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フロウラの末裔  作者: みっつっつ
第15章 人のいない駅‬
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6 ネドル・・・アリス

 これまで:乗り場整備に新たな工事が必要ということで、シルバ隊到着まで間が空いた。3日の休みを取ると決めたアリスは家で2人切りの1日を過ごした。

 昨日からあたしは勝敗を付けることにした。その内容や基準は内緒だけど昨日は2勝3敗、ちょっと分が悪い。今日こそはリカルドを泣かせてやろうと作戦を考えてる。

 おっと。そんなことより今日はネドルまでお出かけだ。クロミケは農場に置いてトラクで乗り場へ行く。リカルドはチューブ列車に初めて乗るんだね。


 ネドルは左に3つ目、2ハワーくらいだ。

通路をギリギリで曲がるトラクにホワッと浮かぶ路線図。乗り場に滑り込むチューブ列車に音もなく開く大きな入り口。そして真横にまんま乗り込むトラク。

 こうして並べると初めての人には刺激が強いかな?


 リカルドには作りたての深い青のダンディなスーツ、あたしはワインレッドがちょっと大人のディナードレス。

 なんだけど、ネドルの観光もあるからね、後で着替えるよ。今はいつものラフな格好だ。

 ちなみにシロルはいつものメイドファッションだよ。


 列車の上の2ハワーは、剣の素振りや弓の引き手の鍛錬をしてるとあっという間だ。こう見えたってガルツ商会の武闘派だからね、やれるときにやっとかないと。

 リカルド?シロルのお茶とおやつで骨抜きになってるよ?



「そろそろネドルに着くよ」


 相変わらず音もなく乗り場に滑り込んでいって止まった。

 海底駅だからね、ここはいつもちょっと湿っぽい。


 通路手前のシャッターを開けてトラクで通路へ潜り込む。奥まで行くとレストランが見えてるんだけど、エレベーターで海上の駐車場に案内された。上がるとケドルが出迎えてくれた。


「ケドルさん、1日お世話になるよ。なーに?村長が駐車場の案内なの?」

「やあ、よく来てくれました、アリスさん。ここのお客さんはまだ少ないですからね。ご挨拶だけでもと思いまして」

「ふうん。周遊のカートはもう使えるんでしょ?」

「はい、今はまだ5台ですが、追々増やしていきます。アリスさんの分は2台押さえてありますので、お使い下さい」

「4人乗りじゃなかったっけ?1台でいーよ」

「ではあちらの一番奥のカートをお使い下さい」

「今シーフラウはどの辺?ここにはいないよね?」

「テロング行きの航路の途中ですね。ハイエデンを回って戻る予定になってます。帰りに珊瑚礁のジャスパーを狩ってみると言ってました」

「そっか。もうあっちの航路に回ったんだ」

「アリスさん達のおかげですよ。港だけでも大変でしょうに、近隣の観光開発や名産まで用意してくださいましたから。船の荷も集まりますしお客様も集まります」

「船、乗ってみたいんだけど。いいかな?」

「午後でしたら漁も終わってますから、どこへなりと仰ってください」

「そんなに遠出しないよ。夕飯までだし」


 おっと。リカルドが遠い目をしてる。


「よーし。リカルド、行くよー」


 リカルドを引っ張ってカートに乗せる。シロルがバスケットを持って後ろの席に乗った。

 カートは左回りで走り出した。しばらく黙って柵の向こうの海を見ていたリカルドがボソッと言う。


「アリスってすごいんだ……」

「えっ?何言ってるの?すごくなんかないよ。みんなあたしのおかげだって言ってくれるけど、あたしはその場その場でできることをやってるだけ」

「いや。俺の畑だって埋まってるものを見つけたし、あの土地も結局全部アリスが作ったんだよな」

「だから違うって。あんたの畑はマノさんが見つけたの。掘り出したのはミット。あたしは土地なんか作ってないよ。計画したのもシロルとシルバだし」

「そうだとしてもこれほどの成果をあげてるじゃないか。俺なんかが……」

「もう!」


 なんでここで卑屈になるのよ!あたしが見込んだ男なんだからもっと胸を張ってよね!


「リカルドさま、男たるもの、そのように弱気になるものではございません。アリスさまは13歳でご両親を亡く…」

「ちょ、やめてよ、シロル!あんた何を言うつもり!?そんなの関係ないの!黙ってなさい!」

「はい。口出し、申し訳ありませんでした」


 ふう。びっくりしたー。何を言い出すんだこいつは。そんな同情引いてどうしようっての?


