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人間嫌いの魔人間と脳内嫁の聖女  作者: めんどくさがり
5.魔人間と聖女、人間嫌いと妄想嫁
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三十七柱目 勇者と聖女

 勇者と聖女。それは一連托生、一心同体の、まさに相棒と呼ぶに相応しい関係。

 共に悪魔を払い、魔物を討つという使命を果たすためのツーマンセル。


 

 中庭に立つのは、一人の聖女を奪い合う、二人の勇者が向かい合う。

 つまり俺とアダマスだ。


「君との手合わせ、楽しみにしていたよ」

「それはどうも。後悔するなよ」

「勿論。僕にとってもクリスティアは必要だからね。全力を尽くすよ」


 そういう意味ではないんだが。どうやら自信満々のようだ。

 チラっと横目にリステアを見るが、基本的に無表情なので何も読み取れない。

 いや、俺の勝利を確信しているからこそ、あの落ち着きようなのか。これは期待を裏切れない。


「それでは、両者構えて」


 審判役の教師が号令に応じてアダマスが構える。

 さて、期待される新人勇者がどれほどの実力の持ち主か。


「始めッ!」

「見物だな」

「奥技」


 奥技? 奥義と言えば、武錬の最奥を極めたものが使えるという。神技に劣るが対人特化、人の技巧わざ

 ともすれば、致命の一撃、生殺与奪を握るに足る一手の切り札。


「雷神三歩」


 アダマスが一歩、軽やかに踏み出し、二歩目……。

 僅かに奔る紫電に気付いた。


「斬ッ!」


 思わぬ急加速、地面を這うような直線的でロケットのような移動と斬撃。

 反射的に体が動いてくれたのは幸運だった。

 斬撃は胴の寸前で刃に阻まれた。


「凄いな」


 アダマスが口にしたのは素直な驚嘆か。

 受け止められた一太刀から、途惑うことなく次の動作に移行したアダマスに対し、俺は後退を余儀なくされる。


「クッソ、何だ今のは」

「奥技だよ。神技だけに頼るほど、僕は怠惰じゃないからね」


 気のせいだろうが、煽られているような気分だ。

 右から来る斬撃を受け、左からを受け、斜めから降りかかる刃から跳んで逃れ、喉を狙う剣先は弾いて逸らす。

 繰り出される一撃はどれもが重く鋭利だ。魔界でもそこそこ通用するほどに。


「加護無しでこれとは、人間辞めてるなお前」

「そっちこそ、アルスのために暖めてた初見殺しだったのに、呆気なく受け止めるんだね」


 呆気なく見えたのだろう。まさか取って置きが偶然で防がれるなんて思ってもみないだろう。

 それに、考えてみれば人間を辞めてるのはこっちのほうだった。


「それなら次だ」


 アダマスの剣速が段違いに増した。

 瞬く間に叩き込まれる六連斬が俺の手をしびれさせる。

 だが、ただの乱れ斬りなら崩されることは無い。

 そう思った瞬間、何かが俺の目の前にぽんっ、と投げ出された。

 ビー玉のような、綺麗な何か……

 瞬間、視界が一瞬にして白に染まった。


「いぁっ!?」

「奥技、七つ影星」


 不味い。そう思った瞬間、ブッキーの声が響いた。


「伏せろ」


 咄嗟に伏せ、脱兎のように前に跳ぶ。

 何かからは逃れた。だが態勢を立て直そうにも目が……。


「目くらい魔力でいくらでも作れる」

「ちぃっ!」

 

