三十八柱目 初夜
俺が魔人間に生まれてから、十五年。
リステアも同じく生まれたのは十五年前らしく、共に十五歳になった。
人間界では国ごとに成人の年齢は違う。宗教の関連もあるので、年齢による制約はあまり意味を成さない。
が、それが勇者や聖女となれば話は変わる。
聖女と勇者は十五で成人扱いとなり、その年でやっとペアを組める。
ペアを組んだ男女は同じ部屋で暮らし、過去の成績と希望を元に、配属先が決められる。
では、俺とリステアはどうなったのか?
聞くところによれば、来る魔境への侵攻は大部分が囮だという。
正教の本命は少数精鋭による勇者部隊による敵の首魁の打倒。
その役目を負っているのがアダマス。そしてそれに匹敵しうる新たな星がアルス。
そして俺は……
「俺は旅に出る」
「なら私も」
俺は明日この地を離れる。
リステアと共に、また異教徒を勧誘する旅に出る。
「そのために、僕が必要ということなんだね」
「その通り。ご協力願えるかな。ミスターアダマス」
俺はリステアとの共同部屋にアルスを招いていた。
アダマスの聖女はリステアではなくなったため、新たな聖女とペアを組んでいた。
その名は花王エリザベス。リステアの友人だ。
「リスティの次とはいえ、私を選ぶとは、やはり優秀な勇者ですわね」
「そうですねエリザ」
リステアとエリザは、割と本当にしっかりと友人だった。
エリザとは友人の友人程度の距離感で行こうと思ったが、エリザはぐいぐいとこちらに押し込んできた。
まあ将来の要人だから親しくなって損はない。ただ、なんとなく人種の違いを思い知らされる。光と影的な。
「貴方の力を借りられれば、こちらとしては助かる」
「でも、信じられないな。君が邪教徒で、しかも悪魔が人間と友好を結ぼうとしているなんて」
「勿論、人間と未だ敵対しようとする悪魔や異教徒も居る。それらに対抗するためにも、こちらとそちらで手を組めれば。敵対したいと思う者同士は勝手に続けてもらえばいい」
「でもそれだと戦争になる。たくさんの人間が犠牲になるかもしれない」
そうだなぁ。戦争……あんまりそっちの方面には詳しくないが。
「それにもし、敵対する者同士が結託して、こっちを攻められたら?」
「それはまあ……やっぱり戦うしかないでしょ」
「正教の、邪教に対する差別意識は相当なものだよ。特に狂信者には注意しておいた方がいい」
「狂信者?」
またすごい名前の奴が出てきたな。
しかし大事な情報だろう。もう少し詳しく聞いてみるか。
「その狂信者とは?」
「狂信者。正教の中でも過激派と言われる人々が、天罰を下し、粛清を行う。勇者とは異なる戦闘機関。正教の意に背く力ある者を土に還すための殺戮装置。僕も聞いたことがあるだけで、会うどころか見たこともないけど」
なんかまた物騒な奴等だな。
まあそういうのが居てもおかしくないか。正教はでかい宗教だからな。色々と派閥別れてもおかしくない。
邪教や異教の場合はそういう対立があると、勝手にしろと切り捨てるから分離するから、派閥で争うということがない。
レディファーストも目的が合致しているから一時的に合流しただけであって、本来は別の宗教だ。
派閥で争うというのは、つまり唯一無二の存在で、分離が許されないからだ。
各々が信じたいことを信じ、好きなことをすれば良いのにもかかわらず、それを許さない不寛容のツケとも言える。
「そして僕には狂信者と戦う術が無い。だから君達と手を組むにはリスクが高すぎる」
「狂信者はそこまで強いのか」
「確かに強い。全員が戦士や魔法使いにおける達人クラス、奥技だってたくさん使うくらいだって。でもそうじゃないんだ。狂信者は過激派であろうと、あくまで<正教側>なんだよ」
その言葉でなんとなく理解した。
狂信者はあくまで装置であり、それを作ったり使うのはもっと上の人間か、規則によるものだ。
となると、狂信者が標的、あるいはその暴力に対して抗った時点で、正教に反する者としての烙印を押されるのだろう。
「勇者が邪教と手を組んだなんて知られれば、間違いなく狂信者が動く。そのときは勇者でも聖女でもなくなる」
「なるほど……好都合だな」
「なっ……」
「俺にとってはリステアが聖女でなくなれば気兼ねなくお持ち帰り出来るわけだし」
「私は今すぐお持ち帰りして下さるとありがたいんですけどね」
