六柱目 星を喰らう狼
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外は狼とゾンビが入り乱れる魔境だったのに比べて、中は不気味なほど静かだった。
T・ボーンがいるから襲ってこないのもそうだが、すやすやと寝息を立てていたり、子狼がじゃれあっていたりする。
「随分と穏やかな。とても魔界とは思えない」
「魔界といっても、隅から隅まで弱肉強食ってわけじゃあないんです。ご覧の通りで」
「そうか」
この血生臭さと獣臭ささえ無ければ、その言葉も信じられたろう。
やがて城の最奥、玉座の間へと辿り着く。
「これは……綺麗だな」
大きな窓の外、夜空の闇にぽっかりと穴が開いたように浮かぶ月は、死人の眼のように白かった。
死体の濁った眼がこちらを見下ろしているような、不気味な月光が照らす世界に、それを堪能する人影。
「っ……」
その後姿に、思わず生唾を飲んだ。
向けられた背は白く輝き、しかし髪も尾も返り血を浴びたかのような赤に染まり。
白肌の曲線と赤毛の尻尾、浮かび上がる輪郭があまりにも扇情的に見えて。
リステアという嫁を持ちながら、狼娘の背に欲情した。
「ぐぬぬ……」
「ど、どうかされました?」
Tボーンが心配そうにこちらを覗きこむ。
リステアの旦那として、欲情したなどとは口が裂けても言えない。神に……否、魔神に誓って。
「ティーちゃん、それを聞くのは酷ってものっすよ。レクトだって男の子なんすから。ねー?」
「やかましい」
「なんか匂いがすると思ったら、もうここまで来たの?」
髪の一部がぴくりと動いた。恐らく耳だったのだろう。ケモミミ。狼耳。ウルフイヤー。
「魔人間レクトだ。お前に協力してもらいたいことがある」
「……魔、人間?」
また耳が動き、アンダーストーカーはこちらを振り返る。
だが俺はその姿に目を見開く。
「なっ……いや、そうか、そういえばお前は」
「確かに、人間の匂いがする。ニンゲンの……」
「おい、なんかこれ……」
振り向いたアンダーストーカーの瞳は最初は青く、しかし見る見るうちに赤に染まった。
赤い体毛もなんか増えてきているような。
「やばくない……ッ!?」
腕を交差させて受けた衝撃に、俺の体は軽々と通路まで吹き飛ばされた。
腕が痺れて受身が取れない。などと思う間も無く頭を鷲掴みされ叩き付けられる。
「おい、どういうつもりだ」
「アァ、本当ダ、人間ノ匂ヒ!」
「俺は人間じゃない! 魔人間だ!」
「デモ、人間ノ魂ガ……」
アンダーストーカーの体はすでに最初に見たときとは完全に異なっていた。
朱色の体毛に包まれた全身、その華奢な体のどこにこれほどの怪力を秘めているのか。
「これが、ダクネシアに傅く精鋭の力か。だが……あれ?」
腕が動かない。まさか、今の一撃でオシャカになったのか?
いやまさか、魔人間の腕がたった一撃で?
「ちょ、ちょっと待て」
「イイニホヒ……イタダキマス!」
「待てって……仕方ないか。許せよ」
変貌し、狼の顔となったアンダーストーカーが大口を開けて襲い掛かる。
だが、その牙が俺に届くことは無い。不憫ながら。
思い切り蹴り上げた。
「カ、ガッ……キュゥ……」
「悪いな。同じ男として同情する」
雄であるがゆえに、決して鍛えられない最大の弱点。腰を下ろしたマウントではなく、四つん這いであったがゆえに生じた距離感は非常に蹴り易かった。
毛むくじゃらの体は最初に見たときのすべすべ肌の美少年へと戻る。
「うぅうぅ……」
犬のように唸り、悶え苦しむ彼を横にどけ、状態を確認する。
「さすがに潰れるほど柔ではないだろうが……」
「きゃうん!?」
指先で転がせる二つの玉を確認。
「……よし、大丈夫そうだな」
「おっ、無事みたいだな!」
通路の階段側にリムルとドラキュリーヌの姿があった。
「無事みたいだな! ではない。話し合いも出来ないくらい凶暴とは」
「いやぁ、ちょっと星が多すぎたみたいで」
「星?」
俺は玉座の間にある窓から外を見る。
魔界と言う割には満点の星空が拡がっていた。
つまり、要約するとこうだ。
「アンダーストーカーは満月に変身するのではなく、空にある星の多さで力が変わると」
