三十五柱目 再会
エルフの森にも寄ろうと思っていた俺は、リステアの情報を手に入れたがために即座に進路をその先へと変更した。
野を越え、山を越え、谷を越え、川を越えて行く先は聖都。
商人から、かつて銀髪の少女がとある村から聖女として都に引き取られたという。
娼婦から、かつてとある村で珍しい銀髪の女の子が生まれたという。
勇者から、銀髪は神に見定められし者であり、聖母としての役割を持ち、それが都に現れたという。
その少女は常々、レクトという名を口にしていたという。
「ようやくか」
「だな」
明日の昼には到着するであろう。今回の移動は大分無理をした。アトラとシロからは若干の疲労が見える。
今日は早めに休ませて、俺はいつも通り夜の番だ。
「でも、正直もう止まりたくない。すぐにでもリステアに会いたい」
「誰も止めないから安心しろ」
レディファースト……というかリルンから別れた後、リムルはすぐに顔を出した。
「いや、家出した奴が家の奴と顔合わすの気まずいじゃん。可能な限り顔会わせたくないじゃん?」
「いつもの傲慢はどこにいった」
「……良かったな。念願の嫁に会えるんだ。楽しみだろ?」
「もう待ちくたびれたわ。悪魔の感覚だと一瞬なんだろうが、俺の感覚は人間と変わらないからな」
とはいえ、後もう少しでリステアに会えると思うと、確かに込み上げてくるものはある。
「というか、向こうもこっちのことを探してくれてたのが嬉しくて仕方ない」
「そりゃそうするだろうさ。妄想とはいえ一応は夫婦なんだろ?」
「……あれ、でも実在するならもう妄想嫁じゃない?」
いや、でも妄想から生まれた娘だから、妄想嫁と呼んでも間違いではない?
「そういえばお前、リステア取り戻した後は実際どうすんの?」
「それは……」
リステアを取り戻したら、その後は……。
「一応、そのための準備はしてきた」
「そうか。ならいいさ。お前の好きなように矢って見せて、私を楽しませてくれ」
「お前を楽しませるためにやるんじゃない。俺は俺とリステアのためにやるんだ」
「それでいいさ」
やることは大体決まっている。あとはリステアが何を望むかだけだ。
結局、俺はリステアのためにしか生きられない。前世の頃から、生まれ変わった今でさえも。
翌日の昼、予定通りに聖都へと到着した。
六角形の壁に囲まれた都の中心には立派な城が立っているが、その横には更に豪勢な教会のようなものが建っている。
「あれ絶対掃除大変だろ」
「ちょっ、おまっ……それ私が言おうと思ってた奴だぞ!」
ダクネシアの城は黒いから掃除が楽そうだった。掃除が大変な白というのは、やはり怠惰な人間には扱いきれない代物だろう。あっち側の人間じゃなくて本当に良かった。
きっとあの辺りの清掃業者は真っ黒だぞ。
「とまあ、おふざけはこんなところで」
アトラとシロには後から来ることになっている<黒の太陽>と合流するまで外で待機。俺は旅人を装い、単身で聖都に潜入している。
リステアが居るというのは、この教会というにはあまりにも広い規模の施設らしい。
情報によると、この施設に聖女となる才能を持つ少女を集め、知識を学ばせ、神通力を育て、優秀な勇者の相方となるように仕込むのだという。
冗談じゃない。リステアは俺の嫁。俺の聖女だ。こんなところで花嫁修業じみたことをする必要はありません。
「聖女は花嫁ではないだろ」
「物の例えだ。さて……」
ところで俺はそれぞれの悪魔を妄想として取り込んでいる。
その結果、ブッキーから本を借りたりしているわけだが、これは悪魔の力を俺が再現しているに過ぎない。
つまり何が言いたいのかというと、俺は彼らの持つ能力を真似ることが出来る。一応教わったし。
で、こういう潜入ミッションに打ってつけの奴が、ちょうど俺の中に居るのだ。
それが肉を手に入れたあとのTボーンである。
ボーンの骨格に女性の肉付き。そしてシェイドの影の性質が複合され、彼女は一流のくノ一忍者としての能力を獲得している。
日が暮れる頃、俺はこの教会に飛び込んだ。
正門は頑丈な鉄格子で、こじ開けようとすればすぐに察知されるだろう。
俺は魔力を使って周囲の光を屈折させ、自分の姿が周囲から見えないようにした。透明人間みたいなものだ。
その状態を維持しながら、さながら虫が壁を這うように、俺は白い壁に足をつけて昇り、侵入した。
広い庭を抜け、教会は無視して灯のついている館のような建物に急ぐ。
夕餉の匂いを辿れば、あっという間に厨房に辿り着いた。
大人数のコックが忙しなく動き、夕飯の用意をしている。この建物に聖女の居住しているのは間違い無さそうだ。
俺は下手に動き回るのは避け、彼らの配膳を待つことにした。
かなり大量の料理だ。きっと食堂などで集まって食べるに違いない。
ならきっとそこにリステアも居るはずだ。
ようやく料理を台車に乗せて運び始めた作業員の後ろをついて歩く。赤い絨毯が敷かれた廊下を歩くと、だだっ広い部屋に辿り着く。
白布を敷かれた長机。並んで席に着くのはたくさんの女子。
全員が見目麗しい乙女だったが、リステアほどじゃないな。うん。
そう思いながら全員を見渡すが……。
「銀髪、銀髪……銀髪がいない?」
食事をしている女子の中に、銀髪の女子はいなかった。
おかしい。もしかして場所を間違えた?
