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人間嫌いの魔人間と脳内嫁の聖女  作者: めんどくさがり
2.人間界行脚の章 不朽羨望
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二十四柱目 リムルとリルム

 他力本願な願望、俗に塗れた欲望。己が手で遂げる野望、光に導かれて希望、嫉妬に駆られて羨望。

 人が何かを望む時、心と体の奥底から湧き上がり、行き渡るモノ。


 煮え滾り燃え盛るは、絶望は断ち切るものは光でも闇でもない。逆に言えば、光と闇でもいい。

 望みや想い。誰もが一度は抱くであろうそういった心の輝き、あるいは猛り。

 それに忠実な人間にこそ、魅力というものは備わる。


 そう、彼の勇者のように。





「早い話が、つまらないことを強要してくるのが嫌い。でも大概の人間はそう」


 最初の村から出発して二日目の夜、移動は俺が走るより遅いものの、シロが体調を崩すようなことは無かった。

 馬車の中でシロはすやすやと寝息を立てているが、俺はアトラが眠れるまでの暇つぶしの相手をしていた。

 そのときにアトラは俺に問うた。どうして人間嫌いなのかと。



 社会とかいうクソつまらない不出来なシステムの上で、社会人というクソつまらない人種になり、社会常識というクソつまらないルールで縛り、社会奉仕を強要する。

 己の欲望より世間体に追われ、権利よりも義務に執着し、自分の正義を押し付けて、潔癖さが人を傷つけて尚平気な顔をしている。


 我ながら見事な駄目人間。社会不適合者だな。


「支配する奴が実力のある奴ならいい。暴君ならそれでも。叛逆ってのも面白そうだ。でもあの世界には統率者というものが存在しない。人々の価値観が、価値観そのものによって互いを縛り、自らを戒める。人間とは社会的な生き物で、だからこそ群成す虫のように恐ろしい」


 あらゆる存在があらゆる在り方を許容され、活躍の場が与えられる完全な理想郷ならばまだしも、不完全で未完成な社会では、常に喧しい怒声と阿鼻叫喚が響く。


「お前たちの邪教だってその犠牲の一つだ。たった一つの宗教のために、神を盲信して、ゆえに他者を迫害するのになんら躊躇も無い。それが純粋に自分のためであったらばまだ強かで見所がある」


 その集団がもし散り散りになれば、すぐに手の平を返すだろう。殉死すら出来ない半端な奴らが、数の暴力で自らを万能の使途であると錯覚する。


「うぅ……」

「あー、ちょっとつまらない話をしたな。話題を変えよう」

「あっ、違うんです。その、仰ることはなんとなく分かるんですけど、たぶん、私もレクト様のいう人間の部類なのかなって」

「ほう、それはなぜ?」

「だって、レクト様が居なかったら、生贄制度に反対なんて出来なかったから」


 アトラが俺と行動しているのは、シロという友人を過酷な運命から救うためだ。


「レクト様でなかったら、とても頼めませんでしたよ。私は力も何も無いただの嫁ですから」

「そうか? 俺じゃなかったとしても、たぶんお前は同じ事をしたぞ。絶対」

「そう、ですかね?」


 人間なんてそんなものだ。する奴はするし、しないやつはしない。

 そのあたりはだいたい度胸の問題だからな。


「そも、比較にならない絶大な力を持つ者を相手に、自分の望みを語るようなことが、すでにとんでもない度胸でなければ出来ないことだ。だから俺はお前に応えた」

「そう、ですかね?」

「シロのことは、悪く思うな。だが生贄制度は終わらせたから死ぬことはないし、あとは本人の望むままだ。本人の意思こそ、この世で最も尊重すべきことだ」

「本人の意思……」


 アトラは首をかしげている。だがそれでいい。考えてもらえれば、それでいい。

 思考とは意志の研鑽。いずれ振るうべき意思の刃で、立ちはだかる何者をも切り拓くための。


「一つ考えてみてくれ。お前が本当にシロの幸福を望むなら、お前にとってのシロの幸福ではなく、シロにとってのシロの幸福を」

「シロにとっての……はい。レクト様より与えてくださった恩義に報いるためにも」


 気付いてくれただろうか。それとも気にかかる程度に留まっただろうか。

 だがそれでいい。


 考えた末に、本当にシロの意志を奪ってまで自分の幸福を押し付けるならば、それでも。

 あとはシロが抗うかどうかの問題だ。


「そろそろ寝たほうがいい。見張りは俺がやっておくから」

「はい、それではお言葉に甘えて……」


 アトラも馬車の中に戻っていく。

 見届けた俺も焚き火を眺めながら、徐々に眠気に身を任せていく。

 近づいてくるものがあれば、ガルゥがきちんと察知してくれることだろう。俺の安眠は最初から保障されていたのだ。




<サイド:リムル>



 ここは本魔王ブッキーの異次元収容魔本の中。ここでは偉大なる傲慢なリムルと取るに足らない五柱の悪魔がレクトの頼りなさをカバーすべく、粛々とその出番に備え、待機している。