「はい……本当にごめんなさいでした、レクトさん」
悪魔の常識に反して、アンダーストーカーは素直に謝った。
「まあまあレクト、許してやってくれ。アンダーストーカーは嗅覚が鋭い。久々に人間の魂の匂いを飼いで辛抱たまらなくなっちゃったんだなぁ」
「まあ俺は構わないが……そっちは大丈夫か?」
「あっ、はい。手加減していただけたので」
いくらなんでも本気で蹴り上げるのは気が引ける。
リムルだったら確実に潰してただろうが。
「いい機会だから潰して貰えばよかったのに」
「ひっ……」
「見た目も華奢だし雌っぽいし、性転換には良い頃合だったろ?」
「僕は好きでこの姿なんです!」
別に玉を潰されないと女性になれないわけではない。悪魔とか天使というのは自分の好みに合わせてスタイルを変えている。本質的に雌雄は無く、両性具有とも言える。
「さて、とりあえず協力はしてくれるんだろうな」
「あっ、はい。それはもちろん。それはそうとレクトさん良い匂いがしますね」
「人間の魂の匂いだろ」
「いやそれもそうなんですけど、魂っていっても色々匂いがあります。レクトさんのは甘辛くて優しい匂いです」
甘辛くて優しい匂いって言われてもイメージしにくいな。調味の甘辛ダレみたいなものか?
「少なくとも優しいとは程遠い人間だったはずだが」
「なにせ自称・人間嫌いだからなー」
「くんくん」
アンダーストーカーは俺のいたるところの匂いを嗅いでは、何かを探っている。
おいこらケツに顔を埋めるなやめろ。
「この感じ……もしかして動物には優しかったのでは? 主に犬猫」
「俺はどっちかというと猫派だったが」
「あー、それでちょっと辛めな匂いなのかぁ。でもこっちからはもっと濃厚で良いスメルが……」
「やめろ」
いよいよ股座に顔を埋めようとする発情犬を床に沈めてから、改めて言う。
「まあ、これからよろしく頼む」
「こ、こちらこそ!」
愛らしい笑みを浮かべて、ぶんぶんと赤毛の尻尾を振り回す様。見れば見るほどに男には見えない。
いや、いっそ女の子より可愛い男の子という、奇跡の存在を目にしている。
俺が八歳児であることを加味すれば、超絶美形の可愛い系お兄さんといったところ。
さて、これでリムルがアテにしていた全員とオマケに一柱の吸血鬼っぽい悪魔を仲間に引き入れることが出来た。
「えーっと、契約は後で正式に羊皮紙? 使ってするから。この後は……」
「コレだけ集まればそこらへんの自称・魔王クラスなら適当にあしらえる。ということで、戦力としてはもう十分。一旦戻るぞ、ダクネシア様にご報告申し上げねばならないからなー」
メンバーを集めたは良いものの、寮暮らしの俺とリムルが部外者であるブッキーたちをどう近くに置いたものかというのが問題になったが、それは瞬時に解決された。
彼らは姿を自在に変えることが出来る。
己のルーツ、特徴に沿った物に姿を変え、所持品として存在することで学園のルールを乱すことなく近くに置くことができるのだ。
例えば本魔王ブッキーは魔本へと姿を変えることが出来る。
魔本となった彼女を開けばそこにはあらゆる魔法やそれに類する知識が羅列されている。
本の姿のままでも自ら浮遊し自在に移動することは可能であり、魔法を行使するのにも支障は無い。
アンダーストーカーは小柄な赤毛の犬となり、Tボーンは彼が咥える骨となった。言うまでもないと思うが、シェイドの部分であるシャドウハートは影となっている。
ドラキュリーヌは同じ生徒だから化ける必要は無い。というか、俺の仲間と言うよりはリムルの趣味友という立ち居地に収まっている。
ではこれからどうするのかという話なのだが、ダクネシアから返ってきた通達には待機命令と、出来る限りの能力向上を指示されたまま音沙汰が無い。
言われたとおりにリムルとの実戦訓練、ブッキーからは魔法を教わり、Tボーンからは武技のレクチャー。あとはアンダーストーカーとじゃれあう毎日だ。
「どうかしたんですか、ご主人」
「なあアンダーストーカー、ご主人って呼ぶのはやめてくれと何度言ったら分かってくれる?」
「そうは言っても、僕は犬ですからね。レクトさんの犬」
寮のベッドの上で子犬状態のアンダーストーカーとじゃれあうのは楽しい。
