ある男の悩み
もともと趣味で書いてました
とある日の昼下がり。王宮の庭で、池の前の岩に座り、俯いてる人物がいた。白を基調とした上着に金のラインが入ったズボン。腹には金色の帯を巻いている。手元には王家の紋章が入ったマントがあり、ただの使用人ではないのは明らかだった。
「はは……まったく、困ったものだ…。」
日が反射して靡く金髪は魅力を引き立て、それに合わさるように端麗な顔が存在していた。暗い影を落とした表情には惹きつけられる何かがあり、絵画にすればさぞ有名になったであろう。そんな彼の表情もどんどんしわくちゃになる。唇はキュッとしめられ、浮かび上がる感情に耐えていた。
そして、数秒がたち、弛緩する。
「…戻ろう。」
そう言うと彼は立ち上がり、空を見つめたあと城に向かって歩みを進めた。彼がここまで落ち込んでしまっているのにはもちろん訳がある。だがそれはそこまで深くなく、単純な問題だ。誰でも一度はなったことがあるだろう。ではそんな簡単な問題がどのようなものなのか、振り返ってみようではないか。
◇◇◇
「シド、何故お前というものはこうなのだ。王家の恥だぞ。」
そう発したのは玉座に座った40代の男。厳つい顔つきをしており、覇気のようなものが幻視できた。
「…申し訳ありません、父上。僕は…神に恵まれてないのでしょうか…。」
「言い訳をするな、醜いぞ。そもそもお前には努力が足りん。」
怒る父、叱られる息子。そんな図だろうか。息子の方のシドという青年は拳を固く握り、何かを言いたそうにしている。
「…っ違います!僕は一生懸命やっているんです!ただそれが実らないだけで…。」
彼の言っていることは嘘ではなかった。そもそも何に叱られているのかというと、毎月行われる剣術のテストで悪い点数をとったからである。シドはそれに向かい必死に必死に技術の刃を研いできていたが、何も結果としてでていない。つまり、才能がない人間だった。
「抜かすな、私が修練所を視察していたことは知っているだろう。あんなもの練習とは言えん。見てて恥ずかしくなる思いだった。」
「ぅぐッ…。」
シドとしてはそれでも一生懸命やっていたのだ。ただ、才能がなさすぎて適当に見えるだけ。剣を振ればチャンバラに、走り込みでは転んでしまう。ただそんなことは言っても通じるわけがなく、シドは「どうして分かってくれないんだ…ッ!」と念じるだけだった。
「まあまあいいじゃないの、シドだって頑張っているのよ?座学の成績を見れば分かるじゃない。」
そこに一人の女性の声が交じる。発せられたのはシドの父の隣にあるもう一つの玉座からだ。
「…母上っ!」
やっぱり母上は分かってくれていた、そう思いハッと顔をあげる。
「でもね、ちょっとあの点数はまずいかしら…。」
その言葉でシドは少し、いや結構傷つく。分かってくれていた母までにもそう言われると現実感が出て軽く目眩がした。
「コホンッ…とりあえずだ。お前は反省しろ。だがな、このままでは改善されると思えん。」
まったくもってその通りだ。シドも長い間同じように修練を積んでいるが、何も初期とは変わっていない。少しばかり体力がついたくらいだろう。
「ではいったいどうすれば…。」
「…今週新しい転移者が数人来る。そいつらを指導してやれ。そしたらお前にも自覚がでるであろう?」
……は?とでも言わんばかりにその時のシドは間抜けな顔をしていた。
「僕が指導…?待ってください!そんな経験は今まで無く…」
「すまないな、シド。これ以上悪評を広めさせるわけにはいかん。王家の名が廃ってしまうからな。」
「…あらら。」
それに対して母上は困った顔をするだけ。何も咎めないのは付き添ってきてこの男が頑固だと分かっていたからだ。
「さあ、出て行け。来る時がくれば呼ぶ。それまで心の準備をしているとよい。」
それに合わせて左右に付いていた兵士がシドの両手を掴んだ。
「ち、父上ッ!?待ってください!そんな理不尽な___」
無情にもそんな声にシドの父は見向きもしない。兵士に対して早く連れて行けと命令をするばかりだ。
「父上ッ___!」
ドスンッ、と音を立てて扉がしめられた。中には叫び声がまだこだましていた。
「ねえあなた…ちよっとやりすぎじゃないの?」
無情な男に女は声をかけた。
「ぐぬぅ……仕方ないだろう…。私だってここまではしたくなかった…。」
肘を付き、男は手をおでこに当てる。子供を育てるというのは本当に難しい。何よりも辛いのは親自身だ。これもシドを思っての行動である。
「レディナぁ…。」
そしてとうとう妻であるレディナに泣きついてしまう。
この男、実はかなりの甘えん坊であった。
◇◇◇
一方そのころ、玉座の間から連れ出されたシドは廊下を行き来していた。自分の部屋の前の廊下を行ったり来たりしている。
「…な、なぜ僕が指導者に…。父上はいったい何を…。」
シドは一人愚痴った。目尻には涙が浮かんでいる。
「経験なんてあるわけがない。どうすればいいんだ……!!」
本当に困ったものである。今までは悪い点数をとってもやり過ごせたが、これに関してはどうしようもない。行き場のない感情を発散させようとシドは頭を掻きむしろうとしたが、なんとか寸前で我慢し耐える。だが以前として足は動いたままだ。一体何往復したのだろう。
「お兄様…?」
その時、廊下に隣接していた一つの扉から少女が顔を出す。まだあどけなさの残る顔で、年の程は13位か。シドと同じく金の髪をしており、背中の半ばで切りそろえられていた。