「おっかしいわね……」


 そう呟くのは、この人間界に来てからいまだに出番のない四柱の一人。

 彼女はフェチシア。一級品の売女娼婦クソビッチ。誇り高き淫蕩淫魔サクブスクィン


「なんだよどうしたビッチ。気高きフェチシア様にそーんな顔は似合わないんじゃないか?」

「だっておかしいじゃない! もう二日よ!? 二日も馬車の中で男が一人、女が二人! この空間で一体どうして何も起きないっていうのよ!」

「今更だぜフェチシア。お前の誘惑にすら屈しなかったあのレクトが、今更極上の生娘の一人や二人で魔が差せるものか」


 心底悔しそうにしているフェチシアが愉快でたまらないが、しかしレクトの意志の強さも、ここまでくると清清しい。

 自覚があるのかないのか、そこだけは創作ものがたりの主人公のように強かだ。

 それこそ、私の相棒に相応しい。私が憧れるに相応しい人間だ。


 彼は気付いているのだろうか。彼自身はどうしようもなく人間で、だからこそ彼は人間嫌いになってしまったことを。

 しかし、彼が彼で在り続ける限り、人間だろうが魔人間だろうが、人間の価値は地に堕ちることが無いのを。


「あいつには、もうちょっと傲慢さが欲しいなぁ」

「それにしたって、童貞のくせにあんな生意気な……あんな生意気なご褒美! 技を掠め取られたみたいで悔しいわ!」

「喧しいぞデカチチ。貴様がいかに悔しがろうと意味は無い。奴の愛欲がそれほどに強かった。それだけのこと。それを認めねば、お前は悪魔ですらなくなってしまう。ただの矮小で虚弱な、台詞だけが大仰な大業になってしまう。そうなれば我らの格さえ疑われる」


 私としては悔しがる様を見るのは非常に滑稽で愉快で構いやしないのだが、ブッキーは憤怒だから短気でいけない。そういえば傲慢ルシファーと憤怒サタンも相性が混沌だから良かったり悪かったりが極端に分かれるっていうな。