いやだが、確かに感じる。彼女たちは聖女だ。俺の中の魔の部分が、彼女らは自分とは異なる性質の者だと識別している。
だが、銀髪の聖女は何度見渡しても見当たらない。
どうしても見つけられなかった。
「リステアはどこに……」
リステア。銀髪だというならば、その姿にさしたる変化はないはずだが……
そのとき、ふとある不安が過ぎった。
リステアは、今の俺をレクトだと分かるだろうか。
魔人間となった俺は、前世の容姿と多少の差異がある。
拭えない不安と疑問を抱えながら、俺は再び歩き出した。
どれだけ考えようとも、あそこにリステアは居なかった。
ならば他のどこかにいるはずだ。落ち着いて、考えながら探そう。
リステアが近くに居るはずなんだ。あともう少し、手を伸ばせば届くところに居るはず。
なのに、どっちに手を伸ばせばいいのか分からない。
駄目だ、焦るな。ここまで来て、こんな……
「どうした相棒」
「いや、なんていうか、今までが遠すぎて実感が湧かなかったというか。こうも中途半端に手の届く位置に居ると思うと、急にもどかしくて堪らない」
離れ離れの機関が長すぎて麻痺していたのか。今更になって、ひどく恋しくなってくる。
今まで、義務感のようなもので探していたような気がする。
俺の妄想だから、嫁だからと。寂しい思いをさせているだろうからと。
でも今は違う。ただリステアに会いたい。そうしなければ、俺が耐えられない。
胸が苦しい。体が疼く。今すぐ抱き締めてほしい衝動に駆られている。
「おい、本当に大丈夫か?」
「ちょっと……外の空気が吸いたい」
外の扉を見つける頃には、廊下の壁に手を付きながらやっと進んでいた。
扉が開き、涼しく新鮮な、しかし薄い魔力の乗った風が肌から熱を奪う。
「っかは……ふぅ、すぅ……」
辛い。今までなんとか誤魔化してきたが、いよいよもって死にそうなくらい辛くなってきた。
だが、同時にもうすぐ会えるという期待が昂ぶってしまうから、どうしても先走ってしまいそうになる。
「ここで焦ったら、全部台無しだぞ。俺……」
「まあそれも面白そうだけどな」
呑気で危なげなリムルの冗談が、今では気を紛らわすのに丁度よく感じる。
いや、冗談ではない。二つの意味で。こいつは本当に台無しになってもいいと思ってる。酷い性格だ。
気分が悪すぎて魔力操作も安定しない。透明化もここまでで一旦終わりだ。
建物の影に隠れて座り、少し休憩する。焦っても意味はないだろう、少し冗談に付き合うか。
「勘弁してくれ。ここまでの努力が無駄になる」
「いいじゃん。リステアを怪盗みたいに攫ってさ。逃避行して、邪教のところで一緒に隠居生活でもすればいい。追っ手から逃れ切れずに心中っていうパターンもあるけど」
俺の中で笑いながら言う冗談。こいつの冗談は常に本気だ。心にもないことを言えるほど、この小悪魔は他人を気遣える性格ではない。
しかしならば、こいつは……
「お前はダクネシアみたいに、人間と友好を築きたいと思ってないのか?」
「えっ? 友好してんじゃん」
「えっ」
心の中から、きょとんとした目でこちらを見るリムル。
俺はなんと言えばいいのか分からず、リムルもまた不思議そうな顔を浮かべているまま、静かな時が流れる。
「レクト!なんか聞こえる!」
「「うおっ!?」」
ガルゥが突然吼えるので、リムルと一緒に驚いてしまった。
まあ犬なので声量がでかいのが困る。俺以外には聞こえないから遠慮が無い。
「で、何が聞こえるって」
「なんか、振ってる音。すごく鋭い音する」
「振ってる音……」
試しに耳を澄ましてみる。ガルゥもまた俺に妄想として取り込まれていて、その感覚を共有することが出来る。
穏やかな風の音、遠くの人々の会話、そして、そして……。
何か素早い物が空を切る音。
「確かに」
「もう手がかりも無いし、脅してリステアの居場所聞こうぜ」
「それもそうだな」
このままではリステアを見つけられる気がしない。多少強引な手段を使うしかない。