リステアもお茶目なことを言うようになったなぁ。
「その情報をくれただけで十分だ。貴方には大福系列店のお会計50パーセント引き優待券を与えよう」
「君はどうしてそんなものを持っているんだい?」
「まあ、色々とね……エリザ、そっちはどうだ? 王族なんだから色々と考えているんだろう?」
「簡単な話ですわ。こっちが正教を名乗った上で、こちらから切って差し上げればいいのです。そうすれば向こうが異教になります」
「悪魔と友好を築いた正教なのに?」
「ええ。結局、何が正しいかと言うのはパワーバランス次第でしょう?」
十五歳の少女が言うことかよ。まったく王族怖ろしいな。
「光と闇が両方備わったこっちのほうが強いですわよ」
「戦いは数とも言うけどな」
仮に正教が分裂したとしても、やはり数はこちらが少ないだろう。
ダクネシアも魔界でなんだかんだ勢力を広めつつあるらしいが、あまり期待は出来ない。
いかに弱肉強食とはいえ、異常なのはダクネシアの方だし、性分からして悪魔は納得しないし、死なないから負けたとしても心変わりはしない。するとしても下級低級のザコでは戦力になりえない。
「あとは人間至上主義を取り込めたとしても、どこまで戦力増強になるか……気が重いなぁ」
「レクト、空腹ではないですか? 空腹になると弱気になりやすいですから、食事でも御作りします」
「っくう! いいなぁリステア!可愛いな! 作ってくれ!」
「何かご希望は?」
「君の作る物ならなんでも!」
「はい、お任せ下さい」
「ベタ惚れですわねぇ。私も手伝いましょう」
リステアは席を立ち、台所へと向かう。
エリザは苦笑しながらそれについていく。
「リステアは本当にレクト大好きですわね」
「前の私は、こんな風にレクトのために何かしてあげることが出来ませんでしたからね。私は彼の心の中の存在で、彼の心を慰めることしかできませんでしたから」
「愛する者の力に、憩いになれるというのは、本当に素敵なことですものね」
そういえば、リステアはエリザに自分のことをいろいろと伝えていた。
あのリステアが俺以外の人間に心を開くのはちょっと複雑な気分だが、エリザも並外れた度量で受け止めるので無理もない。
妄想だのなんだのと、普通なら変人狂人扱いするところを、平気で受け止めているのだ。もはや紛れもなく聖人だ。
「よくリステアの言葉を信じたな。さすが聖人王女」
「聖人だから信じたのではありませんわ。リステアは私の友人、親友ですもの。友の言葉を妄言扱いなんてしませんわ」
これだ。こんな純粋な言葉を返されてしまっては何も言えない。
「レクト……」
「どうかしました? リスティ」
「……いえ、なにも」
「そう、ではカレーでも作りましょうか」
結局、アダマスとの関係は保留。とりあえず現時点では敵でもなく味方でもないということで一先ずは落ち着き、リステアとエリザ共同制作のクソ旨辛なカレーを食って解散となった。
深まる夜、月明かりだけが頼りの暗い部屋で、思わず一歩後ずさった。
「変、でしょうか」
「いや、変ではない。圧倒されただけだ」
夜の月明かりに照らされた銀髪は幻想的なほどに美しく、可憐な白のベビードールは、彼女の魅惑の肢体を頼りなげに包んでいる。
今回は悪魔も珍しく空気を読んだのか、しん、と静まり返っているのが逆にやりにくい。
「お隣よろしいですか、レクト」
「は、はい。どうぞ」
俺がベッドに腰掛けると、リステアも隣に座り、寄り添う。
前世では日常的にそういう妄想もしていたというのに、こうも変わってくるものか。
確かに妄想は現実に居るよりも近い。何せ心の中なのだから現実に密着するよりも近い距離に居る。
だが、其処に居るという事実はその存在感を協調する。
彼女は、今すぐ其処に存在しているというのを体で感じ取ってしまうからこそ、心に反して体は否応無く反応してしまう。
しかも行われる所作は妄想のように意識したタイミングではない。自分とは異なる独自のリズムで、タイミングで仕掛けてくるのだ。
ちらっ、と目を向ければ、再会したときよりもよく育った胸の存在感と、生地の薄いベビードールが僅かに中の影を映し、スタイルの良さが強調され壮絶な色気をかもし出している。
こんなんサキュバスの比じゃないぞ。
