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十一柱目 嫉妬の黒炎・八ツ目の大罪

 そういえば、Tボーン改めブラッディボーンは最近お洒落を始めた。

 いつもは忍者服だが、ファッション雑誌や服を買い込むことが多くなった。


 想像してみてほしい。

 普段が忍者服の無口な奴が、いきなり白ワンピ着たりジャケット着たりパーカー着たり、肌や爪に入念な手入れを施し始める。


 まさか、ボーンがそこまで生身の肉体に憧れていたなんて、と俺を含め、長い付き合いのリムルたちでさえ驚いていた。

 この異常事態に、リムルたちは緊急招集をかけた。


「えーではこれより第一回、ボーンちゃんお洒落事変考察を行いと思います」

「考察もクソも無いだろ。ボーンはお前らのほうが詳しいし、俺が参加する意味はないよな。出かけていい?」

「いやお前……まあそう言うなよ、三人寄れば悪魔大元帥って言うだろ?」


 さすがに盛りすぎだわ。なんだ悪魔大元帥って、かっこよすぎるだろ。

 見渡すと、いつものせまっくるしい部屋で卓を囲んでいるのは俺とリムル、ブッキー、ガルゥ、そして……ご本人。


「あ、あのぅ……」

「なんで本人いるところで考察してんだよ」

「だって答え合わせしないと気になって夜も寝れないからなぁ」


 さすが傲慢。怖れるものなしって感じだな。

 さてしかし、俺もどうしてボーンが最近お洒落にこだわるようになったのか気になるのは事実だった。

 何せ俺はお洒落なんぞとは無縁な男だ。


 服屋なんて行ったら退屈すぎて泣いちゃいそうになる。

 あのよく分からない場所は、俺にとっては退屈の牢獄。連れ込まれてしまったが最後、地獄すら生温い退屈が俺を襲う。

 だから俺がボーンに問うことは唯一つ。


 何のために?


「じゃあ私から考察するぞ。まずボーンが外見を気にし始めたのは、フェチシアとの邂逅の後だな」

「それは、確かにそうだな」


 俺はとりあえず付き合うものの、ガルゥは興味が無いようで、俺の脚の上に頭を乗せてすやすやと寝息を立てている。

 ブッキーは居るものの、本の虫たる彼女はこんなことに一切の感心を持っていないようだ。

 実質、俺とリムルだけがこの考察会の参加者だ。ボーンは参加者というよりは被害者だな。


「となると、フェチシアを見てなにか特別な感情を抱いたのかもしれない。そう、悪魔的に言うなら……嫉妬だな」

「嫉妬?」

「ただ、今更になって人型の形態、人肉を得たがるということは、それが必要になったと考えるのが自然だよな」


 嫉妬。ボーンが嫉妬というのは、あまりイメージが繋がらない。

 ボーンはこの魔界でも異質なほどに礼儀が正しい。

 誰に対しても丁寧な言葉で話し、誰よりもへりくだる。


 俺と初対面の時ですら、敵であるはずの俺に対してもどこか遠慮した雰囲気があった。

 遠慮……いや、ありえるな。むしろ嫉妬と言うのはそういう、何者にも遠慮した態度を取る根暗系がしそうなことだ。かく言う俺も人間の頃は、無能であるが故に八方美人で善人ぶった人間として振舞っていたものだ。

 そのくせ、裏では裕福な人間や有能な人間に嫉妬していた。ハーレムアニメの主人公とか。


「人間の雌的な美しさを手に入れる理由か」

「おっ、レクトも乗ってきたな。そうそう、人間の雌的な美しさ。フェチシアがそうだからな、それに対抗しようと思ったんだろう。ボーンはなにに嫉妬してたんだろうな?」


 ちらりとボーンの方を見るが、彼女は完全に俯いてしまった。無理もない。

 別に誰も興味を示していないからマシなものの、状況としてはいじめの現場だよこれは。


「でもまあ、ボーンがどうしてわざわざ人肉を欲したのかっていうのは俺も気になっていた。アンデッドならもっと……あっ、吸血鬼」


 そうだ。アンデッドで人間っぽいフォルムをする存在の最たる者が吸血鬼だ。

 もしかしてボーンは吸血鬼に憧れているのか。


「おっ前……いやいや、だったらドラキュリーナを模すだろ。わざわざフェチシアに対抗したんだから。人間を、誘惑する、サキュバスを!」

「サキュバスに嫉妬してた? アンデッドなのに?」


 アンデッドがサキュバスに憧れるなんて、そんなことがありえるのか……?


