1 ネドル・・・ミット
乗り場のいくつかは海の只中にあった。このままでは交易の発展は難しいのでは?そう考えたアリスは双胴船をつくるが……
登場人物
アリス 主人公 19歳 薄い茶の髪、白い肌、青い目、身長160セロの女の子
マノさん ナノマシンコントロールユニット3型
ミット 18歳 孤児 濃茶色の髪、やや褐色の肌、黒い目、木登りが得意、身長172セロ ナックの母親
ナック 1歳 ミットの息子
ジーナ ミットの師匠
ガルツ 工房出身 元猟師 その後兵士を3年ほどやっていた。日焼けした肌、赤黒い髪、青い目、身長185セロの大男。青ずくめの防具、楯と長剣が基本のスタイル。ガルツ商会の会頭
シロル アリスの従僕 白猫ベースのネコミミメイド ロボト
クロミケ アリスの従僕 クロとミケの2体 身長3メルのネコ耳ヤロー ロボト
シルバ ミットの従僕 銀色ボディの執事 ロボト 黒い執事服に白黒のねじり鉢巻を着用
シルバ隊 総勢32体の4班の道路部隊 班長は ジー、トリ、テト、ペタ 外見はシルバと同じ 服などは着ていない
ハルマー ライカース町 センセーと呼ばれる隠遁者 支店長
ケドル ネドル島の長
ネモス ネドル島の漁師 シーフラウの副長
カイラ、ネーリス、オウラ、レイア、トエル、ユエ ネドル島の調理班
アカメ ライカースの岩型生物
*********************************************
第14章 海上交易
1 ネドル・・・ミット
いつものようにあたいはニュルリと壁を開いたチューブ列車から真っ先に降り立ち、警戒に当たる。空気がひどく湿っぽい。灯りに浮かび上がる床が少しぬるっとしていて滑りやすい。いつもなら四角い通路のあるところに銀色の扉が嵌っていた。
特に危険な気配はないのでアリスを呼んで見てもらう。しばらく辺りを見ていたアリスが左の角をポンと叩いた。銀の扉がニュウッといった感じで上に持ち上がる。通路の天井には点々と光る1メルの円盤が2列に貼り付いていた。
「灯りが点いてるなんて初めてだねー」
シロルが進めてくるトラクの前をアリスと共に並んで歩く。トラクが通り過ぎると銀の扉は音もなく閉じた。
「こっちから開ける時はどーするのー?」
「扉の手前の壁をどっちでも叩けばいいみたいだね」
「ふーん」
あの扉を抜けたら湿気がずいぶんマシになったねー。
床も壁も乾いてるし、気になる匂いも無い。300メル先に銀の扉がもう一枚見えている。近づくと右手にも、一枚銀の扉があった。あたいが先に行って壁を叩くと正面の扉は上に縮むように開いた。その先は広大で透明な泡の中だった。ちょっと薄暗い海中らしい。
付近を泳ぐ魚の群れと、たなびくように揺れ動く海藻から見るに、水深は50メル程度だろうか。西の内海に潜ったのを思い出す。
泡の直径は100メルほど、高さは8メルほどと偏平な形をしている。透明な表面には、何にでもくっつく海藻やら貝やらが全く付いていなくて、クリアな視界が広がっている。
いったい何をする場所なのだろうとガランとした空間を見回すと、そこには小さな柱の立ったテーブルと椅子がまばらに並んで、何となく食堂やカフェテラスのような雰囲気がある。中央には丸く囲まれたカウンターがあった。中には調理器具が並び3つに仕切られている。
これはあれだねー。トリスタンの地下食堂にあったのと似たような厨房だよー。
トラクがそのまま泡の中に入ってきた。シロルが驚いたように耳を左右に回しながら駆け降りてくる。
「すごいですね!ここでお食事をしたらさぞ美味しいのでは無いでしょうか?」
「そうかなー?景色で味は変わんないと思うよー?」
「シロル、あっちは厨房みたいだよ」
シロルが嬉しそうに白い尻尾をブンブン振りながら中央のカウンターへ向かった。
中へ入り込んだシロルが順に扉や引き出しを開いて中のものを確認して行く。
あれは絶対撮った画像を分類してファイルにまとめてるよー。人間なら、機械のような正確な動きで一つ一つの調理道具を吟味していて、尻尾はピクリともしないし真剣な目だねー、って言うとこだけどシロルはこっちの顔が素だからねー。
今、持っている計算力の全てを記録に回して、1ハワーほどで全ての器具の確認を終えたシロルは、緩み切った頬を押さえて戻ってきた。これで特殊な材料が必要なものでもない限り、いつでも自分で再現可能になったのだから当然だろう。
厨房の中央にはエレベーターがあり地下へと通じていた。地下は冷蔵室らしく朽ちて萎びた食材が箱詰めで整理されていた。缶詰が少しあったのでもらっておくよー。
アリスがバッテリを繋いでみている。
「この冷蔵庫は生きてるよ」
あたいは泡の中をぐるりと回り見るものは見たと思ったので、通路に戻ってもう一枚の銀の扉に向かった。扉の中は奥行き12メルもある部屋。上下のボタンがあるのでエレベーターかな?