「クヒヒ……」

「またお前は気色悪い笑い方をする。私の読書の邪魔をするな」

「いいじゃんか。私とお前の仲だろーう?」

「犬猿の仲だろうが」

「竜虎の仲だろ?」


 同等の実力を持つ、対等な存在。傲慢な私でも、ブッキーは数少ない私にとっての対等な存在だ。


「知らん」

憤怒キレると熱いのに、冷たいよなぁ。あの頃は……」

「最初から変わってないだろうが。適当なことを言うなよ」


 ブッキーの注意なんてガン無視して、懐かしい記憶の底を探り、素敵な物語を引っ張り出す。


「そう、あれは今でも鮮明に思い出せる、今から……えー、何年前だったっけ」

「勝手に話し始めるな。しかも全然鮮明じゃない」

「しょーがないだろー。ただでさえ時間なんて無限大にあるんだから。それに私とブッキーの馴れ初めはレクトだって聞きたがってると思うぞ。なあ相棒?」

「えっ、なに?」


 聞き耳は立てていたようだ。さすが相棒。それでは早速、自分勝手に話し始めるとしよう。





 それは私たちがダクネシア様と会うよりずっと前。


「リリルカ・リリコル・リクル・リルム。私の娘にして色欲の悪魔よ。なぜ精を食べない」

「だーから、私はそういうの苦手なんだって! それになんで男に股開かなきゃいけないんだよ!」


 私は元々傲慢じゃなくて、色欲のリルムだった。


「いい加減に自覚なさい。あなたはこの淫魔神リルトの娘であると」


 母はリルト。悪魔界隈ではショタ食いリルトと畏れられ、淫魔界隈四大勢力の一つだ。

 淫魔王リルト色魔王アスモデ性魔王エキドナ不浄王テオ情欲。

 四つの中でリルトは最も大きい勢力であるものの、母には大いなる野望のため、圧倒的トップに立つ必要があった。

 また純恋のデッタと好色のベオル、肉林のダッキが勢力を伸ばし始めていたから、母は特に神経質だった。


「いい加減にするのはそっちだこのババア! 私の体は安くねぇんだよ!」

「何をそこまで抵抗する。淫魔として、男性に跨り貪り食らうのは当然のこと」

「煩いわクソビッチ! お前みたいに節操のないことはしない!」


 淫魔として、性交よる搾取は当然。傲慢な男を逆に上から押さえつけ、ただ一方的に奪いつくす。

 それはいい。それはいいんだが……


「さすがに好きでもない奴相手にはできないっての!」

「食わず嫌いは良くない。私も昔は色々食べたが、味は外見に寄らない。お前ならばすぐに」

「いやそういうことじゃなくてだな……」

「ともかく、お前は悪魔は悪魔でも淫魔なのだから、少しは下の口で精気を喰らえ」

「冗談じゃねぇ!」


 私はどちらかというとメルヘンチックに乙女チックな純情禁断恋慕ビヨンデッタ派なのに。

 リルトは男より上に立ち、支配することを嗜好としているらしいが、私には関係ない。私の体を抱くのに相応しいのは、私と対等に立てる人間ヤツだけだ。


「あんただって、最初はそうだったんだろ。別に無理に上に立つ必要なんて無いじゃん」

「私はサマエルの嫁だ。私の上に立っていいのはサマエルだけだ。サマエルは良い。人間では到底不可能な技術は、上に乗ってなお私の体を征服しつくしてくれる」

「いや、惚気話なんて聞いてねーよ」


 なにはともあれ、私は家を出た。色情狂の母を捨て、私は傲慢にも親不孝の道を歩んだのだ。

 とはいえ、私が淫魔なのに変わりは無い。金もいずれ尽きるし、悪魔だろうが人間だろうが跨るつもりはない。

 別に食べなくても死なないが、悪魔として嗜好に飢えることはかなり辛い。

 だから申し訳程度の自慰で食いつなぎながら、どうすれば良いか考えながら放浪の旅を続けていると、悪魔転身の話を耳にした。

 そうして本魔王が治める魔窟図書館に来たわけだ。


「たのもー」


 やたら広い空間に、無限に続く本棚。司書は見当たらず、本魔王の影も形もない。


「たーのーもーっ!」


 大声で呼びかけるも、返事一つこない。

 しばらくそこらへんの本でも読んで待っていよう。そして三時間が経過した頃、天才的頭脳を持つ私は思いついた。

 もしかして、これは私を試しているのではないかと。

 そう、ここで特定の行動をし、特定の条件を満たさない限り、私は本魔王の元に辿り着けないのではないかと。


 天才的頭脳を持つ私はその天才的発想力をもって推理した結果。


「これでよし!」


 本を焼いた。

 ここらへんの本を読んではみたものの、ちっとも面白くないし、特に力のある魔本とも思えない。

 ということは、この本たちはダミー。あるいはパズルの一部だ。この場にあるものを使って本魔王を呼び出せばいい。


「この狼煙こそが、私の叡智の証! 本魔王も私を認めることだろう」


 しかし、本魔王はすぐにはこなかった。やはりここは広すぎる。魔本という魔本全てを収容しているのだから仕方のないことだが。


 果報は寝て待てという言葉がある。確か、努力の結果が反映され利益として帰ってくるのにはラグが生じるので、寝ながら待っていたほうが得だ。とかそういう意味だった気がする。


