二十三柱目 勇者の野望・英雄願望
最初から頭を使ったことは苦手だと分かっていた。
だからこういうことが起こっても不思議ではない。
ただリムルは分かっていながら黙っていたのだろうな。このやろう。
「アトラ、シロ?」
まだシローネンは回復していない。アトラも看病で付きっ切りのはずだ。部屋を引き払うことも出来まい。
それがもぬけの殻ということは……。
ああ、なるほど、そういうことか。
「どおりで俺にしては上手く交渉できたと思ったら」
「出来てなかったってわけだな! 小賢しい!」
「嬉しそうに言うな」
とりあえず、消えた二人を探さねばならない。
まずは聞き込みから。
「いや、その必要は無さそうだぞ」
背後から迫る複数の気配。
振り返れば、開け放たれた部屋の入り口に大人数が集まっていた。
「まったく、業で腹が煮えくり返るわ」
「キャハハ!」
「大人しく投降しろ。そうすれば命だけは助けてやる」
どうやらかなり甘く見られているようだ。
「だってさー。どうするよ相棒?」
「大人しく二人のどこにやったか教えろ。そうすれば命だけは助けてやる」
何のことは無い。あっというまに部屋は血の海で、集まった奴らは揃って雑魚ばかり。
「で、どこやったの」
「お、お前こんなことして……俺たちを、神の信徒を敵にしてタダで済むと思ってんのか!?」
「ったく、どいつもこいつも自分の都合の良いように。命を助けた恩まで忘れるなんてな」
思わず溜息が零れる。どうやって収拾つけたものか。
「下克上なんて魔界でも珍しくないぜ。相棒があの時に勇者を洗脳しちまえば良かったんだ」
「どうせ聖女の力で解除される。出来る限り穏便に済ませたはずだったんだが」
「穏便どころか済んでないな!」
これ以上ことが大きくなれば、友好どころか戦争になるに違いない。
いっそ来る敵全員屈服させて、宗旨替えさせるのもいいかもしれないな。
そもそもまどろっこしい根回しは俺の性に合わない。
「私も相棒に同意だぜ。ダクネシア様もやり方はこっちに任せてくれてるしな」
「待てレクト、それではリステアの身にも危険が及ぶのでは?」
「でもこのままじゃ埒があかないだろ!」
「だからこそ今一度冷静になるべきだ。交渉材料を改めて考えろ」
「憤怒のお前が冷静とか笑っちゃうぜ」
リムルとブッキーが言い争っている合間、俺は一つの結論に達した。
交渉なんてものは、主導権がこちらになければ意味が無い。そしてその主導権は力づくでこちらに持っていくことが出来る。
では裏切りを防ぐために必要な要素は何か。
敬虔な神の信徒を篭絡するに足る餌は何か。裏切ろうとも裏切れない制約はなんとするか。
「なんだ、簡単なことだ」
ソレは極めて古典的で、ありがちで、王道な方法。
相手の欲が何でアレ、それを満たすための名台詞。
「というより、これしかないな」
単細胞の俺でも思いつく。悪魔らしい一つの方法だ。
「ブッキー、悪魔の契約は相手をも縛れるはずだよな」
「やかましいこのクソ小悪魔……ああ、きちんとした契約ならな。だが、相手が乗らなければ意味が無いぞ」
「これで駄目ならもう観念するさ。まったく不手際と言うよりは能足りんが露呈してイヤになるな」
そしてこれから行うは脳筋の力任せごり押し攻略だ。ヒロインを探し出す主人公になったとしても、俺は俺というわけだ。
下の階にはあの老害が二人の嫁を寝取ったかのように侍らせていた。
「上の物音がすぐに止んだもんで、すぐに来ると思ったが、随分時間をかけたな」
「むー!むー!」
アトラは口に布を噛ませられながらも喚いているが、シローネンはぐったりとしている。
せっかく治り掛けていたところをよくも。
