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出産

麻里『・・・3時間。』


プルルルル・・・プルルルル・・・


麻里『まだなの?』


佐村『穂から電話があって、バーに来てるんだ。マスターが帰ってこないんだってよ。』


麻里『もう、色葉の方が大事でしょ!!』


佐村『だから穂を連れて、そっちに行く。穂ちゃんに金を借りてタクシーに乗るから、すぐに着くと思う。』


麻里『もう、産声は聞けないかもよ・・・。』


佐村『なんで?すぐ、行くぞ。』


麻里『 あと1時間で着く?』


佐村『1時間は厳しいかな・・・。』


麻里『分娩室に入ってから3時間経ってるんだよ。』


佐村『えっ、運ばれてすぐに入るんじゃないのか?』


麻里『・・・そう、思ってたなら、もっと急いでよ!!』


ブチッ


佐村『・・・俺の代わりに長いこと、付き合ってくれてるから疲れてるんだな。』


穂『マスターどうしたんだろ・・・。』


佐村『いつから戻らないんだ?』


穂『今日の朝から。用事があるとは言ってたんだけど・・・。』


佐村『あのマスターのことだ、気づいたらバーに帰ってるんじゃないか。』


穂『そうだと良いんだけど・・・私ね、ヒトミンみたいな人影と佳奈さんみたいな人影が、カウンターに座ってるのを見たの。』


佐村『2人が来たんじゃないのか?』


穂『ヒトミンだったら、こっちに話しかけてくれるでしょ・・・今日はバーを開けてなかったし・・・。』


佐村『実は俺も見たんだよ。ここに来る途中にベンチで顔を隠して座ってた。そういえば自転車は貸してもらったものだから、タクシーに積み込まなきゃな。』


穂『マスターもそうだけど、ヒトミンにも電話が繋がらなかった・・・もしかしたら・・・。』


佐村『泣くなよ・・・タクシー来たみたいだぞ。』


2人はタクシーに乗り、病院を目指した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


麻里『ZZZ...』


私『うっ・・・はあ・・・はあ・・・ぐぅ・・・。』


助産師『頑張って、もう少しですよ。力まないで、呼吸はリズムよく。』


私『(わかってるよ・・・)』


もう少し・・・もう少し・・・もう少し・・・・。


プルルルル・・・プルルルル・・・


麻里『・・・ん?あっ・・・はい?』


佐村『今、着いた、迎えに来てくれ。』


麻里『あっ、着いたの!!まだ、間に合いそうだよ!!』


おぎゃー!!おぎゃー!!


麻里『あっ、残念・・・間に合わなかったみたい。受付で聞いてみて。』


ブチッ


私『私とサムの子供・・・うう・・・。』


まさか、こんな素晴らしい瞬間を迎えることが出来るなんて思ってもいなかった。嬉しいことで涙を流すことが出来るのは恐らく人間だけだと思う。助産師さんが私の涙を拭いてくれた。


私『あっ、すいません・・・。』


助産師『今から、へその緒を切ったり、健康状態を調べたりしますので、赤ちゃんのお名前を。』


私『(あ・・・サムが顔を見て決めるとか言ってたな・・・まあ、いいか、遅れた方が悪い。病院内で赤ちゃんの識別をするためだけの名前だし・・・。)ヨウです。』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


数時間後、病室へ戻るとサムが頭を抱えていた。


私『どうしたの?』


佐村『名前を書いてた紙を失くしてた・・・。』


私『考えてくれてたんだ。赤ちゃんの顔を見て決めるとか言ってたのに。』


佐村『ああ・・・6個くらい候補があったのに・・・なんだっけ・・・。』


私『赤ちゃんの顔を見てつけてみてよ。』


麻里『色葉がつけたら?』


私『ちょっと、試したいことがあるから。』


麻里『???』


私『疲れたなぁ・・・お母さんも苦労して私を産んでくれたんだ・・・。』


穂『・・・また、産みたい?』


私『もう一人くらいは産みたいかな・・・穂ちゃん、最近、実家に帰ってる?バーに住み込みでしょ?』


穂『高校を卒業してからは帰ってないよ。』


私『そう・・・退院したら、実家に帰って見ようかな。サムのお義母さんとお義父さんも、早く赤ちゃんに会いたいだろうし。』


ガチャ・・・


赤ちゃんが来たみたい。初日は数分間だけ対面出来るらしい。私は、もうたっぷり抱かせてもらったけど。


私『サム、抱いてみて。』


サムは赤ちゃんを抱こうとしたけれど・・・。


佐村『やべっ・・・まだ、落としそうで、怖くて抱けないんだけど・・・。』


私『首が座ってないからね。顔見てどう?』


佐村『目がお前にそっくりだな・・・。』


私『鼻はサムそっくりだよ。耳は・・・って、泣いてる?』


麻里『感極まってるのよ。何故か、私も涙が・・・。』


私『2人とも、私の妊娠中は色々、手助けしてくれたもんね。麻里が妊娠したら恩返ししなくちゃ。サム、名前は出てこない?』


佐村『あっ、そういえば、お前の名前から取って、(よう)って言う名前も候補の一つだったんだ。読みは2文字がいいって言ってたよな?これしか出てこないな・・・。』


私『・・・良い名前じゃない!!さっすが、サム。パパ合格だね!!』


佐村『えっ?』


私『覚えてないの(笑)名前を事前に考えるか、考えないで直感に頼るかで喧嘩したじゃない。あの日の夜、私は(よう)がいいなーって、言ってたの覚えてない?』


佐村『覚えてない・・・。』


私『覚えてないの?・・・じゃあ、罰として、葉を抱いてみて。』


佐村『産まれたては無理だって・・・わかった、わかった、抱くよ。』


サムは恐る恐る葉を抱いた。ハラハラさせる、変な持ち方を私が修正しながら、やっと、綺麗な形っぽく抱くことが出来た。


佐村『よっ、とっ、とっ、とっ。』


麻里『抱けてないじゃない(笑)』


佐村『あーもうムリ。』


サムは私に葉を預けた。


私『そういえば、今日もパパ、帰りが遅かったねー。』


私は葉に語りかけてみた。


佐村『・・・。』


私『キャバクラなんて通わなくても、私が悩みを聞いてあげるし、お酒も注いであげるのにね。買ってくれるなら綺麗なドレスだって、産後ダイエットして着ることも出来るよ。』