 なので寝た。




「はっ、はああああああああああああっっ!!?」

「うおっ!?」


 とんでもない声に鼓膜を叩かれて、私は飛び起きた。

 見渡せば一面は火の海。かと思えば部屋全体が一瞬にして水槽のように水で満たされ、鎮火と共に水は幻影のように消えた。


「……あっ、寝耳に水ってやつか!」

「貴様、ふざけるのもそこまでにしておけよ」


 地面に光る魔法陣が唐突に現れ、そこからゆっくりと競り上がって現れたのは、椅子のような大きさの本に腰掛けた紫短髪の少女。

 そう、彼女こそが本魔王。憤怒のブッキング・ブッカーブックス。


 彼女は起き上がった私を見下ろしながら、目じりをひくひくさせていた。


「あー、やっと出てきたかー。痙攣してるけど大丈夫か?」

「そうだな。今ここでお前を八つ裂きにすれば少しはマシになろう……ん? お前、どこかで見たような」


 とりあえず私は立ち上がった。

 早速、転身の仕方を教えてもらおう。


「私はリリルカ・リリコル・リクル・リルム。悪魔だ」

「なるほど、貴様が家出したという淫魔王の娘か」

「悪魔だッ!」


 どうやら指名手配でもされているらしく、面相がわれてしまっている。

 ま、いっか。なんにせよ私はここで、まさに生まれ変わる。


「私を転身させてくれ!」

「帰れ。魔王の直系ということで今回だけは見逃してやる」

「聞けよ!」


 本魔王ブッキングは堅物だった。


「しょうがない。転身させてもらえるまでは居座らせてもらうからな!」

「……好きにしろ」

「そうかい。それじゃあ遠慮なく」


 ブッキングの言葉に甘え、私は火を起こして本をくべる。

 そのままだと燃えにくいので魔力で火力を上げ……水が降って来た。


「書物を燃料に使うなァッ!」

「いや、キャンプに火は必要じゃん?」

「魔本を使うな! 本は大事にしろと言っているのだ、この馬鹿め!」


 するとブッキングの魔力が一層膨れ上がる。まるで威嚇する猫の毛並みが如く。


「どうやら少し教育が必要のようだな」

「おっ、やるのか? 喧嘩上とぶぐぎゃぁ!」


 突然、膝が崩れた。

 腰が曲がり、両手が床についているのに、それでも尚、私の体に纏わり付くこの重さ。


「おっ、重い……」

「重力魔法を体験するのは初めてか?」

「ぐぬぬぅ……」

「しばらくはそのままでいろ。淫魔王と連絡を取り終える頃には力尽きているだろう」


 どうやら勝ったつもりで居るらしいな。こちらとしては好都合。あとは……


「我が……我が……示し」

「おいお前、何をしている」


 ようし、食いついた。

 そのままだ、そのまま来い。食いついて来い! 来ーい!


「我が意をもって顕正せん。我が手をもって降魔せん。孤高の傲慢、至高の高慢。傲岸不遜、星々散らばる夜空は底なしの黒海」

「貴様、この環境下で魔法をッ!? で、ディスペルの魔本を……」

「我は神よりも高き闇黒に住まう者。我が意をもって、夜天を地上へと落とし、終焉をもたらす闇黒の極光をッ」


 本魔王は私の魔法を掻き消すためにディスペルの本を使うだろう。


「ディスペ……」

「かかったな!? このブァーカぁ!!」


 魔力によって発生している重力を軽く弾き飛ばすまでに圧縮させた魔力を、この瞬間に解放ッ!

 膨大な魔力が重力魔法を完全に無効化した刹那の間に飛び出せば、本魔王との間合いを詰め、その首に振りかぶった右腕で一撃見舞うのも容易……い?


