四十四柱目 社会不適合者の館
青い海、青い空、そして白い教会。
俺とリステアは教会に到着した。
入り口で、この教会のシスターであるマリーと挨拶を交わした後、中に案内してもらう。
典型的なシスター服に身を包むマリーはまだ20代と若いが、立派にこの教会の管理人として、そして落伍者の住処で寮長として活躍しているようだ。
そういえば、教会に入ったのはこれが初めてだ。
「ですが、本当によろしいのですか? 彼らは一筋縄ではいかない方々ですよ?」
「ええ。これも勇者としての自分への試練。それに、彼らのうちの誰かがいずれアダマスと共に戦うかもしれないですしね」
勇者アダマスの仲間探し。
それが今回の活動のお題目であり、落伍者を保護する教会に接触できたのはアダマスのおかげということになる。これがネームバリューの力か。
「事前に連絡を頂いていたので、差し当たって資料を用意させていただきました。お役立てください」
「どもです」
どれどれ……1号室、ダクス・アルテマス・ドラグヌス……なんだこのイカした名前は。
種族は竜人……竜人?
俺はブッキーにヘルプを求めた。
「竜人は、高位の竜のなかでも人の姿を好んだ奴等、自称別種だが、普通にただの竜だ。竜は根が傲慢だからな。何かあるごとに他と差をつけたがる。オマケにすぐキレる」
とにかく竜であることは確かなのか。
しかし、どうしてそんなのがこんなところに。
「マリーさん。このダクスなんとかってのは竜人なんですよね。なんでここに?」
「かつての大戦以降、亜人種は人間と友好的な付き合いをする方向性でしたが、竜人は特に人間と反りが合わないと申しますか。その、常に他者を見下す正確なので社会的な活動が出来ないのです」
「他の竜人は? 竜人はダクス以外にもいるのでしょう?」
「それぞれ得意分野を活かしています。雷竜は西方から伝わった機械を動かすためにこの大陸初の発電所に。火竜はその火力を利用してゴミ処理場に、水龍は水質調査員に、それぞれの特性を活かした職に就きました」
色々と愉快だが、まあいいだろう。社会に適応できたのならそれはそれ喜ばしいことだ。
俺は適応出来なかった、というかしたくなかったからしなかったが。
「それで、ダクスは?」
「ダクスは闇竜なのですが、闇の力を活かせる職業というのは、ちょっと……竜なので人間と一緒に働くというのも嫌いますし、特性を活かせないからといって人間と同等に扱われれば職場が消失しかねません。というか一件ありました」
「あったのか……」
添付されている写真に映っているのは、恐竜じみた翼を広げて飛翔し、こちらを見下ろす真紅の眼光を向ける女性。
堂々たる威風、威厳と等しく驚異的な胸囲。鎧のような鱗の外装は露出多く、薄桃色の肌が色欲をそそらせる。
尾は幾本ものワイヤーを束ねたかのよう、その破壊力には人間の建造物など砂のように抉り散らすだろう。
こんなのがあと何人いるのか。考えるだけで先が思いやられる。
まさか俺が転生した後に人間関係で悩む時が来るとは……と考えていると、ブッキーが突然口を挟みだした。
「おそらくダークネスドラゴン辺りだろう。そうなると気を引き締めたほうがいいぞ。悪魔のように死なないことは無いが、だからこそ頑丈に出来てる。こいつと戦う時は安易な手加減は避けろ」
「そこまでヤバイのか?」
「さて、聖女や勇者のような対抗手段みたいな存在ならともかく、純粋に魔王クラスの戦力を相手にするのだからな。備えは怠らない方がいいだろう」
本気を出すとすればダクネシアと戦う時以来だな。
それにしてもいい体してる。誇り高き竜族に相応しいパーフェクトボディだ。
顔立ちも良い。ドラゴンらしい狂暴さに塗りつぶされているものの、どことなく高貴な貴族っぽい印象も受けないことは無い。
コレを活かせれば必ずや固定ファンが付くだろう。
「ふふ、楽しみだ」
「頼もしいです。ぜひとも、彼らをよろしくお願いします」