 両眼の代わり、第三の眼をイメージする。体内の魔力を額に集中させ、魔力で光の受け皿を作り、それを駄目になっている目の代わりに神経と繋ぐ。

 配線を切り替え、なんとか視界を取り戻すと、目の前にはすでに刃が迫っていた。


「ひ、膝を抜いて!」


 ボーンの声に従い、膝から力を抜いて体を落下させる。

 一瞬の脱力から、一瞬の力みへ。

 瞬発力だけの横払い斬りが、降りかかる一太刀と入れ違う。



 みしっ……、と鈍い感触、そして肉と骨が衝撃を受ける音。


「ぐっ、し、心眼かぁ……」


 眼を通して見るアダマスが、剣を落として腹部をおさえる。

 一方、俺には特に痛みはない。アダマスの繰り出した刺突の下を潜って打ち込んだのだから、傷があろうはずもない。


「どっちかというと魔眼だな」

「勝負あり!」


 審判が判定を下した途端、駆け足で寄る白衣の人々。思わぬ結果に、見ていたギャラリーも言葉をなくしていた。


「なんだ。俺が勝ったのがそんなに意外か」

「いいえ、私は信じていましたよ」


 隣に歩み寄ってきたリステアに、思わず顔がほころんだ。


「お見事でした。少々危なげでしたが」

「勇者と言う割には戦い慣れしすぎだろ。なんだあの閃光手榴弾は」


 今までの敵は生半可な技量がある分、小細工もなく突っ込んでくる奴ばっかりだったが、今回は上等な実力の上に手の込んだことまで。


「アダマス自身の基礎能力は平均より少し上程度ですが、戦闘のセンスが高いです」

「そういえばそうだったな。リステアはどう見る?」

「ただ長所を伸ばすのではなく、長所で短所を補って余りあるものにするタイプ。従って、チームを組んで欠点や弱点が一つも無くなった時、あれは脅威になるでしょう」


 今は見習い、しかし将来の禍根となる勇者……。

 まるでゲーム序盤の主人公って感じだな。曰く、魔王は勇者を力の無い時に殺しておけば勝てたという。


 いや、そんなせこい考え方するなら魔王になんてならないな。

 なにせ魔王なんていうのは小物には務まらない。自信過剰な傲慢野郎でなければならないのだから

 傲慢こそが力の象徴、強欲こそが力の証明。それが彼らの美徳だ。


「さて、これで俺たちは晴れて勇者と聖女というわけだ」

「はい、ですが……もう一つ問題があります」


 リステアが見上げると同時、俺も殺気を感じて振り返る。

 三階の屋上通路、太陽を背に立つ、一人の影。

 その威風堂々な立ち姿たるや、まさに覇王。


「まさか、どこの馬の骨とも分からん奴が、俺様の次に我が好敵手を倒すとは」

「……あれが現代の勇者候補の中で最強の生徒か」


 あー、これは勇者候補生が無双する奴だ。

 誰よりも武功を上げ、武勲を掲げ、武力振るって、武神と化して武帝にでもなるだろう。


「……まあそれはいいや。個人戦はアイツの土俵じゃねえからな。じゃあテメエはどうだ?」


 するとヤツは豪快に飛び降り、その剣を引き抜いた。


「こいつは血気盛んなことで!」


 俺も再び剣を抜く。

 降りかかる影が振り下ろす剣に目掛け、渾身の斬り払い、横一閃で受け止める。


「ッ!?」

「ハッ! コイツぁ愉快だ!」


 弾けたのは剣。破片が硝子のように砕け、剣身は地に落ちる。

 凄まじい膂力、そして決してこちらから視線を外さない鋭い眼光。

 間違いない。これが件の勇者、アルス・ティラノレックス。俺のリステアを寝取ろうとした大罪人。


「俺様を相手に怯み一つも見せねえのは褒めてやる」

「……なるほど、こいつか。リステアを手篭めにしようとしたっていう人間畜生は」


 よく悪魔は人間のことを下等と呼ぶ。その理由は実力が伴わない欲望であるがゆえに、その脆弱さを嘲笑し、または憤慨し、あるいは哀憐すら感じるという。

 なるほど、実力はかなりのものだろう。人間の物差しなら極上の。小細工無しの人力で剣をぶっ壊すなんてそりゃえげつなさすぎる。


