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フランボワーズとチョコレート (夏月視点)

「誠治君、悪いね。最後まで手伝わせちゃって。」

「篠山さんにまでお手伝いして頂いてすみません…でも、お蔭で早く片付きました。ありがとうございます。」



予定よりも随分延長したが、ハルさんと桃子さんの披露宴兼内覧会は無事終了した。

厨房のスタッフは三田さん以外、予定通りコースが終わった時点で片付けをして上がってもらっていたし、サービススタッフも小山田さん、鈴木さん、ジャンさんを残してキリのいいところで上がってもらっていたため人手は十分とは言えなかった。

しかし、いつの間にか父はここのスタッフのように働いていたし、佐伯さんが引き続きお手伝いすることを申し出てくれ、更に篠山さんも加わり、思っていた以上に早く片付けることが出来た。


「なんか働きやすそうな厨房(とこ)やなぁ…。」

「ボヌールほどは広くないですけど、使い勝手はすごく良いですよ。」

「ほんまにそんな感じやね。佐伯っちは実際働いてみてどうやったん?」

「すごく良かったですよ。明日からここで働きたいくらいです。」

「なんかそれ、佐伯っちが言うと下心満載に聞こえるんやけど…。」

「確かにそれは否定できないね。だけど、いつでも僕は来てもらって構わないよ?」


英治さんがそう言うと、余計にそう聞こえてしまうのは私だけじゃないはず。

佐伯さんと英治さんが仲良しすぎてちょっぴり妬けちゃう私。


「夏月ちゃん…なんか絶対勘違いしてるよね?英さんとはそんなんじゃないから…。」

「夏月、誠治君にヤキモチ妬くのは間違ってると思うよ…?間違いなく誤解だから…。」


私の心の中を読まれてしまったのか、なぜか2人に言い訳じみたことを言われてしまう。

その上、篠山さんには失笑されてしまう始末。


「夏月ちゃん…そりゃないで…なんか佐伯っちが気の毒に思えてきた…。」

「だって…仕方ないじゃないですか…なんか2人でこそこそしてること多いし…。」

「その話はもうやめて…これから飲まないかい?夏月も佐伯くんも殆ど飲んでいないだろう?篠山さんも良かったらご一緒に。今、大倉さん(師匠)にワイン選んでもらってるから。」


いつの間に父が師匠になったのだろう?

ともかく着替えを済ませ、英治さんがシェフに用意してもらっていたという料理と、どうせ私と英治さんは披露宴中はバタバタしていてケーキなんて食べられないだろうから…と、ハルさんが用意してくれていた私達のために用意してくれたウェディングケーキのミニチュア版…と言っても、5〜6人で食べられそうなサイズの Mon premier(私の初恋) amour を自宅へ運ぶ。


それらの料理や、簡単に盛り合わせたチーズ数種類とナッツやドライフルーツ、それから篠山さんが冷蔵庫の中の材料でササッと作ってくれたサラダ、佐伯さんがカットしてくれたフルーツをテーブルへ。


あっという間にダイニングテーブルの上が賑やかかつ華やかになった。目の前に所狭しと並ぶお料理に、私のお腹のムシが急に騒ぎ出す。絶対聞こえたよね?……ハズカシイデス。


「そりゃあお腹だって鳴るで。夏月ちゃんはずっと立ちっぱなしやったもん。…なんか申し訳ないなぁ…私達までお邪魔して…すごいご馳走やし…その上ほんまに泊めてもらって良いん?」

「せっかくだからのんびり飲みたいじゃないですか?お料理だって大勢で食べたほうが美味しいですし。」

「しかも明日送ってもらうとか…明日も休みやし、電車で帰るで?」

「そうだよ、英さんも疲れているだろうし…。」

「同じ方向に用事があるそうなんですよ。気にせず乗って行って下さい。それに英治さんは佐伯さんとゆっくり話したいらしいですし。」

「…夏月ちゃん、変な誤解はやめて欲しいんだけど…。」


別に拗ねてるわけでも、ヤキモチ妬いているわけでもないのにそんなことを言われてしまう。相変わらず英治さんは佐伯さんが大好きなのね…って思ってただけなのにな。


ボヌールの皆は、披露宴兼内覧会が終わると再び英治さんの手配したバスで帰っていったが、急遽残って片付けを手伝ってくれた佐伯さんと篠山さんは、今夜うちに泊まって、明日の午前のうちに英治さんが送って行く事になっている。




「夏月、ブルゴーニュのグラスはそこに人数分あったっけ?」


噂をすればなんとやら。ひょっこり現れた英治さん。英治さんはグラスの数を確認しにやってきたが、人数分あると分かるとすぐにまたセラーに戻っていった。

美味しそうな料理を前に、私達はあとどのくらいお預けさせられるのだろう?