「ちょっと考え事をな。それにしてもお前、俺の女に何してやがる」
「勘違いしなさんな。儂はもう筋金が立たんでな。手篭めにしたいのは山々だが」
「お前本当に勇者かよ」
勇者らしさの欠片もないこいつは。むしろ悪魔が人の皮を被ったような……いや、ソレが人間だったな。
「はぁ……まあいい。それじゃあ返してもらおうか」
「そう簡単に返すわけがなかろう、たわけが」
まあそうなるよな。さてそれじゃあ……
「そこを動くなよ。そのまま儂の質問に答えろ」
「お前の願いをなんでも一つだけ叶えてやろう」
俺の声はやたらと重く、酒場に響いた。それほど大きな声で言ったつもりはなかったのだが。
さて、勇者の様子は……。
「何だお前は、何を言っている?」
「言葉の通りだ。お前の望むものを一つだけ俺が与えよう。その代わりに、お前は俺に協力するのだ」
それは甘美なる悪魔の囁き。誰もが羨み、夢見る特権である。
「悪いが、その手には乗れんよ。儂より強い存在を野放しにしておくわけにはいかん。ましてやお前のような素性の知れぬ不審者の徘徊を許すなど、勇者としてな」
「人質をとるのが勇者のやることかよ。力が欲しいなら俺が与えよう。俺なんぞ相手にならない力を」
老兵の眼光は鋭く、こちらの全てを見抜いているかのよう。
だが、これまでの言葉に嘘はない。そしてこれから綴る言葉にも、偽りは一切ない。
「そういえば、お前はなぜ勇者になった。なぜ勇者として戦い続ける?」
「儂が異教徒の言葉に耳を貸すと思うか」
「痴呆め。俺は異教徒ではないと言ったはずだ。だからお前には俺から力を受け取る権利がある。故に答えよ。お前は何を望む? 勇者となって、前線に立って、お前は何を望む?」
老齢ながらも鋭い眼光が、徐々に見開かれるのを見た。
ここまで来て、ただ戦うのが好きな狂戦士野郎だったら何も言えないところだが、どうやら何かを掴めたようだ。
「儂は……儂は英雄になりたかった」
「ほう、英雄に?」
「そうだ。儂はあの伝説の勇者のように誉れ高く、誰からも讃えられる勇者に、そして死せずして帰還を果たす英雄になりたかった」
彼は幼少の頃、彼の勇者に憧れていた。
愛しい聖女と共に、大魔王へと立ち向かい、命を賭して世界を救ったあの勇者に。
自分もあんなふうになりたいと思い、しかし彼よりも優れ、勇者の頂を自らの名で塗り替えたかった。
生きながらにして魔王を討ち、生きながらえて現世に帰還を果たす。
其は英雄として。
そのために、彼は最強を目指した。
誰にも屈せず、何者にも劣らず、清く、気高く、健やかかつ強かに。
それが目指したものへと近づく唯一の方法だった。
だが、彼が英雄となる日は訪れなかった。
再び悪魔が進軍してくる、ということもなく。
むしろこちらから魔界へと進撃する、ということもなく。
与えられた役目は、ただ最も危険な場所で防波堤となるという、最も優れたる勇者にしては、不遇な有様。
彼は憤った。自分という才能をまるで活かそうとしない自国に。
彼は焦った。自分と言う肉体が日に日に衰えていく時の流れに。
彼は本来得られるはずだった栄光に手を伸ばすように、元を取るように欲を貪った。
力によって上手い飯を喰らい、力によって美しい女を抱いた。
もっと、もっとと、手の届くものにはすべて手を付け、貪り、喰らい、啜り、咽び、咳き込みながら飲み干した。
そして、虚無が残った。
気付けば髪は白み、面相は皮は水面に石を投げ込んだかのよう。
鏡に映ったのは、英雄どころではない、ただの老いぼれ勇者ただ一人。
彼は絶望した。
絶望の淵にて未だ彼が正気を保っていられるのは、その力が少なくとも自分の欲を満たすだけの力があったからだ。
