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人間嫌いの魔人間と脳内嫁の聖女  作者: めんどくさがり
4.人間界行脚の章 レディファースト
38/82

三十一柱 レディファースト

 商業都市アキンド。

 名は体を現すというか、そのまんまだ。

 物流多く、行き交う人々も様々。

 商人のみならず、珍しいアイテムを求める富豪、優れた武器を求める戦士、魔術の材料を探す魔法使い……


「すげぇ! 人間がこんなに群れてる! 相棒ほら!」

「喧しいぞリムル……ところでレクト、本屋に寄ってくれ」

「あっ、奴隷が売ってるっすよ番長。人手増やしときましょうよ」

「肉奴隷はないの?」

「……人が多いところはちょっと」

「しょ、食欲が抑えられない……」


 大量の人間を見て興奮するリムルに、人間の本を欲しがるブッキー。奴隷の半額セールに食いつくクロとフェチシア。しかしボーンにこの空気は合わないらしく、ガルゥは誘惑に耐え切れそうにない。


「や、やかましい……まあいい。宿屋も確保したし、偵察がてら観光といくか」


 雅義にはアトラとシロの護衛を任せている。レディファーストのところに行くのは明日だ。

 それまでに必要なものも買い足していこう。


 必要なものならたくさんある。三人分の食糧、焚き火のための燃料、溜まった着替えの洗濯と新調。

 洗濯はすべてクリーニング屋に任せ、服屋に入る。

 普通ならこだわるところなのだろうが俺には服のことはよく分からない。とりあえず特売になっている下着を適当に一式揃え、生活用品と食糧を買い込む。


 三度目の街となれば慣れたもので、思いのほかスムーズに終えてしまった。

 余った時間を使い、喫茶店で優雅にティータイムと洒落込むことにした。


「……ふぅ」


 街中は賑やかな喧騒で満たされていたが、この場所は違う。

 屋上のテラスは、この辺りのどの建物よりも高く、最も青い空に近い場所。各々が各々の席でそれぞれのことをしている。

 誰も無駄口を叩かない、静かで穏やかな時間。こんな時間を過ごすのは、転生して初めてのような気がする。

 元々が引き篭もり体質なので、こういう空間のほうが性にあってるのだが、魔界ではリムルは喧しかったし、この世界に来てからもあれこれと忙しかった。

 これであとリステアが傍に居てくれたなら完璧だったのだが……。


「リステア……」


 いったい、何処にいるんだ?





 すっかり日も落ちると、アキンドという街はまた別の顔を見せた。

 商売ならなんでもいいのか、やたら風俗の勧誘が目立つようになったのだ。

 一見すると死ぬほど治安の悪い街だ。

 とはいえトラブルは見かけない。路地裏の薄暗がりから誘う白い手と太腿、そして谷間。

 女を売り込む男、女を買い込む男。欲望と金が渦巻く金色の夜が、ここにはある。


 まあ、そりゃあ奴隷が売られてるんだから、女体や春が売られることもあるだろう。


「どうですお兄さん、一発で1万! ナマでもオッケー!」

「ああ、いえ、どうも」


 これで五回目だ。やはりこんなところを一人で歩いていると、声をかけられやすい。


「そこのお兄さん、表よりも裏の方が気持ちよくなれるわよ?」

「いや、結構ですどうも」


 女も男も働き者だなまったく。


「まったく……低レベルねぇ、人間は」

「なんだフェチシア、俺から見てもかなりのハイランクが揃ってるように見えるが」

「あら、妄想嫁というものがありながら」


 別に異性に興味が無いわけではない。ただリステアが完璧すぎて他が霞むだけだ。


「化粧も雑だし、あれなんか整形してるし、あれも偽乳よ? あれじゃサキュバスじゃなくてフランケンシュタインかサイボーグよ」

「そう言うなよ。人間は悪魔と違って自由に身体を変化させられないんだから。そうでなかったらブサイクは永遠に報われない」

「そういう容姿で生まれたってことは、それが相応な魂なんじゃないの?」


 こいつ……シビアすぎる。

 なんだよサクブス系列はそういう価値観なのか? まあ淫魔というくらいだし、自分の美貌にはこれ以上ないほどの自信があるだろうし、人間如きとはまた価値観の高低差が違いすぎるのだろう。


「それとも、やっぱり元人間だと情が湧いちゃうのかしら?」

「……ふざけるな。俺は人間嫌いだ。とはいえ、嫌いだからといって不当な扱いはしない。それをしたら、奴等と同じ者になってしまう。あんな奴等と一緒にするっていうなら……」