数分後、デキャンタと数本のワインを持って来た英治さんと父。

2人とも、ニコニコ嬉しそうに笑っている。


「本当は夏月の誕生日に飲もうと思っていたんだけどね。あの日はバタバタしていたから…。それがこんな形で役立つなんて。」

「私もまさか今日、これを夏月と飲めるとは思っていなかったですよ。」


そう言って父が出したのは、私の生まれ年のブルゴーニュの白ワインだった。


「パリでソムリエの修行をしていた頃、このワインと出会って…更にワインにハマってしまって。特にこの年の物が好きで…夏月の生まれ年だから余計に思い入れがあるというか…。いつか、夏月とワインを飲む機会があれば…と思って自宅に保管してはいるんだけど、さすがに今回持って来てはいなくて。…そんなに有名な物でもないし、そもそも数が少ない、そんなワインを英治くんが持っているなんて…本当に驚いた。」


そう言って、父は鮮やかな手つきでコルクを抜くと、ブルゴーニュ用のグラスに少し注いでテイスティングした。


グラスの中で揺らめく黄金色の液体。

無駄のない美しい所作、真剣な横顔。

それは私が未だかつて見た事のない父の姿だった。


そして、父は英治さんに手渡されたデキャンタを受け取ると、まるで糸を紡ぐように注いでゆく。


部屋に立ち込める、なんとも言えぬ芳醇な香り。華やかに開いていくその香りに包まれ、とても幸せな気分で心が満たされてゆく。


「すごく綺麗ですね…。」

「ほんまにすごいなぁ…。」

「僕の腕じゃ、こうはいかないんだよね…。」


「ところで、大倉さんと夏月ちゃんってどういう関係なん?なんだかすごく仲良さそうやし……。夏月ちゃんの事、スタッフが下の名前で呼ぶと蘇芳さんがめっちゃ怒るって三田っちが言ってたんやけど…。」


篠山さんはこっそり私にそう尋ねた。

先程から、篠山さんは不思議そうに私と父の姿を交互に眺めていた様に思う。

そんな事考えていたからだったんだ…と妙に納得してしまった。


自分たちの式の時には父を紹介したが、篠山さんはそこにいなかった。披露宴でワインについて話をした時も、この店のオリジナルワインを作っている元ソムリエの醸造家として紹介されていたし、名字も違うのだから私の父だとわかるはずもないだろう。




「すみません、お話していませんでしたよね。私の父なんです。」

「実は今日、娘と二十数年ぶりに再会することが出来まして…。」

「その話を聞いて、誠治君は号泣していたんだよね?朝、彼の目が真っ赤だったのはそう言う理由。決して篠山さんが思っていたような理由じゃないよ?」

「英さん…そういう事はあまり口外しないで頂きたいんですが……。だけどそういう事ですよ、篠山さん。だから勝手に変な想像するのやめてもらえませんか?」


恥ずかしいのか佐伯さんの顔が赤い。変な想像って一体どんな想像だろう?すごく気になるけれど、そこは敢えて聞かないことにする。また「ヤキモチ妬いている」なんて言われたくないし。


「二十数年ぶり…って…」


篠山さんはただただ驚いていた。

長い間会っていなかった親子が、こんなにすぐに打ち解けるのは信じられない…とでも言いたいのだろう。それについては、私自身も驚いている。きっと父もそう思っているはずだ。


「自分でもすごく不思議なんですけど…ずっと会っていなかった感じというか、気まずさがないんですよね。自然と受け入れることが出来たっていうか…父と会えたことが素直に嬉しくて。子どもの頃、大好きだった父のイメージそのままでしたし。何より、父も私と同じ気持ちだったのが大きいですね。」