「そんな事より、ほら、ここでも畑、作ってるんだよ。麦と豆が穫れるんだって。あとは葉っぱの野菜。ちょっと降りて見てこうよ」

「おお、手入れがいいのがここからでも分かる」


 カートが止まるとリカルドが畑に入っていく。あたしは後に続いた。

 リカルドは豆らしい作物の葉を愛おしげに確かめ

「いい色だ。茎もしっかりしてる。これは良い豆が穫れる。肥料が見たいな」


 そう言って離れたところに見えた人影に向かい、歩いて行く。途中から麦の植えられた区画になってまた足を止めた。不思議そうな顔で麦の茎を触っている。まだ花も咲いていない細長いだけの薄い葉っぱを見て首を傾げた。


「それ、多分麦だよ。小さい粒々の実がいっぱい付くんだ」


 あたしがそう教えると、リカルドはちょっと顔を歪めた。そしてプイッと顔を背け、近くなった村人に歩み寄って話しかけていた。

 あたしはもう動くことができなくて、そこで見ていた。涙がポロポロと落ちてくる。なんであたしは泣いてるの?

 やっと足の金縛りが解け、やっとの思いで振り向くと、カートに向かってとぼとぼと歩いた。

 シロルが何か言っていたけど、何を言っているのか聞き取れない。あたしは椅子に座ってハンドルに突っ伏して、膝の上にポタポタ落ちる水玉模様を眺めていた。


 しばらくして隣にリカルドが乗って来た。気まずそうにあたしの肩を抱いてくれたけど、目を合わせてはくれない。あたしはリカルドの回された腕を両手で握って俯いたまま、カートが角を曲がって行くのを見ていた。


 今日の海はあたしの気持ちとは裏腹に波が穏やかだった。


 そのまま、一言の言葉も交わされないまま次の角をカートが回る。

 耳のツーシンがミットの声で喚いた。


『アリスー。あんたネドルだってー?なんであたいも誘わないかなー?』

「あ、ミット……ごめんね……」


 間があった。


『あんた、大丈夫?』

「何のことかなー。大丈夫に決まってるでしょ」


 勘のいいミットのことだ。もう感づいてるかもだけど、何とか誤魔化したい。


『そうは見えないねー』


 えっ?見えない?


「『リカルドー。アリスにあんたなんかしたねー』」


 ツーシンと被る声がすぐ後ろから聞こえた。

リカルドの腕がビクッと跳ね上がる。


「うわっ!ミットさん。何でここにいるんだ!?」

「そりゃー、アリスが泣いてるからに決まってる。あんた、アリスに何を言ったー?」


 あたしはミットのセリフを聞いて声を無くした。否定したいけど悲しくて……


「俺は何も……ただここの人が…ケドルさんが感謝してると……だから俺なんかじゃ……」

「はーん。坊ちゃん育ちでもないだろーに、そうやってウジウジと。あんたの使い道って、足の間にぶら下げてるチンケな棒だけなのかい!?」

「えっ?ミット、チンケってそれはあんまり…」

「アリスは黙ってな!

 リカルド。何をやったかも大事だけどねー、一番大事なのは何をやろうと頑張ったかなんだよー。あんたは何をやろうとしてるんだいー?農家の3男坊が弟の命と引き換えで手に入れた畑。あんたはそれで満足かい?アリスの隣に立てるだけの男なのかい?」

「ううっ!」


「ふう。そーさね、アリスの隣に立ちたいんなら、あの街の街長をやったらどーだい?人集めから街を仕切って、でっかい街にして見せな。男なら胸はって生きて見せな」


 リカルドのあたしの肩に回した腕がグッと太く硬くなった。ブルブルと震え、怖いくらいに力がこもっている。見ると足の筋肉も盛り上がって、何かを決意したように口を一文字に引き結んで。


 フッと力を抜いたリカルドが短く気負いのない声で言った。

「分かった」


 その間にもカートは走っている。やっと穏やかになった観光地で、景色なんてろくに見ていないと言うのにもう3つ目の角。その角は船着場だ。午後にはちょっと早い時間で、あの角にはテラスがある。