アリスを呼んで見てもらうと、一つ首を傾げて脇の蓋を開け中を覗き込んだ。部品が一つ死んでるらしい。シロルがトラクの資材庫を漁って持ってきたデンシブヒンを弄って取り替えた。その間にシロルがトラクをエレベーターに載せる。
エレベーターは下と上に行けるようだけどー、下は多分さっきの冷蔵庫ー。上に行って見よー。
ゆっくりと上に持ち上げられる感覚がある。扉が開くとそこは眩しい日の光が降り注いでいた。10歩ほど先に立ち並ぶ木々に潮の香り。
おっきな森だねー。地面がちょっとユラユラしてる?
出口の床を見ると30セロもあろうかと言う円弧状の溝。そこに鎖を並べて張って足が落ちないように蓋をしてある。その溝がゆっくりと上下前後左右に微妙に5セロほど動く。
背後には一段高い壁の上に鈍い銀色の手すりがあった。
どうなってる?あたいは上空200メルへ跳んだ。
今出てきたのは直径15メルの円形の建物。その1/3が重なる広大な四角い床が輝くような青い海に浮いている。出口から15ケラルほどの森に続く畑には5人ほどの人影がある。中央に50軒程の家が建ち並びその近くには小さな桟橋へ降りる階段。家の向こうは森の緑。縦横50ケラル四方はあるだろうか。銀に縁取られた巨大な板の上に緑と茶で塗り分けられた一つの世界があった。
トラクが円形から出て来た。アリスは1段高い四角の縁に登り海を見ている。その先の海中にうっすらと見える丸い形はさっきの食堂の泡だろうか。
あの集落へ行くなら15ケラル離れた左の道がいいねー。
アリスの横にポンと移動する。海面は手摺りの向こう5メルくらい下に見える。
「あー、やっぱりさっきの泡だねー」
「ミット、ここってどんな感じ?」
あたいは上で撮った絵描きカメラの6枚の画像をボードで見せた。
「へー、ほんとに四角いんだ。これは村?」
「50軒位かなー。周りは畑でここに船着場があるねー。船はいないみたい」
「あ、人が居るね、行ってみようか」
トラクに乗って30ケラルほどの道は平らで走りやすいものだった。20メニとかからず村落へ入った。
その途端、家から人が飛び出し他の家に触れ回る。何人もの人が溢れ出るようにトラクの前に集まって来て膝を突いた。腕を前に投げだし地面に頭を付ける。後から来た者がそれに並び次々と額付いた。
男は膝が隠れる7分のズボンに肩と背を覆う短いマントのようなシャツ、それに鍔のやたら広い帽子を被っている。女は濃い無地の布をすっぽりと纏い目鼻と手足の先が見えるだけと言う姿、共に裸足だ。
トラクからあたいとアリス、ナックを抱いたシルバが降りて見ている間に、村人は5列ほどにずらりと並んでしまう。これは一体何だろー。
「218人ですか」
あとから降りたシロルがポツリと言った。
「えーっと、これはどうしたんですか?あたしたちはガルツ商会の者です。説明をお願いします」
アリスが問う。
一番奥の左寄り、年輩の体格の良い男が膝立ちになり代表して答えるようだ。
「わしらはネドルの者です。魔導士様の降臨を300年に渡りお待ちしておりました。ご挨拶申し上げます。ようこそ」
「「「「ようこそ。魔導士様」」」」
気に入らないねー。一言言っとこう。
「はあ?魔導士ってなんだいー?それについちゃいい噂を聞かないんだ。あたいらをからかってるなら只置かないよー」
ネドル代表は気圧されたように仰け反った。
「揶揄うなんてとんでもありません。我らはずっとお待ちしていたのです」
しつっこいなー。
「生憎ここへくるのは初めてなんだよー。あたいはミットだよー。こっちはアリス、それにシロル、銀頭はシルバ、彼が抱いてるのはあたいの息子のナックだ。あんたの名前はー?」
「わたしはケドルと申します。ミットさま」
あん?さま付け?しかも他は無視だって?