 だがこいつは俺の杞憂を現実の物にしかねない要素だった。

 俺の妄想嫁に迫ったこと、ここで償ってもらうとしよう。


「悪いが、こちとら屈しない相手には容赦しねえんでな。意地でもその頭、足元まで落としてもらうか」

「そうかい? それは結構。ならばこちらも気兼ねなく」


 それに、聞くところによればこいつは人の女も平気で寝取るクズみたいな奴だと聞く。

 悪魔としてはそれでいいのだろうが、愛欲としては見過ごせない。

 曰く、これは人間はもとい、神や悪魔でさえも共通する行動原理。


手前テメェは気に食わねぇ。ここでおっね」

「お前は気に食わない。そこでくたばれ」


 それは争いと不和。決して相容れず、嫌いあう者同士の滅ぼしあいだ。


「お、おい君達……」


 審判役の教師が何か言いたそうに声をかけたが、アルスが一瞥すると身を震わせて短い悲鳴を上げた。


「おう、なんか文句があるか?」

「あっ……あぁ、いや、その……」

「失せろッ!」


 その気迫はもはや獅子かギャングの親玉じみていた。

 教師は駆け出すかと思いきや、ガチガチと震えながら辛うじて方向転換し、ままならない歩行のままに離れていく。


「シッ……!」

「ィアッ!」


 深い踏み込み、至近距離。折れた剣を振り下ろす。

 だがアルスは体を逸らして回避、流れるような身のこなしで折れた剣を突き出す。


「がっ……」


 クロスカウンターのように腕を交差させ、その顔面を掴む。


「ガァアア!!」

「ぬぅッ、こいつ……ッ!」


 顔面を掴まれて尚、こちらを押し返そうとするその気概と闘争心。

 その戦闘狂ぶりは面白い。


「中々に骨が図太い」

「聖女ッ! 仕事の時間だ」


 聖女? そうだ。こいつは複数の聖女を持っている。

 ふと見れば、アルスの背後には両手を構える聖女が居た。

 聖女の放つ神通力は、聖女の加護を与えた者に対しては害をなさないという。

 つまり、このまま何かしらの神通力を受ければ、被害を受けるのは俺だけということになる。


「言ったよな。手加減は無しだ」


 そう言ってアルスは笑い、その顔を掴んでいる俺の腕を両手で掴み固定する。


 いやそりゃ言ったけど、まさかタイマンですらないとは。汚い、さすが人間汚い。

 どうする、このまま一つ聖女の神通力とやらを受けてみるか試しに。

 いやでも洒落にならない威力だったら取り返しがつかない。ひとまずはアルスを投げ飛ばして……


「そちらが二人ならば、こちらも二人で構いませんね」

「……テメェ」


 アルスは振り向けないが、状況は察したのだろう。

 背後の聖女に杖の先端を向けるのは、リステアだった。


「あ、あの……」

「貴方も聖女として戦うなら、その覚悟をしてきたのでしょう。どうぞ続きを。合わせて私も貴方を討ちましょう」

「いっ、いえ、その私はそんな……」

「チッ、役立たずが」


 どうやらこの勇者、チーム戦闘はすこぶる不得手らしい。


「ならいいさ」


 次の瞬間、ズンッ、と地響きと共に、俺の腕は弾かれた。


「テメェは直接この手で潰してやらぁ」


 恐るべき瞬発力、そしてその手に宿る神々しい光。

 これが、神技か。


「吹き飛びやがれぃッ!」

「チィッ!」


 その突き出された崩拳ほうけんに、俺も拳で対応する。

 拳と拳がぶつかりあう瞬間、何かがごっそりと抜け落ちたような感覚と、倦怠感が体を襲う。


「うっぐ……」


 続けて、とんでもない激痛。

 下がってみれば、なるほど拳は異様な形に崩れていた。


「言ったろ。神技、崩拳。打った相手のあらゆる物を崩す。まだ俺がこの技を完璧に仕上げていなくて幸運だったな。そうしたらテメェは一撃でお陀仏だ」

「これは、なんとも」


 なるほど、崩す拳。だから魔人間である俺の拳も、そして一緒に体調まで崩されたのか。

 妙な悪寒もする。自律神経まで崩されて失調したか?