「だって、悪魔に性別はないんだろ? 女体に嫉妬するのか?」

「姿形が変えられるから性別が固定されないってだけで、精神的にはあるんだよ。人間だってオカマとかいるだろ? 悪魔は女になろうと思えば女になれる」


 性転換モノかぁ。あんまり好みじゃないなぁ。

 いや、性転換は別に精神的に即女性になるってわけじゃないか。


 さて、となると、人間との友好を築く計画、フェチシアの登場……


「まさか、ボーンは色気によって自分のアイデンティティを確立させようとしているのか?」

「そうじゃなぁあああいッッ!!!」

「うお、なんだ急に」


 傲慢リムルが珍しくテンションが熱い。一体どうしたというのか。


「なんだリムル、もしかしてもう見当がついてるのか?」

「っ……なぁボーン、やっぱ無理だって。こいつは妄想嫁リステアにゾッコンなんだよ。他の女なんて眼中にない。本場のサキュバスで無理だったんだから、もう無理だって」

「…………」


 なんか妙な空気だな。

 まるで俺が鈍感系主人公かのような言われようだ。

 鈍感系主人公?


「まさか、すべては俺の気を引くための行動だったと?」

「そういうことらしいぞ。まああまり効果はなかったみたいだけどなー」

「も、元人間なら、人間を誘惑する体ならと、思いまして……」


 なるほど、俺の気を引くために、人間を誘惑するのに最も効果的そうなフェチシアの見た目を選択したのか。


「ん? それじゃあボーンはフェチシアに嫉妬していたのか?」

「正確には、フェチシアさんにも嫉妬していました。一番嫉妬していたのは、あなたにです」


 またややこしい話になったな。

 とりあえず、ボーンの心中を聞いておくか。


「レクトさん、あなたと会ったとき、同じリムルに苦労させられる者同士と思って、すごくシンパシーを感じました」

「はぁ、それはうれしいけど」

「と同時に、弱小な人間でありながらダクネシア様に一目置かれたあなたのことが、凄く妬ましかったのです」


 そういうことか。

 ボーンも昔はリムルと同じようにダクネシアに仕えていた。

 それをぽっと出の俺が計画の要としてダクネシアに重用されているのが気に障ったのだろう。


「私とどこか似たような感じなのに、私とは違って大役を仰せつかっている。そんなあなたが羨ましくて、妬ましくて……でも、あなたのことは嫌いじゃないんです。むしろ通じ合うからこそ、もっとあなたのことを知りたいと思うようになってしまった」