というわけで俺は彼らの住まいに転がり込んだ。
「レクトだ。一応は生活指導? みたいなことをする役だが、よろしく頼む」
「聖女のクリスティア・ミステアです。よろしくお願いします」
しんと静まり返るリビングルーム。
芳しい夕餉の香りに釣られて、俺の腹の音だけが響く。
ここは教会の近所にある一軒の館で、施設の一つだ。
社会不適合者は寄せて集められてはこういった家に共同で住み、集団活動の訓練をする。
俺とリステアがいるのはリビングルーム、そして時刻は夕餉。
しかしテーブルを囲っているのはマリーと、紅色の眼光鋭い黒髪乙女。
「聖女を引き連れているということは、勇者だな?」
「そうだけど、サインとか欲しい?」
「たわけが。我より弱い者に乞うことなど無いわ。口を慎めよ人間風情が」
うわっ、なんだこのお手本のような傲慢さは。
あんまりそういうことされるとリムルの影が薄くなる。
「シスターマリー、私とレクトが聞いていた人数より少ないようですが」
少ないどころではない。
確かこの家のメンバーは全部で7人とシスター、合わせて8人のはずだ。
それがシスターとドラグヌスの二人しかいないなんて。
「ええ、その他の者たちは各々の用事で各々の場所にいると思います……」
申し訳無さそうに俯きながら話している姿は見るに耐えない。
さすがに不憫だ。別に特別助けるつもりはないが、俺の行動で結果的に彼女がこの苦しみから解放されるのを願うことにした。
「さ、さあ、今日のご飯はビーフシチューです。おかわりもありますから遠慮なくどうぞ」
夕飯を終えた俺は、与えられた自室で一休みしてから風呂に入ることにした。
リステアと喋っていたらいつのまにか深夜になっていた。楽しい時間というのは過ぎるのが早いな。
「一緒に入ろうリステア」
「はい」
別に何も不思議なことは無い。
リステアは俺の嫁であり、俺はリステアの婿であるからして、俺たちは夫婦、少なくともカップルだ。
イチャラブ極めし妄想カップルが、一緒に入浴するくらいなんの不思議も無い。
お互いの体を洗いあったり、その流れでアレな気分になってアレがアレしても、なんら異常ではない。
「着替えとタオルは私が持っていきますので、レクトは先に向かっていてください」
「了解だ」
マリーから館の案内は受けている。
照明はほとんど消えているが、窓から差し込む月明かりを頼りにすれば問題ない。
迷うことなく大浴場へと辿り着き、脱衣所で服を脱いで洗い場への扉を開ける。
「湯気がすごいな」
月明かりだけな上に、湯気が充満していて先が見えない。
とりあえず壁伝いに歩いて、シャワーを探し当てたので先に体を洗おうかと思ったが、とりあえず体を流す程度にしておく。
これから楽しい洗いっこだというのに、先に洗ってしまっては勿体無い。
それに明日になればまたお湯を張るのだろう、そう神経質になることも無いか。
全身を隅々まで流した後、湯気が立つ湯船に入って肩まで浸かる。
「流石に広いな。手足が伸ばせる」
全身の力を抜けば、仰向けの状態でぷかぷかと浮かぶ。
このまま寝てしまっても良いくらいだが……にしてもリステアが遅いような気がする
まあ、のんびり待つか……湯船を漂っていると、不意に何かが頭にぶつかった。
端っこまで来てしまったのか、起き上がって見ると、どうやらぶつかったのは壁ではなく頭だったようだ。
「……誰だ」
それはすやすやと寝息を立てている黒髪の少女だった
リステアと同じくらいの歳だろうか。ただし胸はほとんどない。
というか腕も足も細い。不安になるくらいに細かった。
こいつ、ちゃんと飯食ってんのか? この館の住人なら食事に困ることはないと思うが。
「それにしても湯船に浮かびながら寝るとは……溺れたらどうする」
とりあえず起きるまで様子を見てやるか、などと思うと同時にこいつが起きたらどうなるのかと、イメージが頭を過ぎる。
恐らく、叫ばれるな。
気付いた時にはもう遅い。