 俺の中に居る以上、こいつら自体を侵せなくとも、取り除く術はある。


「今すぐ妄想こっから叩き出すぞ」

「っ……ちょ、ちょっとした冗談じゃない。もう……お願いだから殺気を漏らさないで。お漏らしは吐精だけで十分」


 俺のドスも案外捨てたものじゃない。まあこの世界に来てから色々と修羅場潜ったからな


「……以後気をつけろ」

「レクトの憤怒にも磨きがかかってきたな。今のは良かったぞ。やはりレクトは憤怒が向いているだろう」

「ま、まだ私は諦めないわよ。私という名の色欲に溺れさせて魅せるわ……!」

「相棒相手じゃそれだけは無理だと思うけどなぁ」

「っすよ」

「わ、私も、そう思います……」

「早く夕飯食べたい」


 ガルゥが駄々をこね始めた。こうなると急がねばならない。

 空腹というのは妄想もしにくくなる。それにイメージするよりも実際に味わい、満腹感を得たほうが、ガルゥの満足度も高くなる。

 空腹時のその場しのぎな妄想では、ガルゥの暴食を満たすことは難しいのだ。


「今夜はあいつらに美味い飯をご馳走してやるか」






 生まれて初めての外食に、田舎出身感を丸出しにしながらもなんとか絶品料理を平らげ、久しぶりに建物の中で眠ることが出来た俺たちは、清清しい朝を迎えた。

 出発の段取りはとうに終え、俺たちは馬車へと乗り込む。

 ちなみに馬車のレンタルも大福の系列店で行った。これがいわゆるご贔屓というやつである。


 勇者側からの資金援助を受けながら、格安ながら商人に金を流す。

 情報に関しても金を払えば調査してくれたりするが、これは高い。リステアのことは異教がらみの情報でなければならず、金では買えない。


「レクト様、大福商会から調査報告が届きましたよ」

「ありがとうアトラ、走りながら読ませてもらおう」


 運転席に座る俺に、背後から紙束が差し出される。

 それを受け取ってから、俺は馬を走らせた。


「さて、俺のアテが正しければ……」


 しかし運が良かった。レディファーストのところに行く前にこれを思いついて。

 そして入った喫茶店が彼の系列店で、なおかつ彼と再会出来て本当に良かった。


「ハッ、人間なんて異世界でもそう変わりはしないってことか。残念だったなリムル?」

「……うわぁ」


 あのリムルが引くような素行が、この調査書には書き記されている。これがレディファーストとの交渉をきっと円滑にしてくれるはずだ。


「お前こんなん悪魔通り越して畜生の域だぞ……」

「そうだよ。人間様ってのは大概がそういうもんなの。大概な」

「うへぇ……でもお前は違うだろ?」

「……さあな」


 馬車は南西の山林へと進む。

 途中で野良犬だの野良飛竜だのを蹴散らして、つつがなく山の奥へと進むことが出来た。

 溢れるほどの自然。前世でこれほどの自然が残っているところはド田舎とされていたし、中々に不便そうだ。

 だが隠居暮らしをするには悪くないかもしれないな。リステアと二人、ひっそりと山奥で。

 ろくな娯楽も無いしな、基本的に寝床が乱れる生活になりそうだ。


「悪くない……」

「レクト様、どうかしましたか?」

「ああいや、なんでも。っと」


 俺は緩やかに馬車を停車させる。

 何事かと中のアトラとシロが顔を出し、雅義が飛び出す。


「敵ですかレクトさん!」

「いや、お迎えだ。剣をしまっていいぞ」


 姿は見えないが、その気配は多い。

 前方に三つ、後方に二つ、左右と後方に二つ、上方に三つ……って多すぎない?