 それが複雑な乙女心と呼ばれるものなのかは知らないが、なるほど。


「でも、落ちこぼれの私があなたと関わるには、ちょっと、その……接点がみつけられなくて」

「接点?」

「リムルは人間が好き、ガルゥはあなたの匂いが好き、クロはあなたに恩があって、フェチシアは獲物として、ブッキーは目的のための道具として」


 ブッキーだけシビアだよなぁ。

 本当に本にしか興味が無い上に、本人は創作活動に没頭しててほとんど会話することは無いしなぁ。


「本来悪魔なんてそんなものだろう。むしろお前たちのレクトに対する懐き具合のほうが異常だ」

「んなこといってー、ブッキーだってレクトが理解し安いように柄にもなく講義の内容見直してるんだもんなー」

「…………」


 薮蛇で黙り込んでしまったブッキーはさておき、ボーンが俺に嫉妬しているからといって、それがなんだというのか。

 嫉妬されても俺には何も出来ないし、何もするなと言われてしないわけにもいかない。


「いつしか嫉妬の相手はあなただけでなく、あなたが関わる全ての者に向けるようになっていました」

「えぇ……」

「嫉妬には二種類あります。自分が好意を向けている相手への嫉妬と、その相手が好意を向けている相手への嫉妬です。私はそのどちらをも煩ってしまったのです」


 なんか浮気とか寝取られを責める矛先が、相方か間男のどちらに向くかみたいな話だな。


「でも、この嫉妬をどう扱えばいいのか、分からなくて……」


 短く切り揃えられた黒髪。不安そうに伏せる目。そして忍装束からでも十分に溢れ出る魅力。

 消極的な性格とは正反対の肉体。二つのギャップが摩擦を、魅力を生んでいる。


「うーん、今までの話を踏まえると……なにか繋がりを作るか」

「繋が、り! 繋がりたい、繋がりたいです私!」


 接点がないということだから、とりあえず何かしら繋がりがあればいい。


「なーんだ、繋がりならあるじゃん」

「うん? リムル、なにか気付いたのか?」

「私とレクトさんに、一体どんな繋がりが?」


 リムルはクツクツと笑い、微妙に黒いものが隠しきれて居ない笑みで言う。


「どっちも私にとって大事で大切なおもち……じゃなくて、苦労人じゃないか」






 俺とボーンはとりあえず、気分転換のために外出することにした。

 リムルには少し灸をすえてやったので、しばらくは動けないだろう。


「連携としては完璧だったな。俺に気を取られているリムルを後ろから刺すって、よく気付かれなかったな」

「いえ、レクトさんがリムルの注意を十分に引きつけてくれたからで。それにほら、今の私は忍者ですから」


 そういえばこうして歩いているにもかかわらず足音がまったくしない。これも忍者の力か。


「あ、あの、出来ればその、服屋さんに……」

「服屋さんか」


 服屋さんかぁ……服屋は苦手だなぁ。

 だがまあ、ボーンがどういう風に心変わりしたのか、どこまでこだわっているのか知りたいと思っていたところだ。

 時間もある、体力もある。労力を割く事を躊躇う必要はない。


「いいぞ、付き合う」

「っ! ありがとうございます。あまりお時間は取らないようにしますので……」

「いや、魔界のファッションがどういうものか興味が湧いた。参考までに教えてくれ」

「は、はい!」





 服屋……などという呼び方が適しているのは分からないほどに、その店は煌びやかに色鮮やかだった。


「うわぁ、ダメだ。これは俺のレベルでは装備できないものが並んでいるのが分かるぞ」

「私が最近よく使っているお店なんです。大丈夫ですよ、レクトさんにも似合う服があった気がします」

「本当かぁ?」


 金銭面については確かに問題ないだろう。リムルの悪知恵とクロの金目の物に対する嗅覚というか、審美眼というか、金なら腐るほどある。


 ボーンの後に続き店内に入ると……。


「こ、これは……また個性的な服屋だな」


 左を見れば黒いレザースーツ、右を見ればウェスタンのガンマン風、奥にはメンズスーツ。


「こ、コスプレ……」

「他にも深淵のゴスロリドレス、黒龍のチャイナドレス、堕落のヨーロピアンドレス、暴虐のトレンチコートに死滅のブラック羽衣、絶望のダークアーマー」

「随分と大仰な装備品が揃ってるんだな」


 とはいえ、だ。

 デザインは割と心揺さぶるな。

 例えばこの紺色の裾の長いジャケット。宵闇のブルーディスティニーと言う商品。

 内ポケットがやたら多い。小物を入れるものからちょっと大き目のナイフや小さめの刀剣をしまえそうなほど。

 残念ながらこの服の丈にあうほど身長が無いので、五年後くらいにまた来よう。


「絶対に商品変わってるよな」

「レクトさん、あの、これ!」


 振り返ると、純白の服を着たボーン。


「どう、でしょうか」

「これは……」


 どうやら好きな色は白らしい。骨の色だからか?

