五十六柱目 兆窮の覇王、七つの大欲を満たさん
レクトから提示された条件は、俺にとって申し分ない中身だった。
力次第であらゆる望みを叶えられ、覇王として君臨することさえ出来るって話だ。
クソ生意気なアマゾネスは気が強いものの美女揃いで、屈服させればまさにハレムを築ける。
力は金になる。なんか大会とか開くらしいし、賞金が出るならいくらでも稼げられる。
勇者だからと言って節制などという理由で食いたいものを食いまくって文句を言われるようなことも無い。
気に食わない偽善者や胸糞悪いクズをぶちのめしても避難されることもない。
実力で物を言うことが普通なら、自分の強さを証明するために戦うことも赦される。
そもそも勇者という立場じゃあなくなるから、自分の好きなようにくつろげるのが良い
「君は今までも好き勝手やってきたじゃないか」
「別にどこであろうと俺が俺の好きなように勝手するのに変わりはねえよ。でも喧しい鳴き声や羽音を聞いてたら飯も不味くなるだろ? それに、面白い奴にも合えた」
俺は隣に佇むメスガキ、ドゥルガーを見る。
詳しいことは知らないが、アマゾネスの中でも特に強いらしい。
で、クソ強かったわけだ。
レクトみてぇな魔法を使うわけでもなく、単純に身体能力だけで勝負するのが最高に気に入った。
アダマスみてぇに群れるわけでもねえし、阿呆みたいなルールも無い。
これだけでも最高に滾るってのに、アマゾネスってのは全員が最高に美女だ。
ドゥルガーはまだガキだが、十分にイケる。俺がガキの頃からコイツがライバルだったら楽しめたんだろうが……。
「気色悪い。こっちを見るな」
「そういうことは俺に勝ってから言うんだな」
「私に一太刀も当てられない下手糞が随分と偉そうだな。無様に敗北した後は両手両足を縛り上げて魔女の館に放り込んでやる」
「魔女の館……そういえばそんなのもあるらしいな。お前を食った後にゆっくり味わわせてもらうぞ」
よし、さっさと目の前の雑魚を潰すとするか。
「どうしたアダマス。さっさと来いよ。それともお得意の仲間と寄って集って嬲り上げる戦法がとれなくてビビってんのか?」
「アルス……まさか勇者であることを棄てるなんて」
「あぁ? 何を今更。俺はテメェらが気に食わないから同じ土俵に立ってぶちのめしたかっただけだ。特にお前は気に食わなかった」
「僕がなにをしたっていうんだ……」
「お人好しを演じた八方美人。自分は俗世と違うってことを見せびらかしては尊ばれたがる自己顕示欲の塊のくせしやがって」
誰もがこいつを聖人君子だと思っている。
だがこいつは人の皮を被った鬼だ。
「人の力を我が物顔で使って、自分の評価を上げていく畜生。それがテメェだアダマス。その陰気臭さは一番癪だったぜ」
「そんなつもりは……」
「無自覚だからなおタチが悪い。来ないなら、こっちからその首貰いに行くぞ、アダマス」
「アルスッ!」
大仰な剣、盾、鎧。どれもこれも目障りだ。真正面から全部薙ぎ払ってやる。
「なぁッ!」
「ぐぅっ!」
向けられた盾に横薙ぎで弾く。
が、なるほど見た目どおり、ただの盾じゃないってわけだ。
俺の斬撃で傷一つ付いてない。だがアダマスは衝撃に怯んだ。
このままたらふく斬撃を喰らわせてやる。
「ハァァアアア!!」
横に薙ぎ、縦に断ち、斜めに裂いて、盾の縁に手をかける。
アダマスを跳び越え、頭上から切りつける。
兜にぶつかるが、浅い。
着地してから即座に首を狙うが、寸でのところでやたら豪勢な剣の刃で弾かれた。
「なんて動きを……」
「テメェが人の力を借りたり装備の強化してる間、こっちはずっと腕と技を磨いてきてんだぜ。装備の差ごときで俺に勝てるわけねぇだろうが」
ぐんと力を込めれば、僅かに刃が首に触れる。
「ジィッ!」
そのまま強引に斬撃へと移行する。刃が火花を散らし、アダマスは倒れこむ。