「……不思議ですね、妄想ではもっと過激なことをしていたのに、これだけで凄く緊張します」
「本当にな。でも、良いな」
「はい、とても。離れてしまったからこそ、近づきたい、寄り添いたいと強く思います……でも、同時に怖ろしい」
リステアが体を寄せる。体重をこちらに預け、柔らかさと体温が伝わってくる。なんだかいい香りもする。
「これほどの幸せを感じてしまったら、これを失った時、どれほど悲しいのかを想像してしまいます」
「ああ……そこは一応、大丈夫だと思う」
「なぜですか?」
俺たちは生まれ変わった。
死因も何もかもが特別で、この世界に招かれた。二人一緒にだ。
なら、きっともう離れることはないだろう。その点は他の男女より余程幸運だ。生まれてから生まれ変わるまで、例え離れ離れになっても再会する可能性がある。
しかもこの世界には魂だのなんだのといった概念がある。前世のような何もない世界ではない。
「リステアが言ったんだろ? ここは前とは違うって。なら大丈夫さ。こうして奇跡も起きたし」
「レクト……ええ、そうですね。私たちはずっと一緒です」
「もし永遠に逢えなかったとしても。俺はまた妄想する。お前も寂しいならそうすればいい」
「そうですね。やっぱりレクトは強いですね」
リステアは俺を褒めてくれる。讃えてくれる。癒してくれる。励ましてくれる。
俺が欲しくても得られなかった物を与えてくれる。
俺は強くなんてない。強く見えるなら、それはリステアのおかげだ。
「ありがとうリステア」
「はい。ですから、今日はたくさん甘えて下さい」
太腿に白く華奢な乙女の手が乗り、ベッドが軋む。
「リステっ……」
上ずった声は柔らかい感触に塞がれ、全身が火照って思考が混乱する。
すると、ゆっくりとリステアは妖艶な笑みを浮かべて、待ち構えるように座り、両手をこちらに差し出した。
僅かな動作で、支えがないながらも形の良いたわわな膨らみは、こちらを誘うように撓んでみせる。
「んっ……どうぞ、レクト。あの時のように、いつものように。存分にどうぞ」
「いや、でも、それはちょっと……」
怖気づいたのではない。勿体無さを感じたのだ。
こんなにも容易く、最愛の人の体に触れていいものか。
これほどの極上を、そう易々と扱ってよいものか。
「料理は熱いうちに召し上がった方が美味しいですよ」
「うっ……」
もっともすぎる後押しだった。
そうとも、せっかく向こうがその気になってくれているのだから。冷めないうちに頂いてしまわないなんてそっちのほうが失礼だ。
無垢で清楚、可憐で美麗。慈愛に満ちた聖女。
俺は抑え込んでいた全ての箍を外し、リステアへと飛び込んだ。
甘え、甘えられ、愛し、愛される。気持ちの良いことをお互いに出来る関係。なんと素晴らしい事か。
俺は全ての不安と不満を浄化され、だからこそ俺は全霊の技巧をもって彼女を愛そう。
俺はきっと、そのために生きてきた。
ふと、差し込む光に気付いて、俺は目を開けた。
「あっ、おはようございます。レクト」
「ああ……おはよう女神様」
俺の冗談に、彼女はくすりと笑った。
「触れてもいい?」
「お望みのままに」
丸まった猫を撫でるように、優しくその頬に触れる。
「幻じゃない」
「夢でもありませんよ」
青い瞳は国宝と称される宝石でさえも及ばない美しさだ。
銀色の髪は白銀にも勝り、白い首筋は俺が吸血鬼だったらば神に感謝しながら頬張っている。
肩、鎖骨はまさにか弱い乙女のようで、とてもあの鋭い杖術を繰り出すとは思えないほど柔らかい。
そして毛布の下に隠れた実は、恐らくこの地上で最も触り心地が良い。色、形、張りに柔さ。
「んっ……」
そして感度。
「いけませんレクト。遅刻しますよ」
「おっと、つい愛でてしまった。愛欲ゆえに」
「私も名残惜しいですが、仕方ありません」
ああ、こんな幸福を夢見ていたんだ。
こうして愛し合って、互いを想いやって、朝を迎え、昼を歩み、夕に帰り、夜に寄り添い、また共に朝を迎える幸福を夢見ていたんだ。
そして手に入れた。これ以上無い幸福を確かに。
「もうちょっとだけこうしていたい」
「仕方ありません、ね」
互いに微笑み、夢から覚めてまた再会したい。
「それにしても……本当に初めてで?」
「貞操はきちんと。神に誓ってもいい」
「ふふっ、魔人間が神に誓ってもいいのですか?」
