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人間嫌いの魔人間と脳内嫁の聖女  作者: めんどくさがり
6.社会不適合民隔離施設
54/82

四十六柱目 定期報告と海沿いデート

 早朝、俺はリステアと共に部屋を出る。


「あっ、おはようございますレクト様」

「おはようございます。シスター。今日は予定通り俺の分は用意しなくていいんで」

「外でご友人と待ち合わせでしたね、分かりました。いってらっしゃいませ」


 まだ誰も起きていないようで、辺りは静かなものだった。

 食事当番か何かで家事の音だけが聞こえてくるが、この館ではシスターが直々に料理をする。

 他の家なら住人が交代でやったりするのだろう。この館に住まう社会不適合者は誰も料理が出来ないことが窺える。


 玄関を出て、広い庭の真ん中を突っ切る道を行くと、向こうから酷くやつれた顔の男が歩いてくる。

 あれはこの館の住人なのだろうか、朝帰りであの顔色を見ると、恐らくは労働者だろう。


「この館の住人か? 俺は昨日からこの館に住むことになった勇者レクトだ。こっちは聖女のクリスティア・ミステア。これからよろしく頼む」

「はぁ……ども」


 死にそうな顔に、ゾンビの呻きのような声。完全に死人だなあれは。

 館に歩いて行く彼の背を見て、やはり労働は悪だと確信した。





 施設の敷地を出てから海の方へ下っていく。

 季節は初夏だが、既に海で活動する人々がちらほらいるようだ。

 待ち合わせをしている海沿いのレストランは、夏真っ盛りになれば人で溢れかえることだろう。


「別の場所を考えておいたほうが良さそうだな」


 だがここからの景色は本当に良い。

 西側にあるので日の出は見れないが、快晴の青空と深い紺碧の海はどこまでも続いている。

 太陽の光が反射してキラキラと輝いている景色はさながら大海原に落ちた星空って感じだ。


「にしても綺麗だ」

「レクトの方が綺麗ですよ」

「それは俺が言うべき台詞だったのに……」


 さて、まだショティもウィシュも来ない。先に朝食を頼んでしまうか。

 なんてことを考えているうちに、二人と合流することが出来た。


「はぁーい、貴方の心のお姉さん、ウィシュお姉さんですよー」

「ウィシュ、流石に失礼すぎでは」

「あ、あら、そう? 気に障りましたか……?」


 やや怯え気味にこちらを見るウィシュ。

 別に構わないし、むしろお姉さんキャラは大好物だ。

 でもやっぱり威厳というのも大事なのだろうか。示しておくか? 保つべき威厳を。


 いや、やめておこう。

 俺は鼻で微かに笑った後、コップに水を注いで向かいの席側に置いた。


「おはよう姉さん、昨日はどうだった?」


 ウィシュの表情から不安は一掃され、喜びに満ち溢れる。

 二人は席に座りメニューを選びながら報告を始めた。


「この港町は避暑地なのと同時に貿易の都でもあるようで、西方にある外国との交易の場となっているようです」

「へぇ」


 そんな話は聞いたことが無い。おいリムル、ブッキー。


「そりゃ海の向こうにも陸はあるさ」

「ああ。ただ人種が違えば文明も異なる。となれば存在する悪魔も変わる。東方には妖怪がいるが……」


 まあいい。今は報告を最後まで聞くしかない。


「西方の国は科学という技術を用いた文明があるみたいよ。最近の流行はインターネットだって」