佐村『きゃ、キャバクラ通いをなんで知ってるんだ!?』


私『幸せ記念日のキャバクラ口撃のときに気付かなきゃ。堀さん情報だよ。』


佐村『堀の奴・・・。』


私『ユミちゃんが落とせないのは、既婚者のサムのせいだって怒ってたよ。』


佐村『他には何か言ってたか・・・?』


私『別に。私が退院したら、気持ちを入れ直して、私はママを、サムはパパを頑張らないとね。』


佐村『ズルいなー、ったく・・・。』


私『なんで?』


佐村『頑張らなきゃならないのは、俺だけじゃん(笑)』


私『時には亭主関白、時にはかかあ天下で、家庭を守るのが、日本の夫婦じゃない。だから、私も頑張らなくちゃ。』


佐村『結婚後の2段階目から、出産後の3段階目に移るのか・・・ユミちゃんと中々会えなくなるな・・・。』


私『なんか言った?』


佐村『い、いや、独り言だ!!独り言!!』


サムの場合はライブとかで遠出することもあるから、正直、諦めもある・・・と言うか、その覚悟を持ってなきゃ、結婚は長続きしない気がする。公子は、その覚悟が足りなくて離婚したんだと思う。煙草だって家計にストレートパンチを入れられるまでは、絶対に復活するし、料理なんて覚える気ないだろうし、掃除機は未だに使えないし。それならば、がむしゃらに働いてもらわねば・・・と言うことは監視が難しくなる。思い通りには何もならない。


穂『MARIちゃん、ちょっといいかな・・・。』


穂は麻里を病室の外に連れ出した。


麻里『どうしたの?震える声で。』


穂『ヒトミンと佳奈さんが部屋の片隅にいた・・・。』


麻里『は?』


穂『部屋の片隅にいたんだって・・・色葉さんに微笑んでた・・・。』


麻里『人見みたいな人影は廊下で私も見たよ。でも、色葉には秘密だよ。心配させちゃマズイから。』


穂『私がMARIちゃんを脅かそうと思って、こんなこと言ってると・・・。』


麻里『思ってないよ。電話も繋がらなかったから・・・色葉の前では我慢してたんだけど・・・最近の人見はなんだかおかしかった・・・急に佐村のサポートもやめちゃったし・・・。』


ガチャ・・・


佐村『じゃあ、また明日な。』


麻里『あ、佐村・・・人見のこと知らない・・・?』


佐村『人見?ベンチに座ってるの見たぞ。』


麻里『それって、本当に人見だった・・・?』


佐村『何を言い出すんだよ。俯いていたけど、あれは人見だった。』


穂『顔は確認してないんだね・・・。』


佐村『人見よりもマスターの方が心配だろ。』


麻里『マスターもいないの?』


穂『うん・・・もし、マスターが帰って来なかったら、私、どうしよう・・・。』


後日、マスター・・・岸谷は帰って来た。手錠を掛けられてテレビのニュースに映っていた。人見と佳奈は日比谷の栽培場で脚と胸を銃で撃たれて亡くなっているのが発見され、側には日比谷の遺体もあった。私が葉を産んだ、あの日、岸谷は日比谷から私を守る為に佳奈を利用し、人見は巻き込まれたんだ。人見は岸谷と日比谷と佳奈・・・そして、私のモザイクのせいで死んだんだ。私は人を殺してしまった。ひとみという名前の人を、また殺してしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


4年後・・・


私はサムと美知、そして葉と一緒に母・・・お婆ちゃんの為にお盆の帰省をしていた。


美知『・・・。』


私『ほら、葉。こうやって、お手てとお手てを合わせるの。』


葉『こう?』


私『そう。お婆ちゃんに、いつも見守ってくれてありがとうって。』


葉『おばあちゃん、いつもみまもてくれてありがと。』


佐村『よし、次だな。4回目でも慣れないな、こっちは。』


私『そうだよね。慣れちゃう日が来るのかな。葉、こっちに来て・・・ってアレ?』


美知『あそこで遊んでるよ。』


私『ん・・・?』


美知『ごっこ遊びかな。可愛い(笑)』


佐村『葉、何してるんだ?』


葉『おともだちとあそんでるの。』


私とサムは顔を見合わせた。


佐村『へえ〜、オカルトだな(笑)』


私『はは、ははは(笑)もう、笑うしかないよね。去年も遊んでたのかな。葉、お友達のお名前は?』


葉『ひとみちゃん。』


私の過去は未だにモザイクに侵されている。消えることなどないのだ。もし、このモザイクが悲惨な連鎖を生もうとしても、それを止める術などない。・・・強いて言えば、モザイクに侵された過去を持つ者が、その過去をリセットすることで解決するのかもしれない。次の連鎖は誰を不幸にしてしまうのだろう。

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