この生活を永らえるために、俺は生きねばならない。生き永らえねばならない。
生きる理由があるというのは、これほどにも活力に満ちるのか。寝起きまで良くなる。
「あそこまで手篭めにされてしまっては、顔がまともに見れません」
「そっちこそ。底なしの包容力で溺死しそうだったぞ」
ああ、でもいけない。幸福を暴食してはいけない。それは必ず飽きを生むから。
暴食は飽食を生むものだ。少しずつ味わっていかなければ。
でも、今日だけはもう少しだけこうしていたい。
もう少しだけ……。
<サイド:リステア>
レクトと肌を重ねると、彼がどのような道を歩んできたのかが、ふんわりと頭の中にイメージとして流れてきていました。
それは私の知らないレクトの記憶。私が居ないレクトの記憶です。
彼は、何時でも私の事を考えて、私のためだけに行動していました。
傍に相棒と呼んでくる愛らしい小悪魔が居ました。
私とは違う、可愛らしさをもった傲慢な女の子。
後をついてくる黒い鳥人間が居ました。
優しいレクトは嫌いな他人が嫌いでも助けてしまうのですね。
魔本の司書に魔法を習っていました。
もっと楽しんでもいいのに、私のことでそれすら我慢するなんて。
影の骨と獣人が居ました。
骨の人は性格的にレクトと気が合いそうですね。犬の人はやんちゃですね。レクトは猫派たったはずですが、性処理までしなければならないなんて。
私よりも美人な淫魔が居ました。あれほどの魅力に晒されながらも、私のために堪えるなんて。そこまで我慢などしては体を壊してしまうではありませんか。
人間界に来て、美人な四人の嫁が居ます。
なるほど、一夫多妻制の邪教なのですね。私は全然構いません。レクトは愛されれば愛さずにはいられない人です。でもだからこそ、私がもっともレクトに愛されるのですから。
いつか挨拶しに行かなければ。
私が死んでも、誰かが私の代わりを務められるように。
老いた勇者と戦っていました。
英雄を目指したその姿は、かつての幼き彼のようでした。
勇者を目指す努力家の少年が居ました。
届かないものに手を伸ばす姿は、かつての幼き彼のようでした。
肥え太った商人が居ました。
人を軽んじる商人ではないようですが、もしそうだったら彼はどうしたのでしょう。
女狩人が居ました。
女性優位は正教ではあまり推奨されません。しかし最近は女戦士という職業もあります。もう少し待てば……
魔女や娼婦が居ました。
あれほどの酒池肉林。男であるならば求めてやまないものでしょうに、それを断ってまで私の元に辿り着いてくれたのですね。レクトは。
ここまでの道程、決して短いとは言えず、平坦とは言えない道のりであること、よく分かりました。
私をここまで愛してくれたレクトに限りない敬愛を。
そしてここまで彼に助力を惜しまないでくれた悪魔たちに、聖女として惜しみない感謝を。
彼は恐らくサキュバスを相手取って習得した技術で、私を悦ばせようとしてくれています。
その懸命な様がとても愛らしく、その想いが愛おしい。
ならば私も全霊をもって、彼を愛して満たしましょう。
彼の不満と不安を全て押し流す濁流のような愛で。彼の欲求を満たし溺れさせるほどの純度と深度で。
底なしの愛を、無尽にして不屈の愛を……。
夢のような夜でした。
自分が寝ていたことに気付いた時、あれが全て夢なのではという怖ろしい想像に体が震えます。
でも、目を開ければそこに彼は居ました。
「レクト……」
人間嫌いの魔人間。
彼はきっと人間が嫌いなのでしょう。ですが、彼は彼の嫌いな人間のように非情になりきれない。
だからこそ、彼の心は酷く傷付き、俗世を離れながら、ネットを介してのみ人の世を見つめていました。
基本的には空想の世界にふけるためでしたが。
今、ふと思ってしまいました。
もし人間を神が見限るなら、きっとレクトと同じことをしていただろうと。
復讐するでもなく、ひたすらに救いの手を差し伸べるでもなく。ただ離れ、それを眺めるのだろう、と。
「レクト、貴方が目指す場所は……」
「んっ……」
こちらに身を寄せてくるレクトを見て、私は口を噤みました。
彼がどこを目指そうと、何を求めようと、私は彼についていくだけ。
彼を愛し、彼に愛され、傍に居る。私にはそれだけで十分なのですから。
どこまでも一緒ですよ、レクト。




