2 ネドル支店・・・アリス
これまで:ネドル島は地下乗り場に海底レストラン、四角い人工島からなる遺跡らしい。エレベーターを修理しアリスは村長を外界に連れ出すと言ってトラクに乗った。ミットは島の様子を楽しんでいる。
ケドルを連れてトラクでエレベーターを降りるとアリスは海底の泡を見せた。
日が高くなっているので先ほどよりも明るい青を背景に、大きな波のようにうねり回転に連れて煌めく銀の小魚の群れがまず目を引く。ついで体長5メルはあろうかという背の黒い平たい魚が、裏白のマントを翻すような動きで小さく旋回する姿が目に飛び込んでくる。
周囲の壁との境目、海底に目をやれば赤系統のテーブル状の植生の表面には繊毛がそよぎ、岩の表面には無数の海藻が海流に揺れ靡いて、隙間を縫うように赤い縞模様の美しい小魚が踊り回る。
中央の厨房から離れた外周部の方が見るものは豊富で、こちらの方が客に喜ばれそうだ。アリスのそんな考えをよそに、ケドルは幾種類もあるテーブルや椅子を見ながら泡の中を歩き回った。
戻ってきたケドルが中央の島を指して
「あそこは何をする場所でしょうか?何かを作るような道具もあったのですが?」
「あー、見たことないか。あれは厨房。料理を作る場所だよ」
「業務用でございますから特殊なものもございます。あたくしが働かれる方に使い方や調理法をお教えします」
「料理?そうするとこの広い場所は人を集めて食事をする場所ということでしょうか?」
「集めるってのはちょっと違うかな?お客さんは勝手に来て好きな椅子に座る。ウエイターが用を聞きに来るとお客さんが食べたいものを注文する。出来上がった料理をウエイターがお客さんの席まで運んで、お客さんが食べる。お客さんはここを出る前に食事代金を支払って行く。そういうサービスを売る場所だよ」
「……ウエイター?注文?代金?」
「あー、そこからかー。シロルー、一回みんなに見本を見せないと回らないね、これは」
「あら、それは楽しみですわ」
「この下には貯蔵庫があって、さっきのエレベーターはもう一つ下までそのままいけるんだ。見に行こう」
あたしは狐につままれたような表情のケドルを連れ、エレベーターに入ると下向きのボタンを押した。扉が開き3人で外へ出ると、太い柱のある広いフロアになっていて、右の奥に大きな扉が見える。あたしは扉に向かって歩きながら見回す。
80メル四方はあるかな?
太さ3メルの丸い柱は25メル間隔で4本。半分を区切って倉庫と事務所、手前に売り場でもいいかな?上の食堂との行き来があの巨大エレベーターってのはないなー。食堂の入り口辺りに階段を作るか。
突き当たりの大扉を開けるとトラクも余裕で通れる広さがあった。その先の貯蔵庫の床はこの通路より1メルほど高くなっていて、左に5段の階段があった。貯蔵庫の大扉は4つ。左奥に厨房からのエレベーターの扉が見える。
ケドルを連れて登って上で見た厨房の真ん中に繋がっていることを説明した。次いで貯蔵庫に入って肉、魚介、野菜、常温に分けて食材を管理することを教えた。
いまいち納得した感がないけど、まあいいだろ。
エレベーターで通路の回まで戻ると、乗り場へ向かう。天井照明に300メル先の白く低い壁が四角く見えている。あたしたちが歩く後ろをクロミケを後ろに乗せたトラクが付いてくる。
あたしは左角のロセンズを呼んで左へ3つ目、トリスタンの先の小さな四角を叩いて見せた。
「トリスタンは人が乗り降りする駅と貨物駅があるんだよ。今日は荷運びもあるしトラクを持って行くから貨物駅に行くよ」
コオォォーー
「あ、来たね。あれに乗るよ。トリスタンまで1ハワー40メニってとこかな?」
暗いチューブの奥から光が接近して来ると目の前に長い列車が減速音と共に滑り込んできた。
ヴヴゥゥーー。
ニュウゥッという感じで低い隔壁と停止したチューブ列車の壁が揃って10メルもの大きさで開くと、沈着そうなケドルがひっくり返りそうなくらい驚いた。シロルがその背を支え押し込むように乗車した後、トラクが横移動で乗り込んでくる。
20トンもあるトラクが乗り移っても全く揺れないってのは何度乗っても不思議だね。
・ ・ ・
トリスタン貨物駅に到着ー。
早速トラクでチューブ列車を降りると、入れ替わりにゾロゾロと10台の貨物トラクが入って来て乗り込んでいった。
あたしたちは照明の下、通路を渡り左へ行く。そこは広い車両待機場になっていて、これから載せる貨物車両が20台ほど2列に並んでいた。
ジーラインも動き出したらこれが4列になるのかー。誘導する人は大変だね。
ケドルはトラクの列を見て珍しそうにしていた。シロルが操るトラクは待機場を出て木々の間を右へ曲がって行く。街道に出てT字路を右へ、左車線に入りしばらく行くと地下への斜路を下る。天井から照らす灯りの下を30メニほど走って行くと、市営市場の看板から左折した。