少女は気だるげに目覚め、下半身を沈めて上半身を起こす。
「んーっ……よく寝たぁ……あ?」
目と目が合う瞬間、ヤバイと気付いた。
勇者が女子の入浴の場に忍び込んだとなれば、良くも悪くも俺の名が性犯罪者として広まってしまう。
それはなんとしても避けたいところだが……
間も無く彼女は大きく声を上げるだろう、もう手遅れだ。
終わった。そう思ったそのとき。
「きゃんむっ……!?」
「お?」
ギリギリのところで少女の口は、濃い湯気から伸びる白い手によって塞がれる。
必死にもがく少女だが、白い手はびくともしない。
「レクト、遅くなりました」
「あっ、リステアか。いや助かった、グッドタイミングだ」
「むーっ!? むんむー!」
かなり必死に暴れているから水の音がうるさい。
まずは落ち着いてもらわないと話も出来ないな。
「暴れるな暴れるな」
「驚かせてすみません。貴方に危害を加える意思はありません。どうか落ち着いて」
「む、むー!」
「あまり抵抗されると……手元が狂いますよ?」
ぞっとするほどの、静かで切れ味鋭い一言を耳元で囁かれた少女は、ぴたりと動きを止めた。
「ご協力感謝します。まず、私たちは今日からここで生活することになった者です。目の前の彼が勇者レクト、私が聖女リステアです」
「む、むぃっ」
少女は口を塞がれたまま頷く。どうやら信じてくれたらしい。
というかこの状態じゃ頷く以外できないな。
「あまりに静かで明かりもなかったから、人が居るとは思わなかったんだ」
「む、むー……」
「リステア、そろそろ離してやってもいいんじゃないか?」
「そうですね」
リステアが少女を解放すると、ゲホゲホと咳き込みながら離れていく。
「あ、あの私の体じゃたぶん満足できないと思うんで、そろそろ視線を……」
「じゃあリステアの体でも見てるか」
さっきの細く、肉の薄い体とは大違いで、リステアの白い肌、豊かだが形を崩さない丸い乳房から蠱惑的な背中から腰、ぷりんとした尻のラインは、いかんせん滾ってくる。
二人きりなら間違いなく致していただろうに。惜しいことだ。
「そろそろそっちの名前を聞いても?」
「し、失礼しました。ここの住人で、花園凜と申します」
「良い名前だな」
「ど、どもです」
それにしても不憫だ。
夜の静けさを楽しみながら湯の温かさに浸っていたところを、まさかの闖入者のせいで裸体まで見られてしまうなんて。
これはもうお嫁にいけない事案だろう。やはり妾を持つべきか、責任をもって引き取るのもやぶさかではない。
「私は、その、そろそろ上がりますね……」
「ああ、また明日。これから色々よろしく頼む」
「こ、こちらこそ。それじゃ」
そそくさと凜は浴室から逃げるように後にする。
小ぶりの尻がぷるぷると揺れるのを見ることがあるとは。
「見たいなら私のケツに顔を埋めても良いぞ、相棒?」
「お前本当に傲慢かよ。色欲の間違いじゃないか?」
「まあ、親が淫魔だからなぁ。ちょっと淫乱なのは目を瞑ってくれ。ところでお前の嫁がこっち見てるぞ」
言われて見ると、リステアはこちらを猫のようにじっと見ていた。
「どうかした?」
「いえ……」
「嫁に遠慮されたらおしまいだ。何でも言ってくれよ。少なくとも前世の時よりは要望に応えられると思う」
「別に不満があるわけではないのです。私にとってはレクトと一緒に居られるだけで幸福です。ただ、あまり節操無く女性に関心を抱くのは危険かと」
これは、嫉妬なのだろうか。それとも素で忠告してくれているのだろうか。
確かに女難というのはいたるところであるものだ。
現実では男をATMとしかみない女というのもいる。神話の英雄や歴史ですら女性の活躍によって死んだり滅んだりしている。
「そうだな。俺が心から信頼を置くのはお前だけだ」
「はい、私もですよ、レクト」
別に女だから、なんて言うつもりはない。女に限らず、人間というのは大概そういうものだ。