「あまりにすんなりと受け入れてもらえて私自身、拍子抜けしているくらいですよ。こんな事ならもっと早くにコンタクトを取っていれば…とも思ったんですが、きっと『今』だから上手くいったんだろうとも思うんです。すべてのタイミングが上手く噛み合って、それを繋いでくれたのは、紛れもなく英治くんで。……本当にありがとう。」


そして、私達は父がサーブしてくれたワインで乾杯をした。

出会いと、門出と、これから訪れる、希望に満ち溢れた未来を祝して。






「料理も、お菓子も、ワインも不思議な力を持っていると思うんです。人々の脳裏に、思い出をより鮮明に焼き付ける力が、そして、その思い出を思い起こさせる力が。


たわいのない日常の出来事でも、その日食べた料理だったり、お菓子だったり、ワインなんかがやけに印象的だったせいでその出来事を覚えている事ってありませんか?

逆に、忘れてしまっていた出来事を思い出させてくれたり、ノスタルジックな気分に浸らせてくれたりするんです。


料理も、お菓子も、ワインも五感で楽しむ物ですから。美しいフォルムや色、香り、歯触りや舌触りなどの食感、グラスに注いだ時の音や、ナイフを入れた時の音、そして味。

それらが複雑に絡み合って、人々の思い出とリンクしていく。


特に日本で言うところのフレンチは、特別な時に食べる事が多いじゃないですか?私達の仕事は、美味しい物を提供するだけではなく、そんな特別な時間を、特別な空間を、もっと特別な物にするため、もっと印象深く、良い思い出として残るように演出すると言う側面も持っているんだと思うんです。

美味しい物を口にすると自然と笑みがこぼれるでしょう?その笑顔が、人と人を繋ぐんです。そうやって繋がっていった人達が、また一緒に食事をして、思い出を共有するんです。


私達の提供する料理が、お菓子が、ワインが、サービスが人と人の縁を結んでいくんですよ?素敵な仕事だと思いませんか?

そして、今日、こうして共にテーブルを囲んでいる。それって、そういう事の集大成じゃないでしょうか。

今まで、ワインと向き合ってきて良かった…と、今日ほど思った事はありません。ワインが、私と英治くんを繋いでくれて、結果、娘とこうして昔のように楽しい時間を過ごせるんですから…。


そして、その力は、mariage…つまり、組み合わせる事によってより強力になると思うんです。

例えば、このサラダに入っているロックフォールと胡桃。胡桃の香ばしさと食感が、ロックフォールをより引き立てます。より美味しいという事はつまり、より印象的になるという事です。

ワインとチーズだってそうでしょう?お互いが引き立てあって、より旨味が増すんです。

それから、このムースのフランボワーズとチョコレート…組み合わせることによって、香りに奥行きが出て、コントラストが生まれます。酸味のアクセントが、より食欲をそそるんじゃありませんか?足し算じゃなくて、かけ算なんですよ。香りが、旨味がかけ合わさって、もっともっと美味しくなる。もっともっと印象に残る……。」




フランボワーズとチョコレート。

甘くて、酸っぱくて、ちょっぴり苦くて、私の初恋と、切ない恋の思い出。

だけどその初恋も、切ない恋も、今となっては素敵な思い出で、今の私達の幸せの原点とも言える、そんな最高の組み合わせ。


"Bon mariage "

つまり、『良い結婚』。

今日の私達にピッタリの言葉。


フランボワーズとチョコレートの様に、これからも、私達はお互いにとって、最高のパートナーでありたいと思う。






私と英治さんは、お菓子の取り持つ縁で結ばれ、英治さんと父は、ワインの取り持つ縁で結ばれた。そして、父と私の縁は、英治さんによって再び固く結ばれた。


きっと、佐伯さんにだって、篠山さんにだって、他のみんなにだって、そんな縁がきっと訪れているはずなんだ。




私達がそうして笑顔になれたように、私の作るお菓子が、父の作るワインが、英治さんの店、La lune d'été でたくさんの人々を笑顔に出来ますように…。

素人の拙い作品を最後までお読みくださり、ありがとうございます。


正直、ここまで長い作品になるとは思ってもいませんでした。


いつになるかはわかりませんが、続編というか過去編というか、別の人物を主人公にしたお話も書けたら良いなと思っております。


本当にありがとうございました。

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