「さぁて、どう迎えてくれるのか」

「生憎だが、こっちじゃ男をもてなす習慣はない」


 前方に潜んでいた三つの気配が姿を現す。


 直射日光を存分に受けていることが窺える褐色の肌、色褪せて赤茶けた髪は獣のようで、ケアがされているようには見えない。

 そもそも、革や毛皮の衣で出来た装備品に包まれた身体は女性らしい特徴はあるものの、筋骨隆々すぎて女性らしさなど欠片もない。


 そして何より、中央の女性は明らかに只者ではない。

 左右の女性より発達した筋肉、鋭い眼光、草を編んで作られた冠。

 荊で出来た鞭、獣の牙で出来た矛の槍、石を研いで作られた矢、竹の大弓、使い込まれた傷だらけの双剣……。


「それで、アンタらがアタイらの仲間を返り討ちにしたっていう異教の猿かい?」

「猿とはまた随分だな。俺の名は……」

「ああ要らないよ自己紹介なんて。猿の名前を一々覚える気はないからね。猿は大人しく連行されてればいいんだ」


 なるほど、レディファーストというからどれほどのものかと思ったが、かなり徹底している。

 とりあえず、今は彼女たちの指示通りにしておこう。






 アマゾネスの集落へと辿り着いた俺たちは、すぐさま首魁と会うことになった。

 彼女が座る場所は左右に衛兵が配置され、灯火が置かれている。

 まるで祭壇のようだった。


「よく来たな異教の猿よ」

「なんでここは男を猿と呼ぶのか、大体想像は付くが」

「正教であろうと異教であろうと変わらん。男と言うのは色欲に塗れた猿だ。そして苦痛に対して脆弱な分際で女性を蔑み、搾取する。女というものを物のように扱い、平等を謳いながら男尊女卑を押し付ける。それが男という名の畜生だ。猿と呼ぶのが相応しかろう?」


 なるほど、概ね同意できる。人間の醜い部分をよく理解できている。さも自分たちはそうではないという自覚のなさを除けば。

 とはいえ、彼女らには相応の実力がある。それは実際に戦った俺が一番理解している。下手な勇者では彼女達を倒すことは出来ないだろう。


「ふむ、一理ある」

「ほう、異教ゆえか幾分賢い猿であったか。だが、我らの邪魔をしたのは許しがたい。本来ならばここで八つ裂きにされてもおかしくはないが……その前に、なぜわざわざ妾の元へ参ったのか」

「さすが聡明なアマゾネス、なら用件を話そう。率直に言うと、そちらの邪教と手を組みたい」

「帰れ。男と組む手など、我らは持たん」


 とまあ、ここまでは想定の範囲内。門前払いが当然だろう。レディファーストなんて言うくらいだから。


「まあまあそう言わずに。レディファーストの噂は聞いている。女性中心社会を築きたいんだろう? 俺たちはその野望に協力する用意がある」


 女王は怪訝な表情でこちらを見下ろしている。

 しかし強制的に追い出されるような状況でなければ、まだ交渉の余地はある。


「お前は何者だ、一体何を企んでいる。異教の者よ。そもそもお前は……」

「申し遅れたな。俺はレクト。闇の大いなる主人・ダクネシアの御使いだ」


 懐から取り出し、黒曜石の手鏡に魔力を通し、煙を吐き出させる。

 唯一無二の手鏡。決して偽られることのない魔道具にして神器。


 先ほどまで退屈そうだった女王の瞳が大きく見開かれる。


「見るだけで分かる。その手にある物の禍々しさ、おぞましい獣の匂い……やはり我々だけではなかったか」

「なに?」


 突如、全身を強い殺気が包み込む。

 心底深い冷徹さと、沸き立つほどの憎悪が入り混じる想念。

 俺の背後に忍び寄っていたのは、そういう何かだ。


「避けろッ! 相棒!」

「チィッ!」


 前に飛び出しながら身体を反転、鏡を左手に持ち替えて、振り向くと同時に右手の剣を構える。

 重厚な衝撃を受け止め、けたたましい音と火花が散る。

 如何や、その膂力はあまりにも人外だった。


「誰だ手前テメェ

「畜生の分際で、私の前で呼吸をするな」


 十字に交わる俺と乙女の剣。

 乙女は一切の躊躇いなく槍を構えていた。

 それはまるで弓矢の構えのようで、切っ先は確実に俺の喉を狙っていた。


「死ね」


 矢の如く鋭くはやい一刺しが放たれる。

 常人ならば、確実に即死させられる威力、そしてそれを成す手際は、見事の一言に尽きる。


「……しぶとい猿だ」

「そりゃ、どうも」


 痛い、痛い。結構痛い。

 せっかく貰った鏡を傷つけるわけにもいかない。とはいえみすみす刺し殺されるわけにもいかない。

 首の代わりが左腕一本で済むなら、安い物だ。


「れ、レクト様!」

「おい女王様、これはどういうことだ」


 背後に居る女王の表情は分からない。今は目の前の無愛想な女子一人で手一杯だ。


「こいつは何だ。お前ら何を企んでいる?」

「彼女はお前と同じだ、魔と人の結晶よ。我らが理想は全ての男を敷きて、大地を揺るがすこと。憤怒を遠く轟かせ、全ての傲慢たる男を平伏させる。我らが主はカーリー」


 カーリー。ああ、そうか。そういうことか。

 こいつらはそのままひっくり返す気だ。

 虐げられていた女性と、虐げてきた男性。その忌々しき歴史を、そっくりそのまま男性ちくしょうに押し付け、これでもかと足蹴にするつもりだ。


「お前の目の前に居る者は。つまりはそれだ。カーリーはお前の存在などとうに見抜いていた。お前と言う存在が創られたとき、相反する物を生み出す法理を以って、彼女は作られた。お前より強き妹だ」