目指したものには届かなくても、ここは自分の領地だ。
黒の森は近く、他とは比べ物にならない強力な魔物と、邪悪なる異教徒が徘徊する危険地帯。
そんな脅威からこの村を守れるのは自分だけだ。武錬を極め、勇者のうち最も強き者である自分だけが、この村を治めることが出来る。
嫉妬を満たし、暴食を満たし、色欲を満たし、強欲に満たした。
傲慢にさえ上り詰め、憤怒によって支配し、ついに怠惰さえも手にしつつある。
「だが、儂の本当に求めていたものは手に入らない。こんな惨い物語を、許せるものか。どうして神は……否、儂は勇者だ。しかし儂はもう嫌だ。手に入らないと知りながら、これ以上、他の欲望で誤魔化しながら生きていくことは耐えられない。しかし儂は強く、殺されることも、自らを殺めることすらできないのだ」
そんな彼を、俺は愛しく思えた。
「お前は儂に与えられるか? 儂が望んだ栄光を。英雄という願望を叶えられるかッ!?」
老体に似合わぬその見苦しくも美しい顔だった。
それは活き活きとしていて、くすんだ色なのに輝いている。
「答えろォッ!」
泣き叫ぶような怒声が轟く。
嗚咽のような呼吸が響く。
俺は答えねばならない。彼に応えねばならない。
彼が望むものを与えねばならない。
「無理だね。お前なんかじゃ絶対無理。できっこない」
「…………」
そうだ、こいつにそれは出来ない。好き勝手やってるくせして、致命的なことが出来てない。
自分を英雄にして欲しいだなんて。
「そうだ相棒、言ってやれ。この大間抜けに言ってやれ!」
「お、お前、この期に及んでぇッ!!」
「お前は勘違いしている。お前は俺に英雄にしてもらいたい。そう言ったんだぞ。分かっているのか?」
「ええいまどろっこしいッ、なにが言いたい!」
耄碌ジジイの与太話も、そろそろ幕引きだ。思えば悲劇とはいえ、アホくさい話だった。
「この世界は英雄なんて必要としてないんだよ。お前が英雄になろうと、人はお前を英雄とは呼ばない」
「かっ……」
そう、この世界は既に動乱を終えて、争乱を治めた。
「英雄なんてものはすでにお役ご免なんだよ。お前が英雄になったところで、お前の承認欲求は満たされないぞ。そこんとこ分かってるのか?」
「ば、かな。だって、悪魔はまだ存在しているんだぞ? 悪魔を滅ぼせば」
「滅ぼす理由が無い。いずれ滅ぼすとしても、それが必要な頃にはお前はもう塵に還っているだろう」
悪魔を滅ぼすことが向こう側の神の教義だったとしても、それを実行する頃に、彼はもう存在していない。
絶望的な間の悪さだけで、このおっさんの人生は最初から徒労に終わることが決まっていた。
「まあ慰め程度だが、俺はお前の不屈の在り方に好感を持った。七つの大罪を犯してでも、なお八つ目の願いに手を伸ばすその不撓不屈を讃えて、俺だけはお前を英雄と呼ぼう。これで満足か?」
尊大に座っていた彼は頭を抱え、首を横に振る。
そりゃそうだ。彼が求めているのは大多数からの称賛と絶賛の嵐。多くの歓声を浴び、多くの承認を浴び、多くの屍と功績で築かれた壇上の上にたった一人、祝福の光を受ける。
「お前の中心にあるのは強欲。求める傲慢の権威も、色欲の酒池肉林も、英雄になりたいという強烈な欲望が引き寄せた者に他ならぬ。本来ならば夢半ばにして折れ、その心身を俗物に堕落とすが必定のはず。それを覆したお前こそ、人間嫌いの俺と契約するに相応しい」
ならば俺が与えよう。
彼が求めるのは、英雄として輝くために必要な何か。ならばソレを与えよう。
彼が英雄となるために、彼が必要だと思う何かを。
「最後に問おう。お前は何を望む」