「インターネット……?」


 インターネットまであるのか。そしてインターネットと呼んでいるのか。


「ブッキー、インターネットは分かるか?」

「人間の発明品なんて私が知るわけ無いだろう。だがまあ、分かれば模倣するくらい造作も無いだろう」


 本当に造作もなくやってのけそうだな、本魔王は。


「インターネットはこの港町に限り設置されているようです。ネットカフェという店で扱っているようで」

「少ないですが、インターネットを取り入れている家庭もあるようです」


 今日の報告は大体インターネットのことについてだった。

 聞きなれない単語だったので念入りに調べてくれたのだろう。

 二人にはおつかれさまのご褒美に、お小遣いを渡し、食事を済ませて解散した。


「そういえば雅義は?」

「私たちをここに送り届けた後に走り込みに行っちゃった。あの子は本当に努力家なのね」


 雅義らしいな。

 でも朝食くらいとっていけばよかったのに。


 さて、今日のところはこれくらいで終わりかな。

 あとは俺も適当に街を適当に回って色々調べてみるか。


 そう思っていたのだが、ウィシュがおずおずと問いかけてきた。


「それで、あの、レクト様。ご質問、よろしいですか?」

「そんなに畏まらなくても。俺にとっては俺の邪魔をしない人間は全員平等だ。気兼ねなく話してくれ」

「そう仰るのでしたら……あの、レクトはクリスティアさん以外に嫁を持たないのですか??」


 おっと、今その話が出てくるのか。

 そうだよな、じっくり話す機会も無かった。ここではっきり断っておくか。


「ああ。俺はリステア以外に嫁を持つ気は無い。俺は一途な男だ」

「っ……」


 ウィシュは浮かない表情のまま、ちらりとショティの方を見やった。


「そ、側室とか、妾とか、ハーレムとか、いっそ愛人とかでも」

「俺が愛するのはリステアだけだ。いや……愛せるのは、な」

「そんな……」

「そりゃあウィシュもショティも絶世の美女クラスだろう。長くない旅路だったか、お前たちほどの美女にはめぐり合わなかった」


 勿論リステアを除いての話だ。あと魔界でのサキュバスも。

 だってあいつら基本的になんでもありだしな。


「私たちでは、レクトに愛される資格はないと……?」

「それは……俺にはリステア以外に愛することが出来ない。彼女は俺を長い間支えてくれた。励み慰めてくれる親友であり、一緒に戦ってくれる戦友であり、俺を満たしてくれる愛人であり、俺に満たさせてくれる恋人でもある。この役目は彼女以外には任せられない」


 これは俺の妄想から生まれたリステアだからこそ成し遂げられる役割だ。

 こんなことは究極的に相性が合致しなければ無理だ。絶対に壊れるか、挫折する。


「お前たちが俺を愛してくれるというのなら、純粋に嬉しい。だがこれは恋とか愛とかの問題ではない、相性の話なんだ」

「でも、でも私たちは……」

「分かっている、お前たちの役割を台無しにしてしまっているのは。だからお前たちが納得できるまで、別の生き方を見つけられるまではバックアップするつもりだ」


 リムルやフェチシアは食ってしまえというし、ブッキーは放っておけば良いと言う。

 だがさすがにそれは出来ない。


 確かに俺にとってダクネシアの信者や<黒の太陽>のなんやかんやなど知ったことじゃないが、俺のリステアへの愛欲で振りまわしてしまっている感が、どうにも拭えず気が晴れない。


