなんてない。
不安6分と期待4分の胸はいつまでたっても高鳴りは抑えられず、嫌にもこれから起こることを想像してしまっていた。今のシドの頭には三つの想像図がある。
一つ目はその転移者の師として普通に過ぎていくもの。二つ目は自分の実力に気が付かれ舐められるもの。そして、最後に自分の実力を知っていながらも共に成長しようと転移者が協力してくれるもの。
一番いいのはもちろん最後だ。だが世の中はそこまで甘くない。それはシドが一番自覚している。
「シド様、お時間ですよ」
そこでいきなりノックとともに声をかけられた。シドは静かにかぶりをふる。駄目だ駄目だ、また昨晩のように不安と焦燥に駆られているではないか、と。
「ああ、分かった。今すぐいくよ」
既に支度はできている。胸や膝などには豪華な装飾のなされた革の鎧。その下には少し分厚い革製の上着と白のズボン。背中には王家の紋章が入ったマントがあり、極めつけには腰にある一振りの剣だ。今日はいつもと違う、その感覚が身体中を巡り不安となっていた。
「…よし、行こう」
勇気を出して一歩を踏み出す。ここを恐れて何ができる。自分は変わるんだ。そう念じ続けシドは歩みを進めた。
「お兄様、がんばって…!」
「おおシドよ、頑張ってくれ…!」
その姿を自分の部屋の戸を少し開けて見つめる妹の姿と、廊下の影から僅かに顔を出して応援する父の姿があったのだが、シドはそんなことを知らない。二人の家族を大事にしている一面を見る限り、やはり血の繋がっていることもあって似たもの同士なのだなと再実感させられる場面だった。
あっという間に時間は過ぎ、シドは王城から出ると庭に二つの馬車を見つけた。そこに近づくと彼は側にいた兵に声をかける。
「この馬車で向かうのか?」
「ええ、そうです。ささ、お上がり下さい」
「ああ、すまない」
それを聞いて兵士は一瞬口をつぐんだ。
ああ、やはりシド様はお優しい…。私のようなしがない兵士に対しても『すまない』とお声を出してくれる。金の装飾の多いゴテゴテとした屋敷に住んでいる貴族には到底敵わないだろう。だが、シド様は分かっていない…!自分は一国の王子であり将来はこの国を統べる者だと!自信というものが彼には圧倒的に足りていないんだ…。
その通りである。残念ながらシドは弱虫な根性の持ち主だ。才能のなさが彼をそうさせた。何年も続けてられてきたそれが直ることはきっとないだろう。ともかく、シドの城内での印象は誇り高き青年などではなく、素は自信のないただの人間だと会話をしたことのある人間ならとっくに知れ渡っていた。
「そろそろ、出発しますよ。よろしいですか?」
御者の人が独特なイントネーションでシドに語りかける。
「ああ、いつでも問題ない」
「そうですか、じゃあ出発しますよ」
その言葉を聞いてシドは馬車内のソファーに深く腰掛けた。
(少しだけ、休みたいな…心を落ち着かせたい)
今まで修練詰めだったためか、落ち着く時間を無意識に求めていたのかもしれない。彼はゆっくりと瞼を下ろす。進み始めた馬車の振動が彼の身体を心地よく揺さぶってまるで溶けていくようだった。外からは住民達の声掛けや商いの音。空は晴天で、一応カーテンをしているがその端から程よく日光も入ってくる。
(なんだか、今更眠くなってきたな…。でもこのあとには大事な事が、いやいいや…。今だけは、休もう…)
少しの間だけ意識が落ちることに対抗していたが、それも一瞬のこと。全身から力が抜け、頭が垂れる。もうシドの耳には何も聞こえていなかった。
どれだけ時が経っただろう。一時間か、二時間か。もしかしてもっと長い?シドは寝ぼけた頭でそんなことを考える。だがそんな頭はすぐに捨てた。外を見ても日の位置があまり変わっていない。実際一時間も経っていないだろう。
「おおっと…ついたみたいだ…」
丁度いいタイミングで馬車が泊まる。シドは一人心の中で愚痴った。
(ああ、動きたくないな…。この心地よさがずっと続けばいいのに)
だが世の中は無情である。甘えなど存在しない。今もこうして、ほら…
「着きましたよ、シド様。こちらへどうぞ」
「……分かった」
周りの付き人がそれを許してくれないのだ。シドは手を使ってゆっくりと立つとため息をつく。それを近くにいる付き人が見逃すはずもない。
「シド様、少し休憩なさいますか?ずっと徹夜で修練を積んでいたと聞いていますが…」
その声を聞いて自分に対してフツフツと怒りが湧いてくる。何をやっているんだシド!付き人にまで心配させて、どこまで迷惑をかけるつもりだ。
「いや、大丈夫だ…!心配はいらないよ。早く行こう」
「そう…ですか」
付き人は納得いかない様子でありながらも自分に従う。彼からすればシドは何かに焦っているように見えたのだ。このままだと消えてしまいそうで心配せずにはいられない。そんなジトーっとした視線をシドは受けるが無視しておく。そんなことよりもと彼は周りに目を配った。
そこは家がたくさん建っておりまだ街の中……なんてことはない。見渡す限りの草、花、木、岩だ。遠くにはさっきまでいたルーガント王国が見える。随分と国から離れたようだ。こんな森の奥に転移者が…?
「では兵士達、シド様をお守り致すのだ」
付き人の男性が声を張り上げる。もう一つの馬車からは6人程の兵士が降り始めていた。
「これからどこに向かうんだ?」
「あそこの森の中です。『神殿』はそこにありますので」
神殿…?少なくともシドには聞き覚えはなかった。そもそもどういった形で転移者に会えるのかもわからないのである。いったいこれからどのような場所が待ち受けているのだろう。
「ささ、行きましょう」
それに対してシドは黙って頷く。いつもなら声に出して返事をしていたが、何故か今はそれが場違いな気がしていた。先程までの安らかな印象はもうない。例えるならば、吹雪吹き荒れる山の中だ。
(どうしてこんなにも剣呑なんだ…?ここはただの森の中で………森の…中で……!)
シドは気づいてしまった。なぜ自分は剣を磨き、戦うのか。それは当たり前だから、といつも思っていたが改めて気付く。
対抗する為の敵がいるからだ…!王都の中で燻っていた自分は環境という名の闇に毒されていた。世界は平和だ、何も恐れるものはないと。だけどそんなことはない。辺境には今も襲撃の危機に脅かされているものがいる。授業でも学んだだろう…!
『魔獣』だ!ここには『魔獣』がいるんだ!
自然と呼吸が荒くなり身体が硬くなる。大丈夫…護衛の者が6人もいるんだ。心配はいらない…はず。
そこからのシドは常に自問自答を繰り返していた。些細な風の音でもビクつき全身が敏感になっている。
(速く目的地についてくれ…!)
そう願うばかりだった。
そこで何かが見えてくる。いきなり森が開け、見慣れた豪華な大きい塔が現れたのだ。
「…これが…神殿?」
シドは一人思う。自分は、これを毎日見ている。いや、一日に何度も見ていた、と。何故なら、この塔はシドの部屋から丁度見える位置にあったのだ。
(目的地がこんなに身近だったなんて_____)
案外、拍子抜けだ。そう思ったのだろう。だがその思考は遮られる。それは、地震だった。それもとても大きな。
「急いでください…!」
そこで、付き人は急にシドの手を掴むと塔の中にいざなった。