「儂が英雄になるための、舞台が欲しい」
「その言葉に偽りは無いか。その願望の対価とし、俺たちの野望に協力するか。その願望のため汝が全てを我に委ね、我が意に順ずると誓うか」
「これで届かんならば、そのときこそ儂はただの修羅になるとしよう」
契約成立。
魔の光が俺と彼を包み、縁の糸が現れる。
「ぬッ!?」
「これは!?」
「きれい……」
「契約は成立した。汝の意思をもって、汝は我に一切の服従を、我は汝の務めに報酬を与える。精々悔いなく成すが良い。しかして心せよ」
この契約には制約が備わる。それは裏切りを許さない絶対にして遵奉のペナルティ
「お前がもしその誇り高き欲をくすませ、意志を乱して俺の意に背いた時こそ、お前は無窮の地獄に堕ちる」
「お前は、一体何者なのだ。この勇者を縛るような芸当、並々の魔法使いではない。しかし異教徒でもないとするならば、お前は一体……」
「そういえば、まだちゃんと自己紹介をしていなかったな」
さて、契約の口上はこれにて終わり。
もはや彼は聖女の加護すら届かない場所に居る。
彼は彼の欲望に忠実な限り、この契約を手放さないし、手放せない。
「俺はレクト。人間嫌いの……まぁ、人間だよ」
相手の最も望むものをたった一つ与えることで、絶対服従を勝ち取る。
悪魔の契約とはそうでなければならないと、リムルとブッキーは言う。
それは悪魔だからとか美徳だからとかではなく、ただそれが最も確実で失敗しにくい方法だからだと。
さて、アトラとシローネンは無事に解放され、俺も命を狙われるようなことはなくなった。
現在は寝込むシローネンと看病するアトラについている。
「さすがはレクト様! お見事な手際でございました」
「私たちをお救い頂き、感謝の言葉も尽きません」
「アドリブを褒めてくれるのは嬉しいが、結局は俺の浅慮さが露呈しただけなんだよなぁ」
「自虐なんてらしくないぜ相棒」
褒めてくれるアトラとシロに苦笑して返すも、リムルたちにのみ聞こえる声で一人呟く。
しかしリムルは大成功というふうに喜んでいる。
「むしろ当初より収穫が大きいんだから、上等じゃんか。むしろ傲慢になっていいところだろそこはー」
「いや、レクトの気持ちも分かる。結果が良ければ、などという楽観に身を任せられるほど、図太い神経の持ち主はリムルくらいだ」
「うっさい短気な読書家が!」
ブッキーの言うとおりだ。リムルの言葉は嬉しいが、やはり心配性の俺には、今回は本当に条件が良かっただけに過ぎないのでは。
このままでは良くない。そんな気がする。
「良いも悪いもないだろーが。悪魔なんだから」
「でもなぁ……」
「お前はあのおっさんの望みを聞きだして、それを与えた。お前はリステアとの再会に一歩近づいた。ソレが事実だ。やり方が良いだの悪いだのなんて、それこそ結果次第なんだぜ? なら、シたいことをシたいように、ヤリたいことをヤリたいように、出来る限りするっきゃないじゃん」
相変わらず気持ちのいい性格してるよなリムルは。
しかし、そうだな。
結局はそういうことで、それしかない。
怠惰なのか、そうじゃないのか分からない、微妙なラインで無理なく続けていくしかない。それこそ、いつか無理をしなければならない時のために。
<サイド・リステア>
ここ最近、妙な胸騒ぎで眠れない日々が続いています。
何かとてつもない物が近くにあるような。掴まなければいけない機会があるような。
期待と焦燥の織り交ざった何かが、私をこの夜空の向こうへと誘おうとしているよう……
「駄目ですわよリスティ。夜更かしだなんて、お肌に悪いですわ」
「エリザ」