猫派だが、とても楽しい。
というかアンダーストーカーも年齢的には子供らしく、完全な犬の姿になったら本当に子犬程度の大きさしかない。
わしゃわしゃと手で遊んでやると、きゃっきゃと楽しそうに喚いている。
「そうかい……骨っこ食べるか?」
「!」
ぴょんこぴょんこと跳ねる姿が、全てを物語っている。
俺はベッドから下り、台所の戸棚から成人男性の大腿骨くらいの骨を取り出す。
「クロめ、またでかいサイズ買って来たな」
「おっきいですね!」
「まあそうだな。振りやすくてちょうどいい」
大腿骨を右手に握り、刀を抜かんとする武士の如く構える。
それに応じてアンダーストーカーも先ほどまでの浮かれた気分を切り替えたか、真剣なまなざしで骨を注視し始める。
「準備はいいな、アンダーストーカー」
「こっちの台詞です。今度こそ頂きますよ」
ジリジリと子犬はタイミングを窺う。
俺は奴に合わせてこの骨を叩きつけるだけでいい。
アンダーストーカーが提案した、俺にまったく得のないこのゲームは、俺の反射神経と鍛えるためというもっともらしい理由をもってリムルが提案したろくでもない戯れである。
しかし油断すること無かれ。この子犬は仮にも魔人間を一撃で半分行動不能にした恐るべき狼人間である。
「ッ!」
アンダーストーカーが床を蹴って飛び出す。その超加速と瞬発力は昆虫を髣髴とさせる。
「シッ!」
それを迎え撃つため、俺は大腿骨を放った。
我ながら一切の乱れの無い太刀筋。これが刃物であったなら、彼の犬の上顎と下顎は別たれていただろうと確信できる一太刀。
「……うがー」
「なあアンダーストーカー、これ楽しい?」
「はにをおっはいはふ! ほうほうはひふえはいひんへんほははひいほはへふひはいはんへ」
「咥えながら喋るな」
この勝負はいつもこうなる。
俺の骨を振るうタイミングが遅すぎても速すぎても、俺はこいつに襲われ魂を食われる。
タイミングがぴったり合うと、アンダーストーカーは骨を咥えて打撃を防ぐ。
出来ることならこの一振りで吹き飛ばして、二度とこんな遊びが出来ないようにしてやりたいところだが、幼くとも獣。その反射神経を前にしては、さすがの魔人間も仕留めきれなかった。
「はむはむバリボリ……何を仰います! そうそうありつけない人間の魂を食べる機会なんて、この時を置いて他にないんですから!」
「そうは言ってもなぁ」
「それにこれ以外の方法では食べない約束ですし、いいじゃないですか」
「良くない。そもそも動物には優しくしてたのに、なんで食われなきゃならんのだ」
人間は嫌いだが、それ以外の動物は嫌いじゃない。犬もいいが、俺としてはやはり猫科が好ましい。
あの高貴さ、孤高さ、至高の可愛さは崇め奉られて可笑しくない。
「普通は動物に優しくした貴方を食べるわけには行きませんみたいなノリにならないもんか」
「だから大丈夫ですよ……優しく食べてあげます」
「大丈夫じゃねえよ。なにちょっと猫なで声してんだよ犬の癖によぉ?」
「えへへ」
さぁて、どうしたものか。
八年という年月は決して短くは無い。その間、リステアの身に何か起こっていなければ良いが。
ただでさえ俺の理想を全て体現した絶世の美女だ。卑劣な人間の策略に陥れられたり、オークの集団に融解されたり、魔女の目に止まり実験材料にされる可能性は十分にある。
精力溢れん男に力づくで押し倒されたり、レズビアンの蟻地獄に足を取られたり、金持ちに奴隷として飼われ、強力な媚薬によって堕とされているのでは……
「やばいのでは」
「やばい? なにがですかご主人」
「……いや、なんでもない」
ダクネシアは俺と対になる存在としてリステアがこの世界に顕現したと言っていたはずだ。
人間界の天界寄りの存在、確か聖女だったか。どう考えても何かしらの魔の手に落ちるような立場ではない。聞いた話、人間も魔族に劣らず強い奴はいるというし、大丈夫。きっと大丈夫……だよな。
「ご主人!」
「おっ?」
突如、骨を放ったアンダーストーカーが飛びつかれ、顔を舐めまわされる。
「あーこらこら、やめなさい。臭くなるでしょ」
「なら元気出してくださいぺろぺろ」
これは、励ましてくれているのか?
