9 タイタロス島・・シロル
これまで:ライカースの乗り場に支店を作る。大量にある土は北の川の橋に使う。そんな大雑把な計画が1月程で形を成した。支店での試食会でその成果を確かめたアリスとミットは南の乗り場へ向かった。
突然のことでした。
いくつもの大きな石が、トラクの屋根にひどい音を立てて当たっています。ナックが怯えて泣き叫ぶので、ミットさまは宥めるのに懸命です。
トラクの右側を掠めるように数十羽の海鳥が急降下して行きます。数瞬のち、水掻きの付いた足が上空で離した石が当たったのだと、上方向の画像解析で分かりました。
突然の事にレーザーを向ける間もありませんでした。
シルバが前のハッチから屋根に上がり被害を確認しています。先程とは別の一団が上空に集まっているのをシルバが見つけました。50羽以上の群れです。見る間に急降下に移る群れに対して、シルバが長剣を抜いて構えます。
前後4門のレーザーが撃ち始めます。3連射12発で冷却と充電待ちになりますが14羽を撃ち落としました。次は5メニ後に2連射しかできません。
あたくしは設定した進路を左に柱を隔てて岩をくり抜くように修正しました。上からの攻撃をこれ以上受けるのでは車体が保ちません。
「ミット。ナックは預かるよ」
アリスさまの声にキッと天井を睨むとミットさまが掻き消えました。降下中の群れの中に現れ軽い双剣で半回転毎の転移を3度。
それで半数を斬りましたが、20ほども残った鳥が石を離しました。転移で追いかけて5つの石を粉砕しましたがもう近過ぎます。シルバが10ほどの石を長剣で叩き出し、残りは屋根に落ちました。後部台所の上に2つが大きく凹みを作ってめり込みましたが、穴が空くのはなんとか避けられたようです。
ミットさまが上空の集結しつつある海鳥の群れに飛び込み、3度4度と転移を繰り返し斬り捨てて行きます。クロミケがやっとベルトから脱し拾った石を投げ始めましたが、距離があるため軽く躱されてしまいます。
あたくしは車内から屋根の修復を試みますが、どうしても時間がかかります。
ナノマシンは万能と言っていい加工道具ですが時間がかかるのが欠点です。レーザーもまだ冷却が終わっていません。上空ではミットさまが奮闘されていますが、群れはさらに大きくなっています。奮闘も虚しく急降下が始まりました。
そこでミットさまが掻き消え、さらに迫る鳥の群れ。もう少しで石が放たれると思った矢先、空が青い色に揺らめきました。霞んで見える海鳥がその揺らめきに突っ込むと、向きが逸れ海へと落ちて行きます。
ただの1羽も抜けることなく海へ突っ込んだその上に、被さるように青い水の板が倒れ込んでいきました。
海面に叩きつけられた上に大瀑布のような水の爆撃を受けては、海を住処とする鳥たちも只では済まなかったようで、海面にぷかぷかと散らばって動く様子はありません。
やっと冷却の終わったレーザーが2連射しまた。集まり始めた鳥を8羽撃ち落とし、上空に三度現れたミットさまが5羽斬り捨てると群れは四散しました。
『つっかれたー。セーシキドーに行って来るよー』
「ご苦労さん。やばかったら呼ぶから、それまでゆっくりしてて」
そんなやりとりの間に海面が急に荒れだしました。シルバとクロミケが警戒する中、波はさらに高く10数メルあるこの高さまで波飛沫が吹き上がります。と、突然波間に幾つかの塊になった海鳥が3つの巨大な口に丸呑みされてしまいました。
8メルから10メルはありそうな巨大魚です。潜るときに巨大な尾鰭が海面を叩き、その飛沫を外にいたシルバとトラクがまともに浴びてしまいました。
まだふた塊、10数羽の海鳥を狙って黒い影が海中を走るのが見え、一つが海鳥を飲み込んだと見えた直後、その巨大魚が逆さに立ち上がりました。尾と腹の鰭でメチャクチャに海面を叩きますが逆さの姿勢は変わりません。
どうなっているのかと思っていると左右から黒い影が突進して行きました。一瞬逆さの巨大魚が水中に没し、大きな波が巻き起こります。
そのあと腹を上に海面から浮き上がったその胴に、太い緑とも黄色とも見える何かが巻き付いていました。そこへ再び黒い影が突っ込んでいき、荒れた波間に太い触手のようなものが振り回され海面とその影に叩きつけられるのが見えたのです。
キュイィー!