「レクトの気持ちは、分かったわ……」

「悪いな」

「でも、でもせめて、ショティだけは、貴方の側に置いてあげて欲しいの。彼女は……」

「ウィシュ、余計なことを漏らさないで」


 なんだろう、すごくやな予感がする。

 ショティには悪いが、本当に厄介なことになりそうな予感。


「ショティはずっと、貴方の嫁になることを夢見ていたんです」

「ウィシュ、やめてください」

「小さい時から憧れてて、絶対に将来は一番のお嫁さんになるって」

「う、ウィシュ、ちょっと」

「処女なのに、毎夜毎夜イメージトレーニングまでして、男を悦ばせる技術を一生懸命練習して……」

「口を閉じなさいウィシュ。ウィシュ!」


 ウィシュ、もしかして楽しんでないか。

 自然な流れでショティの過去が赤裸々に晒されている。


「だからお願いです。私は適当に風俗でナンバーワンの女になって男から荒稼ぎしますから」

「自信満々か」


 よほどの自信があるようだ。

 とはいえ女性の自信は危うい。女性と言うだけで既にリスクを負っているようなものだろうに、風俗なんて……。


「うーん」

「もしかして、風俗を汚い仕事と思っているんじゃないでしょうね、レクト?」

「なんだフェチシア、急に話しかけると誰が話してるのか分からなくなるだろ」

「どういうことよ……いいじゃない、娼婦。素敵な職業だと思うわ」


 俺からしてみれば、あまり喜ばしいこととは思えないが。

 なにせ人間という種族は性が絡むと碌なことが無い。大抵は男女のどちらかが、あるいは両方が身を滅ぼすだろう。


「何を言うかと思えば魔人間。肉欲は人間が持つ純粋な欲求の一つじゃない。もっと受け入れてもいいと思うけど」

「愛欲にとってはむしろ天敵だろうが。そして嫉妬を呼び、強欲や傲慢が出しゃばってカオスな展開になる……想像するだけで胸糞悪い」

「もっと楽しめば良いのに」


 そうは言われてもな……さて、どうしたものか。

 しかしふと気付いた。ショティ自身の口からはなにも聞かされていなかった。


「ショティはそれでいいのか?」

「私は……貴方の邪魔はしたくない。貴方の望むままに、私は身を引く所存です」

「レクト、少しいいですか?」


 隣に座るリステアが口を挟む。

 なんだ、一体なにが始まろうとしているんだ。


「レクト、私は貴方を愛する者が増えることを、喜ばしいと思っています」

「なっ……」


 驚きのあまり声を漏らしてしまったが、いや、何も不思議なことは無い。

 リステアは俺を中心とした一夫多妻に肯定的だった。


 だが、まさかそこまで主張するとは思いもしない。


「ですが、貴方は私以外に愛する気が無いのですね」

「勿論だ」

「嬉しいです。しかしレクト、本当にそれでいいのでしょうか」

「な、なに?」


 苦手なタイプの問いかけに、少し途惑う。


「私の愛したレクトは、私のためにとはいえ誰かを不幸には出来ないお人好しのはずです」

「はっ……」


 驚きに口が開き、しかし言葉が出なかった。

 それは、それはずるい。


 だが、どうしてそんなことを……?