「…………!?」


 指先が喉元に触れるというところで、私の体は静止した。

 勢いよく蹴りだした足は既に地面から離れている。しかし私の一撃を何かに受け止められたというわけでもない。

 体を動かそうにも、力を入れることが出来ない。

 否、力は入っている。ただその向きを変更できない。まるで自分の体ではなくなったかのような感覚。

 そして、目の前の本魔王も微動だにしない。

 あまりに不可思議な出来事。頭の理解が追いつかないはずが、私にはこれがどういうことなのかを肌で感じ取っていた。






 気が付くと、私は目が眩むほど高い図書館の天井を見上げていた。


「ヤー、るぅッ!」


 足で勢いをつけながら手で跳躍し、足で着地する。


「ようやく目覚めたか」


 本魔王は呑気なもので、私の目の前で読書に勤しんでいた。

 このやろう、この私を中々にコケにしてくれるな。


「まあ落ち着け。一先ず戦闘は置いておけ」

「……どういうことだ?」

「端的に言えば、お前に興味が湧いた。確かお前は転身がしたいのだったな」

「お、おう。そうだけど、させてくれるのか?」

「馬鹿が。悪魔がタダで施しをするわけがないだろう。一つ条件がある」


 本魔王はパタンと本を閉じ、静かで鋭い眼光をこちらに向けた。


「淫魔王の娘が、どうしてその存在を捨ててまで別の悪魔になりたがるのか、経緯を聞かせろ。それがお前の払うべき対価としよう」

「えっ、そんなんでいいの?」


 というわけで、私は洗いざらい話した。

 私にとって恋愛がどういうものであるか。人間とはどういう存在か。

 ビヨンデッタの物語よろしく、純潔恋慕の上で愛欲色情をなすべきだと。

 そしてその相手は私と対等に立つことの出来る、相応しい相手で無ければならない。


 しかし母は女性上位に固執していた。私の話に耳を貸すことはなかった。

 もうアイツには、燃えるような恋も、蕩けるような愛もない。ただ男を、言葉通り食い物にする圧倒的捕食者でしかない。


 というか、好きでもない相手と粘膜節食とか頭おかしい。気色悪いにもほどがあるだろ。


「まさか、そんな理由で転身しようというのか」

「そんなとはなんだぁッ!」


 なんて失礼な奴だ。別に悪魔だからいいんだけど。

 いや良くない。この私の理想をコケにした罪は重い。


「そう殺気立つな。馬鹿にしたわけではない。ただ少し興味深かっただけだ」

「ぐぬぬぅ……まあ、いいや。さあ、これで私を転身させてくれるんだろうな?」

「悪魔は契約において嘘偽りは一切しない。私とてそれくらいの常識は守る」


 とまあ、こうして私は晴れて傲慢のリムルとして転身したわけだ。




 それから、ぶっちゃけ勝手に転身してしまったので帰るわけにも行かないので、しばらく図書館をねぐらにすることにした。


「なぁ、何やってるんだ?」

「本を作っている。本魔王だからな」

「へぇ、漫画なら読ませてくれ」


 伸ばした手が容赦なく背表紙で叩き潰される寸前、ぎりぎりのところで引っ込める。


「なんで魔本なんか増やしてんの? お前は執筆者じゃなくて管理者なんじゃないのか?」

「こうしたいから、こうしている。他に何か理由が必要か?」

「いいや、十分すぎる。でも気になるだろ。あの本魔王が何を思って、何を綴っているのか」


 この世すべての魔本を収容しているといわれる魔窟図書館の管理人、本魔王:ブッキング・ブッカーブックス。

 頭髪から衣服までがほぼパープルとバイオレットで構成された彼女こそ、魔本に魂が宿った悪魔だ。

 その正体はほとんどが謎に包まれている上に、魔本のくせにあらゆる魔本を使いこなすという強力な能力を持っている。それが禁忌であろうと禁断であろうとお構いなし。魔王の名は伊達ではなく、その力は相当なものだ。

 なにせこの私を倒したんだからな。


 数日間、一緒に暮らして分かった事は、何よりも読書と執筆に熱中し、少しでも邪魔をすると必ずキレるか無言で手が出る。

 バリバリの憤怒さんだな。


「なぁー、頼むよー。内容がおかしくても笑ったりしないからさー。たぶん」

「そこ断言するところだろうが。あと貴様ではこの活字だらけの本など読めまい」


 完全に図星なんだよなぁ、畜生。

 生まれてこの方漫画くらいしかろくに読んだことが無いし。


「……これは日記だ。私の」

「日記? なんだ。物語とかじゃないのか」

「日記だが、物語でもある。今居る私とは違うIFの世界。もしもの私の物語だ」

「へぇ。どんななんだ?」


 私が問うと、物静かに読書することが生き甲斐の本魔王は饒舌に語りだした。

 魔本において全知全能の力を持つ魔本として作られた主人公ブッキングは、世界を一冊の本にしようと考えた。

 本魔王はあらゆる魔本の知識を有し、あらゆる魔本の力を有するため、相手が不死身であろうと世界改変能力だとしても、それに対抗する魔法を扱うことが出来る。

 しかも聡明な彼女は自ら魔本を創り、新たな能力に対しても対抗出来る。

 そんな彼女が世界中を旅して、世界の事象を書き記し、本として図書館に収容した本を日記の形式で綴っっているのが、今執筆している本の内容だという。


「なんかスケールでかすぎて面白そうだな。読ませてくれ!」

「ふむ……」

「勘だけど、これ私が第一の読者だろ? その読者が面白そうって言ってるんだぜ? きっといい感想が出てくると思うぞ」

「貴様の軽い口を塞ぐには丁度良さそうだ。そっちの棚の一番上を探してみろ」


 私は後に黒歴史とされる小説を読み、弱みを握れれば儲け物だとインスタントな策略を練りながら、本魔王の著作物を読ませてもらうことにしたんだ。

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