 なんでかって、あたしが作ったからだ。船の出入りって風情があるから。


 カートを降りると、当然のようにシロルがテーブルに行ってバスケットを広げ、お茶の準備を始めた。

 薄切り肉と野菜たっぷりのサンドイッチを頬張りながらいただくハーブ茶は、潮の匂いと相まって幸せな一杯だった。


 ぴちゃぴちゃと鳴く波を見ながらくつろいでいると、頼んでいた漁船が桟橋に入って来た。

 村で水揚げしたばかりなのだろう、鮮烈な魚の生臭い匂いがする。あたしもミットのそんなもの気にもしないけど、山育ちのリカルドはどうだろう。


 気丈にも顔色を変えずに船に乗り込んだところまでは良かったんだけどね。

 そんなに大きな船じゃないから、穏やかだと言っても海は海。波は小さいけれどうねりがある。小刻みな揺れに重なる大きなうねりでリズムを掴ませない。

 そこへ持ってきて弱い風を巧みに受けた帆走だ。乗組の腕は認めるけれど、何度か気持ちの良いタッキングをやったもんだから、リカルドの顔は見る見る青ざめていった。折角のシロルのサンドイッチは哀れ小魚の撒き餌になってしまった。


 リカルドには散々な一日になっちゃったみたい。


 ミットはサイナスに着替えに跳んで行った。

あたしはトラクでリカルドに精一杯の飾り付け。そのあとはトラクから追い出してシロルの手になるドレスアップ。薄化粧まで施してくれた。惚れ直してくれるかな?


 ミットがパッと車内に現れて

「おー!世の男どもには見せられないねー。争奪戦で戦争になっちゃうよー」

「そんなのヤだよ!」

「そーかい、じゃあ、しっかり掴んで離さないことだねー。行ってみよー!」


 あたしが目を白黒させてると、シロルが代わりに「オー!」叫んでいた。


 扉を開けてトラクを降りると待っていたリカルドの腕に抱き付く。チラチラとあたしを見てくるリカルドはやっぱり可愛いい!


「ほら、真っ直ぐ前を向いて。胸を張って堂々とね」


 後ろでニヤニヤしてるミットの顔が浮かぶ。


 シロルとウエイターが一人付いて、ミットと3人のディナーが始まった。

 最初は生魚の薄切りを散りばめたサラダ。ピンク色のピリッとした風味のソースが美味しい。リカルドがちょっと物足りない顔をしてた。そう言えばお昼食べてないもんね。メインが来たらお代わり頼んでみよう。


 次はスープ。トロッとした甘みの強い味付けだった。これも良いね。シロルが仕込んだ5人のうちの誰が作っているんだか。腕を上げたのは間違いないよ。

 3皿目はあのジャスパーの煮込み。どこの部位だろう、繊細な噛み応え、カブト周りの希少部位かもしれない。とにかく美味しい。

 思わず笑い掛けたリカルドのお皿が大きくなっているのに気がついた。シロルが手を回した?

 4つ目は小ぶりのカップに盛ったアイスクリーム。上に3色のシロップがかかっていて、楽しい演出だった。甘くて冷たい。


 5皿目は肉料理。若いイノシシだろうか柔らかくクセがない。でもしっかりした味でこれも美味しい。聞いたらケルヤークのキビ豚肉だって。パックに聞いたことがあるような気がする。こんな美味しい肉だったんだね。

 シロルを見たらリカルドにお代わりを出すところ。ワゴンにはもう2皿用意してあった。

 そんなにがっついて、ジャケット汚さないでね?あたしの視線に気が付いたのか、食べるペースを少し落としてくれた。ミットと二人で肉の塊が口の中に次々と消えて行くのを、呆れて眺めてたよ。

 次はフルーツの盛り合わせ。甘いのやすっぱいの、色も白から緑に青、橙に赤。どれもひと欠けづつ食べたけど、果物はいいね。口もサッパリした。

 どう?満足した?リカルドに目で問うと耳を少し赤くしてた。

 シロル仕込みの紅茶が締めのようだ。十分美味しいけれど、ちょっと及ばないかも。

 目を上げるとシロルの姿が無かった。厨房で辛口の講評をやってるのかも知れない。あとでケドルにフォローを入れてもらったほうがいいかな?


「ネドルレストランは立派なもんだねー。これなら誰が来たって唸って帰るよー」


 ミット、さすが!今のセリフは良かったよ。シロルに聴こえてないはずはないからね。シロルも少しは評点に下駄を履かせてくれるでしょ。


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