だからこそ俺は妄想嫁だけを傍に置いたのだから。
「難儀だなぁ」
相棒の道場を買いながら、俺はしかしあの乙女のことが気になっていた。
「リステア、凜って子、夕飯の時にはいなかったな」
「はい。明日、シスターに話を伺ってみましょう。きっと何か分かるでしょう」
「そうだな……」
体は細く、肉体労働が出来そうな幹事ではない。
この時間に風呂に入るってことは、帰りが遅かった? 社畜あたりだろうか。
「っと、考えても仕方ないことを考えてどうする。目の前に最高の嫁がいるのに」
「褒め過ぎですよ。あまり頻繁に言葉にすると軽々しく聞こえてきてしまいます」
おっと、そういうものか。
しかし嬉しいな。リステアは俺の妄想ではあるものの、俺の制御下ではなくなった。
こうして求めてきてくれたり、望みを伝えてくれるのは、なんか良いな。
この後、俺とリステアはお楽しみの洗いっこを存分に楽しんでから、部屋に戻ってもらった書類に再び目を通してから眠りについた。
花園 凜
幼くして両親を失い孤児となったところを、この教会に引き取られた。
人と接するのが苦手で、誰かと関わる時は常に怯えている。
父母から相続した遺産で細々と生活しているが、用途は基本的にパソコンを用いている。
最近、西の方にある国から輸入されたインターネットを利用しており、日頃から自室に引きこもってはネットサーフィンをしているものと思われるが、実際は不明。
館内での生活は以下の通り。
1.常に引き篭もっており、部屋を出るのは風呂、トイレ、飲食物の確保の時のみ。
2.臆病な性格なので特にドラグヌスなどとは相性が悪く、まんま苛めのような状態になる。
3.食事は自室で取ることを希望し、シスターが部屋まで運ぶ。2を考えれば無理も無い。
懸念事項はなにより友人が一人もいないので、長い時間をかけて自立支援を行う必要がある。
早朝、改めて読んだ資料を前に、俺はなんとなく天井を見上げた。
「かなり厄介だな」
滞在期間は一週間。その間にこちら側の手勢を増やしたい。
それは戦力になるならそれが一番だが、そうでなくてもいい。いわゆる社会不適合者だ。
現存する社会に不適合なら、こちらがこれから造る社会のなかに、望む環境を実現、提供することで支持者を増やそうと思っていた。
が、さすがは社会不適合者といったところ。まずこちらを信用してもらうところから始めないといけないらしい。
本当ならニート志望の労働者とかを大量にゲットするつもりだったのだが。
「そのあたりは<黒の太陽>の方々に任せては?」
「そうだな……」
ショティやケツァルには悪いが、しばらくは任せよう。一日に一度報告会で顔を合わせるので、それで我慢してもらうほかない。
「士気に関わるよな、こういうのって」
「まあしゃーないだろ。お前は割と頑固だからな。よっぽどのキッカケじゃないと他の奴らには手を出さない」
逆にキッカケがあれば……あーなんだ、本当に久々に自己嫌悪っぽいのが来たな。
「おいおい相棒今更だぜ」
「でもなぁ、俺がリステアに同じことされたら余裕で死ねるぞ」
「ばっかお前、男には女を満足させる義務があるとか、そういう屁理屈こねてれば良いんだよ。実際そうじゃないと危ないしな」
リムルが言っているのはいわゆるネトラレのことだ。
相手の快楽を与えられるように経験をつまなければ、もし自分より上手い奴に襲われた時に嫁が落されてしまうということだ。
リステアに限って堕ちるまではいかないだろうが、欲求不満な思いをさせてしまうのは避けられないかもしれない。
「それに今更善人ぶってどうするよ、魔界育ちの魔人間。もっと悪魔らしく、ハーレムの一つや二つ築いて見せてくれよな、私の相棒?」
コイツは本当に焚きつけるのが上手い。
どうやったらそういうのができるようになるんだか。
「コツは存分に自信を持つことだぞ?」
「レクト、こちらの準備は出来ましたよ」
さて、早朝の報告会に出向くとするか。