眠れず、やむなく窓から夜空を見ていると、一度寝たら朝の5時まで決して起きないはずのエリザが声をかけてきました。
「珍しいですね。エリザがこの時間に起きているなんて」
「もう三日連続ですわよ。どうしましたの?」
「ええ、少し……いえ、なんでもありません」
この予感が正しくともそうでなくとも、私に出来ることは限られています。
私はただそれをやるのみ。そして再び彼の元に舞い戻り、愛の抱擁を。
「そんなに寝付けないなら、私が添い寝してさしあげますわ!」
「夜中なんですからもう少し静かに」
「あら失礼……」
「でも、たまにはそれも悪くありませんね」
別に浮気ではありません。百合趣味もありません。
ただ、なんとなく懐かしい余韻に浸りたいと思っただけで、それに。
「むっふふ、では、ほら。こちらに」
エリザベスはきっと、彼が憧れた人間に最も近しい性質の存在のような気がします。
気高く、誇り高く、強かで健やか。一切の穢れなく、純白で、太陽のようで、芯が太く、こちらに芯を通してくれるような。
「大丈夫ですわ。貴方なら、必ず想い人の元まで辿り着けますわ」
「はい……あれ? どうして」
「毎夜、レクトという名を寝言で何度も、その口で紡いでいましてよ?」
「……」
「安心なさいな。私もちゃんと協力しますわ。たとえその彼が異教徒だったとしてもね」
異教徒。この国はある神を信仰する宗教国家です。
他の宗教を廃絶し、排他することでその勢力を広げています。
しかし改宗するならばそれを受け入れ、互いに幸福を与え合う。幸福の追求を認め合えることを志す。
神が愛した人間を愛し。神に愛される人間になる。
神の示した基準を目指して、互いに研磨し、練磨する。
そのために邪魔なもの、悪魔の誘惑に相当するものは、すべて滅ぼす。すべては人々の幸福のために。
レクトも、この国に来れば幸福になれるのでしょうか。
そんなことを考えながら、私は彼女の発達しつつある胸に顔を埋め、深い眠りに落ちていった。
悪魔がもたらし、人間へと植えつけた七つの大罪。それを矯正するために、偉大なる神の啓示に倣い、それを実現するために教示に習う。
この宗教は排他性は強いものの、古い神を捨て、神を崇めれば誰でも簡単に改宗することが出来る。それが彼の神の恩情なのだろう。
信徒が負う義務はシンプルだ。平和と平穏を乱さず、無闇な争いを起こさないこと。
驚くことに、七つの大罪や悪魔らしいことも許容されている。ただし、それは平和を乱さない範囲でのこと。
考えてみれば、彼の勇者も七つの大罪は一通り制覇してるほどだったし、割と寛容なのだろう。
ただ、崇める神が違うだけで信徒は豹変する。
聖女の結界は魔物は完全に弾くが、異教徒に対しては反応を察知した後にそれを囲み、異端審問を行って裁くことになっているらしい。
異端審問で改宗するというならば、神聖な十字架によってギアスをかけられ、精神を改造されると言う噂もある。真偽は定かではなく、すべては本国に護送された後のことで噂に過ぎない。
改宗しない意思を貫く者にはもちろん処刑がなされ、火炙りが主流らしいが、これも噂だ。
とはいえ異教徒は割と多い。
俺のようなダクネシア勢に加え、七つの大罪各種の信仰。その中でも特に強力なルシファー勢。魔女やアマゾネス系列が多い色欲勢、精霊を神として崇めるエルフ勢、仏勢、和の国勢などなど。
ただし異教徒といえど例外が存在し、悪魔に対抗する宗教は特別に異端でも不問になるらしい。
他宗教の他国は彼の国に聖女の適正のある女性を提供することで、皇国から見逃してもらうのだ。
それは悪魔に対抗するための聖女をより多く保有している皇国の強みであり、悪魔という人類の敵に対して最も頼もしい存在だからこそ成立している力関係だ。