「気に入らないねー。あたいを持ち上げてどうしようってんだ。アリス、帰ろう」
「んー?ミットがそう言うならそれでもいいよ。帰ろう。シロル、見てるからトラクを転回しちゃって」
寄ってくるやつがいないか見ている後ろで車輪のズズズと路面を擦る音とともにトラクが回っていく。
ネドルの連中は皆膝立ちになり慌てている。
「どうか、どうかお待ちください。失礼があったのであればお詫びします。どうかお考え直しを」
ケドルが顔を歪め甲高い声で叫んだ。
「何で膝なんか突くんだいー?何であたいだけ持ち上げるー?あたいは対等な交易をしに来たんだ、利用されるつもりなんか無いんだよー」
「わ、分かりました。皆、立て。礼は取りやめだ。わたしがお話を伺うので一旦家に戻るんだ」
ざわざわと戸惑った様子でネドルの者たちはそれぞれの家へ引き上げた。
ケドルは一人青い顔で膝を震わせ、大きな肩を縮めてすっかり萎縮した様子で畏まっている。
「どうかこれでお許しください……」
震える小さな声で言った。
「まず、どー言うことか説明してもらおーか」
「……はい…この地には魔道士の言い伝えがあります。雲を突くような大きさになり、踏みしめた大地が広い海に、そこで押しのけた土が海を囲む高い山になったと。日に届くほどに振り上げた剣で、呪われるべき街を切って地を割り、火の海の中に滅ぼしたとされています」
「あたいが聞いた悪い噂、まんまだねー。なんでそんなやつを待つんだいー?」
「それが……わたし共はその剣の切先辺りのネドル村からここへ連れてこられたと言うのです。あまりに鋭い剣は魔導士さまの予想を超え遥か先まで火を流したと。それで空を走ってこの地に森をもたらし我らを住まわせたと聞かされております。おいでになられるならばお仕えせよ、とも」
ジーナの何代前だかが巨大化できたって聞いたけど、やっぱり無茶苦茶だねー。あれ?アカメも大きさを変えられるんだっけ。なんか関係があるのかなー?
「ふーん。無茶なこと言うねー。あっちにある丸いのは何だか知ってるかいー?」
そう言ってあたいはエレベーターの方を指した。
「あれはお社でございます。わたし共は触れることを禁じられております。子供が知らずに開けようとすることもありますが開きません」
「今は開くよ。使い方も教える。
作物は何ができる?」
アリスが聞くと普通に答えたよ。
「麦と豆が穫れます。葉物野菜も」
「海の方は?」
「今日は朝から漁に出ておりますが船が2艘ございます。網を2艘で輪にして引き、掬い上げる漁をしております」
「巻き網でしょうか。一度見てみたいですね」
シロルは近い漁法を知ってるみたいだ。
「へー?巻き網?おっと。そんなことより、その仕えるってのはやめてもらおーか。あたいはシルバだけで十分だよー」
「こちらの方がすでにお仕えを?
ならば我らも何とか末席に加えていただけないでしょうか?」
「やだよー。あたいは自由なのがいいんだからー。
それよりさ、お社だっけ?あそこで海底レストランやんない?この四角い島もすっごくいい観光地になるよー?