仕方ない。空を切る音に向かい、歩いて行く。
気分も多少楽になり、足取りも軽い。
音を辿ると、大きな建物に突き当たる。見上げると大きなバルコニーがあった。
灯もろくにないそこから、空を切る音は響いてくる。
「ガルゥ、どうだ匂いは」
「する。そこに人間がいる」
「じゃあ、一気に強襲する」
未だに魔力を操作するほどの集中力は維持できない。ここはTボーン
付近の木に登り、壁に飛び移り、バルコニーの端に手をかけてから一気に飛び上がる。
人影は思いのほか素早くこちらに気付き、叫ぶかと思うと臨戦態勢を取った。
得物はただの棒のようだ。剣術か何かの練習をしていたのだろう。
練習の邪魔をして悪いが、少し時間を貰う事にしよう。
「っ!?」
手を伸ばした瞬間、見えない何かに弾かれた。
「馬鹿な……やばい」
そういえば聖女がたくさん居るところだ。警護が手練れでないわけがない。
ならば、多少は本気でやるか。
相手の懐に踏み込み、その鳩尾に拳を打ち込む。
だが拳の軌道は棒によって巧みに逸らされ、逆に顎にカウンターを喰らう。
「こいつ、強い!?」
「ふっ!」
身を引くと、棒が鼻先を掠める。だがそれに留まらず、こちらの腹を棒の先端が抉る。
「うぐっ、がぁっ!」
そして頭部に響く衝撃……を受け流す。
空中で前転し、踵で相手の頭部を狙うが、軽やかに跳び退ってかわされる。
着地した俺は、相手を良く見定める。
夜の闇が深く、遠ざかった相手の容姿はよく見えない。
「随分強い奴がいるんだな、相棒」
考えてもみれば当然だ。こんな夜に一人で自主トレする熱心な奴が弱いわけはない。
しかもここまでやっておいて、逃げるでも助けを呼ぶでもなく応戦しようという気概。
それは明らかに猛者の所作だ。
これほどの強さの相手、人間界では未だに見たこともない。地方の勇者が単騎で挑んでも、まず相手になるまい。
「こいつは一体……は?」
不意に月明かりが闇を照らした。
その瞬間、目に映ったのは求めてやまなかった銀色の髪だった。
「お前は、お前はまさか……」
「……貴方は、どなたですか?」
幾本もの流星を束ねたような銀の髪、宵の空のごとく深いコバルトブルーの瞳。
軽やかで流麗な身のこなし、鋭い技の切れ味、こちらを見据えるその様を俺が見紛うはずはない。
「不思議です。貴方からは懐かしさを感じます。貴方はレクトという名をご存知ですか?」
「その銀髪、青い瞳……やっと見つけた」
俺は構えていた腕を下ろす。
なんてことだ。奇襲だったとはいえ、俺はまさか自分の嫁を襲っていたのか。
「やはり、そうなのですね……レクト」
「リステアっ……」
リステアが、俺の名を呼んだ。
ずっとこの時を待っていた。この時のためにやってきた。
気付いた時には、俺はリステアの方へと駆け出し、抱き締めていた。
いや、抱き止めて貰っていた。
「この柔らかさ、この暖かさ、本当にリステアなんだな……」
「ええ、レクト。よくぞここまで。信じておりました。きっと私を迎えに来てくれると」
妄想の頃とは違って少し幼いリステア。
そのまだ育ちきっていない胸に顔を埋めると、リステアは俺の頭に決して離さないようにと手を添えてくれる。
「本当に、頑張りましたね」
「ああ、頑張った。俺がんばったよ。リステア」
妄想の時とは違って、胸の鼓動がちゃんとする。あと良い匂いがする。
リステアは今ここに生きている。本当に、本物の命がある。
「すごいな、生きてるんだな」
「ええ。私もこうして、生きている状態で貴方に触れ合えるなんて……前とちょっと違いますね」
「ああ……今の俺は」
俺は少し躊躇した。
リステアが、魔人間である俺を受け容れてくれるかどうか。
リステアは妄想から生まれた。だがもう妄想ではない。
だが、そんなことは些事だ。リステアは俺の嫁。嫁を信じなくて何が婿か。
「信じていましたよ。たとえ鳥獣や昆虫の類となっても、私の元に来てくれると。そのために見つけた虫一匹に逐一話しかけるのは中々厳しかったですけど」