「とはいえ、私もレクトを愛しています。誰よりも愛してきました。だから貴方達の愛が本物なのかどうか、見極めさせて欲しいのです」

「私たちの愛……あっ、いや、私は」

「分かりました。その試練、受けましょう」

「次の報告の時、私と戦って、レクトと共に戦う力、レクトを守る力があることを証明してください」


 なんだか妙な方向に話が進んでいるが……。


「まあ、いいか」


 なんか楽しそうだし。

 それにリステアがそうしたいというならば、それを邪魔するわけにも行かない。


「いいでしょう。私とて<黒の太陽>の一員。黒のミストレスと陰のコンキュバインの力、とくと見ていただきましょう」

「本当に私もやるのぉ……?」


 ちなみに次の報告は二日後だ。





 今日のところは解散し、俺とリステアは一緒に街を歩く。


「デートだな」

「レクトはエスコートが出来るタイプではないと思いますが」

「痛い痛い」


 いちおう二人も誘ったのだが、用事があるということで断られてしまった。


 しかしとんでもないことになったものだ。まさかハーレム要因を最愛の嫁が選定するなんて。

 まあ、そういうイベントも面白そうだし悪くない。

 もう俺の隣にはリステアが居るのだから、後は全力で楽しむだけだ。


「で、とりあえず海沿いを歩いているわけだが」

「私の目にはレクトしか映りません」

「まーた横取りして……ありがと」


 待て待て、これじゃどっちが乙女か分からん。

 どうにかしてこっちが男役にならないと……。


「リステアの水着姿、可愛いだろうなぁ」

「ええ、でもあの二人の水着姿もきっと素敵ですよ」

「デート中に自分から他の女の話をするのか……」

「レクトが意固地過ぎるからです。ハーレムでもなんでも好きにしていいと言っているのに」

「それじゃあ俺が納得できないんだよ」


 あー、でもこれは独り善がりともいえるのか。まあ悪魔勢だしな。


「もし俺が他の誰かを抱いたりでもしてみろ。俺の愛欲はきっと曇る。純度が落ちる」

「曇りませんし、落ちませんよ」


 リステアは俺の言葉を真っ向から否定した。

 その不思議に思えるほどの自信が、俺には羨ましい。


「あなたはいつもそうやって、不安のなかで自分を確かめ続ける。そんな貴方だから、私は信じられる」

「まったく……」


 信じることが取るに足らないほど簡単なことだと錯覚するくらいに、その言葉は軽々しく、しかし重みがあった。


 一点の曇りも無い信頼は時に重荷だ。

 自分がその信頼に報いることが出来るのか不安だ。


 でも応えたいと思う心は本物だ。


 これだけで、きっと十分なんだろうな。


「それに、私は絶対に貴方の一番に君臨り続けます。どれだけ美しい宝石も、それだけでは価値が分からないでしょう?」

「比較対象が必要ってことか……でもハーレムってなるとなぁ」


 ハーレムとは少なくとも性欲解消の道具ではなく、一人一人を愛して成立するものだ。

 本来、そこには一番だの二番だのといった序列も無いはずで、それこそ嫉妬や憤怒の温床となる。

 そう、愛欲とは噛み合わない欲望ばかりだ。


「いいのかよそんなの。俺に出来るのか」

「レクトは優しいですから、きっとできるでしょう」

「ショティとウィシュの求愛を尽く断ったのにか?」

「私を優先するあまりにそうなっただけにすぎませんよ。いえ、きっと厳密には優しいとは少し異なるのでしょうが」


 その言葉に、リムルが反応して横から加わってくる。


「なんか分かるな」

「なんだよお前まで」

「なぁクロ。これに関してはお前の方が敏感だろ?」

「そっすねー。番長あれっすよ、強欲っすよ。グリード」

「強欲……」


 つまり、俺は欲を張るべきだと。欲を深めるべきだと。


「まあなんにせよ、もうそうするしか無いんじゃないっすか? 何より最愛のお嫁さんがそう望んでるみたいっすからねえ?」

「ぐぬぬ……」


 強欲であれ、というリステアからの注文。最愛の者以外に愛を振り撒き、愛を受け取るという愛欲との矛盾。

 なにはともあれ、俺がリステアに対してNOを突きつける選択肢などありはしない。


「はぁ。まさか俺の妄想嫁がそんな思惑を抱いていたなんて」

「……すみません、少し調子に乗りすぎました」

「そこで引いてくれるからこそ、応え甲斐がある」


 リステアに苦笑を見せると、リステアは素敵な笑みを返してくれた。

 ああ、この笑顔のためならなんだってやるさ。それが俺の愛欲だものな。


「レクトの愛を軽んじているわけではないのです。そのために私がテストを行います」

「そういえばそんなこと言ってたな……戦うのか?」


 リステアは杖術が達人級で、ぶっちゃけ勇者いらないんじゃないかってレベルの実力を持っている。

 並大抵の相手ならまず遅れは取らないだろう。

 が、ショティやウィシュも<黒の太陽>の一員であり、戦闘も一応はこなせる。


「……ん?」


 勝ち目無いじゃん。


「ええ、体力が持たないほどの軍勢ならまだしも、あの二人では私に傷一つ付けられない、と思います」

「となると、判定基準は実力ではないな」

「ええ。これはレクトへの愛を試すものですから」

「ふむ……まあ、見物ではあるな」


 さて、そろそろ昼食の時間だ。

 俺がふと館のある方向を確認してからリステアをちらりと見る。

 するとリステアはこくりと頷いた。


「えっ、今の伝わったの?」

「ええ、館に戻ろう、ではありませんか?」

「あ、合ってる……マジかよ」

「私はもう私ですから、私なりにレクトへの愛を育んでいます」

「俺の妄想を軽く超えかねないな」


 俺たちは館へ戻るために、来た道を戻ることにした。

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