「妹……なるほど、そういう見方をするのか」


 俺と言う異物を材料として出来た、俺はこの世界にとっては余分なものだ。

 その分の作用を利用して、妄想嫁リステアは聖女として生まれた。

 それは今の神が定めた法理だからこそ、絶対に破られることのないシステムだ。


 だがそれは魔界の別勢力からしてみれば、ライバルに新たな戦力が加わったことを意味している。

 人界と魔界という対立はより細分化され、魔界のダクネシア勢力の増強を利用し、カーリー勢力もまた増強を成功させた……ということか?


「じゃあ、こいつは一体なんだ。まさかこいつも……」


 俺と同じ異世界の住人か? それとも、この世界の誰かを攫って弄くったか?


「彼女こそ、偉大なる<黒き者>の化身にして体現者……」

「私は、ドゥルガー。黒き母<カーリー・マー>現人神として創りだされた者」

「創りだされた……人造人間?」


 はてさて、カーリーは人間や生命を創るような能力を持っていただろうか。名前は聞いたことあるけど詳しくは知らない。

 いや、黒い母というくらいだし、生むくらいわけないのだろう。


「……まあいい。にしてもこっちの話くらい落ち着いて聞いてくれてもいいだろうに」

「お前がこの人界に来ることは彼女から聞いた。そして身の程を知らずにこちらに関わろうとするだろうとも。それはお前に痛手を被った仲間の分だ」

「はぁ」


 楽しそうな声は、明らかにこちらを見下しているようだ。

 なんというか、つまり憂さ晴らしか。


「ドゥルガー、ご苦労だった。刃を引くがいい」

「よろしいのか、アマゾネスの女王」

「ああ。あの不意打ちを喰らって未だ生き永らえているのだ。その子種は貴重だ」


 もう完全に優秀な子孫を残すための遺伝子として目を付けられ始めているようだ。

 幸い、アマゾネスはなぜか美女揃いなので最悪な状況は避けられるだろうが……。


 するとフェチシアが急に情報分析を始めた。


「アマゾネスは狩人系女子だからでしょう。胸が小さくても腹が出ているような豚はいないのね」

「フェチシアは女性の評価に関しては途端に辛口になるんだよなー」

「同族嫌悪という奴だろう。憤怒では良くあることだ」


 リムルとブッキーは呑気にフェチシアを分析している。

 しょうがない。またクロから知恵を借りよう。


「クロ、到底話が通じそうに無いんだが」

「そんなことないっすよ。番長の左腕という尊い犠牲のおかげで、なんとか機嫌は取れたっすから。そろそろ話を聞いてくれる頃っす」

「本当かぁ?」


 とりあえず丁度ドゥルガーが武器を引いたので、俺は女王の方を見る。

 うわぁ、ご機嫌そうな表情を浮かべてやがる。


「さて、女王として一矢報いた。次はお前の話を聞く番だ」


 うわマジだ。ここまでただの憂さ晴らしか。強襲を邪魔され、痛手を負った俺に対するあてつけだったか。しかもクロがまたドヤ顔してるのがまたなんとも。

 しかし、クロは本当にこういうところ頭がキレるな。本気で見直し始めてる。


「男の手は借りないんじゃないのか」

「お前から手を借りるつもりはない。だがほら、省ける手間なら省いておきたいだろう? 女性が手を汚すのもどうかと思っていたところだ」


 女王の視線が俺の左腕に、口元に嫌味な笑みが浮かぶ。


「せいぜい畜生イヌのように働くがいい」


 物は言いようってわけだ。それならこちらも遠慮はしない。


「俺たちはダクネシアの意向に基づき、人間と友好的な関係を築こうとしている。しかし、邪教の一派であるレディファーストにあまり人間を襲われては困る。そこで提案だ」


 俺のする提案に、女王の表情は見る見るうちに信じられないものを見るようなものになってしまった。


「お前、それはネタで言っているのか」

「いいや、至極本気だ女王よ。男がクソなのはごもっとも。とはいえ、それをするには敵が強すぎる。勇者と聖女は、あまりにも強力すぎる」


 勇者と聖女、男と女。表向き対等とされた双方。神の元に平等とされた双方。真実がどうあれ、これに真っ向から挑みかかるのは圧倒的不利。

 ならば単純な話、邪教こちらの勢力を増やすしかない。

 そしてこちらには勢力を貸す用意がある。