さすがにこっちの刃が持たそうだな。クソ安物じゃやっぱダメか、そっちの武器を奪い取ってやろうか
立ち上がるアダマスの首からは血が流れている。
「チッ、浅かったか」
「アダマス、本気なのか」
「それはこっちの台詞だ。テメェが仲間も連れずに来るなんて拍子抜けだ。群れたテメェを叩きのめさないと意味がねえ」
「そこの女の子が、君の仲間ってわけか」
「言葉に気をつけろ勇者」
ドゥルガーは吐き棄てるように言いやがる。
随分男を嫌ってるらしい。だが同性愛者ってわけでもない。単純に男っていうものに嫌悪感があるって感じだな。
だが俺には関係ない。むしろそうやって敵視されるのは新鮮で張り合いがあって最高だ。
「レクスはあまりに野蛮すぎる。男の中でも生かして置く価値の無い類だ。だがお前は良い。お前はアマゾネスの子種として迎えてもらえるだろう」
「悪いが、そうなる前に俺が食い尽くしちまうよ」
「ほざくな猿野郎。お前は殺す」
いいな、こういうやり取り。
あの国に居た奴は全員が上辺ばっかり気を張ってて、ちょっと力をチラつかせれば泣いて怯えて自ら体を差し出す。
俺の力を利用しようとした馬鹿も居た。
だがこいつらは別だ。
相手が勇者だろうとなんだろうと関係ない。ただ男は下だと言うクソ傲慢な考え方で俺を捻じ伏せようとしてくる。
アダマスみたいな平和主義者とはまったく違う。聖女みたいな軟弱な奴等とはまるっきり別物だ。
「アダマス、テメェとも長い付き合いだ。今日のところは尻尾を巻いとけ」
「……その方がよさそうだね。でも、ただでというわけにはいかない」
「ほう、テメェの口からそんなガッツのある言葉が出てくるとは。で、なにをしてくれるって?」
窮鼠の分際で、獅子の俺に噛み付いてくれるっていうなら、大歓迎だ。
「じゃあ……行くよ」
楽しみに身構えた。瞬間、何かが俺の額を強くぶち抜いた感触がした。
このまま終わるのもアレなんで、最後に残った反骨心で最後の悪態をかましてやろう。
「あぁ、クソ、そういう……」
レクスの頭部が何かに撃ちぬかれた。
恐らく、狙撃だ。
レクスはただの人間だった。じゃあ今倒れたこれはもう死体だ。レクスではなくなった。
「アダマスとかいったな。勇者というのは全員ド外道なのか」
「外道? 勇者は元々背信者や魔物を駆逐するための存在だよ。だからこうやってみんなの力を的確に見抜いて、最適に活用していくことに努めて来たんだ。アルスには理解してもらえなかっただろうけど」
「……糞が。男だの女だの関係ない。奴の人間嫌いとはこういうものか」
私は悪態を吐きながらも、レクスの体に肩を貸して運ぶ。
「ろくでもないな人間共。特にお前たちのような奴等とは分かりあえる気がしないわ」
「そうかい。僕たちは君達とはもう分かり合おうとも思わないけどね」
狙撃の射手は遥か後方、得たいの知れない鉄の筒をこちらに向けている。
「いいさ、僕たちは戦い続ける。いつか正義と平和の世界を実現するために。悪逆なる君達を根絶やしにする」
そう言うと、アダマスとかいう勇者は妙な光に包まれて、呆気なく消えた。
それにあわせて鉄の筒を構える奴も退散した。
「……まったく、最強の勇者が聞いて呆れる」
さっさと戻って魔女に治してもらわないと、死体が腐って魂も抜けてしまう。
「お前はアマゾネスにとっての玩具だ。簡単に壊れられると私が困る」
「なーにが困るだ。俺に貸しでも作ったつもりかよ」
「なっ……うぇ!?」
驚きのあまり投げ飛ばしてしまったが、軽やかな身のこなしで着地する。
「ったく、アダマスがお前の相手をしてる間に後ろからバッサリって予定だったのに、おかげで喰らい損じゃねえか」
「……なんで生きてる。もしかしてアンデッドだったのか?」
「なわけねぇだろうが。額がぶち抜かれる前にぶっ倒れたら、弾が逸れてどっかいッた。だから頭の中まではイってねぇ」