「……そうは言ってもな。心配なものは心配なんだよ」
「お嫁さんのことですかぺろぺろ」
尚も舐めることをやめないアンダーストーカーを掴み、ベッドの方に投げ捨てる。
軽やかに着地するアンダーストーカーは、ベッドにごろごろと体の匂いを擦り付け始めた。
「あぁ、ご主人と僕の匂いが合わさって、なんともいえないスメルに……」
「ねぇ、お前ってもしかしてそういう趣味なの?」
アンダーストーカーはことあるごとに俺の匂いを嗅いでくる。
それだけならまだ俺の魂の匂いに釣られているのだろうと思えるのだが、嗅いでくるのはやたらと腹から下、膝から上に顔を埋める。
ついには洗濯物の中から俺の下着を掘り当て堪能していた。
「性別は特に気にしてないです。魂の匂いが良い存在が大好きなだけです」
「魂の匂いねぇ」
まあ、別に減るもんじゃないし、嗅ぎたいだけ嗅がせてやるか。
まあそれはそれとして。
「そろそろ愛称でも決めるか」
ベッドに寝転がり、手でわしゃわしゃしてアンダーストーカーと戯れる。
「愛称?」
「黒ハーピィのマガツクロはクロ。本魔王はブッキー、Tボーン、キュリー。アンダーストーカーは……」
毛が赤いから赤ちゃん。犬だからポチ。あえてタマ。赤毛だからアン。
「ダメだな。しっくりこない。アンダーストーカーはどう呼んでほしい?」
「そうですね。一応雄なんで、かっこいいのがいいですね」
「かっこいいのかぁ……アンカーでいい?」
「匂いはいいのにセンスは最悪ですね」
容赦のない感想だな。悪魔は遠慮と言うものを知らない。
流石の俺もそこまで言われると傷付く。
「アンダーストーカーは普通の狼人間じゃないんだよな」
「そうです。僕は満天の星空の元、それを食らって強くなる。満月である必要はないです。必要なのは星です」
しかも、強くなるだけで変身はいつでもどこでも自由に出来る。しかも別に狼である必要すらない。
悪魔にとって姿形などはお気にのファッション程度の意味合いしかない。
狼の姿が、彼にとってのお気に入りなのだ。
「狼……というか、犬ってガルルーって唸るよな。じゃあガルゥにしよう」
「ガルルルゥ……」
狼の姿がお気に入りなら、狼の鳴き声を名前にするのも面白い。
「ガルゥ・アンダーストーカーなんてどうだ」
「ガルゥ……いいですね。ええ、いいと思います!」
尻尾がぶんぶんと振り回されているのを見ても、よほど気に入ってくれたことが分かる。
「あっ、リムルが帰って来たみたいですね」
「犬って家族が帰ってくるの気付くんだな。本当に」
「ただいまー。偉大で極悪な小悪魔王、リムル様が帰ってきたぞー」
耳をブッ叩く大声が狭い部屋に響く。
音量の調節が大雑把すぎるんだよなぁリムルは。
「そんなでかい声じゃなくても聞こえ……何を買って来たんだ」
「見て分かるだろ?」
リムルは流れるような動作で手早く袋から物を取り出し、床にセットした。
縁の高い皿に、茶色の固形物ががらがらと注がれる。
「さあポチ!お食べ!」
「ドッグフードかぁ」
「……ガルル」
不満そうに唸りを上げるアンダーストーカー……じゃなくてガルゥ。
「リムル、僕には新たな、ガルゥという名が出来たんです。それに僕は狼なので、ポチと呼ばれるのには納得できません……イタダキマス」
「えっ、食うの」
文句は言いながらも、がっつりドッグフードに食いつくガルゥに思わずつっこむ。
「あ、そういえばダクネシア様からの返信が来てたぞ」
全員で座卓を囲い、思い思いに暇を潰しているうちに、俺は手紙を読み通す。
ダクネシアからの返信を一通り読み終え、内容を要約する。
「一年間ここで待機の後、退学して帰還。人間界への侵入は三年後と予定し、それまでは戦闘経験を積まれたし。機密を保持する限り、行動は各人の責任をもって自由とする」
これは一年間の内に、ダクネシアが何かしらの仕掛けを施すのであろうと推測できる。
「相変わらずあいつは何企んでるのか分からないな」
「ダクネシア様は聡明だからな」
しかし人間界へ行けるのは三年後か。長いな。その頃には俺は十一歳か。