「同じ邪教同士、ここは仲良くしたほうがお互い得だと思うんだが」

「それで、お前はどうしてこんな余興に付き合っている? お前自身が何かを欲さなければこんな大仕事を引き受ける理由があるまい」

「俺の最愛の人のためだ」

「ほう、最愛と来たか」


 その眼差し、視線は侮蔑か、嘲笑か、冒涜か。

 口元の薄ら笑いが非常に癪だが、ここは堪える。


「男の語る愛やら恋やらはどうも嘘くさく、そして軽々しい。吹いて飛ぶ塵の様だ」

「…………」

「どうした、情け無い。何か言い返さんのか?」

「嘘くさいなどと言われて、更に臭い台詞を重ねる気は起きないな」

「ふむ。賢いが馬鹿正直だろう、お前」


 俺の中でやってしまえと煽るブッキーと、必死に止めるクロの鬩ぎ合いが繰り広げられている……。


「そもそも、俺にとっちゃ男もお前たちも変わらず人間だ。人間嫌いの俺にとっては、クソほどの価値もないし、どうでもいい。それでもわざわざこうやってお膳立てして回ってやってるのは、俺の最愛の人のおかげだぞ。俺ではなくともそっちには敬意を払え」

「人間嫌い……そうかそうか。なるほど、お前が男であるにもかかわらず妾の元に話を持ってこれたのはそのためか」


 俺にとって、この世界の人間がどうなろうと知ったこっちゃない。

 ただ俺はリステアとの夢の生活を実現するために、最善の行動をしているに過ぎないのだから。

 この世界の男が全員、このレディファーストの元に平伏そうが、一つの邪教が正教によって討ち滅ぼされようが、まったくもってどうでもいい。


「お前たちは男が嫌いなんだろうがな」

「我らは男が嫌いなのではない、傲慢な男たちが気に食わないので屈服したいだけだ。かつて原初の男女が体位で争ったことから、我らは男の傲慢をねじ伏せることを悲願としている」

「じゃああれはどうなんだよ。草食系男子ってのは」

「不要な遺伝子だ。しかし家事がこなせる者ならば婿に迎えるのに限っては……あれは良いものだ。愛いものよ」

「逆レ系かぁ。悪くない」


 っと口が滑った。追求されるまえに話を進める。


「おい、今なんて……」

「それで、どうする。かなりのお買い得だと思うが」

「ふむ、畜生サルの頭にしてはよく考えたものだ。だがお前たちが裏切らないという保証が無い以上、お前たちに手を貸すのはリスクが大きすぎる。事を成す前にお前が最愛の人とやらと逃避行でもされたらこちらは大損だ」

「では定期的にそっちに金と食糧を流そう。そうすれば強奪の必要もない」

「金……そうか、お前」


 彼女等とて、自らが襲う予定だった相手のことは頭に入っているだろう。

 こっちには大商人のコネがあるし、勇者のツテで安く物を仕入れられる。

 むやみやたらに襲って血を流すより、遥かに低リスクで高コストのはずだ。


「この供物、貢物がある限り、益は間違いなくお前たちにある。俺が裏切って逃避行するにしろ、それまでは人間に手を出すのは控えて欲しい」

「なるほど、そういうことなら……」


 これは意外となんとかなりそうだ。ここまで全部クロの策だが、ちょっともうクロが何か神々しく見えてきた。


「そういうことなら、他の者たちにも話を振ってやらねばなるまい」

「……なに?」

「なんだ、知らないのか? レディファーストは種族を超えた女性の結集だ。とはいえやはり種族ごとに様々な女性優位レディファーストがある。我らアマゾネスは憤怒によって傲慢なる男を屈服させると言う悲願を抱いているが、ほかの種はそうではない」


 なんだと……まさか、これは、アマゾネスの女王とは、レディファースト全体を統べる存在ではなかったのか。

 レディファーストは、種族それぞれに違った幹部がいるということか。

 だとしたら、これは非常に面倒臭いことになってきた。


「お前のここまでの功績、アマゾネスへの功労、そして想い人への最愛を示した功勲への褒美として、レディファーストのアマゾネスはお前たちの計画に乗ろう。そして、異種なる者らへの道を教えてやるとしよう」

「……そりゃどうも」


 まったく、一筋縄ではいかないな。レディファースト。

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