最終話 本当の姿 〜ジェイク視点〜
本日2話目の更新です。
ジェイク視点です。
デビュタントの数日前に痩せた少女が密やかに屋敷へやってきたという話が使用人の間で広まっていた。その噂を聞いて、ああ、フィーリアお嬢様の話はすべて真実で、本来のお体——もとい、アンジェリカお嬢様が見つかったんだなと俺はひっそり理解した。
デビュタントへの出立を生垣の隙間から眺めた時、目が合って微笑み返してくれた。だから、デビュタントの時にはまだ元に戻れていなくて、フィーリアお嬢様がデビュタントをやり遂げたのだろう。俺の贈ったポプリは彼女の力になれただろうか。
どれだけ落ち着かなくても、お嬢様が会いにきてくれなければ姿を見ることも言葉を交わすこともできない。いつ窓に合図があるだろうかと、眠りの浅い日が続いた。
***
今朝、急に父さんが俺に庭仕事をせず家にいるようにと指示を出した。意味が分からず困惑しつつも、有無を言わさない様子に渋々頷く。
せっかくだから、日頃さぼっている片付けでもするか……と机の周りに散乱した本やメモ書きをひとつひとつ片付けていると、窓の外にぼんやり立ち尽くす小さな姿が見えた。
その姿が消え去ってしまわないように大急ぎで階段を降りて扉を開ける。
頭をショールで覆った小柄な女の子は、俺を見て震える細い腕でショールを手繰り寄せて顔を隠す。
そんなことしなくていいのに。
思わず笑みがこぼれた。
「こんにちは、フィーリアお嬢様」
声をかけるとお嬢様はびくりと肩を揺らした。
近づこうとするとずりずりと少しずつ後ろに下がっていく。
「こ、こんにちは、ジェイク。でも、もう、お嬢様じゃないの」
「お嬢様はお嬢様ですよ」
また近づくとじりじりと下がろうとする。仕方がないのでその細い腕をそっと掴んで引き寄せた。
「わっ、な、な、なにするの……」
「ほら、そんなのかぶっていたら暑いですよ」
ショールを外そうとするといやいやと首を振って、フィーリアお嬢様は泣きそうな声を出した。
「アンジェリカ様みたいなお顔じゃないの」
「そりゃフィーリアお嬢様はアンジェリカお嬢様ではないんですから違うでしょう」
「かわいくないの」
「それは俺が決めることです」
抵抗の力が弱まって、ショールがするりと外れる。
ミルクティー色の髪が揺れ、潤んだ琥珀色の瞳がこちらを見つめていた。
「ほら、かわいい。こっちの方がフィーリアお嬢様にしっくりきますね」
返事はなかった。きょとんとこちらを見つめている。
しばらくして、フィーリアお嬢様がつぶやく。
「……本気で言ってるの?」
「本気で言ってますよ」
「……ばかなんじゃないの」
「ばかかもしれませんね」
お嬢様は安心したように腕の中でくすくすと笑い始めた。
「あのね、デビュタント上手に出来たよ。ジェイクのポプリのおかげ。見送りにも来てくれたよね、ありがとう」
「お役に立てて良かった」
がんばりましたね、と言うと、フィーリアお嬢様は得意げに笑って胸に頭を擦り寄せてくる。
「それでね、がんばったから、お風呂もごはんも、元気になるまでクロードさんが面倒を見てくれるって。その間に、これからどうしたいかゆっくり考えたらいいって言ってくれたの」
「それはよかった。今はなにかやりたいことはあるんですか?」
「うーん……。シェリルちゃんは侍女になってって言ってくれてるけれど、メアリみたいにできる気がしないし……。ミリアーナさんは娘にしてくれるって言ってくれたけど、貴族は息が詰まって大変だし……。どうしようかな」
娘になる案まで出ているのか。
その方が、裕福で苦労もなく幸せかもしれない。
けれど、どうしても腕の中のお嬢様を手放したくなかった。
「——じゃあ、俺とまた花を育てませんか?」
お嬢様を抱きとめる腕をほどいて、近くの植木鉢を手に取る。
夜の庭で一緒に植えた、太陽の花。それが満開を迎えていた。
「しばらくしたら種がたくさん取れますから、それを一緒に植えて増やしていきましょう」
差し出した植木鉢をお嬢様が受け取る。琥珀色の目が太陽を反射して、きらきらと光り輝いていた。
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