彼の宗教の異端か否かの判断基準は、大罪よりは十戒に近い。
一つ、主が唯一の神。
二つ、偶像を作ってはならない。
三つ、神の名を連呼しない。
四つ、安息日を守る。
五つ、父母を敬う。
六つ、汝、殺す無かれ。(異教徒と魔物は対象外)
七つ、姦淫しない。(ハーレムは可)
八つ、盗まない。
九つ、偽証しない。
一十、隣人の者を貪らない。
つまり、崇める神と十戒さえ守っていれば、身の安全は保障される。
だが人心とは厄介で、今まで崇めていた神を急に捨てろと言われても出来るものではない。
だからこそ共通の敵が悪魔と言うことで、ギリギリ見逃してもらっているのが現状だそうだ。
それ以外は異端ではなく邪教とされ、審問にかけられれば即座に極刑へと特急直通コースだ。
「今の流行は火刑らしいな!」
「喜ばしそうに言うな」
リムルとブッキーの漫才はいつもの如く。
「いやぁ、人間界すごいな! やばすぎる!」
「何をさっきから、お前は興奮しっぱなしなんだ」
「ははっ、まあ、なんていうか。ちょっと不安だったんだよな。ダクネシア様を捨ててしまった人間たちがどんなもんなのか。もしかして清廉潔白で、クソつまらない奴らだったらどうしようって」
リムルめ、その性格で内心不安だった、だなんて。
なにそのギャップは。ちょっと惹かれるでしょ。
「もし相棒の言ったとおりクソザコ人間ばっかりだったら、さすがの私も凹むなぁと思ってたんだけど、それがあんなに欲望と野望に熱い人間がいるなんて」
「根拠のない自信が取り得のお前でも、そんな不安を抱くのか」
「いやぁ、よかったよかった。それで、相棒はこれからどうするんだろうな」
どうするって、俺がやることなんて変わらない。
策をめぐらすなんて器用なことは出来ないことが分かった。向いてないことをやる必要はない。
自分の得意分野で、なんとかしてやるしかない。
「おっ、相棒聞き耳立ててたな? 悪趣味だねー!」
「うるさい。情報も収集した。派遣も到着した。あとは次に進むだけだろうが」
ヤリたいことをヤリ、シたいことをシて、スルと決めたらスルほかない。
この先、軟弱な俺は何度も見失い、そしてこの結論に回帰するだろう。
「何度も何度も、同じ事をバカみたいに繰り返して、迷って困って、途方に暮れて」
「なら私たちを使えばいい、魔人間。旅人がコンパスや地図を、ナイフや缶切りを使うようにな?」
「まったく、相棒から悪魔に戻るのやめろよ。変な罪悪感があるだろ」
「その罪悪感を無くすためにやっているんだがな!」
何のためにそんなことをする必要があるのか知らないが、とりあえずは取るに足らないこととしておく。
「まあでも、今回の手際はかなりによかったんじゃないか? 不安要素は一つ残ってるけど」
「ああ、それもさっき解決した。 聖女とはいえ、一度交わした契約は解除できないし、そも察知すら出来ない」
「当然だ。そこまで拘束しては勇者が魔法使いを雇えない。おそらく、悪魔や魔物特有の邪気でざっくりと判別しているのだろう」
大罪塗れの勇者が居る以上、十戒くらいしか思いつかない。が、それは人間の判別方法だ。
「んで、異教徒が結界を潜れるようになるための十字架も貰った。色々デバフ効果が付いているらしいが、まあなんとかなると思う」
「悪魔特攻の聖女や勇者が居る中で、更に能力下げにくるとは、徹底してんな」
「感心している場合か。レクトも呑気に構えるな」
「でも、活動はむしろしやすくなった」
道のりはまだ長く遠く、そして険しい。
だがそれでも、できることはたくさんある。せいぜい楽しみながら歩むとしよう。