あんたたちもさー、外の世界を見といでよ。すっごく広いよー」
「お?観光島か、良さそうだね。そうだ、船を作ろう。おっきな遊覧船。この島に横付けして乗り込めるようなおっきなやつ。ここだとどこにも行けないし道の代わりになるよ。お客さんも喜ぶよー?」
「アリスー、そんなおっきいの、材料はどうするのー?」
「なんかねー、木でも鉄でもアルミーでもできるって」
「木はないなー、森が二つ三つなくなる気がするー。鉄って重くて沈むんじゃないのー?あとはアルミー?ケルヤークからいっぱい買っちゃう?パックが喜びそー」
「ミットに値切られて泣くと思うよ?」
「あははー。困った顔が目に浮かぶねー」
「じゃあケドルさん。これに乗ってくれるかな?一緒に外を見に行こう」
「あたいはシルバとここの見物をしてよーかなー。シロルーはどうするー?」
「あたくしはアリスさまと参ります」
「ミットさまの仰せですから参りますが……」
「ここの連中はあたいに任せときなー」
ケドルはアリスとシロルに挟まれトラクに乗った。
「たっぷり楽しんできなー」
トラクを見送ったあたいは手近な一軒の家へ入ってみた。中は地面より1段高い。
「おじゃまするよー」
「これは魔導士さま。ようこそ我が家に」
板張りの床にペタッと額づくおっちゃんと連合い若い男と子供が二人。親子かなー?
「だ、か、ら。それやめなって。あたいはミットだよー。ミットと呼びなー」
「ではミットさま。ようこそ」
今度は座ったまま深めの会釈をした。まあこれくらいなら良いかー。
「家を見せてもらっていいかなー?」
「それはもちろん」
外から見て木でできてるのは分かったけど、この固そうな四角い島の床にさー、たまに来るだろう嵐に飛ばされもせずにいる理由が気になってねー。板張りの床じゃ分かんないかー。
四角い家を4つに割った間取り。そこそこ広いけど、5人じゃちょっと狭いかなー。
「この家って嵐が来ても大丈夫なのー?」
「それはここの大地には輪があちこちに埋まっているのです。その輪に土台の木を縛り付けておりますので揺れはしますが飛ばされるようなことにはなりません。木々にも囲まれておりますれば、そう強い風にもなりませんので」
「木がねえ。あれも変なんだよねー。根はどうなってるんだい?」
「はい。われらも疑問に思って一つ掘ってみました。木は立つべき場所があるのです。周囲3メルの深い窪みに植えられていると言えばお分かりになりますでしょうか」
「なーにそれー。木の数だけへこみがあるってのー?」
「おそらくは」
んー?なんかちょっと揺れたねー?
いや、ずっとユラユラはしてるんだけどね、別の振動が混じった感じ?このおっちゃんも気づいたようだ。
「船が戻ったようです」
「水揚げを手伝ってくれー」
外からそんな声が聞こえてきた。あたいが家の外へ出ると、桟橋の方に高い帆柱が何本か揺れている。降り口に立つ男がもう一度手伝えと叫ぶと、村の者が次々と顔を出す。
トラクが無いのを見て戸惑った様子で、それでも大勢が船に向かった。
あたいも行ってみると船は幅2メル、長さ8メルくらいかな、帆柱が2本あって帆は上の帆桁に巻き上げてあった。
大きな網が奥の船に固めて積まれ、手前の船に魚を詰めた箱が積み上げられている。1メル半くらいまで入るようだけど、それより大きい魚が3匹船底に並んでいる。
手分けして箱を抱え、階段に並んで順に手渡しで上げ始めた。
「たくさん捕ってきたねー。食べきれない分はどーするのー?」
「風の強い日や雨の日は漁に出られませんから、備えとして塩漬けや干物にします」
「肉は食べないのー?」
「陸地は遠いので、鳥を飼っています。数がなかなか増えなくて、滅多に食べられません。もう少し寒くなったら大きな群れで飛んできますので今から楽しみです」
鳥というのを見に行ったら翼長60セロくらいの飛べる鳥を暗い小屋の中で飼っていた。
あれは逃さないように世話するのが大変だねー。渡り鳥かなー。暗いから鳥も可哀想ー?
ここには危険な動物はいないみたいだから、森の散策とか船で他所を見て回るとかかなー。海底レストランもキレーだったし。