「無茶苦茶な……」
「それくらいの芸当、あのクソジジイのところで鍛えりゃ朝飯前なんだよ……だーっ、クソ!」
あの勇者を殺せなかったのがよほど悔しかったのか。コイツがここまで取り乱すところを見るのは初めてだ。
「滑稽だな。見たところ技量は遥かにお前の方が勝っているように見えたが」
「あったりまえだうが節穴野郎。アイツは才能と他人の力でのし上がった雑魚。俺は最高の才能の上に最大の練磨をかけた最強の勇者だったんだぞ?」
確かに、強化魔法もされていない体でよくやる。
見たところ、あの勇者の装備には身体強化の作用があった。
着る者に刃を通さない赤銅鎧。構える者を侵させぬ青銅盾。あらゆる攻めを打ち落す剣。
間違いなく、神聖な加護を受けた装備一式だった。
恐るべきは、それに真っ向から挑み、そして押し切りかけていたことだ。
「あー、そうだ、そこのテメェ、いい筋してたぞ。久々に骨のある奴を見た」
レクスが目を向けたのは、瀕死の状態の雅義とかいう子供だ。
多少は優勢だったものの、闇黒騎士とあの神聖装備では相性が悪かったと見える。
「テメェ、名前は」
「えっと……雅義です」
「なぁるほど。戦闘どころか名前さえセンスの欠片も無い。哀れすぎて何も言えねえ。っても、そのセンスの無さでよくそこまで腕を上げたな。おもしれぇ」
またこいつは何か良からぬことを考えているな。
だが、確かに見所はある。
アマゾネスには受け容れられないだろうが、屈託のない性格ながら、しかし努力に励み続ける暴食に似た野心。
レクスは欲望に忠実であるがゆえに、一つの事では満足できない。
だから自ら敵を作りたがる。
強さを求めてはいるが、強くなるための理由も欲しい。だから敵を作る。
女を抱きたがるが、抱き締めるに足る甲斐も欲しい。だから敵として扱う。
アマゾネスや私を敵とするのも、つまりはそういう過程を楽しむためのものだ。
そしてそういう男はアマゾネスにとって大敵であり、勝手に私の宿敵に成り果てる。
だが、この世界でたくさんの男を狩り、観察して、本当にろくでもないと思った。
どいつもこいつも口ばかり達者で、技量など私どころか、アマゾネスの足元にも及ばない。
稀にそこそこの技量を見せる男もいるが、それでも最後は命乞いをする。
哀れで醜い男しかいなかった。
それがどうだ、こいつの技量と性格ときたら……
いつも通り、女王の側に控えていると、乱暴に扉がぶち破られ、続いて怒声が玉座の間に響いた。
「ここがグラマラス女戦士どもの根城かぁ!?」
体中が傷だらけなのは当然。
満身創痍なのは一目瞭然であった。
しかしレクスは意気揚々と牙を剥いていた。
「何者だ、お前」
「テメェらのご主人様になる予定の、地上最強の男、レクス様だよ」
「……ほう」
「ああ、言うだけあって食いごたえのある連中だったぜ。さぁ、あとはお前とその横にいるガキだけだ。観念して俺に奉仕しなぁ!」
レクスはよくも手こずらせた。
実力はともかく、妙にしぶとく粘り強い。
どれだけ甚振り、攻め立てようと、決して怯まず、慄かず、挫かれない我欲。
底知れぬ根深さをほこるその欲望は、恐らくこれから必要になるだろうとアマゾネスの女王は考えたらしい。
そうでなきゃレクスは今頃、豚の糞になってる。
傲慢を思わせるその立ち振る舞い。
レクスの力はどこまで届くか。
「気に入ったぜ。今日からお前もライバルだ。一緒に糞ジジイのところで鍛えろッ!」
「あの、とにかく治療したほうがいいんじゃ……」
「それもそうだな。ってことでレクト、俺はもう帰っから、そっちも気張れよぉ……って聞こえてねえな」
ここでの仕事は終わった。私もいつまでも油を売ってはいられない。
アマゾネスがその野望を実現するそのときまで、私の役割は終わらない。
「まったく、レクトが羨ましい限りだ」