「……まずは指導者とは何をすればいいのか、ここからだろう。剣術の先生に聞きに行くか…?だが教えるのは剣術とは限らない。勉学かもしれないしあるいは______」
「お兄様!」
そこでやっとシドは止まる。顔を上げ彼女の顔を見ると口を開いた。
「…ああ、レイナか。どうした?」
その一声を聞いてレイナは顔を歪める。何言ってんだコイツ、というように。
「それはこっちのセリフでしょ。さっきからどうしたの?らしくないわよ。」
「いや、気にしなくていいよ。これは…僕自身の問題だから。」
「ふーん…。」とレイナは口を尖らせる。どうしてそのような反応をしたのかシドには理解ができなかった。
「………少しくらいは協力してあげるけど…。」
レイナが小声で呟く。
「…?何か言ったか?」
だが、残念ながらその声はシドに届かなかったようだ。こうして話している間にもシドの頭は先程の出来事でパンパンで、周りに注意など向いていない。聞き逃すのも当然だ。
「ううん…なんでもない。でも考え過ぎないようにね。思考を狭めるわよ。」
もう一度言うのが恥ずかしくなったのか、レイナはそう言い残すと自らの部屋に戻る。シドだけが一人残されていた。
「思考を狭める……か。そう、だよな。もっと単純でいい。何を深く考えてる…。」
今やることなんてひとつだ。指導にあたって分かることが全くないし、それさえ分かれば行動の幅がグッと広がる。さあ、やると決めたならもうやろう。この勢いが消えない内に。
シドは踵を返すと道を戻った。廊下を歩く、歩く、歩く。表情はいつにもまして真剣で男らしい顔になっていた。
程なくしてとある扉の前で止まり、正面を向く。伸ばす手は力がこもっておりシドの心情を表していた。
何を戸惑う。もう決めただろ…!そう念じて自分を正す。ここをなくして先には進めない。進め!シド!
彼は震える手でノックをした。
「シドです。」
「…………入れ。」
キイィ…と扉が開かれる。床にはレッドカーペット、周りには絵画や装飾品があった。そして何よりも主張をしているのが正面にある二つの玉座だ。
ここまで言えばもうお分かりだろう。シドは再び戻ってきたのだ。親の元に。
シドは玉座の前まで行くと二人の顔を見据えた。足は小刻みに震えていたが、顔だけは一人前になっており意気込みが分かる。シドとしては「何故戻ってきたバカ息子が!」と言われそうで気が気でなかった。
「……なんだ?」
父の声は想像していたものより少しだけ優しい。その様子に内心ほっとする。
「先程のことで聞きたいことがあります。僕自身が指導者になるにあたって分からないことがありますので。」
そう、シドがここまで戻ってきたのは「聞く」ためだった。何を聞きにきたかはすぐ分かる。
「…続けろ。」
「はい、指導と言ってもたくさんのことがあります。座学、剣術、魔術のように。その中で僕の担当はどれなのでしょうか?」
これなくしては始まることは何もない。勝手に勉強をして、実はその担当ではなかったということは避けたかった。その「聞く」という行為には勇気が必要だったけれども。
「…そうだな、すまない。説明不足だった。私も焦っていたのだ。」
「父上も…?」
「そうだ。シドには成長してもらいたい。そのためとはいえ少し後悔している。そんな心情を悟られないために追い出してしまった。……これについては詫びよう。」
父上も…とシドは嘆息する。でも決まったことは決まったことだ。指導者になるのはとり消されるはずもない。
「おっと…話がそれてしまったな。さっきの答えだがそれは_____
_________全てだ。
「……今、なんと…?」
「全てだ。全部の担当をしてもらう」
す、全て…?それを僕が?そんなこと転移者がくる数日間の間に覚えることなんて…
「できるはずがない、か?」
父はそんなシドの思いを見透かすかのように言ってきた。
「残念だがこれはできないんじゃない。やるんだ。ただ流石に厳しいものがあるだろう。指導者がお前じゃ転移者の育ちにも限界がある。だから剣術と魔術には助っ人をつけよう。お前も一緒に学べ。何故転移者と一緒にしたかは時期にわかる。」
「助っ人…。」
よかった、と息を吐く。シド一人だとどうしようもなかっただろう。だがまだ安心はできない。ある程度の技術がシドには必要だ。
「質問はもう無いみたいだな。出て行くといい。」
「はい、失礼します。」
助っ人、父の焦り。それを聞いて分かったことが一つだけシドにはあった。『父上は自分のことをよく考えてくれている』ということだ。何も見限られたわけじゃない。そうならないように父上は努力をしてくれている。それに応えてこそ男だろう。僕は強くいるべきなんだ。
シドは一人決意を決めるとその場にはっきりと聞こえる声で一言。
「______ありがとう。」
そうして、扉が閉められた。
「シド…。」
父がボソリと言う。ポカンとしていた表情は自然と緩くなっていた。
「ふふふ、あの子の成長が楽しみですね。」
「あぁ…本当だ。いい息子を授かったよ…グスッ…うぅ…。」
シドの父は目元に手をあてると男泣きをした。この姿を平民に見せたら一体誰が王だと気づけるだろう。だが忘れないでほしい。王とて特別な存在じゃない。一人の人間である上に、一人の父なのだから。
二話までは上げます。好評だったら続くかも…?