 ちなみに、俺の感覚は中の皆さんにも伝わっています。

 インタビューしてみましょう。


「ごめんなレクト……私は口だけの小悪魔だ……」

「レクト、退散だ。今の一撃はまずい。というか降参しよう」

「……もう、なんもいらねっす。どうでもいっす」

「嫉妬などしても意味がありません。きっとすべては希望に満ち溢れています!」

「おなかすいてない」

「あー、体型維持も疲れんのよねぇ」


 なんてことだ。全員の性格が変質している。

 リムルは傲慢の欠片もない卑屈な性格になってしまっているし、ブッキーは怒るどころか弱腰だ。

 クロの強欲さはなりを潜め、ボーンは逆に性格が明るくなっている。

 ガルもフェチシアも食欲と性欲が減退している。


 そうか、こういう作用か。

 とはいえ、俺の怠惰や愛欲そのものには特になんら変化はない。重傷だが。


「レクト!」


 リステアは杖の真ん中あたりを持ちながらアルスに切り込む。


「クリスティア・ミステア! テメェは俺様のもんだ!」

「耳障りです」


 アルスの伸ばした手を杖の上部で横に弾き、左頬に下部をぶつける。

 それを掴もうとしたアルスの手からするりとすり抜け、引いた杖を即座に連続で突く。

 額、喉、鳩尾の三連を見事に命中させ、身を屈めるアルスの背を踏み台にして、俺の元に優雅に舞い降りた。


「俺の嫁強すぎ」

「当然です。大丈夫ですかレクト?」

「あ、ああ。ちょっと右手が壊れただけだ」


 リステアは慎重に、しかし手早く俺の手を取って、状態を確かめる。


「いたた……なに、これくらいならすぐ治るから」

「……あっ、本当ですね」


 魔力を通せば治癒力を増幅させる。魔界では基本中の基本。というか魔界で生活する以上、それが出来ないと話にならない。

 リステアが聖女の力で治療をしようとしたところで、俺には恐らく意味が無い。


「それにしても、やっぱりリステアの杖術は凄まじいな」

「はい。レクトに再会するため、一日と欠かさず練習してましたから。

「なら、こっちも少しくらいいいところ見せないとな」


 俺は目を伏せ、意識を一新する。なんとか持ち直したアルスの表情は猛獣のように歪んでいる。

 しかし何も言わず、だが明らかな殺意を向けてこちらに駆けてくる。


 だが、もうその手は俺には届かない。


「……我が心よ魔を湧かせ」


 手を翳し、魔力を通し、想像と現実を繋ぐ。

 アルスの周囲を、突如紫色の光が包む。


「我が心よ魔を掴め」


 出現した魔法陣は何者も逃さぬ結界となりて、その内側は魔力満ち溢れる水槽のごとく。

 紫の光の障壁は、神技の拳の連撃ですらやっと皹が入る程度。


「地の底に眠る七の闇よ、愛欲の黒炎は高く高く、七の天を焦がし、今こそ魔天に愛欲の証を掲げよう……リステア、ここから始めよう」


 横目で見たリステアはいつもより少し幼いが、いつもと変わらない微笑みで俺に応えてくれた。


「ええ、レクト。貴方が望むなら、何度でも始めましょう。そして何時までも続けましょう。私と貴方の愛を」

「灯れ、愛欲の炎」


 想像というお手本。魔力による再現。

 次の瞬間、間欠泉のような火柱が魔法陣から噴出した。


 それは高く、高く、天高く昇り詰め、やがて誰もがその火柱が天上へと届くのを目に出来るほどの高さとなった。


「そう、ここから始まる。俺の楽しい本当の人生は」






 黒炎の火柱は五分ほどで消失した。

 さすがに人間界の魔力濃度でこれだけ盛大な魔法を使うとしんどくなってくる。


「さて、やることはやったしスッキリしたし、デートにでも行こうかリステア」

「レクト、あれは……」


 黒炎の柱があったところに、何者かが立っている。

 意識は、あるようだ。頑丈だな。


「殺さなかったんですね」

「さすがに殺人事件起こしたら騒ぎになるからなぁ。リステアとのデートが楽しめなくなる」


 俺はもはやリステアという聖女の勇者だ。銀髪の聖女というのはこの世界でかなりの価値があることを二人の勇者候補が身をもって示してくれた。

 

「人間界はまだ窮屈だからな」

「おい……待、て……」


 死に掛けの老人が搾り出しているかのような声だった。


「今のは、なんだ。魔法か?」

「まあ、そうだよ。そっちはあんまり知らないタイプだろうけど」


 悪魔の魔法は人間が扱うそれとは一線を画する。威力も性質も、理屈も根拠も。

 人間にとっては魔法は使うものだが、悪魔にとっては魔法は手を握るとか殴るとかと同じだ。

 まあ悪魔だしな。名前に魔が入ってるんだから魔そのものなのだろうし。


 魔法とは無法。この世の法則を覆す、理不尽を破るための不条理だ。

 それは神秘の対極であり、神秘に対抗するため剣だ。


「こんな屈辱は初めてだ……覚えていろ。次は必ず……」


 黒炎の燃料にはアルスの魔力も使った。もう一歩も動けまい。

 体内の魔力も枯渇しているので数日は療養しないと初級魔法の一つ扱えないだろう。


「それじゃあ達者でな」


 俺はリステアとともに、背後でばたりと倒れる音を楽しみながらこの場を去った。

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