「えぇ……」
信頼のしすぎもアレだな。まあ信じるのは勝手だから仕方ない。俺も勝手にリステアを信じることにしよう。
「だから、聞かせてください。貴方が私のためにどれだけの苦労を積み重ねたのか。その愛の道程を」
「もちろん、そうしたいんだが……」
「何をしてらっしゃいますの?」
それは闇を裂く閃光のような声だった。
威風堂々、唯我独尊。自分に絶対の自信を持つ声。
「リスティ、そちらの方は?」
この夜にさえ目立つ金の髪と、真紅のドレス。
「リステア……」
「大丈夫ですレクト。ここは私に任せて……エリザ、紹介します。こちらは私の愛しい人です」
任せてって、ド直球で言ったぞ。大丈夫かこれ。
「えっ、この方が件の……」
件のって、リステアは俺たちのことを既に話しているのか。
「お、驚きですわ。まさか本当に……なんてロマンチックな!」
「ええ。私の愛しい人ですから」
「嘘だろ?」
まさか理解すら得られているのか。
「レクト、とりあえず中へ。部屋に案内します」
「あ、ああ。分かった」
話がすんなり行き過ぎのような気がするが、まあいいか。
リステアとエリザの部屋に辿り着き、そして俺はリステアに今までの全てを話し、リステアから今までの全てを聞いた。
「じゃあリステアは聖女としてここで色々してきたと」
「はい。レクトは人間と悪魔の間に友好を築こうとしているのですね」
「まあそういうことになるが」
リステアはやや思案した後、エリザの方を見た。
「エリザ。どう思いますか」
「素晴らしいと思いますわ! その闇黒魔王という者は中々に話が分かっていますわね」
「マジか」
リステアから聞いた。エリザは王族の出だという。この都でも大人気、成績も優秀で才色兼備、自他ともに認める聖女王だと。
「正教の人間にしてはずいぶんと柔軟というか、器が広いというか」
「ええ、聖女といえど私は未来の女王。正教一色に染まるなんて冗談じゃありませんわよ。貴方が悪魔側に立って友好を築こうというなら、私は人間の側に立ってそちらと友好を築きましょう」
「それは……いや、ありがたい」
邪教は多種多様だ。やたら人を生贄にするのとか、それこそ本当に邪教の名に相応しい物もある。<黒の太陽>がかつてそうだったように。
そんなのと軽々しく友好を築こうなどと言っていいのか。
だが、エリザの自身満々な笑みを見て、不安は一瞬にして払拭された。
人間嫌いでも、格の違う人間というのは感じ取れてしまう。
生半可な善人ではない。それは毒でもあり、薬にもなる。様々な色を認め、形を認める花の王。
「改めまして、私は花王エリザベス。リスティとは親友ですわ!」
「リスティって呼ばれてるのか……今後ともよろしく、エリザ」
リステアからエリザの話を聞く限り、これ以上無いほどの聖人という印象だった。
やたら民の生活に密着するし、溌剌な性格で遠慮が無いが、よく考え、よく動く。
欲望に関しても否定的ではないし、人間側のトップがエリザなら色々とやりやすいだろう。
「だが、簡単に俺を信じていいのか? もしかしたら……」
「当然ですわ! 私の親友が選んだ男なら心配無用です。それにリステアも強くて賢い子ですもの。見誤るようなこともないはずですわ」
人を見る目もある。リステアは確かにそういう風に妄想しているから。
「まあ、大船に乗ったつもりでいてくださいな。私が本物の聖女にして女王になった暁には、悪魔との友好も実現させてみせますわ!」
「お、おう」
参った。実際のところそうなると、俺が描いた将来設計と結構な差が出来るんだが。
「さて、そろそろ俺は次に移りたいんだが……リステア、お前はどうする?」
「私は……」
リステアと再会した。それは良い。
だが、リステアはこの後どうするのだろう。
俺と一緒に来てくれるのか。それとも今のところは聖女としてエリザとやっていくのか。
「私は、レクトと一緒に居たいです。せっかく逢えたのですから。レクトは私のために、たくさんの欲望や絶望を噛み殺してきました。今まで私と共に歩んできた現実とは違い、お一人で」