 忍者服とはまるでコンセプトが違い、精一杯に目立とうとしている印象を受ける。

 そこに炎とも刃とも見れる黒い模様が描かれているところが、また恰好付けポイントって感じがする。

 どうかといわれると、割と好みだ。


「どう、でしょうか」

「いいんじゃないか、骨と影の色だよな」

「あっ、分かりますか? やっぱり私はリッチとシェイドですから。アイデンティティっていうんでしょうか。オリジナリティっていうんでしょうか」


 言わんとしていることは分かる。確かに白と黒と言う正反対のカラーリングした存在だったからなボーンは。


「レクトさんはなにかいいの見つけました? そこの紺色のとかが似合うと思いますよ」

「奇遇だな、俺もそう思ったんだが……サイズがな」


 俺は八歳児の魔人間。いまだ成長途中の肉体は、この服に合う大きさにまで育っていない。


「せめてあと五年あれば……」

「じゃあ今のうちに買っちゃいましょうよ」

「いやでも裾引きずっちゃう」

「こういうのは一期一会ですよ。ビビッと来たのは買うべきです! お金もありますし、背が伸びるまでしまっておけば」


 なかなか前向きな思考パターンしてるな。

 よっしゃ、そこまで言われたら買うしかないな。


「じゃあ買うか。もう少し見て回ってからな」

「そうですね。あっ、地下は靴屋さんです」


 それからは我ながら驚くほどにウィンドウショッピングを楽しんでしまった。

 さながらアバターの服装とカラーリングのコーディネートとやってることは変わらない。

 自分よりボーンの服を選ぶ方が面白いのは、自分より自分の周囲の存在のほうが目に入るからだろう。


「なるほど、こういう風に楽しめばいいのか」


 そりゃ一人じゃつまらないわけだ。自分なんて目に入らないのだから。

 自分なんて見もしないのだから。


「レクトさん。あっちにもっと良さそうなのが……あっ」

「いったぁ! なにすんのあんたぁ!」


 ボーンの体が一人の女性とぶつかった。

 女性の背後には数人の男が金魚の糞のようにくっついていたかと思うと、突然女性を守るように身を前に出し始めた。


「どこに目ぇつけて歩いてんだこのブスッ!」

「ご、ごめんなさい!」


 えぇ……あのフェチシアに匹敵すると俺が評価したボーンがブスって。

 相手はどんな女を囲っているんだ、と見やるとそこには魚面人がいた。


 ああなるほど、サハギンという奴か。サハギン基準だとあれが美人なのか。


「えーん、いたいよー」

「おいおい、うちらのお姫様が怪我しちまっただろうがよぉ! どうしてくれんだよぉ!?」


 今のクッソ棒読みだったろ。一昔前のヤンキーみたいな手口してんな。

 それにしても、ボーンが咄嗟にとはいえやけにすぐ謝ったな。この世界では謝った方が負けというくらい弱肉強食の世界なのに。


 ん? なにか様子がおかしい。

 あれがリムルだったら即座に血の雨が降っているのに、音沙汰が無い。


「す、すいません。あの、これ治療費に使ってください」


 あろうことか金を渡そうとしている。ダクネシアの部下であり、あのリムルの友人が、この状況で相手に許しを乞うだなんて。悪魔らしからぬ。


 いや、そうだ。リムルが確か言っていたな。

 確かあれはボーンやガルゥを仲間にしてすぐのこと……


「いやぁ、それにしてもすごいなぁ。お前とボーンの戦いっぷり!」

「俺も成長したってことか」

「ボーンがあんなに遠慮なく攻撃できるなんて、よほどお前が弱っちかったんだな!」


 それはボーンも弱いということか? それとも俺が手加減されたということか?

 いや、俺がリムルにいまだ一勝も取れないのだから、俺が手加減されたのだろう。黒い影も居なかったし。


「ボーンは実力はあるんだけどな、筋金入りの小心者だから全力で戦えないんだ」

「筋金入りの傷心者? 悪魔のくせにトラウマを?」

「いやそっちじゃなくて……つまりビビリなんだよ、アンデッドのくせに。笑えるよなぁ!」


 アンデッドなのにビビリ。なんだその幽霊を怖がる幽霊みたいなのは。


「相手に怪我をさせたら、自分が怪我をしたら、この戦いで自分の友人に危険が及んだら、多額の賠償金を要求されたら……って」

「心配性かよ」

「そんなあいつがあそこまで力を発揮できたなんて珍しい。やっぱりお前はなにか持ってるな」


 あまりに弱すぎるから弄ばれただけだろ。

 まったく、これではリムルに一勝するのは大分先になりそうだ。





 そう、ボーンはドが付くほどの小心者、ビビリだ。

 集団で絡まれ、魚面にして強面の男に囲まれたボーンの心中は、まさに不良に絡まれた乙女のよう。

 ちなみにボーンが怖ろしさに震えるときはカタカタとしゃれこうべが嗤う様な音が鳴っていた。

 今ではきちんと肉があるのでそんな音はしない。


 さて、さすがに無一文で帰ったらリムルとクロにマジギレされかねない。


「その金は俺たちの物だ。金魚の餌にするつもりはない」

「なんだぁ、テメェッ!」


 散らす怒号と放たれる拳。

 わざと受けて遊んでやろうかと思ったが、拳は額の前で止まる。


「……ん?」

「ちょ、そ、それは、ちょっと」


 生々しいな反応が。素でちょっと困りますみたいな感じになってる。


「おいこら離せやァッ!」

「ひっ……す、すいません!」

「ったく……オラッ! っておい!」


 怒鳴られるとすぐに離すが、また相手の手首を掴んで止める。

 しかも正確に俺にぶつかる寸前で止めている。

 