悲鳴ともつかない何かの鳴き声を最後に巨大なものたちの演目は終わり、だんだんに海は静かになって行きました。
あたくしはやっと100メルの道路が終わり岩屋根の下へトラクを入れることができました。
・ ・ ・
つい2日前、ライカースの支店の開店を見届け、あたくしたちはトリスタンで3日のお休みを貰いました。
「今日はみんなでお買い物に行こー」
「デパート、行っちゃう?」
「かわいー服を見に行こー」
あたくしとシルバもお供して一日あの広いフロアをさまよい歩けば、アリスさまはもちろんのこと、元気印のミットさまと言えどクタクタです。
翌日はご近所の散歩にとどめ、のんびりとした午後を過ごされたのですが。
3日の休みに2日で飽きたミットさまに引き摺られるように従って、次の乗り場へ降り立ったのが今朝のことです。
いつものようにミットさまが慎重に先導するなか、トラクごとエレベーターで50メル上がり、出た通路の先に待っていたのは30メル先でバッサリと落ちた断崖絶壁、そして島陰ひとつ見えない青くて広い海でした。幸い天気はいいので、断崖に沿って左に曲がれるだけの拡幅をして1区間、さらに道を延長しようしていたのです。
上空に海鳥が舞っているのには気づいていたのですが、マシンを散布し23メニの待ち時間の中程であの石の爆撃を受けたのでした。
・ ・ ・
海上の巨大なものの戦いはミットさまとアリスさまのボードに送ってあります。ベッドの下の段で怯えるナックさまを抱えていたアリスさまは、外の様子など見ていられる状態ではありませんでした。
なるべく上に岩の屋根が残るように次の100メルのルートを決め、また待機になります。
海は一見穏やかになっていますが、あの下には何が潜んでいるかいるか分からないのですね。
ナックさまがやっと落ち着き3区間目が出来上がり前に進みます。車内にミットさまが現れました。
「あいつらこの岩の上に巣を作ってるんだ。すっごい数の巣だったよ」
そう言いながらマノボードで撮った画像を見せてくれました。写っていたのは長細い島の一部です。北西から南東にかけての100ケラル、幅は大きいところで45ケラルほど。
北西端から14ケラル付近の海岸沿いがここの乗り場で、この辺りは一面が白っぽい濃淡の斑に見えますが、外周部分を見る限り全て岩場のようです。
次の画像は近くから撮ったもので、隙間などないかのように海鳥の巣が並んでいました。
衛星画像と照らし合わせて見ると、この先3ケラルほどはこのまま岩をくり抜いて行くしかなさそうです。
この島は全長200ケラルの細長い島で他に1周50ケラル程の島が近くに3つあり、大きな集落らしいものが3箇所、衛星画像には見えています。岩山は30ケラル先まで続き、最初の村はその先にあります。
「あと2日は岩の中を進むようですね。それよりも海の戦いはご覧になりましたか?」
「見た見たー。すっごかったねー。あのぶっとい触手みたいの、なんだろーねー?」
「あれって結局どっちが勝ったの?」
「最初にとっ捕まったでっかい魚は多分ダメだよー」
「波の間にすごい速さで腕を振ってたよね?そのあと悲鳴みたいな声を拾ってたでしょ」
「あれで仕留めたのか、諦めたのかー。お昼から見てこよーかー」
「あんた、またあの槍で行くつもり?あんなおっきいの相手に、向かって来たらどうするつもりよ?」
「んんー?そうだねー、どーしよーかー」
ミットさまは思いついたら一直線のようなところがありますから、いいタイミングでアリスさまが割り込んだのですが
「そーだ!ちょっと行って来るー」
言ったそばからこれです。
ナックさまはパッと消えるミットさまに慣れて来たのか、キャッキャとはしゃいでいます。