「一人じゃないだろ私たちいるだろうが!」
リムルの言うことも分かるが、そういうことじゃない。
リムルたちは俺の協力者だが、味方ではない。
でもリステアは俺にとって唯一の味方なのだ。心の底から信頼できる。決して裏切らないし、裏切られない。
心から、というより心そのものを預けられる最愛の人。
俺の愛欲を満たせる唯一の人。
「ですが、それで本当に大丈夫なのでしょうか」
「だよなぁ。もうリステア聖女だもんなぁ」
本当なら、リムルが言っていたように強引に攫ってしまうつもりだった。
だがエリザという王族の聖女という可能性を見てしまったため、下手に事件を起こすのもどうかと思ってしまった。
本当なら、出来る限り邪教同士を集め、邪教の合衆国を作るつもりだった。
魔界の理に倣った弱肉強食を主とし、正教という共通の敵から自分達を守るために協力せざるを得ない状況。
正教が濃いこの世界で、神の十戒に反するような集団は存在自体が許されないだろう。
だがレディファーストのような複合体があるならば、邪教の国というのもイケそうだと思った。
「レクトが臨むなら、私がそれを断る理由はありません。むしろ私もそれを望んでいます。愛の逃避行、どこまでも共に歩む覚悟はあります」
年齢がロリータだから、余計にロマンを感じてしまう。
でもぶっちゃけどうでもいいし、リステア居ればなんでもいいし。どちらにしろ悪魔と人間の友好の形にちょっと差異が出来るだけだ。
葛藤していると、エリザがぽんと手を打った。
「なら、こういうのはいかが? レクトが勇者になればいいんですのよ」
「!?」
俺が勇者になる? 何を言ってるんだこの聖人は。花王というから頭の中も花畑になったか。
「確か勇者は実力が高ければ神技が使えなくても勇者になれると聞いたことがあります。リスティは下手な勇者より遥かに強いですから、対等に戦ったというなら十分勇者になれると思います」
「俺が勇者になって、それからどうするって……」
すると心の中でブッキーが小声で語る。
「お前が勇者になって各地を旅し、邪教と接触すれば良い。リステアを供にしてな。どうせ正教の国が邪教を求めたとて、正教の人間が全て邪教を認めるなんてことにはならない。となれば、お前がすべきことは見定められる」
「友好関係を邪魔する奴らの掃除か」
「そういうことだ。あとは契約内容次第になるだろうが」
国が正教だけではなく邪教を認め、いたずらに邪教を排斥するのを禁じる。その代わりに邪教も正教への無闇な攻撃はしない。この契約が出来れば一先ずは悪魔と人間が友好を築いたと言えなくもない。
その後に悪魔の存在もついでに認めてくれればいい。
悪魔が信仰をある程度取り戻せば、神に抵抗が出来るようになる。というのはダクネシアから聞いた。
「そうだぞ!」
「そっすよー」
「そうだ」
「そ、そうですね」
「そうだよお腹すいた」
「そう、だったかしらね。もういいでしょ犯らせてよ」
本当かよ……条件がふんわりしすぎだろ。
「いやでもそんなもんだしな。そうでもなけりゃ別に邪教をここまでブッ叩く必要はないわけだし、正教だってここまで勢力を広げる必要はないじゃん」
と、ここで外に意識を戻す。
「えー、じゃあ俺勇者になるの? マジで?」
「ご不満でしたら、やはり私はレクトと供に逃避行を……」
「一応、正教からも資金の提供はありますわよ。お金を愛妻に貢ぐのも男の甲斐性というものでしょう?」
コイツ本当に聖女かよ。いや、王族らしい強欲さともいえる。
「そうか……じゃあそういう方向性でいくか」
「はい。レクトが勇者となって、再び私を迎えに来てくれること、楽しみにしています」
「それじゃあ俺は一旦戻るから」
「はい、気をつけて」
名残惜しいが、そういうことならアトラたちに予定の変更を伝えなければ成らない。
俺はもう一度リステアと抱き合ってから、再び夜闇に飛び込んだ。