 なるほど、能力はあるのに活かせないってことか。リムルの言ったとおり。

 どんなに切れ味のいい鋏もヘタクソには使い切れない。

 なら、使ってやるか。


「ボーン、許す。やりたいようにやれ」

「えっ、でも、もしこれで目立っちゃったら……」

「大事な計画資金が失われるよりはマシだ。俺が許可する」

「おい何をごちゃごちゃと……」

「わ、分かりました」


 ボーンが掴んだ手首を一捻りすると、強烈な骨の音がバキバキと鳴り響いた。

 男の悲鳴が店内に鳴り響き、残る男が後ずさる。


「今何したんだ?」

「ちょっと骨を外しました。骨の扱いは慣れてますから」


 手首を握って捻るだけで肩を外すなんて芸当が、慣れてますからの一言で済ませられるとは思わなかった。

 さて、ダクネシアの元配下にしてリムルの旧友、俺と同じ苦労人だというボーンのお手並みを拝見するとしよう。


「って、あれ?」


 それは声をかける間もない。見事な逃走っぷりだった。

 そりゃあ片手で相手の骨を軽く外すような奴を相手にしたくはない。得体が知れないにも程がある。

 とはいえあれほど大勢なのに数で押し切ろうとも思わないのか。まるで天敵を前にした魚の群れのように見事な逃げっぷりを見せ付けてくれた。


「だ、だ、大丈夫でしょうか。後々これが原因で計画に支障をきたしたら、私は……」


 俺も人間だった頃はどうでもいいことで不安を募らせたりしていたものだ。

 そういう部分では俺とボーンは確かに似ているのだろう。

 とはいえそれもかつての話。今の俺には怖れも憂いもありはしない。


「心配性だなボーンは」

「でも、この計画が失敗したら、レクトさんリステアさんと会えなくなっちゃうんですよ?」

「悪魔のくせに俺の心配をするな。計画が失敗したところで、俺がリステアと会えなくなるというわけじゃあない」


 この計画がどうなろうと、俺の目的は変わらない。リステアと再会する方法が変わるだけだ。

 確かにこの計画に便乗することで得られる恩恵も多い。

 とはいえ、リステアと再会するための手段がそれだけというわけではない。魔人間として力をつけて、立ちはだかる障害を全てブチ破って探せばいい。


「我ながら逞しい思考回路になったものだ。そこはリムルに感謝しないとな……ボーン?」

「……羨ましいです」

「えっ?」


 かすかに背筋に悪寒が走る。

 それこそ遠慮のない負の感情。殺意か、それとも……


「そこまで愛を捧げてもらえる、そのリステアさんが妬ましい。そんなに美人なんですか?」

「あ、ああ。まあ俺の妄想で創った嫁だからな」

「どんな人なんですか? やっぱり胸が大きいんですか? 私やフェチシアより?」


 なんかすごい食いついてくるな。これも嫉妬のなせる業か。


「胸は大きさだけじゃないんだよボーン。……今でも鮮明に思い出せる。聖剣を並べたような白銀の、さらさらとした髪、蒼穹を一点に集めたような、鮮やかな青眼、穢れ一つないきめ細やかな白玉肌、一挙手一投足、一切の乱れない流麗な身のこなし。微笑みかけられれば、その底なしの愛を実感せざるを得ない。信仰や忠誠にも似た、しかし純粋にして濃密な愛想は、俺の愛欲を満たせる唯一の存在だ……」

「そ、そんなにも愛しているのですね。その人のことを」


 ああ、愛しているとも。なにせ俺が前世で唯一愛せる存在だったからだ。

 アニメもマンガも、小説でさえも、所詮は誰かの手によって生み出された空想に過ぎない。

 どれだけ手を伸ばしても、それは自分のモノにはならない。どれだけ愛しくても、それは彼女たちには届かない。

 そしてそれを妄想で捻じ曲げてしまえば、それはもう彼女とは別の<何か>へと成り果ててしまう。


 ならば、創るしかない。

 俺が愛する価値のある、俺を愛してくれる女性を。

 自らの手で創り上げ、0から1までを築いた純粋な存在を。


「そうとも。俺はリステアを愛している。そう、愛している」

「……羨ましい。でも、どうやらそれだけは私には手に入れられそうにないですね」


 そうだろう。なにせ、そこまで俺だけを愛せる女性は、他に居ないだろうから。

 だが……


「そんな俺の愛するリステアは、今は傍に居ない。今はお前との服選びの時間だ。ほら、次のオススメとやらを紹介してくれ」

「あっ……は、はい!」


 俺は愛欲の大罪を持つ魔人間。俺の愛に嫉妬するなら、いいだろう。少しだけ愛を分けてやる。

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