だがあと三年……あと三年でリステアに会えると思うと、こみ上げて来る興奮を抑え切れない。
十一歳のリステアはどんな風だろうか。十一歳といえば人間の学年でいえば小学五年生。有名な小五ロリである。
体の発達にも各々で差が出始める頃だが、リステアならぺたんこでもロリ巨乳でも最高だ。
「ふ、ふふ……」
「悪魔の笑みとはまた違った、独特の不気味さがあるな。これが噂に聞くHENTAIってやつか?」
「ひどい言われようだな。まあそれはそれとして、どうするこれから」
「えっ? どうするって、明日から夏休みっすよ? 遊ばないんっすか?」
なんと呑気なことを……と思ったが、どうやら全員がそのつもりだったらしい。
「じゃあ海だな!」
「海は本が湿気る。山の方が良い」
「我はどちらでも構わないが……日焼け止めさえ塗れば問題ないのだ」
「海は日陰が少なく……出来れば山の方がいいですね」
「僕はどっちでも走り回れるので。まあ強いて言えば山の方が」
完全に遊びに行く方向だよ。俺の思っていることを口にしたら絶対に空気読めない奴だと批難の目を向けられるに違いない。
「どうしたレクト、まるで空気の読めない奴みたいな顔して」
「口に出すまでも無かったな」
俺は手紙を卓上に置き、覚悟を決めて口にする。
「いいかリムル。俺はリステアと出会うために、人間嫌いな俺が性に合わない人間との友好を築く使者、なんてものを務めることになったんだ。気楽に悠長に遊んでいられると思うか?」
「……」
「手紙にも戦闘経験を積まれたしとある。お前たちにはそこまで必須じゃないだろうが、俺はまだ魔人間として生まれてまだ八年しか経ってない。もっと強くなる必要がある」
「レクト……」
俺の本気の想いが伝わったのか、リムルが真剣な表情で俺の視線を受け止めた。
こいつ、そんな顔が出来たのか。
「私の読んだ漫画の話を聞いてくれ」
「えっ」
俺が止める間も無く、リムルはすらすらと詩を紡ぐように語りだした。
昔、一組の男女が中睦まじく暮らしていた。
平穏の場所で、幸福な時間を過ごしていた二人は、しかし唐突に死に別れることとなった。
女の美しさに魅了された黄泉の王が、女に不治の病をかけて殺し、自分のものとしたのだ。
男は彼女を取り戻すため、なんやかんや頑張って力を手に入れ、黄泉の国へと足を踏み入れる。
しかし女は黄泉の王の虜となっていた。彼女を取り戻すために強さを追い求め続けた男には、女を楽しませる技を何一つとして持ち得なかったのだ。
男は絶望した。最愛の女が身をくねらせ、悶え、よがらせる。恋敵たる憎き王の御業によって……
そこでリムルは一旦語ることを止め、そして見慣れた嗜虐の笑みを浮かべる。
「で、男はどうしたと思う?」
「何だこの話は。酷い寝取られだな」
だがこいつが話す物語は軒並みハッピーエンドだ。その趣味だけは俺と合う。
ならばこれは俺が辿り着ける答えか。
「いいぞ、人間。考えるがいい。この答えに辿り着ければ……否、この答えに辿り着けなければ、お前は彼女を取り戻したとしても、また奪われるのみだ」
「リムル……」
「ま、すぐに答えを出す必要も無いさ。この夏休みでゆっくりと考えるんだな」
「くっ、これほどなく上から目線なのに、答えが見つからないから文句の一つも言えない……」
憎たらしい小悪魔の笑みを浮かべるリムルに一発かましたい。
だが、この物語がハッピーエンドを迎えるというなら、俺はその答えを見つけなければならない。そんな気がした。
そうでなければ、俺自身が望んだ結末にすら辿り着けないような不安感。
「なに、お前なら大丈夫さ。なにせダクネシア様が選んだ人間で、私の相棒なんだからな!」
「随分とまあ、信頼されてるんだな」
「信頼なんてしてないさ。私がお前に一方的に、期待を押し付けてるだけだ。だから裏切ったら承知しないぞ?」
面と向かって彼女はそう言う。一切の躊躇い無く、自分はエゴで動いているときっぱりと言い切る。
これが悪魔か。
「それじゃあ早速、夏休みの計画を立てよう!」