またしてもトラクの列が目の前に並んでいる。あたしたちもここで食材の買付けをしたいので、大人しく並ぶところなんだけどトラクにはろくに積み場所がない。
シロルが脇に寄せてトラクを止めた。クロミケに資材庫を開けてもらい荷車を作る。もう何度も作ってるので10数メニでできた荷車を後ろに連結してもらう。その間にシロルが注文を終えているので、列に並ぶと車列はどんどん進んでいき案内の女性の前で止まる。
「注文番号をお願いします」
「G00853です」
シロルが答えると
「では6番にお進みください」
前を見ると0から9までの番号が路面と上の看板に書かれた入り口が並んでいた。
トラクは6の入り口へ入った。そこには3台の車両が積み込みを待っていて、先頭車では梱包済みの荷物を荷台の入り口から5人の男たちが積み込んでいる。女性が二人伝票を見ながらチェックして、1台10分と言ったところか。上の階では1台分の荷を揃えるためもっと大勢が動いていると聞いている。
そんなことを考えているうちに順番が回って来た。クロミケが荷台を広げ、受け取った箱を高さを揃え積み上げる。体格が違うのでバタバタと積み終え側板を立てシートを掛けてしまった。5メニほどで抜けて次の支払いへ進む。
ここでは5台並んでいて先頭が何やら揉めている様子。見ているとそのトラクは別の道へ誘導された。流れ出すとそうかからないので、2万4千シルを金貨と銀貨で払い市場を出た。
左手に付属の食堂街があったとニコルから聞いている。ちょっと寄っていこう。ケドルの実地研修と言うやつだ。あたしのお腹も空いたしね。
トラクを広い駐車場に入れ、通路を通って食堂街へ。麺にサンドイッチ、軽食に肉料理、魚料理。ここは市場から料理人が直接買い付け、腕を振るう食堂街。滅多にお目にかかれないものもここでなら食べられる。
「シロル。おすすめは?」
辺りを見回したシロルが一軒の店を指した。
「あの肉料理が宜しいかと」
何を基準に選んだのかはさっぱりだけど、シロルがそう言うなら間違いはない。あたしはケドルに声をかけて店に突撃した。
ここはテーブルの上にメニュー表があり、値段も明記されている。席に着くと早速ウエイターが注文を取りに来た。
あたしはスジ肉煮込みのセットというのを頼んだ。パンとスープの他に、ジュースが一杯付くという。ケドルも同じもの、シロルは単品でミレのミニステーキというのを頼んだ。
ウエイターの仕事ぶりをケドルがじっと見ている。水の入ったカップを置いて注文を取り、料理を運ぶ。
様子を見て調味料やナイフ、フォークなどが不足していないか目を配り、客の会計が終わると食器を洗い場に下げ、テーブルと椅子を拭く。テーブルの上のものを整えるところまでが1セットだ。
合間に追加の注文や水の催促が入ったりする。
そんなケドルの様子を見るともなく見ていると頼んだ料理が来た。シロルお勧めだけあってスジだらけのはずのスジ肉が柔らかい。味もよく染み込んでいてこれは美味しい。パンもいい味だけれど、かかっているソースをパンに付けてみるとこれがまた……
シロルもステーキ肉を一切れ口に入れ吟味するように噛み締めている。それを見てあたしも食べたくなった。煮込みの皿をシロルの前に置くと、切り分けたステーキの半分をあたしの皿に置いてくれる。思わずシロルの顔を見ると頷くので早速一口。
柔らかい食感に、ほっぺを押さえて身震いしそうになるのをじっと堪える。
噛むほどに溢れる肉汁とソースのハーモニー。
「シロル。これ美味しい」
「こちらの煮込みも素晴らしいですね」
「シロルが一緒に来てくれて良かったよ」
「ミット様のお土産にもう一人前どうでしょう?」
「良いねー。お兄さん、持ち帰りってできる?」
声を掛けたウエイターがやって来たのでもう一度聞いた。できるというのでもう一人前包んでもらう、もちろんステーキも。シロルなら上手にあっためてくれるだろう。
さて、食材も買ったのであまり地下に長居はできない。この量を冷やすにはバッテリが間に合わなくなるし、後ろの荷台は配管で冷却しているとはいえ完全なものではないのでネドルの貯蔵庫に早く移したい。
トラクは地下通路を戻り貨物駅へと走り出した。時間帯がずれたせいか一回の乗車であたしたちもチューブ列車に乗ることができた。
ケドルはこれで帰れるとホッとしたようだ。
「トリスタンと言うのはすごいところですね。何もかも初めて見るものばかりで、どうして良いのか分かりません」
「支店ができれば、しばらくは応援も来るから順々に慣れてけばいいよ。それよりネドルのみんなにも仕事を割り振らないとね」
「仕事、ですか?」
「さっき見たウエイターに、駅にいた誘導員。厨房には調理する人、売店の売り子、商品の受け取り、発送、あとは観光案内人。おっきな船を作るつもりだから、船乗りと桟橋管理。今思いつくのはそれくらいかな。あー、あと帳簿も付けてもらわないとね」
「そんなにできますでしょうか?」
「大丈ー夫、心配いらないよ。半年は応援が来るから」




